秘密 2
山間の深い森の奥に、ぽっかりと開けた土地が見える。そこに恐ろしく高い塔があった。
石造りのように見えるが、どこかそう見せているだけのようにも思える。扉は簡単に開き、中に入ってみると入り口には螺旋階段があった。
上下に階段は伸びており、見上げても見下ろしてもどこまで続いているのか見当がつかない。
どこかで女性の声が聞こえてきた。下の方かららしい。何かトラブルが発生したかのような雰囲気である。
しかし、それはしばらくして聞こえなくなる。
白い人が『上へ行こう』と言う。ミネラードのような気がした。
だが女性の声が気になる。健也は下へ行くべきだと思った。
「下で何かが起こっているんだ!」
『時間がない。イグニサスは……』
一瞬にして、周囲が真っ暗になる。
「!」
いきなりの変化に、健也は驚きのあまり目を覚ましたのだった。
(変な夢を見たな……)
あのあと白い人は何といったのだろうか? 健也は枕元に手を伸ばすと、置いてあった目覚まし時計で時間を確認する。
(4時か……)
彼は奇妙な飛行船を見た後、蒼馬とともに旗地の許へ引き返したのである。
神社上空に現れたものの正体は不明。その形は公式発表されている地球上の飛行機とは、まるっきり形が違っていた。
しかし、それが何処に向かっているのか、蒼馬にはすぐに分かったらしい。
「向こうには千業峡がある……」
そこにある異星人たちの基地は刺激を与えると怪物たちを外へと出し、周辺から星全体へと破壊をし始めるのだ。
今までの危ういバランスは、イグニサスが旗地から健也へと移った事で崩れつつあるのか。その問いに対して正しい答えを得る時間はない。
健也の脳裏に、逃げまどう人々を襲う怪物の場面がリアルに思い浮かぶ。
──ぐずぐずしていたら犠牲者が出る。
(アノ時ノ様ニ……)
誰かが耳元で囁いたような気がしたが、蒼馬の声ではなかったので気のせいだと考える。とにかく彼は「旗地さんの所へ戻ろう」と言ったのだった。
その後、二人は旗地や道場にいた人々に飛行船の話をしたのだが、誰一人としてそのようなものを見てはいないという。
だが誰もその話を夢物語だとは言わなかった。
「旗地さん。今から千業峡へ行きます」
健也は焦りからそう言ったが、それは旗地に止められた。
「夜間の行動は死にに行くようなものだ。その道の専門家に連絡を取るから、今夜はここに泊まりなさい」
「専門家……ですか?」
「我が旗地家と同じように、長い間、異星人と関わり続けた一族がいるのだよ。明日にでも紹介しよう」
その者たちは忍者の流れを汲み、鬼把番と呼ばれているとのこと。
「明日の早朝、出発する。今は大人しく身体を休めてくれ」
有無を言わせぬ迫力に、健也は従うしかない。しかし客室に案内されても、屋敷のあちらこちらで人々が動いている気配を感じ、彼はなかなか寝つけなかった。
しかも、外では急に風が吹き始め、雨戸を揺らす音がいっそう彼の不安を煽る。
それでもなんとか眠りについたら、今度は奇妙な夢を見てしまう。こうなると彼としては、さすがに二度寝をする気にはなれない。
風はいつの間にか止んでおり、あたりは静かだった。
(もういい。起きてしまえ!)
滅入った気分で着替える。洋服は山登りゆえということで、旗地の方で一式用意してくれた。
(丈夫そうな服だけど、それだけ危険を伴うってことかな)
そんなことを考えたとき、急に廊下の電気が点いた。そして……。
「健也。起きているか」
いきなり障子を開けられて、健也は慌てふためいた。蒼馬が女性と一緒に立っていたのである。足音がしなかったので、完全なる不意打ちだった。
もちろん健也は初めて会う女性だった。年は自分たちと同じくらいという気がするが、とにかく睨まれているようで落ち着かない。
三人の間に沈黙が流れる。
女性は蒼馬と健也を交互に見たあと、少々不機嫌そうな表情で口を開いた。
「蒼馬。本当にこの人がイグニサスの新しい所有者なの?」
「そうだ」
「完全に素人じゃない!」
私は認めない! と、お約束のように啖呵を切って、彼女は立ち去った。健也としては一連の話に付いて行けず、困惑しながら蒼馬に尋ねる。
「あの、朝からテンションの高い人は誰なんだ?」
「緑川郁実。緑川さんの姪だ」
年齢は同じだったと思うと言う、蒼馬の曖昧な説明に健也は溜息をついた。どうも蒼馬は彼女についてあまり関心がないらしい。
とにかく健也の記憶にある緑川は、物静かというか言葉の少ない人だった。
(緑川さんの親戚? 彼女もここの門下生なのか?)
考えてみれば、すべての門下生が自分に好意的なわけではない。命懸けの場面でイグニサスを使えるのが剣術の未熟な自分では、彼らも迷惑だろう。
(それでも、やらないとならないんだ……)
旗地の背負っていたものが、いかに偉大か。健也は改めてそれを知ったのだった。
「……とにかく朝食の用意ができた。早く着替えてくれ」
「分かった」
この幼馴染みは自分の味方になってくれるだろうか?
しかし、何となく分が悪そうな気がして仕方なかった。




