第七話 武器交換しますか
「そうそう、ステータス振りの話だったな。俺は決めてるぜ。『 敏捷特化』! って言っても極振りまではしねぇけどな」
ジンが明るさを取り戻して言い放つ。
どうやら自分のプレイスタイルに明確なビジョンがあるらしい。
「事前情報見てある程度決めてたんだよ。使う武器も決めてあるんだぜ! ……まぁ、まだドロップしてねぇけど……」
「武器まで決めてるんですか」
イチヤは使う武器を決めるどころか、武器の種類が何々あるのかさえ知らない。
今はとりあえず唯一手に入れた武器である槍を装備しているが、これはゴリラとの戦いでは非常に使いづらかった。
「ちなみにどんな武器を使う予定なんですか?」
「槍だよ。イチヤが持ってるようなヤツ。前やってたゲームでも使ってたから慣れてんだ。……だけどドロップすんのは射程の短い武器ばっか。信じられるか? 今装備してる短剣が一番長い武器なんだぜ?」
「あ、じゃあ武器交換しますか?」
「え!? いいのか!?」
ジンが顔を輝かせる。
「はい。少し使いづらかったので、ちょうど他の武器を試したいと思っていたところなんです」
「そうか、いやー、ありがてぇ! ……あー、でも俺が持ってるのもあんまり使いやすい武器じゃねぇんだよなぁ……。この三つなんだけどさ」
そう言ってジンは三つの武器カードを見せてきた。
一つ目の武器種は短剣。片手に装備する射程の短い剣である。軽くて扱いやすいのだが、もう片方の手に盾や投擲武器を装備する前提の武器であるため、これ一つではいまいち使い勝手が悪くなる。
二つ目はビーストクロウ。両手に装着する鉄製の分厚い手袋のような武器だ。指先が長く鋭い形状になっており、それを用いた刺突や切り裂きが主な攻撃手段となる。高い攻撃力を持つ強力な武器であるが、爪が邪魔でアイテムカードを扱いづらいという欠点がある。
「な? これに比べりゃ槍使っといた方がいいと思うぜ?」
「うーん……。この三つ目のはどういう武器なんですか?」
「あー、これは一番オススメできねぇな」
最後の一つ、三つ目の武器種は手甲というものだった。
簡単なガントレットのような武器で、拳から腕の半ばまでを覆うような形状をしている。射程距離は全武器種中最低で、攻撃力も下から数えた方が早い。その代わりに攻撃速度が全武器種中最高で、防御性能も高い。
「特に悪い武器には見えませんが、どうしてこれがそんなにダメなんですか?」
「いやダメってことはねぇけど、こいつはゴリゴリに上級者向けの武器なんだよ」
ジンが身振り手振りで説明を始める。
対人戦においてもドゥーム戦においても、攻撃射程という要素は非常に重要であるらしい。
この射程が短ければ短いほど、初めは不利であると言える。相手より先に攻撃することができないため、強制的に後手に回ってしまうからだ。
こちらの攻撃は届かないのに敵の攻撃は届く。そんな理不尽な距離を踏み越えてようやく攻撃ができるようになる。
そのため、普通は射程が短い武器にはこのハンデに見合うようなメリットが存在する。
例えば短剣には毒や麻痺などの特殊な追加効果を発生させるスキルが揃っているし、ビーストクロウは高い攻撃力で一発逆転を狙うことができる。
一方手甲は、『射程が短いこと』自体がメリットとなっている。
「……? どういう意味ですか?」
「うーん、説明が難しいな。何つったら伝わるかなぁ。何つーか、こう、『間合いの内側に入られる』っていう概念がねぇんだよ。敵に近づけば近づくほど有利っつーかさ」
「……?」
分かるようでよく分からない説明だ。
難しい武器なのだろうか? ……いや、そうでもないか。
「だからよ、今使ってる槍に慣れるのが一番賢い選択だと思うぜ?」
「いえ、今決めました。俺は手甲を使います」
「おいおい本気か?」
正直な話、細かい説明や理屈は朧気にしか理解できなかった。しかしハッキリと分かったことが一つだけある。
この武器は全武器中最も射程が短い。そのためこれを装備した時、やるべきことはたった一つになる。
即ち、前進あるのみ。
その愚直なまでのシンプルさは、イチヤにとって非常に好ましいものであった。
「では、交換をお願いします」
「そりゃ俺はありがてぇけどよ……イチヤは本当にいいのか?」
「はい。もう決めたことですので」
「そうか? 分かった。ほらよ」
目の前に交換用画面が現れる。
イチヤはメニューの装備欄に挿し込まれていた【石槍】のカードを外した。
「ああ、そうだ。ジンさんは確かAGI特化にするって言ってましたね。【AGIゲインⅠ】持ってるんですけど、よかったらどうですか?」
ついでにスキル欄にセットしていた【AGIゲインⅠ】を抜き出し、【石槍】と一緒に交換画面に放り込む。
「うお!? いいのか!?」
「おいジン! タダで貰うつもりか?」
「い、いや分かってるよ」
ダイゴに咎められたジンがゴソゴソとインベントリを漁る。しかし交換に出せるようなものが何もなかったらしく、手を合わせてガバッと頭を下げた。
「すまんイチヤ! 出せるものが何もねぇ! 出世払いにさせてくれ!」
「出世払いってお前……情けないな」
「しょうがねぇだろ! 今日リリースされたばっかだぞ! そう都合よく交換に出せるようなスキルなんて持ってねぇよ!」
ジンとダイゴが気安い調子で言い争う。付き合いの長さを感じさせる光景であった。
「……もともと差しあげるつもりだったので、何でも構いませんよ」
「じゃあ何か良いスキルが手に入ったらイチヤにやるわ!」
そして武器種:手甲の最下級装備である【皮の籠手】と、【石槍】・【AGIゲインⅠ】の交換が成立した。
イチヤは新しく手に入れた【皮の籠手】をセットしながらダイゴにも交換をもちかけた。
「ダイゴさんもスキルいりますか? 【ショートレンジフィールド】があるんですけど、どうですか?」
「ほう! 良いスキルじゃないか! 是非交換してくれ!」
しかしすぐにダイゴの表情が曇る。
「ただ……、今は良いアイテムを持ってないから……。……その、出世払いにしてもらえるとありがたいのだが」
「お前! さっき俺の事馬鹿にしといて! そんな事よく言えたな!」
二人が冗談半分に言い争う。
イチヤはこういった冗談や親しげな掛け合いというものが正直苦手だ。面白みの無い自分が口を出すことで楽しい雰囲気に水を差してしまうかと思うと、割って入ることができないのだ。
それはこれから先もずっと変わらないだろう。
友人と笑いながら冗談を交わす自分の姿など、自分でも想像ができないのだから。
そうこうしているうちにデスペナが明けた。三人同時に死んだので明けるのも同時だ。
再び地上への転移が可能になる。
「お! やっとデスペナ終わりか!」
「ふぅ、ようやくレベリングが再開できるな。イチヤ君もこの後は繁華街に降りる予定か?」
「はい」
何せ目的がまだ達成できていないのだ。
昼にはログアウトしなければならないが、それまでは繁華街でプレイするつもりだ。
今三人がいるロビーからは地上への転移はできない。一旦それぞれのプライベートルームに戻る必要がある。
「じゃあ、自分はこれで――」
「なぁイチヤ君! よかったらこの後一緒にレベル上げでもしないか?」
「おっ! それいいな! 三人でゴリラにリベンジしようぜ!」
イチヤは目を丸くした。
「いいんですか?」
「ああ! もちろんだ!」
「じゃ、このあとすぐ駅前広場で待ち合わせな!」
「……はい」
パーティ勧誘のウィンドウが表示される。
自分は二人に比べて明らかにノリが悪く、堅苦しい。会話も上手にできないし、ゲームの知識も無い。
でも、誘われた。
イチヤはかみ締めるようにゆっくりと、『YES』のボタンに手を伸ばした。
その後、一旦別れてそれぞれのプライベートルームに戻り、地上へ転移する。
そうして再び繁華街に降り立つ。地上の転移先は死亡地点の最寄りの駅になるらしい。
地上は相変わらず夜のままだが、少しだけ空の端が明るくなってきている。それに駅前は大勢のプレイヤーで騒がしくなっていた。デスペナを食らっている間に随分増えたらしい。
「おー、来た来た! イチヤぁ! こっちだ!」
キョロキョロと周囲を見るイチヤを見つけたジンが手を振る。
待ち合わせ場所には、すでに二人とも来ていた。
「お待たせしました。ジンさん。ダイゴさん」
「どうしたイチヤ君? そんな怖い顔して?」
イチヤの表情を見たダイゴが首をかしげる。
三人が無事合流できたというのに、イチヤはまだ真剣な表情で辺りを伺っていた。
「地上では油断しないことにしてるんです。いつ何に襲われるか分からないので」
「ハハッ、大丈夫だって。この転移拠点にはドゥームが湧かないんだから」
「プレイヤーに襲われるということもあります」
その辺りはサポに説明を受けている。
ポラリスとの行き来ができる場所は駅・空港・港といった場所に限定され、それらはまとめて『転移拠点』と呼ばれている。転移拠点同士の移動はエルを消費して行われるが、ポラリスとの行き来は無料だ。
転移拠点にはドゥームが発生することも浸入することはない。しかしポラリスとは違い、プレイヤー同士の戦闘は可能になっている。
ならばイチヤにとって油断できないことに変わりはない。
「さて、じゃあ最初は試し切りがてら軽ーくやってくか!」
ジンが槍を器用に振り回しながら言う。
あの後ジンとダイゴもアイテムの交換を行った。槍を手に入れて要らなくなったジン短剣を、ダイゴが貰い受けたのだ。
つまり、イチヤは手甲、ジンは槍、ダイゴは短剣と、三人とも新しい武器を手に入れていることになる。ゴリラと遭遇してしまう前に、なるべく早く慣れておきたいところだ。
駅の周辺で武器の使用感を試しながら戦ってみる。もし武器に慣れる前にゴリラが現れてしまったら、安全な駅構内まで逃げ込めばいい。
周りに敵は今のところドギー・ドゥームしかいない。周囲を警戒しながら近づき、新しく手に入れた手甲で殴る。
特に使いづらいということもない。
もっともイチヤの場合は槍を使っていた時間より、何も装備せず素手で戦っていた時間のほうが圧倒的に長い。その時とほとんど変わらない手甲が槍よりも馴染むのは当然と言える。
倒したドゥームからカランとメモリーカードが落ちた。手を伸ばして拾おうとするが、アイテムは触れる前に消えてしまった。
「ん? ……ああ」
そうか、そういえば課金機能のアイテム自動取得があったんだった。もうカードを拾う必要はない。
そこからはただドゥームを倒し続ける。やはり倒すだけでいいのは効率がいい。
二人の様子はどうだろうか。イチヤは横目でジンとダイゴを見る。
二人ともイチヤと同じように快調にドゥームを倒して回っている。どうやら新しい武器が使いにくいということもなさそうだ。
そして気づく。二人もドゥームを倒すばかりで、アイテムを拾うようなそぶりを全く見せていない。
ということは、あの二人もそうなのだろうか。
イチヤの視線に気がついたジンとダイゴが、親指を立てて笑った。
その瞬間、二人に親近感が湧いてくる。
何だかこの二人とは仲良くなれそうだ。
後でインベントリの枠もどのくらい増やしたか聞いてみよう。