第三一話 【セレスティアル・カイザー】
「ゥワーッハッハッハ!! 抜かったな、名も知らぬプレイヤーよ!!」
「……ジンだ」
『親分』と呼ばれていたプレイヤーが高笑いする。
ついさっきまで必死に逃げ回っていたのが嘘のような変わりようであった。
「ゥワハハ!! ジンよ!! ワシは首領グリコ!! 残念ながら今この瞬間、貴様らの勝機は潰えた!!」
『親分』――もとい首領グリコが、ビシッとジンを指差す。その脇には三人のプレイヤー。いつの間にか、透明化していたプレイヤーも姿を現していたようだ。それの人物こそが、さっき首領グリコが言っていた『シノブ』なのだろう。
そしてイチヤ達もボス部屋に到着する。
一パーティしか中に入れないはずの部屋で、二パーティがにらみ合う。
「これはどういうことだ……?」
困惑するダイゴが呟く。
「透明の奴がコッソリ先に走ってやがった!! おそらく同着だったんだ……! 大見得切っときながらすまねぇ!」
「いや、それはいいとして……どうする?」
ダイゴが辺りを見回しながら問いかける。広く明るい部屋で、天井も高い。巨大な敵でも出て来そうな空間である。
そして通常なら実際にそうなっていたのだろう。しかし、部屋に入ったらすぐに出てくるはずのボスは一向に出現する気配がない。やはり二パーティいるからだろうか。
「どうするもこうするも……少なくともあちらさんは全員やる気みたいだぜ?」
ジンが槍で敵を指す。先ほどまでの慌てた様子は消え、それどころかむしろ安心しているようにも見受けられる。
「こっちも約一名やる気満々だぞ」
そう言ってダイゴがチラリとイチヤに目をやる。先ほどからイチヤは一切敵から目を逸らしていない。瞬きすらしていないんじゃないかと思えるほどだ。
そのイチヤが静かに言う。
「二パーティいることが問題なら、一パーティにすればいいだけでしょう」
「……どうやって? っていうのは、愚問だよなぁ……」
そう言いながら、ダイゴが身を低くする。ジンとツバメも、それぞれの武器を構える。
「排除します」
イチヤが当然のようにそう宣言した途端、敵の首領グリコが大きく高笑いをし始めた。
「ゥワーッハッハッハ!! それは無理じゃ!!」
「なにぃ! どういう意味だぁ!」
「言ったはずじゃあ! 貴様らの勝機は潰えたとな! ワシの武器が使えんうちにケリを付けとけば良かったものを! この広さならば存分に使うことができるわい……! 」
堂々とそう言ってのける。
「ランク六……そんなハッタリが通用するか!」
ダイゴはそう言いながらも、可能性を頭の中で探る。
アトラクタ・バーサスは圧倒的な演算速度を持つ人工頭脳によって運営されるVRMMOである。そのため、調整やアップデートの速度が異常に早いという特徴がある。
そのため個人の細かい要望なども比較的通りやすく、そういった一部のプレイヤーの声によって追加された変わり種の武器種も多数存在する。嘘か本当かは知らないが、【冷凍マグロ】や【棺桶】なんてものまであるという話だ。
もちろんダイゴもその全てを把握しているわけではないが、先ほどの洞窟で呼び出すこともできない大きさというならば限られてくる。
【スレッジハンマー】や【超長槍】、【大太刀】などの武器種がそうだ。いずれも一癖も二癖もある武器で、使いこなすのは難しいがハマったら強い。いわゆるロマン武器というやつだ。
いずれにせよ、敵のあの自信たっぷりの様子からすると強力な武器であることは間違いなさそうだ。さすがにランク六はないとしても、もしかしたらランク五くらいはあるのかもしれない。
ダイゴがそう予想しながら敵の挙動に意識を集中させていく。
そしてその推測は正しい。
実際、首領グリコの持つ【セレスティアル・カイザー】のランクは五である。
しかし、首領グリコの発言も嘘ではない。彼が絶対の自信を持っているのは、ランク六の【セレスティアル・カイザー】であった。
「ロイ!」
「合点承知!」
首領グリコが短く声を上げ、隣のプレイヤーがそれに答える。
そしてロイと呼ばれたそのプレイヤーが、首領グリコに手をかざした。
「tr.Act、【洗練壮挙の逸品】!」
tr.Actスキルが発動し、首領グリコがキラキラとしたエフェクトに包まれる。
「くっ、サポート系のtr.Actスキルか……!」
ダイゴの表情が苦いものになる。
tr.Actスキルはプレイヤーが抱える『強さ』への思いを反映した能力であるため、個人の戦闘能力を上げるようなスキルが発現しやすい。ツバメやロイのようなサポート系は稀だ。
個人戦闘に特化したtr.Actスキルは一発で戦況をひっくり返せるほど強力だ。そして、強力であるが故に制御するのが難しい。
しかし、このゲームではパーティ内のフレンドリーファイアが普通にある。
そのため、tr.Actスキルは集団戦闘では使いづらいというのが通説だ。実際ジン・ダイゴ・イチヤのtr.Actスキルも、パーティプレイでは使い勝手が悪い。
その点サポート系のtr.Actスキルは、集団戦でも全く問題なく効果を発揮できる。
「ゥワハハハ……! 条件は整った! 見せてやろう、ワシのランク六を!!」
首領グリコが笑う。
「…………」
ダイゴが表情をこわばらせる。
ランク六などありえない。あってレベル五だ。だが、しかし……。
先ほどロイが使ったtr.Actスキルは、もしかすると……。
そしてその推測は正しい。
ロイのtr.Actスキル、【洗練神庭の逸品】。その効果はプレイヤー一人に対し、セットしている全ての装備とスキルのランクを一つずつ上げるというもの。
これにより、今の【セレスティアル・カイザー】のランクは六。
さらに首領グリコが叫ぶ。
「ゆくぞ!! tr.Act、【輝く威光に頭を垂れよ】……!!」
その瞬間、首領グリコの体が黄金色のオーラに包まれる。
満を持して、首領グリコが右手を高く掲げて声高に叫ぶ。
「来ぉぉぉおおおいッ!! 【セレスティアル・カイザー】アアアアッ!!」
その手がカッと光り、ダイゴが思わず目の前に手をかざす。
アトラクタ・バーサスでは、全ての武器・防具に装備制限というものが存在する。
その多くはレベルやステータスで指定され、それらが定められた数値に達していなければ使用することはできない。
しかし中には、その制限が非常に特殊な装備が存在する。
【セレスティアル・カイザー】もその一つ。その装備制限は、あるものに関連したtr.Actスキルを保有していること。
『さぁ見よ!! ワシの【セレスティアル・カイザー】はどうじゃあ!?』
広い部屋に、大きな声が響く。
「…………ッ」
その姿を目にしたダイゴが絶句する。
ジンも目を見開き、ツバメがあんぐりと口をあける。
「…………!!」
「…………」
「大きい」
唯一イチヤだけが普通に答える。
その言葉のとおり、四人の前にそびえ立つようにして現れたのは、巨大な巨大な人型。
力強く地を踏みしめる長い脚に重厚なボディ。ツヤツヤと輝く塗装。
【セレスティアル・カイザー】――武器種:【巨大ロボット】のランク六が、仁王立ちで四人を見下ろしていた。
『ゥワーッハッハッハ!! 巨大ロボットは……男のロマンじゃあい!!』
体長が優に三十メートルはあろうかというその機体が、拳を振り下ろす。
やや緩慢にも見える動き。しかしそれはサイズ差からくる錯覚だ。実際の速度は非常に速い。
攻撃に鋭く反応したイチヤが、ツバメの襟首を掴んで走りだす。
「ぐぇ……!」
ジンとダイゴも弾かれたようにその場を離れる。
その直後、巨大な拳が床に突き刺さった。
「うおおおおっ!?」
大きく部屋が揺れ、土埃が舞い上がる。
頑丈そうな床は容易く砕かれており、首領グリコが快哉を上げる。
『ゥワーハッハッハァ!!』
巨大ロボット好きが高じて、それを自らのtr.Actスキルにまでしてしまった首領グリコとしては、この【セレスティアル・カイザー】は最高の装備だ。
彼のtr.Actスキル【輝く威光に頭を垂れよ】は、装備を変質させて自身を巨大ロボット化するスキルである。鎧やローブといった防具を巨大ロボットに変え、次に剣・槍・鞭などの武器を巨大化して装備する。
しかし装備の耐久性の問題なのか、そうして出来上がったロボットはせいぜい全長三メートルほど。巨大というには物足りない。
いっそ最初から巨大ロボットの武器があればいいのに。そう思ってダメ元で運営に要望を送ってみたところ、なんと採用された。
さらに幸運なことに、その後すぐにその【巨大ロボット】――しかもランク五のレアアイテムがドロップした。
そして自身のtr.Actスキルには新たな一文が追加されていた。
それは『セットしている装備が武器種:【巨大ロボット】の場合、その性能を強化する』というもの。
これにより強力なランク五がさらに強化。その後アイテムのランクを一つ上げる能力者とも出会い、今や【セレスティアル・カイザー】の強さはランク七相当。
ただし、難点が一つだけある。
首領グリコのtr.Actスキル自体が抱える、致命的とも言える欠点。作成した段階では盲点となっており、使用して初めて発覚した問題点。
見えないのだ。
せっかくのかっこいいロボットが、自分視点からだと腕や脚くらいしか見えない。
だから首領グリコは叫ぶ。
『皆の者!! スクリーンショットを撮るんじゃああああ!! そして後でワシに見せるんじゃあああ!!』
敵パーティの面々が慣れた様子でそれに答える。
「了解っす親分!」
戦場にパシャパシャと場違いなカメラの音が響く。
しかしそれを見るジンとダイゴの表情は、差し迫ったものであった。
「おいマジかよ、コレに攻撃なんて徹るのか……?」
「……分からん。しかしこれはもう四の五の言ってる場合じゃないよな? なら俺も使わせてもらうぞ!」
ダイゴが巨大な敵をキッと睨みつける。
「tr.Act! 【土に根差す鋼鉄】!!」
その瞬間、巨大ロボットを高重力が襲う。
『ぐぅ……! 重力増加スキル……!』
「あぁそうだ! その巨体でこの重力は辛かろう……!!」
ダイゴがニヤッと笑う。
ダイゴには、目の前の敵に自身のスキルがクリティカルに効くという確信があった。
物体は大きさが二倍になると、重さは八倍になる。
そして鉄の塊であるロボットは、サイズが一メートル程度だったとしても重量はかなりのもの。それがそのまま三十メートルなったとすると、重さは二万七千倍に膨れ上がる。
そこにさらに五十倍の重力が加わるとどうなるのか。考えるまでもない。
「攻撃が徹るかどうかなんて関係ない……! 自重で潰れろ!!」
ダイゴが叫ぶ。
ピシリと床に皹が入り、巨大ロボットの上体がガクッと沈み込む。そして関節からはメキメキと嫌な音がし始める。
しかし、機体が膝を付くことはなかった。
ダイゴの顔が驚愕に染まる。
「なっ、バカな!! そのデカさで五十倍になった自重を支えきれるハズが……!!」
『ゥワハハァ……! 確かに巨大ロボットの一番の敵は重力……!! お主は間違いなくワシの天敵じゃあ……!! しかし、お主は少々思い違いをしておる!!』
「何だと!?」
重力に逆らって、巨大ロボットの上体がゆっくりと起き上がる。
そして堂々と胸を張って答える。
『自重になど……もともと耐えられはせんわぁ!!』
「なにぃ!?」
『それでも動くのが巨大ロボットのロマンよ!!』
「納得できるぁ!!」
ダイゴの叫び声が、部屋の中に木霊した。




