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第二話 ようこそ、『アトラクタ・バーサス』の世界に

 目を開けると白い部屋に寝転がっていた。

 床は白木のフローリングで、壁や天井に張られた壁紙は真っ白。目が痛くなりそうなほどに白い。

 広さは六畳くらいしかないが、何も置かれていないためかそこまで狭くは感じなかった。


 不思議な部屋だ。部屋のどこにも照明がついていないが、なぜか室内は明るい。それに扉がない。すみに丸いガラス窓が一つ付いているだけだ。

 その窓の外は暗くてよく見えない。現実の世界は朝だったはずだが、ゲームの中だと今は夜なのだろうか。


 床に手をついて立ち上がる。


「やあ! ようこそ、『アトラクタ・バーサス』の世界に!」


 突然、陽気な声が響いた。

 驚いて声のした方を見ると、小さな子どもがにこにこと嬉しそうに笑いながらこちらを見ている。


「僕の名前はサポ。キミ達プレイヤーのサポート役だよ! よろしくね!」


 サポと名乗った子どもがペコリと頭を下げる。


「サポート役?」

「うん! システムの説明や案内、プレイヤー間のトラブルから相談事まで、困りごとなら何でもござれのサポート役だよ!」


 誠一は肩をなで下ろした。


 プレイヤー補助AIか。

 ほとんど生まれて初めてのゲームということで少し不安だったが、こういうサポートがあるのなら自分でも問題なく遊ぶことができそうだ。


「俺は柳木誠一という。よろしく、サポ」


 誠一はサポと名乗った子どもと目線を合わせるように屈み、手を差し出した。

 サポが嬉しそうにそれに応じる。


「うん! よろしく! ところで、それってキャラクターネーム?」

「いや、本名だ」

「あー、そうなんだ。一応注意しておくけど、本名はあまり名乗らない方がいいよ」


 そうだった、忘れていた。既にここはゲームの中。思わず普通に本名を名乗ってしまったが、これからは気をつけなくてはいけない。


「じゃあ早速だけどキャラクター作成に移るよ! と言っても、名前と外見の設定だけなんだけどね。『アトラクタ・バーサス』には種族も職業も無いんだ」

「そうなのか? それは良かった」


 また一つ大きな不安要素が減ったと内心で喜ぶ。


 先ほど色々なゲームを物色していた時も『種族』や『職業』という単語は頻出していたのだが、システムが複雑で初心者の自分にはよく分からなかった。それぞれに長所や短所が設定されいるみたいなのだが、いまいちピンと来ない上に数が多すぎて覚えきれない。かといって適当に決めて後悔するのも嫌だ。


 最初にキャラクターを作るのは時間がかかるだろうなと覚悟していたが、これならそう悩まずに済む。


「じゃあ、まずはアバターの設定からだよ」


 サポがそう言うと、ポンという間の抜けた音と共に現実の誠一と瓜二つの体が出現した。


「……おぉ」

「どう? そっくりでしょ?」


 サポが得意げに胸を張る。


「これはそっちの世界の誠一をベースに作成したアバターだよ。ここから顔や体型なんかをいじると楽だね。時間は掛かるけど、こだわりがあるならゼロから作成することも可能だよ」

「いや、いい。手っ取り早く始めたいからな。……しかしこれは凄いな、完全に俺だ」

「ギアで3Dスキャンした時のデータだからね! 他にも血圧や脈拍、脳波なんかもリアルタイムで測ってて、健康に害が出ないように気をつけてるから安心してね」


 説明を聞きながらアバターに近づくと、パッとウィンドウが表示された。スライドバーがいくつも並んでいる。


「そのコンソールで設定できるから、色々いじってみてよ」

「ああ、分かった」


 適当にバーを摘んで動かしてみると、アバターの一部が少しずつ変化する。


「そうそう、『アトラクタ・バーサス』は現実世界を再現したフィールドで戦うゲームなんだけど、たぶん土地勘がある地元付近でのプレイが多くなると思うんだ」

「そうなのか」

「でね、その分知り合いとの遭遇率っていうか、要するにリアルバレする可能性が他のゲームよりも高い恐れがあるんだ。だからアバターはここでしっかりバッチリ変えておくのをオススメするよ」

「……それは怖いな」


 色々な項目を入念に弄って調整を加える。アバターは段々と現実の誠一から離れた姿になっていった。


 しかし、なぜか鋭い目つきと堅苦しい表情だけは全く変わることはなかった。


「…………まぁ、これでいいか」


 ゲーム内くらいは険の取れた顔つきにしようと密かに思っていたのだが、変わらないなら仕方ない。諦めて決定ボタンをタップする。


「あとは名前だったか。……本名を少し(もじ)った程度でもいいだろうか?」

「うん、いいんじゃないかな。本名を捩ったってことを公表しなければいいだけだよ」

「了解だ。じゃあ、キャラクターネームは『イチヤ』で頼む」


 単純だが、誠一の『イチ』と柳木の『ヤ』を組み合わせた名前にする。



「OK、重複なし。いけるよ!」


 サポがそう言った直後、誠一の体が一瞬だけ光に包まれる。その光が収まった後、体は先ほど設定したアバター、『イチヤ』のものになっていた。


「どう? そのアバターで問題なさそう?」

「ああ、大丈夫だ。違和感はない」


 体はいつも通りに動く。身長も変えているためいつもと視点の高さが違うが、思ったほど気にならない。


「じゃあそのキャラクターで決定するね。改めてよろしく! イチヤ!」

「ああ、こちらこそよろしく」

「さぁ、これで始める準備が整ったね。戦闘システムやスキルについては実戦で覚えて行こうか」


 部屋の中央、先ほどまで中身のないアバターがいたところに、小さな魔法陣が出現した。

 そこからは明るい光が湧き上がるように溢れ出し、白い部屋が眩くなる。


「そのポータルに乗れば、本格的に『アトラクタ・バーサス』スタートだよ」

「……ついに始まるわけだな」


 にこにこと嬉しそうなサポとは対照的に、イチヤは緊張した面持ちでポータルに近づいてゆく。


「さて、ここから先はイチヤの自由だよ。この世界の楽しみ方は、イチヤが決めてね!」

「……自由、か」

「そうだよ! さぁ、イチヤ! ポータルに乗って!」

「ああ」


 ポータルに乗った瞬間、そこから溢れる光が勢いを強める。その光に飲み込まれるように、イチヤの視界は白く埋め尽くされた。




               ◇




 真っ白に染まっていた周囲の景色が徐々に構成される。


 さっきの部屋とはうって変わって、今度はだだっ広い屋外に突っ立っているようだ。真夜中のように真っ暗で、周囲の様子は分からない。


 一応街灯はあるものの、光量が弱すぎる。しかし今はその微かな光しか頼りになるものがない。目を凝らし、なんとか状況を把握しようとする。


「ここは……どこかの学校か? ゲームはもう始まっているのか? 何をすればいいんだ?」


 どうやらここは広いグラウンドか何からしい。正面にはコンクリート造りと思われる大きな建物がうっすら見える。


 勝手が分からず立ち尽くすイチヤの耳に、どこからともなく声が届く。


『やぁ、イチヤ。サポだよ!』

「おお、サポ。助かった。……ん? どこにいるんだ、サポ?」

『僕はそこにはいないよ』


 声は左腕のブレスレットから聞こえている。サポが言うには、これはメニューを開いたり他のプレイヤーと通信したりするデバイスらしい。今はそれを通じてサポの声だけが送られている状態のようだ。


「なぁサポ、これってもう始まってるんだよな? 俺は何をすればいいんだ?」

『それはイチヤの自由に決めて! ……って言いたいところだけど、それじゃああんまりだから、今からチュートリアルを始めるよ!』

「チュートリアル?」


 聞き返した瞬間、背後からザザ、と砂嵐のようなノイズが聞こえた。


「……なんだ?」


 音のした方を振り向く。少し離れたところに、大型犬ほどの大きさの何かがいた。


 硬質の影のようなもので構成された、粗いポリゴンみたいに角ばった四足歩行のなにか。

 全体が淀んだ色合いをしている。頭らしき部分には、二つの黒曜石と真っ赤な切れ込み。目と口だろうか。


 生物らしくない無機質な印象を受ける。


「なんだ? あの気持ち悪いやつは……」

『あれがプレイヤー達の敵。あれ以外にもたくさん種類がいるけど、全部まとめて『ドゥーム』って呼んでるよ。さぁチュートリアルその一だよ、イチヤ! あのドゥームを倒そう!』

「倒すって言っても……。殴ったり蹴ったりすればいいのか?」

『基本はそうだね。今後武器やスキルを手に入れたら、主にそれを使って戦うことになるけど』

「今は素手でやるしかないってことか……」


 正直、あまり触りたくない。触覚がリアルに再現されているこのゲームでは、あのドゥームとやらの感触もきっちり再現されてしまうことだろう。


 チュートリアルその一から気が重くなる。


『大丈夫大丈夫! あれはドゥームの中でも一番弱いやつだから!』

「いや、問題なのは強さじゃなくて……」

「ヲヲァ■ァ■■ァアア■■!!!」


 会話をしている内にこちらの存在に気づかれたらしい。ドゥームがノイズ混じりの雄叫びを上げる。

 そしてこちらに向かってバタバタと走りだした。


 先程までただの切れ込みのようだった真っ赤な口を大きく開き、乱杭歯をむき出しにして涎を撒き散らす。


「うわ……」


 イチヤはそのグロテスクな姿に大いに怯んだが、敵は鈍重だった。

 たじろいで後ずさることくらいしかできなかったが、それでも回避は成功し、すぐそばをドゥームが走り抜けてゆく。


 そして向こうの方でドタバタと旋回し、またイチヤの方に突進をし始める。


『イチヤ、攻撃しないと』

「分かってる」


 今度はすれ違い様、ドゥームの側面に回り込む。そして引けた腰のまま、胴体を拳で叩いてみる。返ってきたのはゴムのような無機質な感触。下手に生き物っぽい感触でないことに安堵する。


 攻撃が当たると同時に視界に赤いバーが出現する。そしてみるみるうちに短くなってゆく。おそらくは敵のHPを示しているのだろう。


「ヲヲヲ■■ォォ■ア■ァ■■■!!!」


 軽く拳を受けただけのドゥームが凄まじい勢いで倒れこむ。そしてそのまま数メートルほど地面を削りながら滑ってゆく。


「……何か大げさじゃないか? 自分で言うのもなんだが、明らかにへっぴり腰だったろ」

『そういうのは攻撃の威力には関係ないよ。体を動かすのが苦手なプレイヤーもいるからね』

「ヲ■■ァ■ォ……!」


 ドゥームはまだ息があるらしく、苦しげに呻きながらよろよろと立ち上がろうとしている。


「うおっ、まだ生きていたのか」


 イチヤは慌ててドゥームに駆け寄り、もう一度胴体を殴りつけた。


「■、■■ォ……」


 今度こそ倒せたらしい。ドゥームは力なくノイズ混じりの声を上げると、最後に攻撃を受けた箇所を中心に細かく砕けていった。


 破片が空気に溶けるように消えてゆく中、何か薄いものがカランと地面に転がる。


「ん、何か落ちたな。アイテムか?」


 落ちていたものを摘み上げる。

 それは旧式のメモリーカードだった。現代では廃れて久しい、持ち運び式の情報記憶媒体だ。


「教科書で見たことがあるな。SDカードとか言ったか」


 ひっくり返して観察してみるが、表にも裏にも空白のラベルが貼ってあるだけで文字は書かれていない。


「何だこれは?」

『お察しの通り、アイテムさ! アトラクタ・バーサスでは、アイテムは全てそのメモリーカードの形になってるんだ。武器もスキルも、消費アイテムもね』

「ほぅ」


 中身は見た目からは判断できないということか。


『ちなみにそれにはスキルが入ってるよ。アイテムはドゥームを倒す以外にもたまにその辺に落ちてることもあるから、暇な時は探してみるのもいいかもね!』


 手に入れたアイテムをしげしげと眺める。『スキルが入っている』と言われても全くピンと来ない。


「で、そのスキルとやらはどうやって使うんだ?」

『うん! ということでチュートリアルその二だよ。スキルを使ってみよう!』

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