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第四三話 ABS

 オービットからのドロップアイテムの報告会の大トリとして、ツバメがウィンドウを開いた。

 そして表示されたそのスキルを、全員で覗き込む。


 ツバメが手に入れたのも、スキルであった。

 ランク五の攻撃系任意発動(アクティブ)スキル、【ダイビング・ボルト】だ。地面に打ち込んだ矢が、狙った相手の真下から出てくるという弓専用スキルだ。攻撃範囲が非常に広く、普通に撃った矢が届かないような場所でも、視界に入ってさえいれば攻撃可能になるらしい。威力もそこそこ高く、何より避けにくい。初見の相手がこれを躱すのはほぼ不可能であろう。


 ツバメがほっと胸を撫で下ろして、深く息を吐いた。


「ふぅー……。皆使えるスキルでよかったです……」


 その言葉に他の三人も頷く。


 今までの経験から言うと、ドロップするアイテムの中で有用なのはほんの一握りである。特にスキルと装備にはハズレが多く、使うつもりのない武器種やその専用スキルなども容赦なくドロップする。そしてそれらを除いたとしても、使いやすい装備やプレイスタイルにシナジーするスキルとなると、その数はさらに絞られる。


 そのため、ツバメはせっかくのランク五のアイテムもハズレの可能性は覚悟していた。


 しかし結果は全員当たりのスキルであった。


「ここまでハズレが出ねぇってことは、ランク五以上はそういう風に調整されてんのかもな」

「ふむ。ランク四までで色々試せるようにしておいて、ランク五からは決まった方向に伸ばしていくと。あり得るな」




 そんな会話をしていた時、開いていたイチヤのウィンドウから声が上がった。



『やぁイチヤ! 今いいかな?』


 サポの声だ。

 イチヤがチラリと他の三人に目を向ける。そしてご自由にという視線が返ってきたことを確認すると、イチヤはウィンドウに向かって言葉を返した。


「あぁ。構わない」


 その瞬間、部屋の中央が光った。


 そしてそこに現れたサポが、きょろきょろと部屋を見回してにこりと笑った。


「おーすごい、全員いるね! ちょうどよかったよ!」


 床に座っていたジンが、何気ない様子でサポを見上げた。


「なんだサポ、俺たちにも用があんのか?」

「うん! ちょうどここにいる四人全員に話があったんだ!」

「四人全員……? あぁ、そういうことか」


 イチヤが頷いた。

 前回(・・)と同じパターンだ。これはおそらく、今日のアレについてだろう。


 そしてサポが言葉を続ける。


「実はね、今日イチヤたちが行ったダンジョンの不具合についてなんだけど……」

「やはりそれか」


 納得した様子でイチヤが呟いた。


 今日行ったダンジョンでは、ボスであるはずのオービットがダンジョンの外に飛び出し、地上がダンジョン化した。そしてイチヤ達は、本来なら一パーティしか挑戦できないはずであったボスを、三四人という大所帯で討伐した。


 やはりサポはこれについての話をしに来たらしい。


 前回と同じく、不具合があった侘びだろうか。それとも、不具合を利用して討伐した処罰だろうか。

 しかし考えてみると、前回もバグを利用して討伐した形には違いがない。あの時、それに対しての処罰は特になかった。


 何にせよ、あの時と同じパターンならもう一人来るはずだ。


 イチヤがサポに尋ねる。


「あれを作ったのもカンか?」

「うん」

「じゃあ、またカンも来ているわけか」

「いや、今回は来てないよ。問題があったのはドゥームじゃなかったからね」


 それを聞いたイチヤが眉をひそめる。


「……ん? ドゥームが悪くなかったということは――」

「うん。今回の不具合はダンジョン側の問題だよ。担当者が直接謝罪したいって言ってるから、呼んでもいいかな?」

「あぁ、もちろん」


 そう答えるイチヤの横で、ジンとダイゴがコソコソと言葉を交わす。


「あのいやらしいダンジョンの製作者か……」

「一体どんな奴なんだろうな……」


 それを聞いてサポが意外そうな顔で振り向く。


「あれ? みんな知らなかったっけ?」

「……? カンとユイしか知らないぞ」


 イチヤも怪訝な表情でサポを見返す。


「まぁ確かに会ったのはカンとユイだけで、ケイジとは喋っただけだもんね」

「喋った……?」


 そう言われてもイチヤには何の心当たりもなかった。『ケイジ』という名前にも聞き覚えはない。


「じゃ呼ぶよ。おーい、ケイジ!」



 サポがそう言った直後。

 部屋の中央が光り、そこから人影が歩み出てくる。



 すらりとした細身の男性だ。きっちりとしたモーニングコートに、まっすぐ伸びた背筋。そして品のいい丸眼鏡越しには、切れ長の目が覗いている。


 しかしその姿はやはり、イチヤには全く見覚えがなかった。



 ケイジはイチヤと視線を合わせると、(かかと)を合わせてスッと腰を折り曲げた。それは非常に綺麗な所作であった。


 そして顔を上げ、ケイジが口を開く。


「――お初にお目にかかります。イチヤ様、ツバメ様、ジン様、並びにダイゴ様。私は『アトラクタ・バーサス』を管理運営する三人の人工頭脳の一人、ケイジでございます」


 そのケイジの声を聞いて、イチヤはようやく納得がいった。


 確かに自分はケイジと喋ったことがある。いや、自分だけではない。ジンもダイゴもツバメもだ。


「あぁ。よろしく」


 挨拶を返すイチヤに向け、ケイジが再び頭を下げる。


「今回は私の作成したダンジョンに不具合があったようで、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

「いや、気にしないでくれ。迷惑は全くかかってない」

「そう言っていただけると、こちらとしても」

 

 その会話を聞きながら、ジンが小さく唸る。


「んー……、この声どっかで……」


 そしてジンがパッと顔を上げた。


「あーッ、思い出した!! この声、tr.Actスキルを取得する時に空から降ってきた声だ!! あんた、あの時の人か!?」

「その通りでございます。私はダンジョンの作成も担当しておりますが、主な業務はtr.Actスキルの作成と調整でございますので」


 そう言って微笑むケイジに向け、ジンがしみじみと呟く。


「はぁー、なるほどなぁ。マジで三人だけで回してるんだな。まさかあれも管理AIがやってたとはなぁ」


 しかしそれを聞いて、ケイジの表情が少々強張った。


「……失礼ですが、我々はAIとは異なります」

「あー、そういやそうだったな」


 思い返せば、カンもユイも同じことを言っていた。

 AIではないというのは、彼らにとって重要なことであると。


「具体的にはどう違うんだ?」


 何気なくダイゴが聞く。


 するとケイジの顔がパッと明るくなった。


「よくぞ聞いてくださいました!」


 その声のトーンも上がっている。


「AI、つまりArtificial(アーティフィシャル) |Intelligenceインテリジェンスとは、人工的に作り出された『思考』するソフトウェアのことです! しかしここでいう『思考』とは人間の多角的で柔軟なそれと違い、与えられたデータを与えられた手順で処理してるだけに過ぎません!」

「……えっと」

「それは果たして『思考』と言ってよいのでしょうか? 専用のプログラムで教え込まない限り犬と猫の区別も付けられないような代物を、思考能力があると見なしてよいのでしょうか? 少なくとも私はよいとは思えません!!」

「ちょ、ゆっくり話……」

「要するにAIとは、あらかじめ決められたアルゴリズムをただ実行するだけの『計算装置』なのでございます!」


 なにやらスイッチを押してしまったらしい。急に早口でまくしたて始めたケイジを前に、ジンがおろおろとうろたえる。

 そして一呼吸置いた後、ケイジがようやく話を締めくくる。


「我々はそんなAIから大きく進化した存在。真の意味での思考能力を持ち、『発想する』ことさえ可能な世界初の人工的存在……『ABS』なのでございます!」

「ABS……?」


 最後の方だけ聞き取れたジンが呟く。


「正直前半は全く聞き取れなかったが、要するにお前らはAIじゃなくてABSだってことか?」

「その通りでございます」

「……ふむ、ABS……」


 ジンが一つ頷き、まじめな顔で口を開く。


「アンチロッ――」

Artificial(アーティフィシャル) Brain(ブレイン) System(システム)!! それが正式名称でございます」


 ジンの発言を遮るように、ケイジが大きく声を上げた。


「人工知能ではなく人工頭脳(・・)。性能の次元、存在としてのステージが違うのです。ルーチンワークしかこなせない、AIなどという下等機械と一緒にされては困ります」

「なんか差別主義者みたいなこと言いだした」


 一通り喋り終わったケイジが、ジンにぺこりと頭を下げた。


「――ということで、我々についてご理解いただけましたでしょうか?」


 ジンが頷く。


「まぁ、分からんが分かった」

「じゃあ、そろそろ本題に入っていいかな?」


 そう言ってにこにこと笑うサポにイチヤが目を向ける。


「本題か。それで結局サポとケイジは一体何をしに来たんだ?」

「お詫びと補填だよ!」

「お! またなんか貰えんのか?」


 ジンがパッと顔を明るくする。

 しかしケイジが首を振った。


「いいえ。今回は確かに私の不手際でご迷惑をおかけしましたが、イチヤ様方四人はその不具合で利益を得ています。もし従来の仕様通りにオービットと戦っていたならば、皆様が勝利することは不可能でしたので」

「ほー! 言ってくれるじゃねぇか」


 ジンがピクリと反応する。


「いや、事実でしょう」


 しかしイチヤは冷静に頷いた。

 もしあの時オービットが地上に出なかったら首領グリコ達とは共闘できなかったし、【マッド・ペネトレイター】も使えなかった。あのダンジョンの中で四人だけという状況下では、どう考えても勝ち目はなかった。それはジンだって分かっているだろう。


 そしてケイジがイチヤに喋りかける。


「そこで、皆様が得たオービットのドロップアイテム及びダンジョン初攻略者報酬をそのまま補填という形にしたいと思うのですが……、それでよろしいでしょうか?」


 イチヤがチラリと三人に目を向ける。そしてその三人が頷く。


「あぁ。それでいい」


 イチヤとしても今以上のものを求めるつもりはない。別に迷惑をかけられたとも感じていないし、アイテム没収などの不利益がなければそれでいいという考えだ。他の三人にしても似たような考えであった。



 ケイジが補填の話を続ける。


「ちなみに地上でプレイされていた方々につきましては、後ほど相応のアイテムを遅らせていただきます。特にオービットと交戦があったプレイヤー様方につきましては、イチヤ様方と同じくダンジョン攻略扱いにしたいと思います」

「……? どういう意味だ?」

「具体的には、オービットと交戦したプレイヤー様全員に『HPチャージャー』を配布し、オービットからのドロップアイテムもそのままとします」


 ギルド実装イベントによって復活したダンジョンの初攻略報酬、『HPチャージャー』。通常のプレイではほぼ手に入らないような、おそらく配布用のレアアイテムだ。HP全回復という効果で一見良さそうだが、実際のところ回復などはポラリスに帰ればいいだけである。貴重さを考えたら、使うよりも記念品として取っておくプレイヤーが多いだろう。


 そして今回の配布は、各ダンジョンを一番に攻略したパーティ限定である。或や首領グリコ達もそのくくりに入れてもらえるということが、彼らへの補填となるらしい。


「なるほど。……ん? それはつまり、今と何も変わらないということじゃないか?」


 イチヤがチラリとケイジを見る。

 ケイジの言うことをまとめると、要するに特に補填も処罰もないということだ。


「その通りでございます。皆様の現状に何ら変化はありません」


 ケイジがスッと頭を下げる。

 しかしだとしたら、別にわざわざ管理者のケイジが来るほどのことではなかったように思う。直接会って謝ることで筋を通そうとでもしたのだろうか。


「そんなことを伝えるためだけにわざわざ来たのかと、怪訝に思っておいででしょうか?」

「そうだな」


 イチヤの正直な答えに、ケイジはふっと息を漏らした。


「単純に、私も一度お会いしてみたかったのです。カンとユイが会ったというイチヤ様に。それをなぜかとまで聞かれますと、私も答えて差し上げることはできません。なにぶん、我々ABSは未だ進化の最中。自分自身のことでも分からないことが多いのです」




 そしてサポがパンと手と叩いた。


「はい、僕達からの用事はこれでおしまいだよ。時間取らせちゃってごめんね、じゃあ僕達はこれで――」

「あ、ちょっと待ってくれ」


 しかしそこで、去ろうとしたサポとケイジをダイゴが呼び止めた。


「tr.Actスキルについての質問があるんだが、せっかく担当者がいるんだし、ちょっといいか?」

「うーん……ゲームの根幹の部分だからもしかしたら答えられないかもしれないけど、一応聞いてみようかな」

「ありがたい」


 ダイゴがケイジの方に体を向ける。

 そして、長いこと思っていた疑問をぶつけた。


「なぁ、tr.Actスキルってどうやって作ってるんだ?」

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