第六話 大丈夫だよぉ
イチヤは手に入れた三つのスキルの詳細を確認ようと、ウィンドウに手を伸ばした。
一つ目のスキルは【ショートレンジフィールド】。任意発動スキルと書いてある。
効果は、遠距離攻撃によるダメージを五割カットするフィールドを十秒間展開するというもの。効果半径は三メートルで、その内側にいる味方へのダメージも軽減される。しかし盾を装備していることが使用条件らしく、今のイチヤには使えないスキルであった。
二つ目のスキルは【AGIゲインⅠ】。常時発動スキル。
ステータスのAGIの値を五%アップするスキル。
三つ目は【ウォールラン】。自動発動スキル。
壁面を移動できるようになるスキル。しかし対応可能な壁の角度は九十度程度までという条件があるため、反り返っているような壁面では使用できないらしい。使用可能時間や高さ制限もあるため、このスキルだけで壁を登り続けるようなことは出来ない。
「サポ。このアクティブだのパッシブだのはどういう意味だ?」
「スキルの発動方法の違いだよ。任意発動はボイスコマンドやジェスチャーで発動させる一般的なスキル。常時発動はセットしてるだけで常に効果を発揮するスキル。自動発動は少し特殊で、スキル毎に決められた条件を満たしたら自動的に発動するスキルのことだよ。【ウォールラン】の場合は『壁面に靴の裏を接触させること』が発動条件だね」
なるほど。しかし攻撃スキルは無しか。戦闘に役立つのかどうかは、三つともいまいち分からない。
「……とりあえず全部セットしておくか」
スキルは一度に十個までセットできる。まだまだ余裕はあるし、損にはならないだろう。
ひとまず今できることはこれくらいだろうか。
あとはスキルの使い勝手も試しておきたいところだが、ポラリスではスキルの使用も出来ないようになっている。デスペナの転移禁止時間が明けたら地上で試すことにしよう。
「もう油断はしない。次は絶対に負けんぞ、ゴリラめ」
「おー、気合い入ってるね!」
「ああ。ちなみにゴリラの他には何がいるんだ? まだいるんだろ?」
今のところ確認できたのは犬とゴリラだけだ。他にもいるのなら今のうちに対策を練っておきたい。
「それは秘密だよ。一定のレベルに達したら逐次追加されていく、とだけ答えておくよ」
「なるほど、だったらレベルアップ直後が一番危険ということか」
追加されるドゥームは当然それまでの敵よりも強いだろう。しかも最初は相手の手の内が全く分からない。
「ふふ、そうだね。そうやってプレイヤーもドゥームもどんどん強くなっていくんだろうね。楽しみだね」
「そのうち悠長にアイテムを拾う暇なんかなくなりそうだな」
「それについては大丈夫だよぉ!!」
「うおっ」
何に反応したのか、サポのテンションがいきなり高くなる。
そして今まで見てきた中でも最高の笑顔を見せながら詰め寄ってくる。
「な、何だ何だ」
「あのね! アイテム自動取得機能っていうのがあってね! それを設定するとドロップアイテムが自動的にインベントリに入るようになるんだ! 便利だと思わない? いちいちアイテムが落ちるのを待ったり、一つずつ拾ったりなんて面倒なことをしなくてもよくなるんだよ!! おっと、他人のドロップアイテムを横取りしちゃうのが心配かい? 安心していいよ! それはそもそも不可能だからね!」
ぐいぐい来るサポに少々押され気味になりながら答える。
「そ、そうか。便利な機能なんだな。じゃあその設定にしよう」
「はーい!」
サポがはじけたような笑顔を見せる。
「アイテム自動取得機能ですね! 五百円になります!!」
イチヤの顔が凍りつき、みるみるうちに渋いものになる。
「……金とるのか」
呟いたイチヤの目の前にメッセージが出現する。
本当に購入するかどうか尋ねる旨のメッセージだ。
イチヤはますます渋い顔になった。
ゲームへの課金というものには心理的な抵抗を感じる。一度嵌ったら抜け出せない泥沼に足を突っ込むような、重要な箍が一つ外れるような、そんな漠然とした良くないイメージがあるのだ。
しかし、それでもこれは必須とも言える程の便利機能だ。それによくよく考えてみればアトラクタ・バーサスはもともと無料。五百円程度の課金をしたところで、他のゲームよりも安いことに何ら変わりは無い。
うん。そうだ。これは安い買い物なのだ。
イチヤはウィンドウの『YES』の文字に手を伸ばした。
「へへっ、毎度ありぃ!」
イチヤはだんだんと小憎たらしく見えるようになってきたサポの笑顔から目を逸らした。何故だか分からないが罪悪感を覚える。まるで良くない遊びを覚えてしまったかのようだ。
いや、気にすることはない。これは必要経費だ。
一つ息を吐き、頭を切り替えて今後の事を考える。これで効率的にドゥーム狩りができるようになったことだし……。
……ん? 効率的?
そう言えば効率が良くなかった状態での狩りでさえ、三十分ほどでインベントリが埋まってしまった。
今ならそれよりも遥かに早くインベントリがいっぱいになってしまうだろう。何しろたった二十枠しかないのだ。
しかも、一つの枠に入れることができるアイイテムはたった一つ。大昔にやったゲームのように、同じアイテムを九十九個重ねて入れる、なんてことはこのゲームではできないらしい。
「なぁ、サポ。このままじゃあすぐインベントリが埋まってしまうと思うんだが……」
「大丈夫だよぉ!!」
サポが先ほどと全く同じ笑顔を見せる。
同時にイチヤの表情が歪む。
「増やせるよ! インベントリの枠!!」
イチヤが呻くように声を出す。
「…………金、とるのか」
「一枠あたり三十円になります!」
これが……、これがゲームか。
イチヤはまた一つ学んだ。
◇
ここ、大規模複合衛星『ポラリス』は、いくつかの機能を持つ施設が複合した巨大なセーフティエリアである。
ポラリスは大きく三つのブロックに分けられる。
一つは個人あるいはフレンド同士で寛ぐためのプレイベートルームが集まる、『居住区』。次にプレイヤー間でアイテムの売買が行われる、『マーケット』。そして他プレイヤーとの会話や交流を楽しむ、『ロビー』。
あれからもう少しゲームの説明を受けながらアイテム整理を行ったイチヤは、現在ロビーを訪れていた。できることを一通り終わらせてもデスペナが明けなかったため、暇潰しの見学だ。
本当はマーケットの方に興味があった。しかしサポ曰く、まだ出店しているプレイヤーはいないだろうし、いたとしても今のイチヤの所持金では何も買えないらしい。
因みにプレイヤー間の取引ではないアイテムの売却――通称『店売り』は、ポラリスの中ならどこでも出来る。これで先ほど『ドギー・ドゥームの欠片』を売ったのだが、これが一つあたり十エルになった。だから今の全財産が百二十エルである。
この世界の金銭感覚はまだ掴めていないが、サポの口ぶりからすると、この百二十エルというのは相当に低い金額なのだろう。
それと地上で一度使った、公共交通機関の代わりにある転移システム。あれも本来ならエルを消費して利用するものらしい。あの時はレベル四までの初心者ボーナス期間のおかげで無料で使えたんだそうだ。レベル五になってしまった今、たった百二十エルぽっちで使えるかどうかは不明だ。
「……」
ダメだ。気が付けば金の事ばかり考えてしまう。ゲームの中でさえ金勘定に神経質になるのは、元来の性格からであろうか。――それともサポの奴の影響か。
益体もないことをぼんやりと考えながら、ロビーを見て回る。
だだっ広い空間に、ぽつぽつと置かれた丸テーブルや椅子。それを囲むプレイヤーはまだ疎らで、その多くがイチヤと同じく暇を持て余している。
「……ん?」
その中に一組、見覚えのある二人を見つける。ゴリラに倒されそうになっている時、助太刀に入ってくれた二人だ。
結局一緒に殴り倒されてしまっただけだったが、それでも助太刀には違いない。
礼を言おうと二人に近づく。
「あの、先ほどはありがとうございました」
何やら話していた二人が振り向く。そしてイチヤの顔を見ると、二人は揃って人の良さそうな笑みを浮かべた。
「おお、君はさっきゴリラに襲われていた槍のプレイヤー!」
「いやー、申し訳ねぇな。結局死なせちまった!」
「いえ、ありがたかったです」
背筋を伸ばして頭を下げる。
「はは、堅いな! そんなに鯱張ることはない。ゲームなんだから気楽にいこう。俺の名前は『ダイゴ』。これからもあの繁華街の辺りを中心にプレイしようと思っている。よろしくな」
盾を装備していた体格の良いプレイヤー、ダイゴが朗らかに笑う。
それに合わせるように、短剣を装備していた長身のプレイヤーの方もニッと笑った。
「俺は『ジン』だ! こっちのダイゴとはリアルでの知り合いでな! まぁガキの頃からの腐れ縁ってヤツだな!」
二人の態度はイチヤに比べてどこか余裕のある感じだ。おそらく年上、社会人だろう。
「イチヤです。自分もしばらく繁華街でやろうと思っています。よろしくお願いします」
そこから雑談ついでに情報交換を行った。
ジンとダイゴはゲーム暦が長い上にアトラクタ・バーサスの事前情報には全て目を通してきているらしく、かなり詳しい話を聞くことができた。
「それで、イチヤ君はなんであんな人気のない場所に居たんだ? ソロ志望か?」
「いえ、単に道に迷っていただけです。大学へ行ってみようとしたのですが、土地勘がなくて。地図もアイテムがないと見れないそうで、それを狙ってひたすらドゥーム狩りをしていたところをゴリラに襲われたんです」
「へー、地図アイテムなんてモンまであんのか」
「三十分ほど狩りましたが、結局出ませんでした。結構レアらしいです」
「なるほどなぁ。だったら思ったよりも土地勘が重要そうだな」
イチヤはどちらかと言うと他人とのコミュニケーションが得意な方ではない。しかし、この二人とは肩の力を抜いて会話することができる。二人が気安い雰囲気だからであろうか。それともゲームという共通の話題があるからか。
「迷うといえばステータス振りも迷うよなぁ。ちなみにイチヤ君はどうしてる?」
「とりあえずバランスよく振ってます。実はよく分かってないのですが、後で振り直せるみたいですし、不都合が出るまではこのまま――」
「あ、その振り直し多分有料だぞ」
「……!!」
イチヤの目が驚きに見開かれる。
サポ……! お前という奴は……!
「こんなところにまで罠を……あいつめ…………!」
「ハッハッハ! ま、最近のゲームってのはそんなモンだ!」
ジンが笑い飛ばす。
しかし、その目にはどこか哀愁が漂っていた。