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第三九話 来た

 オービットと睨み合う【セレスティアル・カイザー】に目をやりながら、イチヤが口を開く。


「ツバメ、グリコのサポートを」

「……っ、はい! tr.Act、【こころの灯火】!」


 えっ、グリコって呼んでるんですか……?


 思わず言いかけたそんな疑問を飲み込みながら、ツバメがtr.Actスキルを発動させる。


 【セレスティアル・カイザー】の体がぼんやりと赤く光り始めた。


 【セレスティアル・カイザー】にはすでに、首領グリコが連れてきた『ロイ』のtr.Actスキルがかけられている。装備とスキルのアイテムランクを一つ上げるスキルだ。

 それに加えて、武器種:【巨大ロボット】の性能を強化する首領グリコ自身のスキル。

 そしてステータスとスキルを強化し、tr.Actスキルが参照する数値を全て五%上昇させるツバメのスキル。


 これで現在首領グリコには、三つのtr.Actスキルが乗っていることになる


『では行くぞ!! 必殺、【セレスティアル・バスター】ッ!!』


 首グリコが手を前に突き出し、そこから太いレーザービームが放出される。

 ツバメのスキルの分、あの時よりも威力は強化されている。


「■■オッ!!」


 しかしその攻撃は高速回転する体に弾かれ、ダメージはまともに通らなかった。放たれた光線は棘で細かく引き裂かれながら、オービットの後方へと抜けていく。敵の体を押してはいるものの、体勢を崩すまでは至らない。


「だからその挙動はおかしい……! 俺はそれをレーザーとは認めないからな……!」

『ええい細かいヤツめ!!』


 ダイゴが小声で呟くが、しっかりと聞こえたらしい首領グリコが言い返す。


『フン! ならば次はこれだ!! 必殺、セレスティアル・ブロー!!』


 首領グリコが叫びながら、巨大な拳を振りかぶる。技名を叫んでいるが、これはスキルではなくただの通常攻撃である。


 重い一撃がオービットに打ち付けられる。

 金属同士が激しくぶつかり合う音が響き、火花が舞う。


 そして【セレスティアル・カイザー】の右腕が大きく弾き返された。


『ぐお……っ!』


 巨大ロボットがたたらを踏む。


 しかしその右拳は無事であった。砕かれていないし、装甲が破られてもいない。ただ引っかいたような傷が付いているだけだ。


「■■■■ォォォ…………!!」


 オービットの方も大きくよろめいている。

 HPバーも少しではあるが短くなっている。正面からまともに攻撃が通ったのだ。


 プレイヤー達が色めき立つ。


「よっしゃ!! 行ける!!」

「うぉおおおっ!!」

「皆援護するんだ!!」


 そしてそれぞれの武器を構え、一斉に走り始める。

 そんなプレイヤー達に向け、首領グリコが声をかける。


『足元に気を遣う余裕はない! 踏み潰されんように各自気を付けるんじゃ!! あとスクリーンショットを撮るのを忘れるな!!』


 【セレスティアル・カイザー】が体勢を立て直して、オービットに迫る。

 

 そして長い体を両手でがっしりと掴んだ。


「■■■■ォォ■■オオオオッ!!」


 オービットがノイズ混じりの咆哮を上げ、胴体の回転速度が上がる。

 金属同士が擦れあう甲高い音が響き、【セレスティアル・カイザー】の手のひらに無数の傷が生まれていく。


『うぉおおおっ!!』


 しかし首領グリコが手を離すことはなかった。回転を抑え込もうと全力で力を込める。


 そして数秒後、オービットの回転が止まった。首領グリコが完全に抑え込んだのだ。


『今じゃあ!!』

「おおおおおおッ!!」


 そこにプレイヤー達が口々にtr.Actスキルを発動させながらなだれ込む。



 ツバメもそれを遠巻きに見ながらオービットに矢を撃ち込む。もちろん他の人に当たらないよう注意は欠かさない。ツバメのtr.Actスキルにはフレンドリーファイアのダメージを無効にする効果もあるが、それはパーティメンバーに限定した話である。


 弓矢での攻撃にしても、他の攻撃系tr.Actスキル持ちに比べれば微々たるダメージだ。しかし何もしないよりはマシだろうと、攻撃を続ける。


 そうやって細々とダメージを稼ぎながら、隣に立っているイチヤに尋ねる。


「……チャンスですよ。先輩は行かないんですか?」

「あぁ。リスクが高すぎるからな。俺の武器、【手甲】は腕と一体化した装備だ。下手をすれば武器を失うだけではすまない」

「……?」


 ツバメがその言葉に違和感を覚えて振り向く。

 ツバメの知るイチヤは意外と玉砕主義というか、リスクなど気にせずひたすら突っ込んでいくようなところがある。

 イチヤは安全策を取って待機しているようだが、そういった消極的な選択肢はイチヤの好みではないはずだ。それに待っていたところでリスクが無くなるわけでもない。


「……あ。ひょっとして、まだ誰か来るんですか?」


 その誰かを待っているんだろうかと、ツバメがイチヤに振り向く。


「いや、もう誰も呼んでいない」

「……?」


 ツバメが首を傾げる。

 もう誰も来ない。つまり戦況はこれ以上大きく変化しないということだ。これ以上待っても何も変わらない。

 ではイチヤは何を待っているのだろうか。


 ツバメには、その心当たりがなかった。


 【セレスティアル・カイザー】が両手で地面に押し付けてたオービットを、大勢のプレイヤーが攻撃する。


「■■■ォォオオオ!!」


 オービットが激しく体をくねらせてそれに抵抗する。


「うおりゃっ!!」


 ジンもtr.Actスキルを発動し、高速ですれ違いざまに切り付ける。


 オービットの体は竹の節のように分かれている。その節一つ一つが独立して回転できるようで、【セレスティアル・カイザー】が握っている部分の回転は止まっているが、他の部分は依然として高速回転を続けている。


「この調子で慎重にいかねぇと……」


 ジンが小声で呟く。


 オービットが暴れるため、ジンは先ほど誤って槍を回転部分に当ててしまったのだ。すると槍はあっという間に、シュレッダーにでもかけたように細切れにされてしまった。

 壊れた武器は通常ポラリスに戻るまで修復されない。しかし今回は首領グリコが連れてきたロイという少年が武器修復スキル持ちだったため、なんとか事なきを得た。


 ジンと同様に武器が砕かれたプレイヤーは他にもちらほらおり、ロイは忙しそうに戦場を駆け回っている。


 しかしスキルだって無限に使えるわけではない。SPというパラメータを消費する必要があるため、武器を直すにも限界がある。


 武器は無駄に傷つけず、丁寧に攻撃していかなくてはならない。


「よっしゃ、このまま削りきるぞ!!」

「おう!」


 ジンの声に周りのプレイヤー達が答える。

 そして大人数での攻撃を続ける。


 その状況が少しの間続き、オービットのHPがついに半分を切った。

 プレイヤー達の視界上部に表示されているHPバーの色が、黄色に変わる。


「■■■ォォオオオ……!!」


 オービットが低く唸り声を上げ始めた。


「行動パターンが変わりそうだ! 何か来るぞ!」


 或が声を上げたその瞬間。


「■■■■■ォオオオオ!!!」


 オービットの長い体、その地面の中に隠れていた部分が勢いよく噴き出してくる。


『なにぃ!?』


 首領グリコが驚いて声を上げる。

 彼が見たオービットは、地面からうねうねと顔を出している姿のみ。てっきりそういう地面から生えた動かない敵だと思っていたのだ。


 完全に虚を突かれた【セレスティアル・カイザー】の腕に、オービットが巻きつく。


「■■■■■ォオオオオ!!」

『うおっ!?』


 残り半分ほどしかないHPがガリガリと削れていく。たまらず手を離し、大きく腕を振ってオービットを放り投げる。


 オービットは遠く離れた地面にドサリと落ちると、短く咆哮を上げて地面に潜り込んだ。


「くっ、まずい!」


 プレイヤー達がさっと地面に耳をつける。


 プレイヤー達は首領グリコの到着前、二十分に及ぶ時間オービットの攻撃を避け続けている。その経験を踏まえ、分かったことが一つある。


 オービットの攻撃力は先端、つまり顔に相当する部分が最も高い。


 地面から勢いよく出てきた頭部がくり抜いた部分と、横薙ぎに振るわれた胴体が引き裂いた部分とでは、破壊の痕跡に違いがあるのだ。

 前者は綺麗な断面で削り取られており、後者は力ずくで砕かれている。


 オービットの突進の貫通力は、胴体側面の破壊力を圧倒的に上回るのだ。



「そこだ、避けろ!!」


 プレイヤー達が【セレスティアル・カイザー】の真下を指差す。


『ぐっ……!』


 首領グリコがそこから離れようと全力で機体を動かす。

 しかし【セレスティアル・カイザー】はその巨体ゆえ、急に素早くは動けない。


「■■■■■ォォォオオオオ!!!」

『ぬおおおおおっ!?』


 【セレスティアル・カイザー】の足元から飛び出したオービットが、その立派な左足をまるごと削り取った。


「まずい!!」

「うわぁ!!

「ボスーっ!!」


 その場に集ったプレイヤー達が一斉に叫び声を上げる。




「ああっ! まずいです!」


 それを見ていたツバメも慌てて声を上げる。


「……そろそろか」


 しかしあくまでも冷静に、イチヤが呟いた。


 今まで待っていたものが、そろそろ訪れようとしている。



 最初に違和感を覚えたのは、辺りにドゥームがいないことに気付いた時だった。


 この辺りにはツバメ達と何度かレベル上げに来ている。その時には普通にドゥームがいて、普通にレベリングができた。

 だというのにオービットを追って地上に這い出てからは、オービット以外にドゥームの姿を見ていない。


 不自然だ。


 そしてジンから【ウォール・ラン】を受け取るためにウィンドウを開いた時、はっきりと確信した。


 経験値が増えていたのだ。

 ツバメに【ウォール・ラン】を送った時にチラリと見た経験値よりも、確かに数値が伸びていた。ドゥームを倒していないどころか、見かけてすらいないのに。


 ドゥームが出現しない。

 何もしなくても経験値が貰える。


 特徴的な二つの要素。

 オービットがダンジョンに穴を空け、地上に出た。その結果この辺り一帯にどんな変化が生じたのか。火を見るよりも明らかだろう。



 現在、地上は(トラップ)型ダンジョンと化しているのだ。



 オービットがダンジョンの境界を食い破ったことで、ダンジョンの定義が広がった。大方そんなところだろう。


 だからこそ、イチヤはずっと待機していた。それが来れば、現状を打破できる可能性が手に入るのだから。

 そして、イチヤがずっと待っていた音が鳴る。


 レベルアップを告げる短いファンファーレだ。



「来た」



 呟いて、ウィンドウを開く。


 このレベルアップで、イチヤのレベルは五十になった。

 数日前に立てた目標を、これでクリアしたことになる。


 そして次にやることも決まっている。

 そもそも、それをするためにレベル五十を目指したのだ。


 イチヤがウィンドウから取り出したのは当然、ユイから貰ったランク六の【手甲】武器。


 時間のない中、勝つにはこれしかないとわざわざポラリスまで取りに行ったアイテムだ。


「…………」


 イチヤが無言でそれを武器欄に差し込む。以前と違い、今度は吐き出されることはない。


 そして、ウィンドウにシステムメッセージが表示された。



 『【手甲】武器:【マッド・ペネトレイター】をセットしました』。



 それと同時に、イチヤの腕に暗褐色の手甲が出現した。


 それにちらりと目を落とした後、鋭い視線を戦場に向ける。

 そこでは半壊した【セレスティアル・カイザー】が、倒壊しかけのビルを掴んで辛うじて立っていた。足元には大勢のプレイヤーがいる。倒れこんで巻き込まないようにしているのだろう。

 大ダメージを避けるためにもう片方の手でオービットの首を掴み、しかし長い胴体に巻きつかれて全身を削られている。


 それを見ながら、イチヤが小さく呟く。


「tr.Act、【天に届く一片】」


 そしてイチヤが走り出した。

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