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第三六話 ハイレベル・ノートリアス・ドゥーム

「お待たせしました!!」

「準備完了です」


 ポラリスから戻ってきたツバメちイチヤが合流する。


「よし。じゃあ急ぐぞ! ボスを倒したらその後は別のダンジョン探しだ!」

「はい」


 そして【トランスポーター】で再び走り始める。


 駅には大抵いつも人がいる。狩りの間の休憩や待ち合わせ、レベルの離れたプレイヤーとの交流など、様々な用途で便利に使用されているのだ。そんな場所で『ボス』や『ダンジョン』などというキーワードを大声で口にしたからか、イチヤ達の後ろからはプレイヤーが数人付いて来た。


 しかし気にする必要はないだろう。どんな罠があるか知っているだけでも非常に有利であるし、何よりも地図の有無の差が大きすぎる。


「さぁ行くぞ!」


 ダンジョンの入り口のある神社にはすぐに到着した。あの時と同じように大岩の裏に回り、ぽっかりと開いた穴に向かって飛び込んでいく。


 そしてダンジョンのスタート地点となる大空洞に四人が揃うと、すぐにツバメが地図を開いた。


「んー、同じっぽいですね。ダンジョン自体は前回と全く変わりないです」


 蟻の巣のような道の形状には見覚えがある。どうやら前来たときから何の変更もされていないようだ。


「よし、宝箱はスルー。ワイヤートラップと明かりの色にだけ注意して進むぞ」


 ダイゴが言い、四人はボス部屋への最短経路を歩き始めた。




「……む。ワイヤートラップ」


 しばらく進むと、ダイゴが立ち止まった。

 その先の足元には細いワイヤーが張られている。


 その奥には何も見えないだが、以前ジンが引っかかった多重トラップのような見えづらいワイヤーがある可能性もある。


「うーん、分かんねぇ。イチかバチか行ってみるか?」

「いえ、ここは俺が」


 進もうとしたダイゴをイチヤが止める。


 そしてワイヤーの方へ向かうかと思いきや、罠をスルーして洞窟の壁へと近づいていく。


「あれ、先輩何してるんですか?」

「足元のワイヤーを調べる。安全な方法でな」


 イチヤがそう言いながら壁に脚をかける。


 すると明らかに不自然な挙動で、イチヤの体が後ろに倒れていく。そしてそのまま、重力を無視するようにして壁に直立した。


「お、【ウォール・ラン】か!」

「はい。さっきポラリスから持って来ました」


 ダイゴが大きく声を上げ、イチヤが淡々と答える。


 以前イチヤが手に入れた、壁面を移動できるようになるスキルだ。

 足元に張られた見づらいワイヤーも、こうして側面に立ってしまえば関係ない。


 イチヤがそのまま壁をスタスタと歩き、張られたワイヤーの奥をじっと眺める。


「ありました。ここにもう一本。二重トラップです。三本目はありません」


 黒く塗られた細いワイヤー。普通ならば絶対に見破ることはできなかっただろうが、ここまで近づけばさすがに分かる。


「よっしゃ! これで不安要素はもうゼロだな!」


 ジンが大股で二本のワイヤーをまたぎ、その瞬間青い明かりが黄色に変わる。


「!!」

「……ッ!」


 ジンが笑顔のまま固まり、イチヤが弾かれるように壁を蹴る。

 直後、洞窟内が赤に染まった。


「…………」

「…………」


 全員凍りついたように動かなくなる。

 ジンはワイヤーを大きく跨いだ状態で、イチヤは床に半ば倒れ込んだ状態で。



 しばらくすると、明かりの色が元の淡い青に戻る。


「……危なかった」


 イチヤが呟く。


 【ウォール・ラン】には時間制限がある。それほど長時間壁に立ち続けられるわけではない。もしも照明が赤の時に時間が切れて床に落ちれば、レーザーの餌食になるところだった。


 どうやらどういう手段を取っても、結局ストレスが溜まる仕組みになっているらしい。


「やっぱこのダンジョン作った奴は性格悪ぃわ……」


 ジンがしみじみと呟く。


 アトラクタ・バーサス三名の管理者によって運営されている。

 イチヤ達はその内の二名、カンとユイには会ったことがある。二人の担当はそれぞれドゥームとアイテムだと言っていた。


 となれば、このダンジョンの製作者はおそらく残りの一名だ。もっとも、一日十箇所しか出現しないダンジョンだけの担当をしているとは考えづらいため、他にも何か担当業務があるのだろうが。


「……じゃあ、なるべく気をつけながら行くか」


 ダイゴがそう言うと、イチヤ達はゆっくりと歩き始めた。




 そして丁寧に罠を避け続け、無事にボス部屋の手前まで到着する。


「ふぅー、到着! これはさすがに俺達が一番乗りだろ!」


 ジンが肩をなで下ろし、次いでダイゴが頷く。


「それはまぁそうだろうな。いやー、しかしどんなボスが出てくるか楽しみだな! 前回はまともにボスを見られなかったからな」

「誰かさんのせいでな」

「うるさい!」


 軽口を言い合いながら、ボス部屋に一歩踏み込む。


 その瞬間、部屋の床からじわじわと黒い粒子が溢れ出し、中央に集まるようにして何かが形成されていく。


「ほー、こういう風に出てくるんだな」


 感心したようにダイゴが呟く。


「さーて、どのランクのボスが出たかな?」


 気軽な口調でそう言いつつ、ジンが手元に槍を出現させる。



 ダンジョンのボスは、ランダムに選出される。


 そのランクは、(ノーマル)(ノートリアス)(ドゥーム)(ハイレベル)(ノートリアス)(ドゥーム)の三種類。


 見分け方は簡単だ。

 その敵が視界に入った瞬間に表示される名前を、ただ見るだけで分かる。


 (ノーマル)は『ドギー・ドゥーム』や『ライノセラス・ドゥーム』など、名前に『ドゥーム』が付く。普段イチヤ達がレベル上げのために戦っているドゥームもこれに含まれる。


 (ノートリアス)(ドゥーム)は、名前に『ドゥーム』が付かない。いわゆるネームドモンスターというやつで、以前イチヤが倒した『十万ダウンロード達成記念! 皆で倒して豪華景品を手に入れよう!』というバグドゥームもNDにあたる。


 そして(ハイレベル)(ノートリアス)(ドゥーム)はさらに、その能力を象徴するような二つ名が付けられている。




「…………」


 冷静な目を鋭く尖らせるイチヤの前に、敵の姿が顕になる。


 蛇……いや、ミミズだろうか。

 体積で言うと【セレスティアル・カイザー】とそう変わらないくらいに大きい。とぐろを巻いているのか絡まっているのか、一塊になっていて終端が見当たらない。


 すると長い体がガチャガチャと音を立てながら動き、ゆっくりと鎌首をもたげた。


 鈍色(にびいろ)に光るメカニカルな円筒、ドラム缶のようなそれが自在継手で鎖のように繋がれている。その体には太い棘がびっしり生えており、遠目から見るとまるで鱗のようだ。


 今までの傾向から、ドゥームには元になるモチーフが存在すると考えられている。

 今回の場合、そのモチーフはモンゴリアン・デスワームか、それともオモチャの竹蛇か。


 連なった円筒の先端、おそらく頭なのだろうその部分の端面にも、放射状に棘が付いている。地下トンネルを掘る掘削機(シールドマシン)が、確かこんな感じであった。


 直径は一メートル程度。全長は不明。

 長い長いその怪物が、イチヤ達にノイズ混じりの咆哮を浴びせかける。



「■■■■■■■■ォォォオオオオオ!!!」



 その瞬間、イチヤの視界に敵の名前が表示される。



 『”穿孔(せんこう)潜転(せんてん)”オービット』。



「……? センコウ……センテン?」


 イチヤが思わず声を漏らす。


「二つ名付き……!!」

「マジかよ……! HNDだ!!」


 ダイゴとジンが息を呑む。


「HND? ……強いんですか?」

「分からん!!」

「……?」


 イチヤが怪訝な表情でダイゴを見返す。


 そしてダイゴが顔をこわばらせながら盾を構えて言う。


「なんせ見るのも聞くのもこれが初めてだ!!」

「レア中のレアだぜ……!! 俺達が史上初の遭遇者って可能性まである!!」


 ジンも冷や汗を流しながら槍を構える。



 そのジンの勘は正しい。


 存在自体は公表されているHNDであるが、出現するのは正真正銘これが初めてだ。そんなレアな敵がイチヤ達の前に現れたのは、単に『運が良かったから』、あるいは『運が悪かったから』というだけではない。


 その理由はHNDの出現条件にある。

 パーティ戦闘時、ダンジョンボスとしてのHND出現条件は、『パーティ全員に(ノートリアス)(ドゥーム)討伐経験があること』。

 現在、NDの討伐経験があるというだけで非常に絞られる。NDも滅多に出現するものではないし、十分すぎるほど強力な敵だ。多くのプレイヤーに討伐経験を与えるはずであったイベントは、バグのせいで大失敗に終わった。


 そして唯一そのNDを討伐することができたのはイチヤ一人であるが、あの時も今の四人でPTを組んでいた。そのため扱いとしては他の三名と協力して倒したことになっている。


 つまりイチヤ達は今のところ、HNDの出現条件を満たす事ができるほぼ唯一のパーティなのであった。




「■■オ■■■オオッ……!!」


 史上初のHND――オービットが、イチヤ達に向かって突進を始める。


「tr.Act、【こころの灯】!」

「tr.Act! 【疾風一番槍】!!」


 後方でツバメがパーティ全員を強化し、ジンが一瞬で掻き消える。

 そしてダイゴが最前線に出て腰を落とす。


「さぁ、レアモンスター様のお手並み拝見だな」

「■■■■■ォオオオ!!」


 こちらに突進するオービットが咆哮を上げる。

 その瞬間、オービットの頭と胴体が一斉に高速回転を始めた。何万本も生えているであろう棘も、もちろん高速で回転している。


「ヤバそうだ、避けるぞ!」

「はい……!!」


 三人が横っ跳びにそれを避ける。

 その横を通過していたオービットは大きく上に舞い上がると、イチヤ達の真上から再び襲いかかって来た。


「来るぞ、イチヤくー―……!!」


 立ち上がり、もう一度盾を構えようとしたダイゴが驚愕する。


「まずい……!」

「tr.Act、【いつか――」


 ダイゴが慌ててその場から離れる。

 しかしイチヤはその場に留まって迎撃しようとする。


「ダメだイチヤ君!! 避けろ!!」


 慌ててダイゴが叫ぶ。

 しかしもう間に合わない。


 まっすぐに突き出されたイチヤの拳が、真上から降ってきたオービットに押し潰されようとする、その直前。


 目にも止まらぬ速度で突っ込んできた何かが、イチヤの体を大きく弾き飛ばした。


「よし! よくやった! ジン!!」


 そう叫ぶダイゴの目の前。先ほどまでイチヤが立っていた床には、高速回転するオービットの胴体が刺さっている。

 いや、刺さっているという表現は正確ではない。正しくは入り込んで行く、だろうか。

 

 数秒も経つと、オービットの長い胴体の全てが床に吸い込まれるように消えた。


「敵はどこへ……?」


 ジンに突き飛ばされたイチヤがスッと立ち上がる。


「地中だ。どうやら奴は地面を潜行できるらしい。これを見ろ」


 そう言ってダイゴがイチヤに盾を見せる。

 その盾は、端が綺麗に削り取られていた。


「これは……!」

「かすっただけでコレだ。攻撃力が尋常じゃない」


 ダイゴがそう呟きながら地面に視線を落とす。

 そこには、直径一メートル程度の綺麗な穴が開いていた。あの【セレスティアル・カイザー】の五十倍の重量にも耐えたこの床を、まるでプリンでもくり抜くかのように潜っていったらしい。


「……!」


 イチヤが目を見開く。


「こんなの……勝てるんですか?」


 ツバメが眉を下げて呟く。


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