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第三三話 なんかおかしくないですか

『ぐぉおおおおっ!!』


 突き出した右腕が砕け、【セレスティアル・カイザー】がバランスを崩す。そして片手と片膝を地面に付く。

 その姿を見て、敵の少年が悲鳴を上げる。『ロイ』と呼ばれていた、サポートタイプのtr.Actスキルを持つプレイヤーだ。


「そんな……! 親分っ!!」

『馬鹿な……! この【セレスティアル・カイザー】が……!!』


 ロイも首領グリコも、巨大ロボットが破壊されたことに大きなショックを受けているようだ。【セレスティアル・カイザー】をよほど信頼していたらしい。


「……親分っ! 今直しますからっ!!」


 ロイが首領グリコに向かって走り始める。

 どうやら装備の破損を直すスキルか何かを持っているようだ。tr.Actスキルにはある程度本人の性格が反映される。そのスキルがサポートタイプだったことと言い、ロイはおそらくパーティメンバーのサポートに特化したスキル構成をしているのだろう。


 そしてロイは焦るあまり、イチヤへの警戒を忘れているようである。


 チャンスだ。

 そう思って攻撃を仕掛けようとしたイチヤが、透明な何かに阻まれた。


「……!?」


 その瞬間体がピクリとも動かなくなる。

 しかし状態異常は何も発生していない。


 目だけで辺りを見回すが、誰もおらず何の気配もない。


「いいぞシノブ! そのまま拘束し続けろ!!」


 何をされているのか分からない中、さっきまでジンと戦っていたはずの四人目の敵が叫ぶ。そして斧を両手で構え直し、まっすぐイチヤに向かって走ってくる。

 イチヤは逃げるどころか、防御姿勢を取ることすらできない。そして残りHPは僅か。


 イチヤの目の前まで近づいた敵が、両手で斧を振り上げる。


 まずい。


 そう思った瞬間。


「先輩っ!!」


 ツバメの声が響く。

 それと同時に後方から矢が飛んできて、イチヤの目の前で空中に急停止した。


 透明な敵に刺さったのか。そう理解した瞬間、謎の金縛りが解けた。


「うおおおおお!!」 

「……ッ!!」


 振り下ろされた斧を何とか受け止める。


「……おおおおッ!!」


 そして斧を掴み、力ずくで敵を投げ飛ばす。


 その先には空中に浮かぶ一本の矢がある。

 透明化する厄介な敵に突き立ったマーキングだ。


「うぉおっ!?」


 音はしない。しかし敵同士が激しくぶつかったようだ。

 宙に浮いた矢と斧を持つ敵が、勢いよく床を転がる。


「よっしゃあ!! 二人ともでかした!!」


 ジンの声が響く。


「さぁ、やっちまえダイゴ!」

「おう!!」


 ジンに引きずられていたダイゴが叫ぶ。


「tr.Act、【土に根差す鋼鉄】!!」


 クールタイムが明けたばかりのスキルが発動し、高重力のフィールドが発生する。

 その中に四人の敵がまとめて囚われる。


「くっそ……!」

「うううぅぅ……!」

『ぐおぉおおおおっ……!! ま、まだだ……!!』


 しかしそれでも【セレスティアル・カイザー】は止まらなかった。右腕がなくなった分、軽くなったのだ。ゆっくりとではあるが、ダイゴに向かって動き始める。


 巨大ロボットがダイゴに迫る。しかしダイゴの表情に焦りはなかった。


「さぁ、イチヤ君。トドメを刺してくれ」

「はい」


 そしてイチヤが【セレスティアル・カイザー】に向かって走り出す。



『イチヤ……!? イチヤだと!?』



 首領グリコが上ずった声を上げる。

 ギギギと軋んだ音を上げながら首を動かし、【セレスティアル・カイザー】の腕を砕いたプレイヤーを見下ろす。


『あ、あのイチヤか!? ……誰も討伐できなかったドゥームを一撃で倒し、口封じに目撃者数十名を全員PKしたという……あのイチヤか!?』


 凶悪な天候バグを抱えたドゥーム。それを倒したことですっかり有名人になったイチヤであるが、現在は様々な噂に尾ひれがつき始めていた。

 実際にイチヤを知る地元のプレイヤー達は一人歩きする噂を面白がり、積極的に否定せずに楽しんでいるところがあった。


 首領グリコの言った内容も、少し事実と異なる部分がある。

 だからイチヤは眉をひそめて否定する。


「違う」


 そして【セレスティアル・カイザー】に飛びかかる。その勢いのまま、巨大ロボットの右膝に拳を打ち付ける。


『ぐおおっ……!!』


 膝が砕け、バランスを崩した巨体が傾いていく。その先には、床に這いつくばる二人の敵プレイヤーと、一本の矢。


 それを冷静な目で眺めながら、イチヤが口を開く。


「全員ではない。あの時は三人生き残ったからな」

『……!!』


 五二・五倍の重力を受けた【セレスティアル・カイザー】が、敵パーティ三人の上に倒れ込んだ。

 激しい轟音が鳴り響き、立っているのが難しいほどの振動が部屋を満たす。


 もうもうと立ち込める砂煙の奥で、四人の敵が光の塵になるのが微かに見えた。




「……ふぅ」


 息をつくイチヤにジンが近づき、ポンと肩に手を乗せた。


「……なぁイチヤ。あれじゃまるで、『あの時は全員殺るつもりだったのに三匹討ち漏らしたから、今度はキッチリ全員殺ってやる』、みたいな感じに聞こえるぜ……?」

「……? そうですか?」

「まぁ、イチヤが気にしないなら別にいいんだけどよ」


 ジンがポンポンとイチヤの背中を叩く。その二人に向け、ダイゴが声を飛ばした。


「気を抜くなよ、ここからボス戦だぞ」

「はい、分かっています」

「おっと、そうだった」


 先ほどの戦闘で全員かなりHPを減らしている。イチヤだけでなくジンとダイゴも、HPはレッドゾーンに突入している。


「十秒以内に出てきてくれればいいんですが……」


 イチヤが呟く。


 十秒というのはイチヤのtr.Actが解除されるまでの時間だ。イチヤのステータス強化は、最後に攻撃をしてから十秒以内に再び攻撃をしなければ解除されてしまう。


「いや……どうやら心配なさそうだぜ」


 ジンが槍を構えてニヤリと笑う。

 気が付けば、部屋全体が鳴動している。重苦しい音がそこら中から響いてくる。


 そして砂煙の奥で何かが地面から湧き上がり始める。そのままうねうねと影が動き、大きな塊が形成されていく。


 しかし大きいとは言ってもせいぜい三メートル程度。ついさっきまで【セレスティアル・カイザー】と戦っていた四人からしてみると、小人のように小さく感じる。


「さてと……。どんなボスが現れたかな?」


 ダイゴが楽しそうにその影を眺める。


 ダンジョンで出現するボスはランダムである。同じダンジョンだからと言って同じボスが出るとは限らない。

 そして強さも三つの種類の中からランダムに決定する。その強さは『ノーマル』・『(ノートリアス)(ドゥーム)』・『(ハイレベル)(ノートリアス)(ドゥーム)』という三段階。しかし大抵は一番弱いノーマルのボスである。


 やはり強い方がレアアイテムは出やすいのではと言われている。しかし今は全員HPに余裕がない。初攻略者報酬は逃したくないため、今だけはできる限り弱いボスがいい。


「……あれ? ちょっと待ってください。なんかおかしくないですか……?」


 ツバメが辺りを見回してながら呟く。


 ボスの登場演出だと思っていた鳴動は次第に大きくなり、部屋全体がミシミシと音をたて始めた。


 激しい戦闘でところどころ砕けている床の亀裂がピシリと音を立てて広がり、天井からはパラパラと小さな欠片が落ちてくる。


「まさか……」


 ダイゴの顔が青くなる。


 その瞬間、バキッと大きな音を響かせて天井が砕けた。


「崩落だぁ!! すまーん!!」


 叫ぶダイゴ達の頭の上から、【セレスティアル・カイザー】より大きな瓦礫がいくつも降ってくる。


 考えてみれば、重力五十倍だけでも崩落の危険があるため自重していたのだ。だというのに、その重力に加えて【セレスティアル・カイザー】の重量に激しい戦闘。崩落しない方がおかしいだろう。むしろよく保った方だ。


「やべぇ急げ!!」

「……ッ!」

「ひやぁあああ!」

「すまーん!!」


 四人が急いで攻撃し始める。


「うおおおおっ!! tr.Act、【疾風一番槍】ぃ!!」


 まだ姿もハッキリ見えないボスに向かって、ジンが突っ込んでいく。


「ひええええっ!」


 ツバメが慌てながら何本も矢を放つ。


「くっ……!!」


 そしてイチヤも、砂煙の中に飛び込んでいく。


 この状況、言ってしまえばもうデスペナルティは確定だ。

 その前に、せめてボスだけでも倒すことができれば――。


 砂埃に遮られた視界の中、イチヤの目がボスの体の一部を捉えた。

 そこに向けて、必死に拳を突き出す。


 その拳が届いたか否かの瞬間。


「皆すまーん!!」


 かすかに聞こえたそんな声と共に、イチヤの体は瓦礫に押しつぶされた。




                  ◇




 次にイチヤが目を開けると、そこは真っ白な部屋だった。


「ポラリスか……」


 そう呟きながら、床に寝そべっていた体を起こす。

 そしてHPが尽きる前の最後の瞬間を思い返してみる。

 

 あの時のステータス強化倍率は約三千%だった。弱いドゥームなら一撃で倒せる数字だ。もし最後の攻撃が当たっていれば、ボスと言えども大きなダメージが入ったはずだ。ジンやツバメの攻撃によるダメージも考えれば、ギリギリ倒せていた可能性はある。


 もし倒せていれば、インベントリには何らかのドロップアイテムが入っているはず。

 それを確認しようと、ウィンドウを開く直前。

 フレンドコールが鳴った。


 ジンからだ。


「はい」

『よぅイチヤ!』


 ジンの陽気な声が響く。


『この後まだ時間あるだろ? どうせ三十分地上に降りれないしさ、皆で集まって何かしてようぜ』

「何か……?」

『あぁ。そうだな、例えば結局全員デスペナくらったから、その反省会とかな』


 反省会。その単語にイチヤの表情が曇る。

 しかしジンは明るい口調で言葉を続けた。


『あと、ダンジョン初攻略の祝勝会とかな!!』


 フレンドコールは声だけの通信であり、相手の様子は見えない。

 しかしイチヤには、ニカッと笑うジンの表情がありありと思い浮かんだ。




 そして、祝勝会はなぜかイチヤの部屋で行う流れになった。


 通話を切ってからしばらくして、イチヤに入室申請が三つ飛んでくる。ポラリスのプライベートルームは、部屋の主が入室を許可したプレイヤーのみが入れる仕組みになっている。

 イチヤが飛んできた三つの申請を全て許可すると、何もなかった壁に扉が現れた。


 そのまま待っていると、その扉がそーっと開いた。

 少しだけ開いた隙間から、ツバメがおずおずと顔を覗かせる。


「……お、お邪魔しまーす」

「あぁ」


 ツバメがソロリソロリと入ってくる。


「わぁー、すごい。先輩の部屋だ……」


 そして何が珍しいのか、キョロキョロと部屋を見回し始める。

 続いてガチャリと扉が開き、ジンとダイゴが入ってきた。


「うーっす……うわっ! 何もねぇ!!」

「こらジン! 失礼だろうが……うお! 何もない!!」


 部屋に入った二人が揃って驚く。

 イチヤのプライベートルームはいまだに全くの初期状態であり、床も壁も白一色で家具は一つも置いていない。


 おしゃれな家具はほとんどが課金アイテムであるが、質素なものであればゲーム内マネーで買えるものもある。

 そのためハウジング要素に興味がないプレイヤーでも、大抵は無課金で手に入る椅子くらいは置いているものである。それに壁紙や床だって簡素なものであれば無料で変えられる。目が痛くなるような白のままというのも珍しい。


「まぁいいや、とりあえず適当にこの辺に座らせてもらうぜ?」


 そう言ってジンが床に座り込む。続いてダイゴと、しばらく迷ってからツバメも、同じように床に座る。


「……」


 せめて、皆が座れるものくらいは用意しておくべきだったかもしれない。

 床に座る三人を見て、イチヤはそう思った。

 後でサポに……、いや、自分で調べて買っておこう。


「いやー、しっかし初ダンジョンがあんな感じで終わるとは予想外だったな」

「う……」


 ジンが話を切り出し、ダイゴの表情が暗くなる。


「皆すまん……」


 ダイゴが体を小さくする。


「いや、あれは仕方ないですよ!! ダイゴさんのtr.Actスキルがなかったらきっと勝てませんでした!」

「場所と相手が悪かっただけです」


 ツバメとイチヤがフォローを入れる。


 それに正直なところ、イチヤはダンジョン探索前から嫌な予感がしていた。クリアできただけでも万々歳だ。


「ところで、ボスのドロップアイテムとダンジョンの攻略報酬ってもう見ました?」


 ツバメが全員に向かって尋ねる。


「いや、まだだ」


 イチヤが首を振る。


「俺も見てない」

「俺もだ! 皆で見ようと思ってな!」


 ダイゴもジンもまだ確認していないらしい。


「まぁ、ボスのドロップは正直期待できねぇがな」


 ジンがそう言いながらウィンドウを開く。

 まともに見る暇もなく倒したボスであるが、つまりはその程度の強さだったということだ。ならばドロップアイテムはあまり期待できない。


「だけど初クリア報酬の方は期待していいんじゃねぇか!?」


 ジンの目がらんらんと輝く。

 初攻略者報酬は一つのダンジョンにつき一組しか貰うことができない。こういった報酬は手に入れづらいものほど内容が良いのが鉄則だ。ならばかなり期待できるだろう。


「誰かランク五を手に入れてたりしてな!」


 ダイゴもわくわくした様子でウィンドウを開いた。


 そしてイチヤもウィンドウを開く。運営から何かプレゼント付きメッセージが届いていた。タイトルは『デイリーダンジョン初回攻略者報酬』。それをタップしてみると、イチヤの目の前にリボンの巻かれた小さな箱が現われた。

 見ると、他の三人の前にも同じ物が出現している。


「さぁ、開けてみようぜ……!!」


 ジンの言葉にコクリと頷くと、イチヤはするするとリボンを解き始めた。

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