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第四話 新手、ゴリラのドゥームか

 先ほどまでは特にやることが思いつかなかったが、『自由』を()解した今ならばいくつか思い浮かぶものがある。



 柳木誠一(イチヤ)が暮らしているこの街は、『加総(かそう)市』という地方都市である。東京や大阪といった大都市と比べると見劣りしてしまうが、地方都市の中ではそこそこ栄えている部類に入るだろう。


 その加総市の中心。特に人が集まるエリアは、俗に『繁華街』と呼ばれている。加総市の人間が友人と遊ぶ時は大抵そこへ行くような場所だ。


 イチヤは今までその繁華街には縁がなかった。そのため繁華街の地理には(うと)い。しかしこれからはそうも言っていられなくなる。


 来月から通うことになる大学が、その辺りにあるのだ。


 正確に言うと、繁華街の中心にある駅で地下鉄に乗り換えて一駅というのが最短だ。しかしそれだと交通費が少し高くつく。そのため、イチヤは繁華街からは地下鉄に乗らず、一駅分歩いて行こうと考えていた。


 大学が始まる前に、道の下見に行かなければと思っていたところだ。



「……このゲームを選んで正解だったな」


 イチヤは小さく呟いた。


 アトラクタ・バーサスの中には現実と同じ街並みが広がっている。加えて現実よりは人が少なく、体は疲労を感じない。さらに【トランスポーター】という便利な移動手段まである。


 土地勘を付けるには持って来いだ。


「決まりだな」


 イチヤは自分に『自由』を教えてくれたプレイヤーに一礼すると、駅舎に向かって歩き始めた。




 家の最寄り駅から繁華街までは電車で二十分程だ。かかる時間はゲームでも同じなのだろうか。


「と言うか、ゲームの中でも電車は動いているのか?」


 いつも割と賑やかな駅には人がおらず、静まり返っている。見た目は現実と何も変わらないのだが、それだけでまるで廃墟のように感じてしまう。


 静かだ。電車が動いているとはとても思えない。

 でもまぁその時は【トランスポーター】で線路の上でも走ろうか。そう考えつつ、駅舎に足を踏み入れる。


 その瞬間、ウィンドウが出現した。


「ん、なんだ?」


 一瞬メニュー画面かとも思ったが、どうやら違うようだ。

 そのウィンドウには『拠点間転移』と書かれており、その下に大きく日本地図が表示されていた。


「転移……。なるほど、電車の代わりになるシステムがあるわけか」


 いや、どうやら電車だけではないらしい。指先で地図を拡大すると、駅だけでなく空港や港にも転移できるようになっている。

 交通手段に縛られず、日本全国どこへでも行けるということなのだろう。


 しかし、ここで『せっかくだから遠い所にでも行こうかな』、などという遊び心のある発想が出てくるイチヤではない。


 一切の迷いを見せず、当初の予定通り繁華街を選ぶ。


 目的地をタップした瞬間、一瞬だけイチヤの体が強い光に包まれる。光が収まったときには、すでに繁華街最寄りである加総駅に立っていた。



「もう着いたのか! 早いな」


 転移には一秒も掛からなかった。この早さで移動できるなら、一日で全都道府県を見て回ることも可能であるかもしれない。もちろん、そんな遊び心のある発想がイチヤから生まれることはないのだが。


「さてと、じゃあ大学に向かうか。確かこっちの方角だったな」


 土地勘はないが、受験で一度来ている。その時の記憶を頼りに、イチヤは力強く歩き始めた。


 そして十数分後。


「迷った」


 イチヤは完全な迷子になっていた。


 土地勘のない場所で、目的地はうろ覚え。加えて道中では度々ドゥームに襲われる。道に迷うのは当然の結果であった。もはや自分がどちらの方角から来たのかさえ分からない。



「……サポ、聞こえるか」


 ウィンドウを開いて助けを求める。


『はーい! どうしたのイチヤ?』


 明るい返答がすぐに帰って来る。


「すまないが道に迷ってしまった。地図とか見られないか?」

『あー、地図ね。あるにはあるけど……。その地域の地図アイテムを手に入れないと見れないね』

「そうなのか? だったら悪いがナビをしてくれないか?」

『ごめんね、それもできないんだよ。僕にはプレイヤーの位置情報を知る権限が与えられてないんだ。僕にもイチヤがどこにいるのか分からないんだよ』

「……そうなのか? それはまずいな。帰り道すら分からないんだが……」


 ひょっとして早速詰んでしまったのか?

 しかし途方に暮れるイチヤとは対照的に、サポははりきり始めた。


『大丈夫、大丈夫! 安心してよ! よぉし、サポート役の腕の見せ所だね! 今のイチヤに提案できる解決策が三つあるよ!』

「おお、そんなにあるのか。聞かせてくれ」


 サポが明るい声で続ける。


『一つ目! 死んで拠点に戻る!』

「却下だ」


 イチヤがげんなりした顔で即答する。


 いきなり何てことを提案してくるんだ。

 確かに死ねばどこか別の場所で生き返るのだろうが、そんな気分の悪い方法は絶対に選びたくない。


「……サポは意外とそういう奴だったんだな。まぁいい。次の案を教えてくれ」

『……? 二つ目、近くのプレイヤーやフレンドに助けてもらう』

「不可能だ。確かに駅前には何人かいたが、繁華街から外れてからは一人も見ていない。……フレンドも、……いない」


 イチヤはここまででまだ数人しかプレイヤーを見かけていない。

 これには理由がある。高性能ギアを持っている一部の人間以外は、ソフトのダウンロードに時間が掛かったためだ。大半のプレイヤーは現在チュートリアルを受けている段階なのである。


『じゃあ三つ目だね。地図アイテムが出るまでドゥームを倒しまくる』

「ふむ……」


 その提案は割と現実的に思える。


『地図は割とレアなアイテムだけど、……まぁ、出るまで粘れば出るよ』

「それもそうだな。じゃあそうしよう。ありがとう、助かったよサポ」

『うん、頑張ってね。イチヤ』


 通信が切れる。


「さてと。じゃあドゥームを狩りまくるとするか」


 周囲には常に何匹かドゥームが徘徊しているような状態である。しかしよほど鈍いらしく、すぐそばまで近づかないとこちらの存在には気がつかない。


 だからドゥームを倒すのはとても簡単だ。近づいて殴るだけ。連中は動きが遅いため、避けられることも反撃されることもない。



 手近なドゥームを殴りつける。


「ヲォオオ■■ォオオ■!?」


 道に迷ってる間にレベルが一つ上がったため、現在イチヤのレベルは二。そのおかげで一撃で倒せるようになっている。


 断末魔を上げながら砕け散るドゥームを見守る。

 アイテムは落ちなかった。


「ハズレか。次だ。【トランスポーター】」


 単調な作業であった。

 ドゥームに近づいては殴りつけ、アイテムが落ちるのを待つ。落ちたら拾ってウィンドウに放り込み、また次のドゥームを探す。


 しかしイチヤはこういった単純作業が嫌いではない。少しずつでも確実に前進しているという実感を得られるのが性に合うのだ。


 これを黙々と続け、三十分ほどが経った。もう何体目か分からないドゥームを倒した時、そろそろ聞き慣れ始めたレベルアップの音が響いた。


 一旦手を止め、息をつく。


「ふぅ。これでレベル五か。結構狩ったな。もう地図アイテムは出ただろうか?」


 手に入れたアイテムをチェックしようとウィンドウを開く。


 しかしイチヤはまだ知らない。

 アトラクタ・バーサスにおいてレベル五に到達するということが、何を意味するのか。




 ザザ。

 微かなノイズが発生する。ドゥームの出現を知らせる音。


 しかしイチヤはその音に気づかず、アイテムインベントリに目を落とす。


「地図アイテムは……ないか。その代わりにスキルと武器が手に入っているな。こっちの使い道が分からないアイテムは一体……ん?」


 顔を上げる。


「……何だこの音は」


 後ろから、何か重いものが地面を叩くような音がする。その音は段々近づいてきているようだ。


「……?」


 イチヤが振り返るのと、丸太のような何かが顔面に叩き込まれたのが同時であった。


「……――ッがぁ……!!」

「ゴォアアア■アアアア■■ァ!!!」


 大きく弾き飛ばされる。


 体がアスファルトを跳ねる。しかし勢いは止まらない。


「ぐあッ……!!」


 何かの建物に後頭部から激突する。壁が砕けて破片が撒き散らされる。


「うっ、……ぐ」


 いきなり何だ、何が起こった。


 痛みはそれほどない。しかし全身を巡る不愉快な衝撃と、弾き飛ばされた際の目まぐるしい光景とで脳が混乱し、まともに思考が働かない。


 イチヤは瓦礫に埋もれたまま、自分を殴り飛ばしたらしき何者かを睨み付けた。


 硬質な粗いポリゴンで形成された敵――。ドゥームだ。

 しかしさっきまでの奴と形が違う。腕が丸太のように太く長い。


「ゴア■ッ!!」


 そのドゥームは短く叫び、長い腕と短い足でイチヤに向けて突進を始めた。ナックルウォークと呼ばれる特徴的な動きだ。


「新手……! ゴリラのドゥームか……! くそッ!」


 先ほどまでの敵とは比べ物にならないほど早い。加えて、パワーも凄まじい。悔しいがこのままでは勝てる気がしない。


 急いでその場を離脱しながら、ウィンドウを操作する。先ほど所持アイテムの中に武器のカードがあったはずだ。それを装備して少しでも有利に――。


「ゴアァア■■ァ!!」

「ぐっ!?」


 ゴリラ型ドゥームの突進が肩を掠める。敵から目を離したのがまずかった。体勢が崩れる。

 しかしドゥームも散らばった瓦礫に突っ込み、大きく体勢を崩している。


 イチヤは体を起こしながら冷や汗を流した。

 ウィンドウを弄る暇がない。この分だと戦いながらではHP回復アイテムを使うのも難しいだろう。


 しかし、今は敵が瓦礫に足を取られて隙ができている。今のうちに急いで武器カードを取り出し、装備スロットに挿し込む。


 手元に光の欠片(かけら)が集まり、長柄の武器を形成する。


 武器カード【石槍】。武器種『槍』の最下級装備である。


 イチヤは【石槍】を構えながら、自分のHPを確認した。

 すでに半分以上が削られている。敵の攻撃をあと一回か二回まともに食らったら死んでしまうだろう。


「ゴア■ッ!!」


 体勢を立て直したドゥームが再び突進を始めた。


「何度も同じ手を食らうか!」


 構えた石槍を思い切り突き出す。

 槍は敵の肩に深々と刺さり、イチヤに確かな手応えを与えた。


「よしッ!」

「ゴアアアァ■■ッ!!」


 しかしドゥームは止まらなかった。槍が刺さったまま力づくで前進し、太い両腕を振り回す。


「何っ!?」


 イチヤは慌てて槍を引き抜き、柄で拳を受ける。しかし、そこはもう槍の間合いではない。後退しながら何とか凌ぎ続けるが、イチヤは槍の取り回しになど全く慣れていない。


 やがて防御が間に合わなくなり、殴り飛ばされてしまう。


「ぐっ!!」


 HPは……、まだ残っている。しかしギリギリだ。次はない。


「【トランス……いや、だめだ」


 一瞬【トランスポーター】で逃げようとするが、それも叶わない。あれはスピードが出るまでに時間がかかる。しかし敵は初速から早い。スピードに乗る前にやられてしまうだろう。

 かといって槍で応戦しても、力づくで距離を潰されてジリ貧になる。


「どうすればいい……? どうすれば勝てる……?」


 焦りを抑え、必死に考える。



「そうだ、スキルだ。新しいスキルがある」


 しかし、それはインベントリの中。それを使うには戦いながらカードを取り出し、スキル欄にセットしなければならない。その上勝つためには起死回生の効果を引き当て、さらに的確に使いこなす必要がある。


 だたし、ウィンドウを操作している間は片手で敵の猛攻を凌ぎつつ、最後まで一発も貰わずに。


 これが唯一の勝利条件。



「……厳しいんだな。ゲームというものは」


 小さく呟く。


 アトラクタ・バーサスにおけるレベル五。

 それが意味するのは、初心者用お試し(ヌルゲー)期間の終了。新しい敵が追加され、難易度が跳ね上がる。


 戦いが始まる。

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