第二八話 宝箱ですね
「あ、ここも奥に行けそうだぞ」
十分ほどかけて空洞を調べた結果、先に進めそうな横穴が数箇所見つかった。探せばまだまだあるのだろうが、空洞はイチヤ達が想像していたよりも遥かに広く、全て周っていては時間がかかりすぎる。そのため四人は空洞内の探索をここで切り上げることにした。
十分間で結構な範囲を動き周ったが、まだ罠らしい罠には出くわしていない。せいぜいツバメが躓いたり足を滑らせたりした程度だ。
ということは、罠型ダンジョンの本領が発揮されるのはここから先。
罠が仕掛けられていないらしいこの場所でも、時間経過と共に経験値が入ってきている。そのため可能ならばずっとここで待機しておきたいが、さすがにそういった放置対策がされていないとは考えづらい。
見つかった横穴の中から、どれか一つを選んで進まなければならない。
それならせめて罠の少なそうな道を選びたいが、ゲーム経験の乏しいイチヤにはその判断がつかない。
「どの道に進むのがいいと思いますか?」
ジンとダイゴならば詳しいだろうと、二人に尋ねる。
「それが全然分かんねぇ」
「いやー、申し訳ないが見当もつかん」
しかしその二人も判断は付かないようであった。
ジンとダイゴはVRゲーム暦が長い。他のゲームでならば、数々のダンジョン攻略経験がある。その経験から言えば大抵のゲームにおいて、罠は盗賊などの探索向きの職業が専用スキルで手軽に発見する。
しかしそのスキルが必要不可欠というわけではなく、罠は一応目視でも発見できる。探索専用スキルはその手間を省くものといった位置づけだ。大抵は床や壁にスイッチ・パネル・ワイヤーなどが仕掛けられており、それに気づかずに触れることで発動する。その内容は落とし穴や吊り天井、毒矢だったり大岩が転がってきたりといった、やや古めかしいものがほとんどだ。
先進技術の結晶であるVRゲームの世界であるが、なぜか罠の類はアナログ式なのが半ばお約束になっている。
しかしアトラクタ・バーサスには職業という概念はなく、スキルも一度にわずか十枠しかセットすることができない。罠発見スキルなどという特殊ダンジョンでしか使えないスキルが存在するかどうか怪しいし、もしあったとしても貴重なスキル枠をそれで埋める物好きは極々少数だろう。
そのため、基本的に罠の発見や回避はプレイヤー本人の技量に頼って行うことになる。
しかしイチヤ達が今いるこの洞窟は、歩くのに必要最低限の光量しかない上に地形は複雑。お約束どおりのアナログ式の罠が仕掛けられていたとしても、近づかなければ発見は困難。
安全かどうかの判断基準は存在せず、進んでも大丈夫かどうかは実際に進んでみなければ分からない。
つまり、ここから先は運を天に任せることになる。
「どうする? 多数決でもするか?」
「いや、もうどこでもいいだろ? 考えてもしょうがねぇし、とりあえず近いとこから行ってみようぜ? ヤバかったらそん時引き返そう」
ダイゴとジンが軽い口調で話し合う。
そして、こういったギャンブルがあまり好きではないイチヤも覚悟を決めた。
「……ええ、確かに。その通りです」
ジンの言う通り、考えても分からないことはやってみるしかない。リスクを恐れていては前に進めない。ここはきっとそういう場所なのだ。
「では、行きましょう」
そして一行は、目の前の洞窟を奥へと進み始めた。
「薄暗ぇー!」
ジンの声が狭い洞窟内に反響する。
狭いとは言っても高さは十分あるし、横も二人までなら並んで歩くことができる。
そして先ほどと同様に、青く光る石も所々に埋め込まれている。しかし狭くなった分、その数は減って薄暗くなったように感じる。その上洞窟はぐねぐねと上下左右に曲がりくねった構造をしており、そのせいで光が当たらない箇所も多い。
何があるか分からないその部分を、丁寧に避けながら進んでいく。
「ストップ! 何かある」
その時、先頭を歩いていたダイゴが短く叫んで立ち止まった。
肩越しにその先を覗いてみると、通路の真ん中に堂々と、やけに豪華な箱が置かれている。
「あー……」
「……これはまた……」
そのあまりの露骨さに、ジンとツバメが思わずそう漏らす。
「宝箱ですね。開けてみましょう」
しかしイチヤは迷わずに手を伸ばした。
「ちょーい!!」
「待て待て待て!!」
「先輩っ!!」
三人がそれを慌てて止める。
「ダ、ダメですよ! こんなの絶対罠です!」
血の気の引いた表情でツバメが詰め寄る。その向こうでジンとダイゴも頻りに頷く。
しかし、イチヤは何を言ってるんだとでも言いたげな表情をツバメに向けた。
「それは開けてみなければ分からないだろう」
そう、開けてみなければ分からない。ならば開けてみればいい。似たようなことを先ほどジンも言っていた。
リスクを恐れていては前に進めない。覚悟はもう決めてある。
「ちょっと待っ――」
「いえ、気遣いは無用です。開ける役目はこのまま俺が引き受けます」
イチヤは三人が制止する理由を完全に誤解し、宝箱の前にしゃがみ込んだ。
「ちょ、せんぱ――」
止める間もなく箱に手を掛け、勢い良く開け放つ。
箱の中からはパァッとまばゆい光が漏れ、洞窟内を明るく照らし――。
そして爆発した。
「わーっ!!」
ツバメが爆風に吹き飛ばされ、派手に通路を転がる。
「ちょっ……! ツバメちゃん、イチヤ君!!」
「おいおい、大丈夫かよ!?」
重装備のおかげでなんとかその場に踏みとどまったダイゴと、とっさにその後ろに隠れたジンが声を張り上げる。
「わ、私はなんとか平気です……。先輩は……?」
ツバメが頭を押えながらふらふらと立ち上がる。
「ぐっ……!」
間近でまともに爆風を受けたイチヤは、全身を壁に叩きつけられて麻痺状態で倒れていた。HPも半分近く減っている。
「だから言ったじゃねぇか! 罠だって! 寿命が縮まったわ!」
ジンが駆け寄り、イチヤの体を引き起こす。
「す、すみません……。しかし、これを見てください」
少しずつ痺れが治まってきたイチヤがよろよろとウィンドウを開き、ジンに見せる。
「……ん? こりゃあ――」
「地図です。宝箱を開けたら手に入りました」
イチヤが開いたウィンドウからは、ダンジョン内部の3Dモデルと思われる立体映像が浮かび上がっている。道は蟻の巣のように入り組んでおり、行き止まりや分岐もちらほら見える。
しかし表示されているのはダンジョンの一部だけで、全体像までは分からない。おそらく点滅する赤い点が現在位置を示しているのだろうが、残念ながらその周辺の道は表示されていない。
そしてウィンドウの隅には『1/10』という表記があった。
「……ということは、あと九つ地図を手に入れないといけないわけか」
ダイゴも立体地図を覗き込んでそう呟く。
「いや、そうとも限らねぇだろ。ボス部屋への道さえ分かりゃあいいんだから」
「まぁいずれにせよ、ああいう宝箱はまた出てくるだろうから、見つけ次第開けていく必要がありそうだな。さすがに地図無しで攻略するには複雑すぎる」
全身の痺れが徐々に抜けてきたイチヤが立ち上がる。
「悪い、ツバメ。巻き込むつもりはなかったんだが……」
「あっ全然大丈夫です! ダメージもかすり傷程度ですし!」
イチヤに謝られたツバメがわたわたと手を振る。心なしか、さっきまでの緊張も多少ほぐれたように見える。
その二人を見ていたダイゴが一つ頷いた。
「うん。しかしまぁ、次からは俺が開けるのがいいだろうな。この中じゃあ俺が一番DEFが高い」
「あっ、じゃあ開ける時は私に言ってください。強化をダイゴさんだけに絞りますから」
「おぉ、そんなことできるのか? そりゃありがたい」
こうしてダンジョン攻略にある程度の方針が立てられた。
そして一行はイチヤの麻痺が完全に解けるのを待ってから、再び歩き始めた。
「……それにしても、結果論だがイチヤ君が宝箱の罠に引っかかってくれて助かったな。もしスルーしていたら地図の存在には気づけなかったし、宝箱を開ける決断をするにも時間がかかっただろう」
先頭を歩くダイゴが呟く。
「つまりよ、罠だと思わせるのが罠で、実際罠だけど攻略にはほぼ必須だったってことだろ? いやー、このダンジョンを作った奴は相当性格が悪ぃな!」
「全くだ」
先頭のダイゴと最後尾のジンが言葉を交わす。ダメージを負ったイチヤとツバメを庇うための隊列だ。
そこでイチヤは、管理AIのカンのことを思い出していた。
確かカンはドゥームを担当していると言っていた。それと管理AIは全部で三人いるとも言っていた。ということは、このダンジョンを作ったのはその二人のうちのどちらかであるはず。ジンとダイゴは性格が悪いなどと嘯いているが、イチヤとしてはこのゲームを作ったというAIに興味がある。
それに聞いてみたいこともある。だから一度会ってみたいとは思うが、カンに会ったのも言わば偶然の産物、というかサポが怒って連れてきたからだ。いちプレイヤーでしかない自分が管理AIに会う機会など、今後訪れることがあるのだろうか。
そんな事を考えているうちに、二つ目の宝箱を発見する。
「お、宝箱」
ジンが呟く。
まださっきの場所を出発してから二分と経っていない。このペースで集まるのなら、イチヤが思っていたよりも早く攻略できそうであった。
「じゃあダイゴさん、お願いします」
「ああ」
ダイゴがしゃがみ、盾に半分隠れるようにしながら箱に手を掛ける。
爆風が当たらないよう、ダイゴ以外の三人が安全そうな窪みに隠れる。
そしてツバメがダイゴに強化を集中させようとする。
「んっ、ちょっと待ってください……。……はい、OKです! いつでもどうぞ!」
「よし。……じゃあ、開けるぞ」
ダイゴのその言葉を聞き、三人が顔を背けて耳を押さる。
「……」
「……」
「……」
しかし衝撃は訪れなかった。
「……?」
「ダイゴさん、何か問題でもありましたか……?」
そろそろと窪みから顔を出し、ダイゴの方を確認する。
ダイゴは箱に手を掛けたままの体勢で振り向くと、ふるふると首を振った。
「……いや、何でもない。……フゥー、いくぞ!」
そしてまた箱に向き直る。イチヤ達もさっと身を隠す。
「………………」
しかし何も起こらない。
「さっさと開けろや!!」
痺れを切らしたジンが怒鳴る。
「いい加減にしろ!! ビビってんじゃねーよ!!」
「簡単に言うな!! 爆発するって分かってる物をこの手で開ける恐怖が……お前に分かるか!?」
「知るか! お前が自分でやるって言ったんだろうが!!」
ジンとダイゴがギャーギャーと言い合いを始める。
「……ダイゴさん、やっぱり俺が――」
見かねて助け舟を出そうとするが、ツバメに遮られる。
「ダメですよ! 先輩が一番ダメージあるんですから!」
「しかしHPはまだ半分ある」
「半分『しか』ないんですよ!」
ギャーギャーと言い争う二人組が、もう一つ増えた。
にわかに騒がしくなった洞窟内で、イチヤはダンジョン攻略の難しさを実感していた。




