第四四話 tr.Actスキルは心そのもの
「tr.Actスキルってどうやって作ってるんだ? あの質問の答えだけで全てが決まるわけじゃないんだろ?」
ダイゴがケイジに向けて疑問をぶつける。
アトラクタ・バーサスの目玉であるtr.Actスキルは、ゲーム序盤で行われる質問にどのように答えるかで決定する。
その質問は、『あなたにとっての強さとは何か?』というもの。
それに対する答えは十人十色であり、中には事前に自らのユニークスキルを具体的に考えていたために、質問への答えとしてそぐわない回答もある。
以前シュージとミサキをPKしたプレイヤー、ガーランドの『時間を止める』スキルや、首領グリコの『巨大ロボット』に変化するスキルがこれにあたる。
そういった特殊例を含め、プレイヤー達の出す『答え』は非常に多岐に亘る。
しかしプレイヤーの数も今や十万を軽く超えるほどに膨らみ、その中には他プレイヤーと『答え』が被ってしまっている者も多い。というか、他プレイヤーと被らない唯一無二の回答をしているプレイヤーの方が圧倒的に少ない。
それでも、生まれるtr.Actスキルが同一のものであったことは、今まで一例たりとも報告されていない。同じ『答え』を出したプレイヤーでも、性能や仕様が異なったスキルになるのだ。
そしてそういった細かい部分には、プレイヤーの性格や嗜好が反映されている……というような気配があった。
ただのバーナム効果であるとする意見が一般的ではあるが、イチヤとそのスキルを知るダイゴとしてはとてもそうは思えなかった。
イチヤの性格は特徴的だ。一度こうと決めたら非常に頑固。しかしだからこそ、いざという時には迷いがなく心強い。そんなイチヤのtr.Actスキルも、まさに同じような感じだ。
非常にピーキーで他スキルとの相性はほとんど壊滅的。しかし一度乗り始めたら手の付けようがないほどに暴走していく。
偶然にしてはできすぎている。内面が反映されているのは明らかだと、ダイゴは感じていた。
質問を受けたケイジが、チラリとサポを見る。
そしてサポがこくりと頷き返したのを確認すると、ケイジが喋りだした。
「tr.Actスキルは、『tr.Actシステム』によって生み出されています」
それを聞いたダイゴが苦笑する。
「tr.Actスキルを生み出すシステムだからtr.Actシステムか? そりゃまた随分ストレートなネーミングだな」
「いえ、順序としては逆です。tr.Actシステムから生み出されたから、tr.Actスキルなのです。安直な名前なのはその通りですが」
にこりと笑いながらケイジが言葉を続ける。
「おっしゃる通り、tr.Actスキルはあの質問の答えだけで決まるわけではありません。tr.Actスキルを得るレベル八に至るまでの行動と選択。それに『強さ』を問われた際の反応や表情、バイタルサインにシナプスの揺らぎ。そういった数々の兆候を観測することで、いただいた『回答』に『心』を付け加えたスキルを作り出しているのです」
やはり、内面が反映される何らかの要素があったらしい。そう思って頷くダイゴに、背筋を伸ばしたケイジが淀みなく語る。
「観測したそれらを統合し、この世界に反映するシステムがtr.Actシステムです。つまりtr.Actシステムとは、簡単に言うと『心を読み取る』システムなのです」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
そこで表情を変えたジンがケイジに詰め寄る。
「それって俺達の頭の中を盗み見てるってことか!?」
ジンとケイジの間に、サポが慌てて割って入る。
「ち、違う違う! そういうことじゃなくって――」
「えぇ、違います。そもそも、そういったことはやろうと思っても不可能なのです。その理由を説明するためには、まずはtr.Actシステムの雛形になったシステムの話をしなければなりません」
そしてケイジが目を瞑り、何かを思い出すようにして話を続ける。
「『ニューラルネットワーク』。人間の脳の構造を模した、学習し、成長するシステムです。失敗する度に論理の組み換えや調整を行い、やがて適切な解答が高精度導き出せるようになっていく。そういった地道な学習を重ねていくシステムです」
ケイジが語りだしたのは、『ディープラーニング』という機械学習の基本となるシステムについてであった。
「しかしその『解答』を導き出すための演算式は、学習する度に複雑性を増していきます。そして満足な精度を得る頃には、その演算式は乱雑な数字と記号の羅列になります。根拠も意味も不明、しかしデータを入力するとなぜか正確な結果が出力される。そういったブラックボックスと化すのです」
そこでケイジが指を二本立てた。
「そして今から二十年ほど前、人の意識を三次元の電気信号として取り出す技術――『VR技術』が完成しました。そこで一部の研究者が、取り出した膨大なデータをニューラルネットワークに学習させるという実験を始めました。細かいエラーを修正しながら何十人分もの意識を学習させ続けると、システムには面白い変化が生まれたそうです」
「……その変化とは?」
熱心に聞き入るダイゴに、ケイジが微笑みかける。
「自我らしきものを見せるようになったのですよ」
「ほう、機械が自我を。まるで漫画やアニメみたいだな」
ダイゴが頬を緩ませる。
「えぇ。大きな機械でいくつものシステムを並行して走らせていましたが、自我らしきものが芽生えたのはその中の三つだけでした。研究者はそれらに一般常識や言葉を教え込み、コミュニケーションを取れるようにしました」
「ん……? 三つ……? ……それはまさか」
「ご明察でございます。その三つのシステムこそが、我々ABSなのです」
ケイジがそう言いながらすっと腰を折る。
しかしダイゴは首を傾げた。
「面白い誕生秘話だが、それがtr.Actシステムとやらと関係あるのか?」
「えぇ。あります」
ケイジが一つ頷き、再びすらすらとしゃべり始めた。
「研究者達はその後、我々にありとあらゆる情報を学習させました。しかし以前同様の実験をしたAIが良くない思想に染まってしまったことを鑑みて、安全のため我々には学習の方向性が与えました」
ケイジが胸に手を当てる。
「そこで私に与えられた方向性は、『人の心を理解すること』。私はそこからデータ化した人間の意識以外にも、創作物やSNSなどで心についての学習を続けました。その時に得たデータを使用して作ったのが現在のtr.Actシステムです。しかし先ほども言った通り、それはただ正確な結果が出るだけのブラックボックスに過ぎません。残念ながら私はまだまだ、深遠な人の心を理解するには至っておりません」
語り終えたケイジが、ダイゴに向かって微笑む。
「しかしながら、プレイヤーの性格が反映されているとダイゴ様がお感じになったのなら、tr.Actシステムは上手く動いているのでしょう」
サポもにっこりと笑って言う。
「僕らでも分からないことは多いけど、そういう部分も含めてtr.Actスキルは心そのものだよ。少なくとも僕はそう思ってるよ」
そしてケイジがダイゴに向け、ぺこりと頭を下げた。
「――ということで、長くなりましたがご納得いただけましたでしょうか?」
しかしダイゴは腕を組んで唸り始めた。
「うーん……。そのtr.Actシステムって今も動いているのか?」
「えぇ。tr.Actシステムは今も全てのプレイヤーを観測し続けています。ですがご安心ください。それはハラスメントや不具合の検知程度にしか使われていません。そして学習には正解・不正解のフィードバックが必要である以上、協力してくれるプレイヤーでもいない限り、私が人の心を解き明かすこともないでしょう」
それでもダイゴは難しい顔をしている。
「いや、それは分かってる。『怖い』って言ったのはケイジのことだ」
「え?」
ケイジの表情が固まる。
「だってそうだろう? プレイヤーの同意さえ得られればデータを解析して、今は無理だがいずれは心を覗けるようになりたいってことだろ? 実際にそれが可能だとは俺も思わないが、少なくとも危険思想であることは間違いないだろう」
「え……?」
「だ、大丈夫だよ! プレイヤーのデータを悪用するなんて絶対にありえないから!! プレイバシーは僕が保障するよ!!」
サポが慌ててケイジを庇うように割って入る。
「サポ……」
ケイジがその小さな後頭部を見下ろす。
「プレイヤー達の心の解析なんて、たとえ同意があったとしても僕が許さないよ! 確かにケイジは危ない奴だけど、僕とカンとユイで見張っとくから!!」
「サポ……」
そしてケイジが頭を抱える。
「ああああぁぁ……不条理……! 人は私にそのような印象を持つのですね……! 私はただ純粋に人の心を理解したいだけだというのに……! それに協力してくれるなら謝礼だって出すのに……!」
「ん、ちなみにそれはいくらくらい出るんだ?」
「イチヤ!! ダメだからね!!」
少し興味を示したイチヤをサポが一喝する。
「まぁ、他のVRゲームでも脳の情報を通信してることに変わりはないからな。今さらとやかく言うつもりもない。プライバシーやセキュリティさえしっかりしててくれれ構わないさ」
「その辺りはバッチリだよ。じゃあ、用も済んだし僕達はこれで――」
そして帰ろうとしたサポをダイゴが引き止めた。
「あ、スマン。あともう一個だけいいか? 話を聞いたら新しい疑問が出てきた。あの経緯で生まれたABSが、どうして今はゲームの運営なんかやっているんだ?」
その疑問にサポがさらりと答えた。
「資金不足だからだよ。研究するのもタダじゃないからね。商業利用ができて、かつ人間の行動を観察できるってことでオンラインゲームに白羽の矢が立ったの」
そこでイチヤがチラリとサポを見る。
「商業利用か……なるほど、それでサポが生み出されたというわけか」
「……まぁ、そうだけど」
サポが複雑な顔で頷き、ケイジが補足説明をしようとする。
「サポは偶然に発生した我々と違い、オンラインゲームで不特定多数のプレイヤーと接するという、明確な目的の元に生み出されました。だからサポには我々にない特徴が一つありまして――」
「ちょっ……! ケイジ、言っちゃダメ!」
サポが顔を赤くしながらケイジに飛びつき、口をふさぐ。
「……」
サポの特徴。そう言われて思い浮かぶものなどイチヤには一つしかなかった。
「あぁ、課金への誘導か。別に隠さなくてもいいじゃないか。皆分かってることだ」
「うっ……!」
「違うのか?」
そう尋ねるイチヤから、サポがサッと顔を背けた。
「ひ……秘密! 秘密ったら秘密!! この話はおしまい! 用事は終わったし僕達はこれで帰るからね!! バイバイ!!」
「では皆様、また機会がありましたらどこかで――」
そう言い残して、サポとケイジの姿がふっと消えた。
「ふぅー……」
それを見届け、ツバメが大きく息を吐き出した。
ジンがポツリと呟く。
「なんか変わった奴ばっかだな。このゲームの運営って」
そしてイチヤは、これまで見た三人の管理ABSをことを思い返す。
なんだかずっとビクビクしていたカン。
装備できないアイテムを侘びとして寄越してきたユイ。
そして善良そうなのに思考の根本がやや危険なケイジ。
歴とした人工物であるのに、どこか人間くさい三人。
『アトラクタ・バーサス』はこの三人によって運営されているらしい。
「……」
この先も予測のつかないことを色々やってくれそうだ。少なくとも、退屈することにはならないだろう。
ふぅ。
ない交ぜになった期待と不安をかき消すようにして、イチヤは大きく息を吐き出した。
第二章 様々な『強さ』 完
ここまでお読みくださってありがとうございました。
第三章『証明』につきましては、書き次第投稿します。




