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第三七話 もしかして

 HND、”穿孔潜転”オービット。

 その圧倒的な攻撃力を目の当たりにし、パーティ全体が静まり返る。


 ジンがポリポリと頭をかきながら口を開く。


「……なぁ。これ正攻法じゃ倒すの不可能なタイプの敵じゃねーか? たぶんうまいこと動きを誘導して、あの強烈な攻撃をアイツ自身の体にブチ当てるのが正解だと思う。長い体もそれをやりやすくするためだろ」

「……」


 イチヤが顎に手を当てて考える。


 確かに、それができれば大きなダメージを与えられるだろう。

 しかし、果たしてそんな間抜けな失敗をしてくれるような敵なのだろうか。


「まぁ、モノは試しだ。ひとまずはそれでやってみよう」

「……分かりました」


 そして四人で周囲を警戒する。おそらくはいきなり床から飛び出しての攻撃が来るのだろう。


「!」


 イチヤが何かに反応して後ろを振り向く。


「どうしたイチヤ?」

「音がします……! そこから出てきます!!」


 直後、言葉通りにそこからオービットが飛び出してくる。

 その狙いはイチヤだ。しかしイチヤは既に回避行動を取っている。オービットはイチヤの脇をすり抜けると、そのまますぐに床へと向かった。


 床から床に、オービットのアーチがかかる。


「……っ!」


 しかし攻撃はできない。オービットは高速回転する棘のバリアで全身を覆っており、攻撃できるような箇所がない。


「そ、そりゃっ!」


 ツバメが矢を射掛けるが、その矢は胴体に当たった瞬間に粉々に砕け散る。

 そしてオービットは再び完全に地面へと潜っていった。


「ビクともしまっせんでした……」

「ダメだな、相手の体も見えねぇのに誘導もクソもねぇ!」

「これどうしようもなくないか?」

「……すみません、少し静かに」


 イチヤが小さく呟く。

 そして四人が静まり返る。するとジンの足元から小さい音が聞こえてきた。


「ジンさん!」

「ああ!」


 ジンが大きく飛び退く。

 その直後、そこからオービットが垂直に飛び上がる。今度はそのまま高く舞い上がり、天井に潜っていった。


「くっそ、それもアリかよ……!」

「まずいです、このままじゃ地面が穴だらけになっちゃいます……! 避けるのがどんどん難しくなりますよ……!」


 切羽詰った表情で周囲を見ながら、ツバメが小さく呟いた。


「【ハイド・アウト】!!」


 ダイゴがスキルを発動させる。ドゥームからプレイヤーを隠すフィールドを作り出すスキルだ。

 ダイゴの目の前に小型のドームが生まれる。その中に入ったプレイヤーはドゥームの攻撃対象から外れる。


 四人でその中に入り、身を寄せ合う。


「と、とりあえずはこれで時間を稼ごう」

「マジでやべぇな……。こっからどうするかね」


 狭い空間でジンとダイゴが呟く。


 音さえ聞いていれば、攻撃を避けることは可能である。しかしそれはこの部屋が広く、床も平坦で非常に戦いやすい構造になっているためである。長時間戦っていると段々足場は悪くなっていき、いずれは避けられなくなってしまうだろう。


 このままではジリ貧だ。しかしその状況を打開する手段もない。

 四人があれこれを頭を悩ませる。



 しかし、このピンチはあっけなく終わることになる。



「■■■ォ■■……」


 ノイズ混じりの声を漏らしながら、地中からオービットがゆっくりと頭を出す。そしてそのまま長い体を垂直に立ち上げ、周囲を睥睨するように頭を揺らす。


 どうやら見失ったプレイヤーを探しているらしい。


「……」


 四人が思わず息を潜める。


 【ハイド・アウト】の効果範囲内にいるため、どんな物音を立てようと見つからないはずである。しかし四人とも凍りついたように静止する。


「……■ォ!!!」


 そしてオービットが短く声を上げ、何かに気がついたように勢いよく明後日の方を見上げた。


「■■■■ォオオ!!」


 そのまま斜め上に向かって真っ直ぐ突っ込んでいく。

 そして壁をくり抜くように穴を穿ちながら、土中に潜り込んで姿を消す。


「……」


 しん、と音が消える。


「……」


 そのまま時間が経ち、【ハイド・アウト】が消滅する。


「……」

「……」

「……」


 しかしそこで一分ほど待ってみても、オービットが再び姿を見せる様子は一切ない。

 ツバメがポツリと呟く。


「……これ、オービットさん地上に出ちゃったんじゃないですか……?」

「そんなまさか……」


 ダイゴが否定するが、その声に力はない。

 確かに、オービットは先程頭上の何かに反応していた。そしてここは地下ダンジョン。オービットが反応したのが地上にいたプレイヤーだと考えると、色々辻褄が合ってしまう。


 イチヤはオービットが空けた壁の穴を見上げながら、小さく呟いた。


「……カン。もしかして、またやったのか……?」




 ジンがウィンドウを開く。


「一応上にいる奴に気をつけとけって連絡入れとくわ」


 そしてフレンドコールをかけ、会話を始める。


「あ、もしもし? 俺だけど。さっきまでダンジョンでボスと戦ってたんだけどよ……。え? だからダンジョンで――。……何?」


 ジンの顔が少しだけ険しくなり、電話相手の話を聞く。


「そっか、分かった。あ、ちょっと待ってくれ! あのな……ソイツの攻撃、音を聞けばある程度避けれるから……。……じゃあ、頑張ってくれ」


 そして通話を切り、イチヤ達に振り向く。


「出てたわ」

「マジかぁ」


 ダイゴが頭を抱える。その横でツバメがチラリとイチヤを見上げた。


「どうします……?」

「追いかけて仕留める」


 その返答には迷いなど一切なかった。


「追いかけるって言ってもなぁ……。どうやって地上に出る?」


 ダイゴが顎をさすりながらイチヤを見る。


 一般的には、ダンジョンから脱出する方法は主に四つである。

 一つ、ボスを倒して出現するポータルに乗る。二つ、徒歩で入り口から出る。三つ、リタイアして地上の入り口前に帰る。四つ、死に戻る。


 一つ目は不可能であるし、四つ目は論外。

 三つ目のリタイアは割と現実的だ。しかしダンジョンボスを倒すためにダンジョンをリタイアするのは本末転倒な気がするし、もしそれでオービットを倒せたとしても初攻略者報酬が貰えるかどうかは怪しい。


 そのため唯一可能な手段は二つ目の『徒歩で出る』に限られる。しかし罠を避けながらスタート地点に戻った上で、あの長いスライダーをよじ登るなど考えただけで面倒だ。


「ダイゴさん」


 そう考えていたダイゴに、イチヤが目を向ける。


「プレゼントって地上でも受け取れるんですか?」

「ん? なんだいきなり?」


 質問の意図が分からなくて困惑するダイゴだが、答えるだけ答えておく。


「まぁ受け取れるが……」

「なら大丈夫ですね」


 そしてイチヤが壁を見上げた。その天井付近にはオービットが通った穴が空いている。


「あれを通って行きましょう」


 そう言ってイチヤが部屋の壁に足をかける。


「イチヤ、何して――」


 【ウォール・ラン】が発動し、イチヤがそのまま壁を駆け上っていく。


「そっか、それがあったか。いやでもそれじゃ――あぁ、プレゼントってそういうことね」


 置いていかれたのかと一瞬ジンが焦るが、すぐに納得する。


 イチヤが地上に出たら【ウォール・ラン】を外し、ここにいる誰かにプレゼントとして送る。受け取ったプレイヤーはそれを使って地上に出て、残っている者にまたスキルを送る。

 これを繰り返せば確かに全員出られる。時間はかかるものの、入り口まで徒歩で戻ることに比べたら断然早い。


「……では先に行ってきます」


 そう言ってイチヤが壁の穴に入っていく。穴の直径は一メートルと少し程度しかないため、身を屈める必要がある。


 しかしそれはむしろ都合がいい。


 【ウォール・ラン】は三十秒程度しか効果が持続しない。そして一度効果が切れると、再使用できるようになるまで十秒の時間がかかる。ここから地上まで出ようと思うと、どうしても穴の中でスキルを休ませながら進まなければならない。

 その間はスキルなしでその場に留まる必要がある。それを考えると、穴はある程度窮屈なぐらいがちょうどいい。




 そして数分後。

 イチヤは【ウォール・ラン】を数回使いながら、地上に出た。


「……意外と早かったな。それと運も良かった。穴の中で敵に狙われたらどうしようもなかった」


 そう呟きつつ、ウィンドウを操作してツバメに【ウォール・ラン】を送る。


「……しかし、オービットはどこへ行ったんだ?」


 キョロキョロと辺りを見回す。

 どうやらここは、ダンジョンの入り口となっていた神社からそう離れていない住宅街だ。しかしオービットの姿はどこにもなく、それどころかイチヤが出てきた穴以外に破壊の痕跡もない。


「……」


 そこでフレンドコールがかかってきた。ダイゴからだ。


「はい」

『もしもし、イチヤ君。さっき地上にいるフレンドから連絡が来た。オービットには既に何人かやられていて、まだ何の対抗策も見つかっていないそうだ。しかしやられっ放しっていうのも癪だから、知り合いを片っ端から集めて全員でなんとか倒してやろうって話になってるらしい』


 あのイベントの時と同じ展開だ。

 どうやらこの辺りのプレイヤーはなかなか負けん気が強いらしい。


『初攻略の報酬がどうなるかは分からないが、もともと俺達だけで相手をするのも厳しい敵だ。皆が協力してくれるなら願ったりだし、俺たちもこれに乗るってことでいいか?』

「はい」

『ってことで、俺とジンもフレンドリストに載っている高レベルの奴に片っ端から連絡をつけてみる。イチヤ君も強い奴に心当たりがあれば呼んでおいてくれ』

「……分かりました」

『頼んだぞ、じゃあな!』


 そして通信が切れる。


「……」


 イチヤが無言で佇む。


 イチヤはジンやダイゴと違って、新しくギルドを組んだメンバー以外とパーティを組むことはほとんどない。誘われても大抵は断って一人でレベル上げをしている。その方が気楽なのだ。


 そのため、イチヤのフレンドリストに載っているプレイヤーはそう多くない。


「……」


 一応フレンドリストを開いてみる。


 そして載っている名前を上から順に見ていく。ジン・ダイゴ・ツバメに、シュージとミサキ。他には(ある)といった地元のプレイヤーも数人並んでいるが、この辺りはジンやダイゴと共通の知り合いだ。二人がすでに声を掛けていることだろう。


「……結局、俺が誘えるのはたった一人だけか」


 そして、イチヤはそのプレイヤーに通話をかけ始めた。






「……あの時の面子も一緒に? ……そうだな。そうしてもらえると助かる。じゃあ待っているぞ。……ふぅ」


 その通話が終わった頃。


「先輩! お待たせしました!」


 地面に空いた穴からツバメが這い出てきた。


「いや、ちょうどこっちも終わったとこだ」

「そうですか。では……」


 ツバメがそう言いながらウィンドウを操作し、ジンかダイゴのどちらかに【ウォール・ラン】を送る。


「では、行きましょうか」

「……ん? ジンさんとダイゴさんを待たなくていいのか?」

「お二人は『先行け!』って言ってましたよ。戦ってる場所は聞いてるんで、先に向かっちゃいましょう」


 そう言ってツバメが走り始める。


「……あぁ。分かった」


 その後を追って、イチヤも走り始めた。



 少しすると、街の様子が徐々に変わり始めた。


 ビルが欠けていたり、アスファルトにぽっかりと穴が空いていたりと、オービットが暴れた痕跡が現れ始める。いつもはそこら中にいるドゥームも不思議と一匹もいない。

 そして進むにつれて、破壊の痕跡はどんどん酷くなっていく。


「……近いな」


 イチヤがポツリと呟いた。

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