第四一話 イチかバチか
さすがのオービットと言えども、空中を浮遊することはできない。
やがて重力に従って落ちてくる。
その落下予測地点に移動し、イチヤが拳を構える。
ステータスが上がりすぎた。もうギリギリだ。ただ移動するだけでも細心の注意を払う必要がある。
それに【マッド・ペネトレイター】もそろそろ壊れるだろう。必ず次の攻撃で仕留めなくてはならない。
イチヤが上空のオービットを睨みつける。
「■■■■ォオッ!!」
オービットが短く叫んだ。
その途端、体についた棘のうち半分ほどを勢いよく射出した。
「……なんだ?」
イチヤが眉をひそめる。
それは明らかにイチヤへの攻撃ではなかった。ただ撒き散らしただけという印象で、イチヤのところにはほとんど飛んで来ていない。
たまたま落ちてきた一つを拳で弾く。これで強化倍率が約九万五千%、いよいよ後がなくなった。
「……!」
そしてもう一度オービットを仰ぎ見て驚く。
殴り飛ばされて乱れていたはずの姿勢がきれいに整い、頭を下にして落下している。
イチヤが顔をしかめる。
まずい、さっきの棘の射出は姿勢制御のためだったのか。敵はこのまま土中に潜るつもりだ。
十秒以上潜られたらtr.Actスキルが解除されてしまう。そうなると再びこのパーセントまで溜めるHPの余裕はない。
しかし、制御の利かない体で下手に動くことはできない。無理に阻止しようとすれば、逆効果になりかねない。相手の攻撃は【マッド・ペネトレイター】でしか受け止められないのだ。
「■■■■オオオォォ……!」
オービットの頭が地面に潜り込んでいく。
そのまま何の抵抗もなく、オービットの長い体がするりと地中へ吸い込まれていく。
「……ッ!!」
敵の残りHPは二割と少し。今のステータスでも一撃で削り取れるかは微妙だ。壊れかけの武器でちゃんと攻撃ができるかも怪しい。
それでもイチヤがイチかバチか、完全にオービットが潜り込む前に攻撃をしようとした瞬間。
「tr.Act! 【土に根差す鋼鉄】!!」
高重力フィールドが発生した。
「ダイゴさん……!? どうして……!?」
驚いて振り返る。いつの間にここまで近づいていたのか、そこには何か集中した様子のダイゴがいた。
ダイゴのスキルは重力を増大させるスキルだ。真下に向かうオービットを止めることができないどころか、むしろ手助けしてしまうことになる。
しかし、地面から垂直に伸びていたはずのオービットの体は、大きく傾いでいった。
「よし!!」
ダイゴがぐっと拳を握る。
その様子を見て、イチヤもダイゴが何をしたのか理解した。
ダイゴのtr.Actスキルの効果範囲は半径十メートル。そして高重力のフィールドは半球状ではなく、上下に広い円柱状に発生する。
そのスキル範囲の境界線ちょうどに敵を乗せると、敵の体の半分だけに五十倍の重力がかかることになる。ダイゴはそうしてオービットのバランスを大きく崩したのだ。
しかしこれは言うほど簡単なことではない。その距離は目測だけで調整するしかないし、その調整の時間だってオービットが潜るまでの限られた時間しかない。しかも失敗すれば、最悪の場合敗北が決定する。
「上手くいってよかった……!!」
ダイゴが搾り出すような声を出す。
「■■■ォオオオ……!!」
そしてオービットの体が、強く地面に打ち付けられた。
地面を勢いよく掘り進められるほどの貫通力は、頭部にしかない。しかも今は胴体の棘も半分失っている。それでも瓦礫やアスファルトを削って胴体が埋まっていくが、今までの移動速度に比べれば遅々としたスピードだ。
「……よし」
今のでオービットのHPがレッドゾーンに突入した。これならば【マッド・ペネトレイター】が壊れなければ十分削り取れる。
そう思いながら、イチヤが攻撃を仕掛けようとする。
「待て待て待て!!」
しかしそれをジンが止めた。
こちらもいつの間にか近づいていたらしい。おそらくダイゴを連れてきたのもジンだ。
イチヤがジンに向き直る。
「ジンさ――」
「【アームズ・リペア】……!」
すると不意に足元から声が聞こえてきた。
それと同時に、ボロボロの【マッド・ペネトレイター】が新品同然になる。武器修復スキルだ。
見ると、ジンの足元には首領グリコが連れてきたロイという少年がいた。
「あっぶねー!! 間に合ったー……!!」
ロイの横で、ジンが大きく息をつく。
どうやらダイゴだけでなく、ロイも連れて急いでイチヤを追っていたらしい。
「ホントお前は、こうと決めたら一直線だな……。 もっと楽に行こうぜ?」
「楽に……?」
「つまりこういうことさ」
ジンがニッと笑って足元に目を落とす。
そしてジンに襟首を掴んで運ばれたらしいロイが、青くなった顔で呟く。
「tr.Act、【洗練壮挙の逸品】……!!」
そこでイチヤもようやく思い出した。
そういえば首領グリコ達とダンジョンで戦った時、相手パーティにもツバメと同じくサポートタイプのtr.Act持ちがいた。
そしてそのスキルを受けた途端、【マッド・ペネトレイター】が一回り大きくなった。
「装備強化スキル……?」
「はい……、正確にはスキルと装備のアイテムランクを一つ、上げるんです」
「……!」
イチヤが驚いて自分の装備を見つめる。
ということは、この【マッド・ペネトレイター】のランクは現在七ということになる。ランク五でも滅多にお目にかかれない程のレアアイテムなのだ。それが七。
確かにもっと早い段階でこれを受けていたら、かかる労力はずっと少なかっただろう。
ロイが呟く。
「イチヤさんに使おうと思って、クールタイムが明けてからずっと取っておいたんです……」
「そうか、ありがたい」
「いえ、こちらこそ……、ボスを助けてくれて、ありがとうございます……!」
ロイと言葉を交わしながら、オービットに向かって歩いていく。
長い体が地面に食い込み続け、ちょっとした地割れのようになっている溝を覗き込む。
「ま、何にせよトドメだ。やったれ!」
「はい」
笑いかけるジンに短く言葉を返し、その溝に飛び込む。
「……!! ………………!!」
そして苦しげにビクビクと動くオービットに、ランク七と化した【マッド・ペネトレイター】を叩きつける。
「……、おおおおおッ!!」
ガキン。
金属同士がぶつかり合う激しい音。しかし今までと違い、【スーパーアーマー】は発動しない。
なぜならあれは、被撃時に発動する能力である。
イチヤの拳はオービットの胴体を砕き、回転を完全に停止させている。
高速回転が止まってしまえば、棘による反撃も受けない。
そして表示されているオービットのHPは、ゼロを示している。
イチヤがそれを確認すると同時に、オービットの全身がさらさらと崩れ落ち始めた。
「……よし」
立ち上がり、拳をぐっと握る。
その直後、ピコンというささやかな電子音が鳴った。
「……? なんだ?」
イチヤがウィンドウを開く。
そこには全プレイヤーに向けた運営からのメッセージ、ワールドアナウンスが届いていた。
以前バグドゥームを倒した時も届いていたものだが、あの時それを見る余裕があった者は誰もいなかった。そのためこれを見るのは、オービット討伐に参加したプレイヤーのほとんどにとって、初めてのことなる。
イチヤがメッセイージを開く。
『アトラクタ・バーサス運営チームからのお知らせ。
ダンジョンボス:”穿孔潜転”オービットが討伐されました。
この戦いのリザルトは以下の通りです。 続きを読む▼』
「……」
『続きを読む』をタップし、リザルトを表示させる。
『▼
出現場所:○○県加総市
ファーストアタック:キム・ウォーター様
ラストアタック:イチヤ様
・
・
・
最長ターゲット時間:首領グリコ様
最多被撃回数:首領グリコ様
単発最大被ダメージ:首領グリコ様
総合最大被ダメージ:首領グリコ様
・
・
・ 』
長い長いリザルト画面だ。細かい項目の横に名前や数字がズラッと並んでいる。
そして最後には、この戦いのMVPが表示されていた。
『最多攻撃回数:イチヤ様
単発最大与ダメージ:イチヤ様
間接最大与ダメージ:ツバメ様
総合最大与ダメージ:イチヤ様
討伐参加人数:三五名
討伐時間:一時間十三分四四秒
MVP:首領グリコ様
MVP:イチヤ様 』
「……MVPか」
呟いてウィンドウを閉じる。
何か特別な報酬でもあるのだろうか。だとしたら皆に悪いと思う。MVPこそ首領グリコとイチヤであるが、これは全員でもぎ取った勝利なのだから。
そんなことを考えながら、深さ二メートルほどの溝をよじ登る。
そしてぐっと上半身を外に出した瞬間、わっと沸いたような歓声に包まれた。
「イチヤ!!」
「うおおおーっ!! イチヤー!!」
「やったなぁオイ!」
「本当に倒しちまったよ!!」
そこには討伐に参加したプレイヤーが全員集まっていた。
「お前も凄かったな、何なんだよあのカッチョイイロボット!」
「ワハハハ!! そうであろうそうであろう!!」
首領グリコも混ざって騒いでいる。
立ち上がって土を払うイチヤにジン・ダイゴ・ツバメの三人が近づいてくる。
「イエーッ!! HND初討伐!! 歴史に名を刻んでやったぜ!!」
「大げさな奴だな……。しかしめでたいのは確かだ!」
「やりましたね先輩!」
三人も喜んでいる様子だ。イチヤも一つ頷いて呟く。
「はい」
そう言えば今日は、記念すべきギルド結成の初日なのだ。
そんな日にいい実績を積むことができた。
ギルド『ファースト・ギア』で挑んだ始めてのイベントは、見事勝利で終わったのだ。
顔に出ることはないが、イチヤもそれを喜ばしく思っている。そして一つ頷くと、ギルドメンバーの三人に視線を向けた。
ジン・ダイゴ・ツバメの三人が、イチヤに笑みを返す。
そんな三人に向け、イチヤが静かに声をかけた。
「それでは、次のダンジョンに行きましょうか」
『……え?』
三人の表情が固まる。
周りのプレイヤーも静まり返る。
それを気にした様子もなく、イチヤが続ける。
「言っていたじゃないですか。このダンジョン攻略が終われば、次は未発見ダンジョンを探しに行くと」
「いや、言ったけど……! 言ったけどさぁ!!」
ジンが慌てて声を上げる。
そしてイチヤの目が本気そのものであることを見ると、肩を落としておそるおそる聞いた。
「え、今からか……?」
「まさか」
しかしイチヤは首を振る。
それを見てジンが肩をなで下ろす。
「だ、だよな! だって――」
「はい。今はHPが残り僅かです。一旦ポラリスに戻って、ダンジョン探しはそれからです」
そう言って頷くイチヤの顔は、やはり本気そのものであった。
その目を覗き込み、全てを諦めたジンが呟く。
「……了解……」
こうしてその日。
加総市を拠点に活動する高レベルプレイヤーの多くが、イチヤの人となりを理解することになった。




