第三四話 プロに任せたほうがいいだろう
リボンを解き、箱の蓋を開ける。
その中にはやはり、メモリーカードが一つ。
ダイゴとジンが顔を綻ばせる。
「お、ランク四か」
「まぁ、さすがにランク五はなかったか。でも悪くはねぇ!」
二人が持つカードはイチヤのものと同じ色だ。そしてツバメが持っているものも同じ。どうやら全員ランク四のアイテムを手に入れたらしい。
早速インベントリに放り込んで詳細を見てみる。
「……スキルか」
イチヤが呟く。
イチヤが手に入れたのは【クロスアーム・ブロック】というランク四の手甲用スキルであった。
両腕を交差させる動作をトリガーに発動する自動発動スキルだ。その効果は防御力を倍にするというもの。
イチヤはそのtr.Actスキルの性能から、四人の中では最も被ダメージが多い。カウントが進むと安定した戦闘ができるようになるが、そうなるためには低いカウント数でもどんどん敵に突っ込んで行かなければならない。そのため序盤の安定性を上げるというのは現在のイチヤの課題であり、こういった防御系スキルはイチヤにとって決して悪くないものである。
「……」
しかしイチヤの表情にはいまいち喜んでいる気配がない。ただ単に無愛想ということもあるが、実際それほど喜んでいるわけでもない。イチヤは手に入れたのがスキルだと判明した時点で、あまり期待をしていなかった。
相性が悪いのだ。
イチヤのtr.Actスキル【天に届く一片】は、ほとんどの通常スキルと相性が悪い。
この【クロスアーム・ブロック】はかなりマシな部類ではあるものの、それでも有効に使用できるシーンは限られるだろう。
「……皆さんはどうでしたか?」
イチヤが顔を上げる。
それぞれのウィンドウを見る三人の表情は、少しだけ綻んでいた。
最高というわけではないが別に悪くもない。皆そういうスキルを手に入れたようだ。もしかしたらダンジョン初攻略者報酬にはそういったものになるよう設定されているのかもしれない。
そして手に入れたスキルについての情報を、皆で交換しあう。
ツバメが手に入れたのは【フレイム・ミラージュ】というランク四のスキルであった。周囲の地面に薄く炎を発生させるスキルだ。
その炎自体に攻撃能力はないが、陽炎を作り出して遠距離からの狙撃を妨害することができる。
このパーティでは遠距離戦闘が可能なのがツバメしかいないため、遠くからネチネチ攻められると辛い。しかし、これでひとまずは対抗策ができた。
次にダイゴが手に入れた、同じくランク四のスキル【ハイド・アウト】。
これは対象プレイヤーの周囲半径一メートルをドゥームから隠すスキルであった。プレイヤーはその範囲内にいる限り、ドゥームの攻撃対象から外れる。対ドゥーム専用スキルで、対人戦においては意味がないらしい。
これでHPが少ないプレイヤーをとりあえずドゥームの目から隠すことができる。しかしアトラクタ・バーサスでは、HP回復アイテムは非常に珍しいアイテムに設定されている。今までHP回復アイテムがドロップしたという報告はほんの数例だ。
だからHPの少ないプレイヤーを隠したところで、逆転に繋がるわけではない。弱っている上に動かなくなるため、他プレイヤーに狙われるリスクは逆に高くなる。これも使いどころの難しいスキルであると言える。
そして最後はジンが手に入れたスキル、【スニーク・ソール】という常時発動スキルについてだ。このスキルの効果は足音を小さくすること。
tr.Actスキルを使用したジンの移動は、もともと大きな音がするわけではない。しかしこのスキルは特にデメリットもなさそうだ。今後スキルが充実するまでは、セットしていて何の問題もないだろう。
「皆さんいい感じですね」
「あぁ」
話しながら、手に入れたスキルをセットしようとウィンドウを操作する。
するとイチヤのウィンドウから声が響いた。
『イチヤ! 今時間大丈夫かな?』
サポだ。
イチヤは情報交換の最中だったため、ウィンドウは皆に見えるように設定している。そのためサポの声は皆にも聞こえており、イチヤが三人に視線を送ると、自分たちは気にしないという視線が帰ってくる。
「……あぁ、大丈夫だ。何か用か?」
そう言いながらウィンドウに向き直る。その直後に部屋の中央が薄く光り、その中からサポが現れた。
「やあイチヤ! ……あれ? 人がいっぱいいるね。何かあったの?」
「さっきダンジョンを初攻略してな。今はその祝勝会の最中だったんだ」
「そうだったんだ。僕来て良かったの? ……ん、祝勝会?」
サポがニッコリと笑う。
「なら、飲み物とかお菓子はいらない? お酒だってあるよ。バーチャルだから未成年が飲んでも完全に合法だよ! 絶対に太らないし、健康に何の影響もないよ!」
「……またお前はそんなことを」
イチヤが顔を歪める。
「どうせ有料なんだろ? お前の口車にはもう乗らない」
「そんな! 口車だなんてひどいよ……」
サポが悲しそうにへたり込む。
「とっても安いのに……」
「それで、何の用なんだ?」
イチヤがサポを無視して話を進める。
「いや、実は用があるのは僕じゃなくてカンなんだけどね。……カン! 入っておいでよ」
サポがそう言うと、再び部屋が光っておずおずとカンが出てくる。
「イ、イチヤ殿。ご無沙汰していたのである……」
「カンか。数日ぶりだな。ということは前に言っていた礼の件か? そんなに気を遣わなくていいんだが」
イチヤが立ち上がり、一歩カンに近づく。しかしカンは慌てた様子で一歩下がった。
「わ、分かっているのである! これは我輩たちが進んでやっていることであって、決して強制されているわけではないのである!」
「ん? 何か引っかかる言い方だが……まぁ確かにそうだな」
すると次は成り行きを見守っていたダイゴが首を傾げた。
「なぁイチヤ君。何か面白いことになってるみたいだが、何の話だ? というかこの人は誰だ?」
「『カン』です。アトラクタ・バーサスに三人いるらしい管理AIのうちの一人です」
「え!?」
ジン・ダイゴ・ツバメの三人が揃って目を丸くする。
「イチヤお前管理AIと面識あんのか!?」
「はい。イベント用ドゥームを倒した例の一件の後、少しありまして」
『管理AI』という言葉が出る度に、何か言いたげな表情になっていたカンがおずおずと口を開いた。
「……正確に言うと我輩たちはAIではないのである。もう少し進化した存在であって、従来のAIにはできなかった――」
「カン。それよりも先に言うことがあるでしょ」
サポがぴしゃりと言い放つ。
「……むぅ。イチヤ殿、あの件に関しては管理者一同感謝申し上げるのである。お礼の品については我輩の権限だけではできないこともあるから、管理者三名で協議したのである」
カンがイチヤと目を合わせたり逸らせたりしながら話す。
「そうか。それでどうなったんだ?」
「う、うむ。その協議の結果……渡すものはランク六の武器に決定したのである」
『ランク六!?』
驚いたジン・ダイゴ・ツバメの声が重なる。
ランクは五であってもまだ存在がハッキリとは確認されていないほど貴重なレアアイテムである。それが六ともなると、噂ですらまともに聞くことはない。
そして先ほどまで戦っていた【セレスティアル・カイザー】のランクが、その六であった。もっともイチヤ達はそのランクについて、首領グリコの自称でしか知らないが。
しかし、それが嘘とは断言できないほどの性能ではあった。もしあれがランク六で、その上一般的なランク六の性能があれくらいだったとすると、ただでさえ他よりレベルの高いイチヤがさらに大きく強化されることになる。
「いいのか? そんな良いものを貰ってしまって」
「……」
イチヤが思わずそう聞くが、カンの表情は暗くなった。
「……ホントはあんまり良くないのであ――」
「いいのいいの! 貰っちゃってよ!」
サポがぐいっと割って入る。
「……まぁ、貰えるものは貰っておくが……」
「うんうん!」
サポがにこにこと笑う。
「……こういう特別扱いは本来ダメであるが、特別なことを達成したプレイヤーには特別な報酬があってしかるべきというのも分かる話なのである。でも残念ながら我輩はドゥーム担当であって、アイテムについては管轄外なのである。だから以降は担当者に引き継ぐのである。お詫びの品としてのアイテムはその者から受け取っていただきたいのである。ではイチヤ殿。我輩はこれにて失礼するのである」
終始居心地が悪そうであったカンは、後半を早口気味に言い切るとさっと消えていった。
それを見送ったジンがポリポリと頭をかく。
「あ、行っちまった。なんかお役所みてーな対応だな」
「それにずいぶん怯えてたように見えたが、イチヤ君はカンに一体何をしたんだ……?」
「別に何かした覚えはないのですが……」
そして部屋の中央がまたもや光り、そこから誰かが現れる。
女の子、それも子供だ。サポより少し背が高い程度の身長で、長めの髪を後ろで一つにまとめている。短パンにTシャツという非常に簡単な格好で、何の飾り気もない。
少しだけ虚ろな印象を受けるその子の瞳が、イチヤを捉えた。
「……あなたがイチヤさんで合ってるかしら?」
「あぁ」
そしてその子はイチヤの前まで歩いてくると、ぺこりと頭を下げた。
「はじめまして。わたしはユイ」
この子が二人目の管理者か。見た目の年齢など関係ないのだろうが、少し意外に思う。
「君がカンの言っていたアイテム担当の管理AIか」
念のために一応聞いておく。
イエスの返答を確信しながらの問いかけであったが、ユイは難しい顔になった。
「んー……。アイテム担当なのはそう。管理もそう。でもAIは違う」
「そういえばカンもそんなことを言っていたな」
「うん。わたしたちにとっては大事なことだから……。わたしたちは三人とも、AIを進化させて少しだけ人間に近づいた存在なの。もしかしたら、似たようなものだって思うかもしれないけど……。……でも、違うの。……だから」
ユイが少しだけ顔を伏せる。
「だから、モノみたいに扱わないでくれたらうれしいの。……できればで、いいんだけど……」
その目の奥は、明らかに不安と緊張で揺れていた。
自分という存在を受け入れてもらえるかどうか怯えるその様子は、とても人工的な存在には思えない。少し表情が乏しいところまで含めて、ただの引っ込み思案な女の子にしか見えない。
イチヤがポンとユイの頭に手を乗せる。
「大丈夫だ。俺には君たちと人間の違いが分からない。モノ扱いなど、例えしろと言われたとしてもできそうにない」
「……うん」
ユイが頷く。心なしか、先ほどよりも少しだけリラックスしているような雰囲気がある。
「それで、ユイはアイテムを渡しに来たんだったな。それだけならカンやサポに預けてもらっても全く構わなかったんだが」
「うん。でもいらないの渡してもお礼にならないと思って。どういうのがいいか直接聞こうと思って来たの。ランク六からは武器にも能力がつくんだけど、その能力とか、武器種はあれがいいとか、そういう希望はある?」
「武器種か……今と同じ手甲だな。もう使い慣れたから、変える気はない。性能については……ユイに任せよう。tr.Actスキルと相性がいいものが理想だが、俺はゲームに詳しくない。下手に指定するよりもプロに任せたほうがいいだろう」
ユイが頷く。
「分かった。それならこれが一番いいと思うの」
そう言ってメモリーカードを差し出してくる。
「もう決まったのか?」
「うん。性能をチェックしてみて。もしこれでいいなら――」
「いや、その必要はない。これでいいさ」
受け取ったカードをインベントリ放り込み、そのままウィンドウを閉じる。
「……見なくていいの?」
「あぁ」
カンのこともユイのことも信用している。
サポも金銭さえ絡まなければ、という条件はつくが信用できる。変な物を寄越してくることはないだろう。それにイチヤが見たところで判断など付かない。
「じゃあアイテムも渡したし、わたしはこれで」
「あぁ」
そういうと部屋の中央がパッと光る。
それに向かって歩きながら、ユイが振り返る。
「それじゃ、機会があればまたおしゃべりしようね。ばいばい」
「あぁ」
「なら僕もこれで帰るね。バイバーイ、イチヤ!」
そしてユイとサポがどこかへと去っていった。
「……で、イチヤ! どんな武器貰ったんだ!?」
「俺にも見せてくれ!」
ジンとダイゴが目を輝かせて詰め寄る。
「ちょっと待ってください」
そう言ってウィンドウを開き、先ほど貰ったランク六を表示させる。
「その前に、とりあえずセットだけしておきます」
カードを取り出し、装備欄の武器スロットに挿さっているものと入れ替える。
しかし挿し込んだランク六は、スロットからぺいっと吐き出された。
「…………」
何度か試してみるが、結果は変わらない。
「ど、どうなってんだ?」
「ちょっと詳細説明開いてみてくれ」
ジン達に促され、ランク六の詳細を開いてみる。
その装備制限の欄に表示されたレベルは『五十』。
そしてイチヤのレベルは現在、四五であった。
レベルをあと五つ上がるまでは、ランク六のお披露目はお預けということになる。
「……しまった。『今すぐ装備できること』という条件は加えておくべきだったか」
ユイもやはり、カンやサポと同じくどこかズレているのかもしれない。
イチヤはそう認識を改めた。




