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第二九話 ワイヤートラップだ

 宝箱を開ける際、ジンとダイゴは密かにとあるアイテムを期待していた。


 アトラクタ・バーサスでは、全てのアイテムにレアリティが設定されている。


 それは低い方から順にランク一、ランク二、ランク三……という風に呼ばれ、レアリティが高くなるにつれて数字は大きくなっていく。しかし最高ランクがいくつなのかは不明だ。ドロップ率やドロップ条件などの仕様も含め、運営側からそこまで詳しい説明はされていない。


 分かっているのは二点だけ。全てのアイテムはメモリーカードの形状をしていることと、そのカードの色でレアリティが分かるということ。


 その色分けも、比較的手に入りやすいランク三までのものしか判明していなかった。その上からはドロップ率が一気に下がる。しかしつい先日、検証勢と呼ばれるプレイヤーの一人にランク四のアイテムがドロップし、それがSNSで証拠画像と共に公表された。


 そうして分かったランク四までの色は、下から濃いグレー・黒・薄いグレー・白。

 無彩色という共通性らしきものは見受けられるものの、その順番に規則性は見当たらない。そのため、現段階で最高レアリティの予測は不可能であるというのが検証勢の出した結論であった。しかしその発表を受けたプレイヤー達からは、非常に有力な説が提唱され始めた。


 それは最高ランクが十二であるとする説。


 先ほど挙げた色の順番が、冠位十二階で定められた等級の色と一致することに気付いた者がいたのだ。もしそうであるならば、最高ランクは紫色で十二となる。

 まだ四つの色が一致しただけであるため、偶然である可能性も残されている。しかし、もしもランク五の色までも冠位十二階の色と一致すれば、もう確定と言っていいだろう。


 しかしランク五については匿名掲示板の書き込みや又聞きなど、出所の怪しい話しかない。やっかみによるPK被害を恐れてか、それらしいものは全て発信元が特定できないようにぼかされている。

 ランク六に至っては『どこかで出たらしい』などというあやふやすぎる噂話しか聞かない。


 そんなレアアイテムの出現報告であるが、最も多いのは『ダンジョンで出た』というものだ。


 ダンジョンでの経験値効率が悪いのは周知の事実。その代わりにレアアイテムが出やすいというのは、いかにももっともらしい話に思える。そのため、ランク五にまつわる噂話の中で、これだけは唯一有力視されていた。



 そのためダイゴとジンも当然、宝箱を見つける度にランク五のレアアイテムをほんのりと期待していた。


 しかし、あれからいくつか宝箱を開けてみても、手に入ったのは地図だけであった。


 本日九度目となる爆発を受け止めた後、息を吐きながらダイゴが呟く。


「くそぉ……今回もハズレか」


 その後ろから、イチヤが怪訝な表情で歩み寄る。


「……? 地図はちゃんと手に入りましたよ」

「ん、いや、そうだな。スマン。ちょっと欲張った……」


 そう言いながらダイゴが体についた土埃を払い落とす。

 ちなみに宝箱の開封は二回目からはスムーズであった。一度開けて慣れてしまえば、後はどうということはない。


「で、地図の方はどうだった?」

「あー、こっちもハズレだ! ボス部屋は見当たらねぇ」


 ジンが首を振る。


 集まった地図は既に九個。あとは一つを残すだけだ。蟻の巣のようなダンジョンは一部分を除き、ほぼその全容を現している。しかしどこがボス部屋なのかはまだ分からない。


 運悪くボス部屋の含まれる部分が最後に回ってしまったのか、それとも地図が手に入る順番が決まっているのか。

 あるいはそもそもボス部屋の位置が地図からは分からないようになっているのか。


「いや、さすがに全部集めてもゴールが分からないってことはないだろうが……」


 顎をさすって考え込むダイゴにイチヤが話しかける。


「それは集めてみなければ分からないでしょう。では、行きましょうか」




 そしてイチヤ達は、ボス部屋は地図の見えていない箇所にあるだろうという予想のもと、その部分に向かって歩き始めた。


 最初の一つ以外の全ての宝箱を開けているダイゴであるが、そのHPはそれほど減っていない。

 ダイゴはもともとDEF(防御力)のステータスを厚めに振っている。さらに重装備で身を固め、その上でツバメのtr.Actスキルによる強化を受けて宝箱を開けている。そのため爆発によるダメージは大したものではなく、HPも時間経過と共に徐々にに回復していく。ダイゴが宝箱を開けはじめてから結構な時間が経過しており、そのため爆発ダメージを八回も受けてはいるものの、ダイゴのHPは七割程度を保っていた。

 イチヤのHPも既に全回復している。


 しかし、だからといって油断はできない。

 もうやらこのダンジョンは地図を手に入れるごとに難易度が高くなっていくらしく、少し前から巧妙な罠もちらほら出はじめた。


 そうこうしているうちに、前方に十個目となる宝箱が現れた。


「お、宝箱だ」


 それを聞いてジンが顔を明るくする。


「これで地図完成だな! 意外と早かったじゃねーか!」

「だな。じゃあ早速――っと危ない!」


 宝箱に向かおうとしたダイゴが足を止める。


「……ワイヤートラップだ」


 その足元を見てみると、確かにワイヤーが張られていた。洞窟を照らす青い光が直線状にうっすら反射しているが、しっかり注意していないと見逃してしまいそうであった。


「気をつけろよ、イチヤ君」

「はい」


 ダイゴに(なら)い、ワイヤーを丁寧にまたいで進む。

 そして宝箱に近づくと、ジンが何かに気づいた。


「なぁ、奥にもう一個ワイヤートラップがあるぜ」


 宝箱の奥に伸びる通路に、またもやワイヤートラップがあった。宝箱は二つのワイヤートラップで挟まれたよう状態になっていたようだ。そして近くに身を隠せるようなスペースはない。このまま開けるのは少々危険だ。もし誰かが爆風に吹き飛ばされれば、罠が連鎖してしまう恐れがある。


「んー、それじゃあ三人はちょっと先に行っててくれ」


 自分だけならば吹き飛ばされることもないと、ダイゴがそう提案する。


「おう、了解」


 そしてジンが先に進もうと、ワイヤーをまたごうとする。


「うおっ、あぶね!」


 しかし慌てて足を戻す。


「……どうしたんですか?」


 近づいてよく見てみると、ワイヤーの奥には非常に細いワイヤーがもう一本張ってあった。ここまで近づいても微かにしか見えないほどの細さだ。どうやら二重トラップになっていたらしい。


「ふいー、危ないとこだったな」


 ジンが胸をなで下ろし、改めて二本のワイヤーを跨ぐように大きく足を前に出す。



 そしてジンは三本目のワイヤーを踏み抜いた。


 カチリと何かが音を立てる。


「はぁ!?」


 ジンの顔が引きつる。


「さ、三重トラップは聞いてな――」


 次の瞬間、壁面から何十本もの弓矢がジンに放たれた。


「んぎゃぁああああああっ!!」


 防御姿勢を取る間すらなく、ジンの全身が貫かれる。


「だ、大丈夫ですか……?」


 ツバメがジンに声をかける。


「お、おぉ……。何とか……」


 それに答えながら、ジンが自分のHPを確認する。


 ジンはステータスをAGI(敏捷性)に多く振っているため、ダイゴやイチヤよりも元々のDEF(防御力)が低い。加えて、機動力を損なわないようにするために防具も軽いものを選んでいる。

 そのためダメージは大きく、実にHPの七割が削られていた。


「うげぇ、えげつねぇダメージ……」

「あの、すみません……。私がとっさに強化できてれば……」


 ツバメが申し訳なさそうに背を丸める。


「いや、ツバメちゃんが謝る必要なんてないさ。こんなのはこのバカの自己責任だ、自己責任!」


 そう言ってダイゴが横からジンを小突く。


「……まぁその通りだけどよぉ……! お前に言われるとハラ立つわ!」

「喚くな喚くな。ほら、次は宝箱の方を処理するぞ。死にたくないならあっち行ってろ。……じゃあツバメちゃん、強化(バフ)を頼む」

「あっ、はい」


 そしてステータス強化を受け、ダイゴが宝箱の蓋を持ち上げる。


 激しい爆音と共に箱が飛び散るが、もう十回目ともなれば慣れたものだ。その爆発に対して、誰も何の反応も示さない。

 地図が無事にドロップし、これで十個全てが揃った。


「さてと、ボス部屋は――」


 ダイゴがそう言いかけた時、ダンジョンに異変が生じた。

 洞窟内を照らしていた青い光が、一斉に黄色に変わったのだ。


「うおっ、何だ!?」

「まさかボスが現れたのか!?」


 ジンとダイゴが身を硬くする。唐突だが、ありえない話ではない。

 その直後、光が赤く色を変えた。洞窟内が真っ赤に染まる。


「ひっ……!」

「……!」


 ツバメが短く悲鳴を上げ、イチヤがスッと身を低く構える。


 次の瞬間。

 ビーッ、という大音量のブザーが鳴り響いた。

 それに呼応するように赤い石のギラつきが激しくなり、周囲にある全ての石からイチヤに向けて、何かが放たれた。


「……ッ!!」


 レーザービームのような赤い光だ。それが四方八方のあらゆる方向から浴びせかけられる。逃げられるような隙間などもどこにもない。


「先輩っ!」


 ツバメが短く叫び、光の中に飛び込む。


「……くっ、すまない出遅れた……!!」


 遅れてダイゴが大きな盾を構えて突っ込む。そしてツバメが思い出したように、ダイゴにかけていた強化をイチヤに移す。

 イチヤのHP減少速度が緩んだ。


「ぐおっ……!!」

「ダメです……っ!」


 しかし決して状況が好転したわけではない。イチヤのHPはなおも減少を続け、みるみるうちに半分を割った。


「おいおいおい、一体何なんだよぉ!!」


 HPに余裕のないジンも、踏み込む機を伺う。これ以上イチヤがダメージを受けるようなら、自分も飛び込んでダメージを分散させなければならない。


 しかし光はそこで収まった。洞窟内に元の青い光が灯る。


「はぁ、はぁ……っ、先輩……!?」


 ツバメが焦った様子で振り返る。イチヤはふらりとその場に膝を付いた。大きなダメージを食らった直後には、脱力感と息苦しさが発生するのだ。


 そのHPは四割程度にまで減っていた。


 そしてツバメのHPも同じく四割ほどで、ダイゴが六割強。

 ツバメもダイゴも息が上がっているが、それでも全員デスペナルティだけは避けることができた。


 ジンがほっと息をつき、辺りを見回す。


「ったく、何だってんだ一体……!」

「ハァ、ハァ……。いや……分からん。ボスが出現したということなのか、何らかの罠を見逃していたのか。あるいは――」


「……おそらく、信号機でしょう」



 ダイゴの言葉を遮るように、イチヤが言い放つ。よろよろと立ち上がるイチヤに、ダイゴが肩を借す。


「信号機……?」

「はい。青から黄色……そして赤。その後はまた青に戻る。普通に考えれば信号機でしょう」


 それを聞いてジンがポンと手を打つ。


「あぁー、そういうことか!」

「えっ、どういうことですか?」


 察しの悪いツバメが首を傾げる。


「つまり『赤は止まれ』ってことだ!」


 それでようやくツバメも察する。


「あぁー、『だるまさんが転んだ』ですか!」


 先ほどイチヤが浴びた集中砲火。思い返してみれば、その直前に確かにイチヤが動いていた。

 照明の色が変わったのは罠に引っ掛かったからではなく、新たな罠が起動したことを知らせるサインであり、ヒントでもあったのだ。


「よし、カラクリさえ分かればこっちのものだ」


 ダイゴがそう言いながらウィンドウを開く。そして先ほど完成させた地図を表示させた。


 その地図には先ほどまで表示されていなかった箇所も表示されている。そこには他の(いびつ)なものとは明らかに違う、綺麗な直方体の大きい部屋があった。

 

「よし、こっちもビンゴだ。これがボス部屋で間違いないだろう」


 そしてその場所はここからそれほど遠くない。地図の埋まっていない部分にボス部屋があるのだろうと当たりをつけていたのが功を奏した。


「しかし全員HPが心もとなくなってしまったな。ここからはこれまで以上に慎重に進もう。そして……もうさっさと終わらせてしまおう」

「そうだな……」


 ダイゴとジンが疲れた表情で言う。初見殺しの罠が多すぎて気力が保たない。こういったダンジョンが不人気である理由も腑に落ちるというものだ。


 そしてイチヤ達は地図を見ながら、ボス部屋への最短経路を進み始めた。


 その道中、イチヤが口を開く。


「……あぁ、そういえばまだお礼を言ってませんでした。ジンさん。ダイゴさん、ツバメ。さっきは庇っ――」


 その瞬間、照明が黄色になった。

 四人が一斉にピタリと止まり、口をつぐむ。


『………………』


 そして照明が赤に変わる。


 誰も動くことも喋ることもせずに、ひたすら止まり続ける。

 そのまま十秒程度経過した頃、明かりが青に戻った。


「――ってもらってありがとうございました」


 イチヤが先ほどの続きから喋りはじめる。


「…………お前はオルゴールか何かか……」


 本格的に疲れてきたジンは、小さくそう返すのが精一杯だった。




 その後もゆっくりと進んでいく。

 光の色は不定期なタイミングで切り替わり、その度に会話が中断される。いや、もしかすると喋るくらいなら大丈夫なのかもしれないが、さすがに試す気にはなれない。


 精神的な疲労もあって口数は次第に少なくなっていき、やがて無言になる。

 そして足元と照明にだけは意識を集中させ、時折地図を見ながら静かに歩みを進める。


 そういう特殊な状況だったからであろうか。イチヤ達四人は、その瞬間まで誰も気付くことができなかった。



 ボス部屋に続く最後の分岐。

 この三叉路を左に曲がれば後はもう進むだけという場所で、イチヤ達は出くわした。

 


「……ん?」

「……お?」




 同じくダンジョンを探索していた、もう一つのパーティに。

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