第三八話 お前なら大丈夫だろう
「……」
「……えっと、この辺りのはずですけど……」
ツバメが足を止めて呟く。
しかし言われなくても一目瞭然である。周囲はそこら中穴だらけ、明らかにオービットが暴れた跡だ。ほとんどの建物が不自然に削り取られており、倒壊しているビルもいくつもある。
「これは……酷いな」
イチヤが呟く。
「いや、お前の時ほどじゃねーよ」
「……」
背後からかけられた声にむっとしながら振り向く。
「……或」
「よう、イチヤ」
或が軽い調子で手を上げる。
「その件は――」
「分かってる分かってる。ちょっとした冗談だって。聞き流してくれ」
眉根を寄せるイチヤの鋭い目をさらっと受け流し、或が大きな声で周囲に叫ぶ。
「おーい! イチヤ来たぞー!!」
その瞬間、数人のプレイヤーがひょこっと体を起こして振り返る。
瓦礫に紛れて今まで気づかなかったが、この場にはプレイヤーが何人かいたようだ。静かに地面に寝転がって、何かをしていたらしい。
「おお、来たか!」
「イチヤー!」
「よし、これで勝てる……!」
イチヤの姿を確認したプレイヤー達が顔を綻ばせる。
彼らの知るイチヤは、誰も近づくことすらできなかった敵をたった一人で倒し、レベルが頭抜けて高く、対人戦もいまだ無敗のプレイヤーである。彼らにとってイチヤは、突如降って湧いたオービットという脅威に対抗しうる唯一の望みであった。
しかし先ほどはオービットに手も足も出なかったイチヤとしては、正直あまり期待しすぎないで欲しいところであった。
「みなさん寝転がって何してたんですか?」
ツバメが或に尋ねる。
「あぁ、音を聞いてたのさ。オービットとかいうやつの掘削音をな。そうすりゃ少なくとも――」
「或!! そっち出るぞ!!」
地面に耳をつけていたプレイヤーが或に叫ぶ。
その瞬間、イチヤ・ツバメ・或の三人が弾かれたように走りだす。
「■■■■ォ■■ォオオオ!!!」
直後、先ほどまで三人がいた地面から鈍色の怪物が飛び出してきた。
オービットはそのまま空中をうねうねと旋廻すると、ビルを破壊しながら再び地中へと戻っていった。
「な? 音さえ聞いとけば、とりあえずああいう単純な体当たりだけは避けられる」
「……しかしそれでは……」
「あぁそうだ。それだけじゃあジリ貧、反撃しないことには絶対に勝てないさ。でもあのドリルみたいな体には攻撃が通らない! そこでお前の出番ってわけだ!」
或が近づいてきて、イチヤの背中をバシンと叩く。
「或……何か策があるのか?」
「ない! 何とかしてくれ!」
「……」
げんなりとした表情で或を見つめるが、にっこりと笑顔が返ってくる。
そこでピロンと電子音が聞こえてくる。何だろうかとウィンドウを開いて確認すると、プレゼント機能で【ウォール・ラン】が届いていた。ジンとダイゴが二人とも地上に出てきたため、スキルが返却されたのだ。
「ん……?」
ウィンドウを閉じようとしたイチヤが、小さな違和感に気づいた。
「これは……、そうか。そういうことか」
小さく呟く。
「さて、こっからどうする大将?」
そして或がイチヤに尋ねる。
「……下手に攻撃して行動パターンが変化したら面倒だ。このまま時間を稼いで助っ人の到着を待とう。ジンさんとダイゴさんが何人か呼んでくれている。俺もフレンドリストから一人……いや、何人か連れて来ると言っていたか。とにかく戦力が揃い次第一気に行こう」
「まずは時間稼ぎってことね。任せろ任せろ、そういうのは得意中の得意だ」
「あぁ。じゃあもし敵の行動パターンが変わったら、その時は或が引き付けてくれ。皆はそのサポートを頼む」
ツバメが真剣な顔で頷く。
「分かりました。……ってあれ? 『皆は』って、先輩は何か別のことをするんですか?」
「あぁ。俺は――」
いつもと変わらない表情で、イチヤはさらりとこう言った。
「――ポラリスに帰る」
「え!? なんでですか! HPも減ってないのに!」
ツバメが驚いて声を上げる。
「今のままじゃ勝てないからな。心配するな、すぐ戻ってくる。……【トランスポーター】」
イチヤの体がふわりと浮き上がり、そのまま止める間もなく去っていく。
「あっ! ……本当に行っちゃいました」
空中を滑るように遠ざかる背中に向かって手を伸ばしかけるが、そのまま力なく下ろす。
イチヤの姿が視界から消え、それを眺めていた或が軽い調子で呟く。
「あいつ自由だな。……まぁこっから駅まで【トランスポーター】なら十分もかからないだろ。どうせ助っ人さんらを待たなきゃいけないし、それまでの時間稼ぎも安定してる。好きにさせてやろう」
そして或はツバメから離れ、地面に耳をつけてオービットの動向を探り始めた。
そして十数分後。
「もうそろそろ帰って来てもいい時間だが……」
ウィンドウを開いて時刻を見ながら、ダイゴが呟く。
ジンとダイゴはあれから数分後に合流した。
「イチヤ君もしかして道に迷ってるんじゃないだろうな」
「そんな、まさか……」
真剣に心配しだすダイゴに、ツバメが引きつった笑みを返す。
確かにイチヤが去っていった時から、場所は少し変わっている。同じ場所に留まっていてはオービットの作り出した穴だらけになり、大人数で戦いづらくなるためだ。
しかし民家やマンションなども建ち並ぶこの住宅街も、今はオービットが均してくれたため見通しはいい。パーティで何回か来ている場所でもあるし、さすがに迷うことはないだろう。
「……」
ツバメがチラリと集まったプレイヤーに目を向ける。
ジンやダイゴ達が呼んだ助っ人たちもすでに揃っている。自分達を含めて総勢三十人程度の大所帯だ。しかしながら、その顔ぶれに新鮮なものは全く感じない。いつもの場所いつもの狩りで、よく見かける面々だ。聞けば、オービットの出現と同時にやられたプレイヤーも、ペナルティが明けてリベンジに来ているらしい。
そして集まったプレイヤーとの作戦会議もすでに終わっている。とは言っても、作戦などあってないようなものだ。
強い敵を倒すためには、tr.Actスキルを使うしかない。
しかしtr.Actスキルは強力すぎて、集団戦闘では扱いづらいものが多い。それに顔なじみとは言っても三十人以上の集団だ。全員が全員お互いの能力を知るわけではない。そんな中で細かい作戦を立てて連携を取るなど、到底不可能だ。
そのため最終的に決まった作戦は、『折を見て各自適宜tr.Actスキルをぶっ放す』というもの。大雑把にも程があるような内容だ。
「んー……、なんか不安になってきた。ちょっとイチヤ君に連絡してみるか」
なかなか来ないイチヤを心配したダイゴが、フレンドコールをかけようとする。
その時、地面に耳を付けていたジンが起き上がって辺りを指差す。
「その辺! 敵出てくるぞ!!」
示された周辺にいたプレイヤーが、さっとその場から離れる。
「…………」
「……あれ?」
「ん?」
しかしオービットが出てこない。
今までのパターンだと、音が聞こえてから出てくるまではそれほどラグはなかった。
何かのフェイントだろうか。そう警戒して腰を落とすプレイヤー達の前に、オービットが顔を出した。
しかしそれは今までのような高速ではなかった。緩慢とした動きで、しかし胴体は高速回転させたまま、地面からゆっくりと立ち上る。そして周囲を睥睨するかのように頭を揺らす。
それを見て、集まったプレイヤー達がざわつき始める。
「これ、まずいんじゃないか……?」
今までなかった挙動、行動パターンの変化。時間が経ちすぎたためか、それともプレイヤーが集まりすぎたためか。
全員が緊張した面持ちでオービットを見上げる。
「■■■■ォォオオ!!」
オービットが吼える。
直後、その体を鞭のように振り回した。
崩れかけた建物が根元から砕け散り、散乱していた瓦礫がさらに細かく砕ける。
「うおおおっ!?」
プレイヤー達が慌ててその破壊から逃れる。
幸いオービットは特に目標を絞らずに、ただ暴れているだけだ。攻撃を受けたのは建物だけで、プレイヤー達は無傷だ。
しかし、プレイヤー達はみな顔を青ざめさせている。先ほどまでの単純な体当たりとは違い、この無秩序な攻撃を安全に避け続けることはできない。
そしてオービットの攻撃力はビルを容易く細切れにするほど高い。もし攻撃をまともに貰えば、プレイヤーのHPなど一撃で根こそぎ持っていかれるだろう。
「俺が引き付ける!! 皆はサポートを!!」
或が叫びながらオービットの前に躍り出る。
そして張り詰めた目で、暴れるオービットを見る。
無機質で機械的なドゥームだ。頭らしきものはあるが顔はなく、当然表情もない。敵がどうやってプレイヤーを検知しているのかも分からない。
しかしそれでも、『目が合った』。
そう感じた瞬間、或がtr.Actスキルを発動させようとする。
「tr.Act――、」
しかしそこで不意に声が響いた。
「すみません、お待たせしました」
緊迫した空気にそぐわない、やけに落ち着いた声だ。
オービットがその声に反応したように動きを止める。
「……おせーぞ!」
そして或がニッと笑う。
「先輩っ!」
ツバメもパッと表情を明るくしながら、声のした方を振り返る。
「すまない。道が分からないと言うので拾っていたら遅れた」
そう言うイチヤの横には、他にも何人かが並んでいた。そしてそれはツバメも見覚えのあるプレイヤー達であった。
「うぇ!? 先輩、その人たちって……」
「助っ人だ。俺が呼んだ」
そう言えば確かに、イチヤも助っ人を呼んだと言っていた。しかしその助っ人はフレンドだとも言っていたはずだ。
「えぇ!? フレンド登録してたんですか!? いつの間に!?」
「あの後すぐだ」
ツバメだけでなく、ダイゴもジンも同様に目を丸くしている。
しかしイチヤはその視線に何の反応も示さない。真っ直ぐオービットを睨みつけたまま、隣にいるプレイヤーに話しかける。
「あの大きなミミズが敵だ。棘のついた体を回転させて、土もコンクリートも、武器も防具も削り取る。このままでは打つ手がない」
そう言いながら鋭い視線を隣に向ける。
「だがお前なら大丈夫だろう。何とかしてあいつの動きを止めて欲しい。あとは総攻撃で畳み掛ける」
かなりの無茶を言っている。その場の大多数がそう思った。
しかしその人物はニヤリと笑って頷くと、敵に向かって一歩進み出た。
そして好戦的な笑みをオービットに向けると、大声で叫んだ。
「来ぉぉぉおおおおいッ!! 【セレスティアル・カイザー】ァァアアアッ!!」
そして瓦礫の散らばった街の中に、超巨大な影が出現した。
「うおおおっ!?」
「何だありゃ!?」
それを初めて見るプレイヤー達が驚愕の表情で見上げる。
『ゥワーッハッハッハ!! さぁ見よ、この【セレスティアル・カイザー】の雄姿を!!』
体長三十メートルはあろうかという鋼鉄の人型巨大ロボット。キラキラと塗装の輝く機体が、オービットの目の前に現れた。
地面から高く立ち上っているオービットよりもなお高く、仁王立ちで敵を見下ろしている。
その機体を操る首領グリコが叫ぶ。
『ウオオオオオオ!! 瓦礫と化した街で巨大モンスターと対峙する【セレスティアル・カイザー】……!! 皆の者!! スクリーンショットを撮るんじゃあああああ!! そして後でワシに見せるんじゃああああ!!』
「あぁ、分かった」
パシャリ。
イチヤが無表情で写真を撮る。
「先輩……まさか、前回もそうやって……?」
ツバメがおそるおそる尋ねる。
イチヤがこともなげに頷く。
「あぁ。頼まれたからな。敵視点の写真はなかったらしく、えらく喜ばれた」
そしてその写真を渡したことが、首領グリコとフレンドになった経緯であった。
「あの状況でよくそんな余裕がありましたね……」
ツバメが半分感心しながら呟く。
もう半分は呆れだ。
しかし実際には別に余裕があったわけではない。被写体に気を遣う余裕など一切なく、ただ撮れるタイミングで撮っただけだ。そのため渡した中には右腕を破壊されて膝を付く姿や、脚を砕かれ倒れゆく姿なども含まれていた。
人によっては挑発と受け取られてもおかしくなかったが、首領グリコはそんな写真を見て、『これはこれで良い』と喜んでいた。
首領グリコもまた、イチヤと同様に少しだけ変わったところがある人物であった。




