第三二話 相性
広い部屋の中央で、巨大ロボットとダイゴがにらみ合う。
「何がロマンだ! ふざけているのか!? 二乗三乗の法則を知らないのか!!」
『ハハハ、知らん!!』
ダイゴが声を荒らげる。自らの必殺スキルが『ロマン』の一言で理不尽に破られたようで、その内心は穏やかではない。
しかし、これは実際には理不尽でも何でもない。
致命的な弱点であるダイゴの攻撃を耐えることができたのには、きちんと理由が存在する。
それは【セレスティアル・カイザー】の性能のおかげだ。
元々はランク五のこの装備は現在、tr.Actスキルの効果によってランク六に昇格している。
そしてそれによって、【セレスティアル・カイザー】にはある変化が生じていた。
特殊能力の獲得である。
アトラクタ・バーサスにおいて、装備アイテムにはランク六以上からは特殊能力が付与される。それは半ば裏技のようにランク六になった装備でも同じである。
【セレスティアル・カイザー】の場合、ランク六になることで獲得する能力は【レジスト・グラビティ】――重力耐性であった。武器種:【巨大ロボット】の共通弱点を埋めるためのピンポイント耐性だ。
【セレスティアル・カイザー】が三十メートルもある巨体を維持できているのは、この耐性によるところが大きい。実のところ【レジスト・グラビティ】がないランク五のままだと、サイズは五メートル程度でしかない。
さらに今は首領グリコのtr.Actスキルで機体の強度を大幅に上げている状態でもある。
つまり、二つのtr.Actスキルと【セレスティアル・カイザー】のピンポイント耐性をもってようやく、ダイゴのtr.Actスキルに耐えることができたのだ。
それほどの相性の悪さ。
むしろ理不尽を感じるべきは首領グリコの方かもしれない。
『うおおおぉ……ッ!』
高重力フィールドの中、首領グリコがひたすら耐え続ける。
ミシミシと関節部が悲鳴を上げ、HPもジワジワと減っていく。しかし逃げることはできない。無理をすれば一歩くらいは動けるだろうが、その一歩の衝撃で機体各部にどれほどのダメージが入るか分からない。
「くぅ……!!」
そしてダイゴもまた動けない。
相手の一撃は非常に強力だ。おそらく完全に動けないわけでもない。不用意に近づけば手痛い反撃をくらう可能性がある。かと言って離れるわけにもいかない。
ダイゴのスキルはフィールド設置型。ダイゴが動いてもスキルは同じ位置に留まる。しかし自分がスキル範囲外に出てしまえば、おそらく首領グリコ以外の三人に一斉に狙われることになるだろう。
二人が睨み合いを続けていると、不意に高重力のフィールドが消え失せた。
『……ふぅ。大体三十秒といったところかのう』
「ぐっ……! 耐え切られた……!」
ダイゴの顔が険しくなる。
ダイゴのtr.Actスキルは、周囲の重力を最大五十倍まで引き上げるスキルである。その効果時間は、最大出力を出し続ければ一分。出力をセーブすれば効果時間は延びるが、当然その分拘束は緩む。【セレスティアル・カイザー】を潰すためには、力を緩めるわけにはいかなかった。
しかしそれでも足りなかった。
そして一旦使用時間を使い切ってしまうと、スキルの再使用には二分かかる。
つまり今から二分間、ダイゴには首領グリコを止める手立てがなくなる。
【セレスティアル・カイザー】がダイゴに向けて右手を突き出した。
『次はこっちの番じゃ! くらえ必殺!! 【セレスティアル・バスター】ッ!!』
手のひらがきらりと光り、そこからレーザービームが発射される。
世にも珍しい、武器種:【巨大ロボット】専用スキルである。
しかし本来は【ハンドレーザー】というスキルである。首領グリコは設定でボイスコマンドの変更をしているのだ。
「……ッ!!」
ダイゴがとっさに構えた盾で受け止める。
しかし受け止めきることはできず、大きく弾き飛ばされて床を転がる。
「ぐおおぉっ……!」
『巨大ロボットにレーザービーム!! どうじゃ、最高の組み合わせだと思わんか!?』
床に転がりながらも、ダイゴはその言葉に鋭く反応した。
「レーザービームだと!? 冗談を言うな! レーザーは光だ!! 発射を見てから防御して間に合うわけがないだろう! 質量のない光に押し飛ばされることもありえない! こんなのはただの光る実弾――」
『うるさぁあああい!!』
【セレスティアル・カイザー】が拳を振りかぶる。
首領グリコにとってダイゴは、どこまでも相性の悪い相手であった。
『ロマンを解さぬ輩め!! 成敗してくれる!!』
「上等だ!! かかってこい!!」
ダイゴに向かって大きな拳が降ってくる。
「tr.Act! 【疾風一番槍】!!」
しかしそれが届く前に、ジンがダイゴを突き飛ばした。
直後、巨大な拳が床を打ちつける。部屋が大きく揺れ、土ぼこりが舞い上がった。
「ジン!! 離せ!! アイツに物事の道理ってものを教えてやる!!」
ジンに掴まれ、引きずられるように場所を移動したダイゴが暴れる。
「落ち着けよ! お前の相手は別だっつーの!」
「……なに?」
そう言ってジンを見上げる。
ジンは警戒するような視線を辺りに向けながら、小声でダイゴに囁く。
「敵に透明になる奴がいただろ? そいつがまたどっかに隠れやがった。この広い部屋の中、敵が見えないんじゃあ攻撃しようがねぇ。範囲攻撃ができるお前が何とかするしかねぇだろ」
「それはそうかもしれないが……。しかしあの鉄屑を自由にするわけにも――」
「そっちはアイツに任せよう」
そう言って、ジンがチラリと【セレスティアル・カイザー】の足元に目をやる。
もうもうと立ち込める砂埃。
それに紛れ、巨大ロボットを殴りつけているプレイヤーが一人。
イチヤだ。
戦闘開始時にも発生していた砂埃に隠れるようにして敵に近づき、ダイゴと首領グリコが睨み合いを続けている間もずっと攻撃を重ねていた。
巨体ゆえに死角となる足元にいたこと。天敵であるダイゴが目の前にいたこと。そして、分厚い装甲によってダメージが通らなかったこと。それらが今まで、イチヤの存在を相手から隠していた。
しかし、それももう限界だ。
拳を振り下ろした【セレスティアル・カイザー】は、しゃがみ込むような姿勢になっており、今は足元が死角にはなっていない。
ダイゴという天敵が目の前からいなくなり、精神的な余裕も生まれている。
そして何よりも、攻撃スキルでも何でもないただの通常攻撃が、【セレスティアル・カイザー】の分厚い装甲を超えてダメージを与え始めた。
『ん……? 何か変な物でも踏んだか?』
そう言って首領・グリコが足元を覗き込む。
薄れてきた砂埃の奥には、何かがいた。
その何かがこちらを見上げ、視線がかち合う。
出会い頭に殴りかかってきた時の、あの鋭い目であった。
『貴様っ! いつの間に……!!』
首領グリコが慌てて立ち上がろうとする。
しかし【セレスティアル・カイザー】は巨体ゆえに一動作にかかる時間が長い。ただ立ち上がるだけの間にも、何回か攻撃を貰ってしまう。
大したダメージではない。しかし首領グリコにとっては脅威であった。ランク六状態の【セレスティアル・カイザー】に、単純な物理攻撃でダメージが入ったのは初めてのことであった。
「…………」
イチヤが巨大ロボットを見上げる。
tr.Actスキルは発動しており、既に五八回の攻撃を行っている。
その全てに五%の強化が乗るため、本来ならステータスの強化倍率は一五九四%になるところである。
しかし、イチヤの視界の端に表示されている倍率は、その数値とは異なっていた。
「先輩! やっちゃってください!」
ツバメが叫ぶ。
イチヤの強化倍率にズレが生じている理由、それはツバメのtr.Actスキルが発動しているためである。
ツバメのtr.Actスキルには大きく三つの効果がある。
ステータスの強化・スキルの強化・そしてtr.Actスキルの強化。しかし最後の一つについては、他の二つと違って自由が利かない。強化可能な人数に上限はないが、一人に集中して効果を高めるようなことはできない。強化倍率は常に固定されているのだ。
その倍率は、一律五%。
この数字は非常に低い。
先ほどダイゴが【セレスティアル・カイザー】に対して使用したtr.Actスキルも実はこの強化を受けていたが、敵を打倒させるには至らなかった。アイテムランクを一つ上げるスキルや【巨大ロボット】の性能を引き上げるスキルに比べると、五%などあってないようなものである。
しかし、それは強化対象スキルとの相性があまり良くないためである。
その相性がバッチリ噛み合った時、tr.Actスキルの効果は跳ね上がる。
「…………!」
イチヤが敵に向かって全速力で飛び込む。
『むっ、早い……!!』
大きく重い【セレスティアル・カイザー】に躱す術はない。
イチヤがtr.Actスキルを発動してから五九回目の攻撃だ。カウントが一つ増え、イチヤのステータスが上昇する。
しかし、その上昇率はいつもの五%ではない。
ツバメのtr.Actスキルによってさらに五%の強化を受けているため、上昇率は五・二五%。わずか〇・二五%の違いではあるが、それが何度も積み重なると次第にバカにならなくなる。
「ふっ……!!」
『ぬぅ!!』
イチヤがそのままもう一度殴りつける。
すると、攻撃カウントが二つ増えた。
イチヤがtr.Actスキルを発動させてから六十回目の攻撃である。しかし表示されているカウント数は六三回。
これもツバメのtr.Actスキルの効果だ。
このスキルによる五%強化は、全ての数値処理に対して有効である。
六十回のカウントは六三回となり、五%の倍率は五・二五%となる。さらに、そうして計算された数値までもが、最後には五%上昇する。
そのためイチヤが実際に受ける強化は、大きく膨れ上がっている。
六十回の攻撃で、本来であればステータス強化倍率は一七六七%である。
しかしツバメの強化を経て、現在は二五三二%へと伸び上がっている。
この数値の差は、攻撃を続ければ続けるほどに大きくなっていく。
『ええい、うろちょろと鬱陶しい!! 【フット・バーニア】!!』
首領グリコがスキルを使用する。
巨大ロボットの足の裏に付いたスラスターノズルから燃料を噴射し、宙に浮き上がるランク二のスキルである。しかし【セレスティアル・カイザー】は重すぎるため、このスキルで浮き上がることはできない。
そのため、噴射された炎は床を這うように薄く辺りに広がる。
「……ッ!!」
範囲攻撃と化したそれを避け、イチヤが大きく跳び上がる。
『もらった!!』
そこに【セレスティアル・カイザー】の拳が迫る。
イチヤの身長とほとんど変わらないほど大きな拳だ。空中にいるため躱すこともできない。
焦ったり、身を竦ませたりしてもおかしくない場面だ。
しかしイチヤは、迷わず拳を振りかぶった。
「……ぉおおおおッ!!」
『ずぉおりゃああああ!!』
小さな拳を、迫り来る重く巨大な拳に打ち付ける。
「がっ……!!」
大きな轟音が響いた後、イチヤの体が激しく弾き飛ばされた。
「ぐはっ……!!」
背中から床に叩き付けられ、壁際まで飛ばされる。残り少ないHPががくっと短くなり、危険域を示す赤に変わる。それでも上がったステータスのおかげで、何とか全損だけは免れた。
そしてまた一つ、攻撃カウントが増えている。
ステータスだけで言うと、イチヤは既に首領グリコよりも上である。しかしいくらステータスで勝っていようと、大きすぎる重量差は無視できない。
イチヤは素早く身を起こし、相手に目を向けた。
『ぐぉおおお……!! 馬鹿な……!!』
しかし相手もまた、ステータスで負けていることを無視はできない。
【セレスティアル・カイザー】の右腕は、肘から先が砕け散っていた。




