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第二七話 私がどうかしました?

 ダンジョンの入口となった竪穴(たてあな)にイチヤが飛び込む。


 かなり深い穴だったようで、奥が全く見えない。落下の速度はどんどん増していき、やがて日光も届かなくなる。しかしゲームとしてのアシストなのか、完全な暗闇にはならず、なんとか一メートル程度ならば見通すことができる。


 そのまま重力に身を任せていると、竪穴は緩やかなカーブを描いて徐々に水平へと近づいていった。

 内壁はいつの間にかつるりとした表面になっており、その上を滑り降りるようにして落下の勢いが弱まっていく。そして自然と体が停止する直前、イチヤの体は突如空中に放り出された。


「……!」


 しかし焦ったのは一瞬のことで、地面はすぐそこだった。片膝を付きながらなんとか着地する。

 その瞬間ダンジョンがプレイヤーを感知したのか、暗闇同然だったその空間に青い光が点った。


「……」


 ゆっくりと立ち上がり、静かに周りを見回す。


 洞窟。いや、ただの空洞と言った方がいいだろうか。

 周囲はごつごつとした岩に囲まれており、上にも下にもつるりと尖った鍾乳石がいくつも生えている。壁も天井も床すらも曲がりくねっており、地形は複雑。それらが相まって、天井は高いのだが見通しが悪い。さらに足元の岩肌は水平ではない上にゴツゴツとしているため、足の据わりが悪い。


 そして道らしい道が見当たらない。壁なのか床なのかも分からないような部分が多すぎて、どの方向にどう進むのが正解なのか、そもそも正解が用意されているのかすら分からない。


 ここはおそらく現実には存在しないであろう、運営側が用意したダンジョン。つまり歴とした人工物ではあるはずなのだが、その様子はあまり感じられない。


 不親切で不案内だが、自由で雄大。自然のままに残された空間という印象だ。

 そしてその中で唯一感じられる人工物としての気配が、先ほどイチヤが到着したときに点った光だ。


 ほのかに青く発光する小石が点々と埋め込まれてあるようで、それが空間をほんのりと照らしている。普通に考えれば昼間でも真っ暗なはずのこの場所も、この光おかげである程度視界が保たれている。


 しかしその光も熱までは生まないようで、空洞内は底冷えするような空気で満たされていた。



「わぁーっ、あいたっ!」


 そこで不意にツバメの声が反響した。

 振り返ると、イチヤが先ほど滑り落ちてきた穴の前でツバメが尻餅をついていた。


「いたた……ここが――」


 ツバメはお尻をさすりながら立ち上がると、周りを見回して目を輝かせた。


「わぁーっ! ここがダンジョンですか! すごい! 幻想的です!」


 そう言ってパタパタと駆け出す。


「あまり走ると転ぶぞ」

「はーい!」


 ツバメに軽く声をかけているうちに、次は穴からジンが飛び出して来た。


「いよっ! 到着!」


 凸凹の激しい地面だというのに、ジンは器用に着地した。


「ふーん、鍾乳洞か。見たとこ敵は居なさそうだな」


 ジンがキョロキョロと辺りを見回しながらそう呟いた。

 そして最後にダイゴが滑り出てくる。


「――よっと。よし、全員いるな」


 ダイゴもやはり何でもないように着地すると、辺りを見回した。


「ふむ、明かりがあるのはありがたいが……さすがにそう遠くまでは見えないか」


 そう言って顎に手を添える。


 光源である青い石はあちこちにある。しかし一つ一つの光量が弱すぎるため、十メートルほど離れると輪郭がぼやける。足元は比較的よく見えるが、凹凸が激しい部分は影も多く、地面との距離感が掴みづらい。

 戦闘時は敵に向かって走ることが多いイチヤとしては、足元が悪いというのは非常に戦いづらい。


 しかしイチヤは戦い方を変えられるほど器用ではない。さてどうするか、などと考えていた時。


「んあ?」


 ジンが妙な声を出した。


「なんだジン、どうかしたのか?」

「…………うわぁ……今、レベルアップしたわ……」

「ん? このタイミングで……? ……あぁー、そういうことか……」


 ジンが肩を落とし、ダイゴが額に手を当てる。


「……どういうことですか?」


 イチヤが眉根を寄せて二人に尋ねる。


 通常、レベルアップは経験値の入るタイミング、つまりドゥームを倒した時にしか発生しない。

 このような何もしていない時にレベルアップした理由がまず分からないし、それを残念がる理由も分からない。イチヤの知る限り、レベルアップにデメリットなど存在しない。


「んー……、実はだな――」


 ダイゴはチラリとイチヤに視線を送ると、ダンジョンについての説明を始めた。




 ダイゴ曰く、デイリーダンジョンにはいくつか特別な種類のものがあるらしい。どこかにあるボス部屋を探し出し、ボスの討伐を行うことで攻略完了となるという基本は変わらないが、それまでの課程に違いがあるようだ。そしてその中に、特別なアクションを起こさなくても経験値が貰えるダンジョンが、一種類だけ存在する。それが今回イチヤ達が当たったダンジョンであるようだ。


 それは『(チラップ)型』と呼ばれる種類のダンジョン。

 その名の通り、ダンジョン内部にプレイヤーを排除するための罠が数多く仕掛けられており、その中を生き残ることで経験値が貰える。つまり、その場にいるだけで経験値が入り続けるというダンジョンだ。


 しかし、耐久型のダンジョン強制的に受身に回る上に常に罠を警戒して気を張る必要がある面倒な仕様のため、プレイヤーの間ではダントツで不人気のダンジョンであった。


「あぁ、それでさっき落胆してたわけですか」

「いや、そうじゃない。何と言うか、重要なのはそこじゃないんだ」


 言いにくそうにダイゴが言葉を続ける


「実は……耐久型ダンジョンには、ドゥームが出現しないんだ」

「え?」


 それを聞いたイチヤが鋭く反応した。


「ちょっと待ってください。……ドゥームが出ない?」


 顔を強張らせて二人を見る。



「……それって、俺のtr.Actが使えないということなのでは……?」



 緊迫した表情で恐る恐る尋ねる。


 イチヤのtr.Act【天に届く一片】は、攻撃することで初めて効果を発揮するスキルである。敵がいなければ当然攻撃もできず、発動させたところでステータスは一%たりとも上がらない。


 しかしジンとダイゴは互いに顔を見合わせると、イチヤにニカッと笑いかけた。


「大丈夫、大丈夫!」

「安心してくれ!」


 それを聞いてイチヤも肩を撫で下ろしかける。

 しかしジンとダイゴは、その笑顔のままで言葉を続けた。


「俺の【疾風一番槍】は速過ぎてほとんど直線でしか動けねぇ! だからこんな複雑な地形じゃあ、ぶつかりまくってまともに動けねぇよ!」

「それと俺のtr.Actの効果範囲は上下に広い。だから屋内やこういう地下空間で使うと崩落の危険があってな……」


 イチヤが固まる。


「……え? それってつまり……」

「大丈夫、大丈夫! tr.Actが使えないのはお前だけじゃねぇから!」

「安心してくれ! 俺達は仲間だ!!」


 ジンが笑い、ダイゴが親指を立てる。


「…………」

「…………」

「…………」


 三人が黙ってそのまま視線を交わす。イチヤの表情が険しくなるが、二人の笑顔は張り付いたように動かない。

 そして三人はゆっくりと視線を動かした。


 その視線の先。ダンジョンに目を奪われていたツバメが、どこか間の抜けた笑顔で振り返った。


「あれ? 私がどうかしました?」




                  ◇




「…………tr.Act、【こころの灯火】……」


 現状の説明を受け、顔を青くしたツバメの小さな声が洞窟に響いた。

 パーティ全員がうっすらと赤いオーラに包まる。図らずも四人中三人のtr.Actが封じられてしまった今、このパーティで使うことのできる唯一のtr.Actスキルだ。


「…………責任重大です……」

「いやいや、そこまで気負う必要はないぞ。ダメだったらダメだったでいいさ」


 気楽な口調で語りかけるダイゴに、ジンが同調する。


「そうそう! 失敗したとしても、悪いのは俺達ポンコツ三人組さ! んじゃ、そろそろ行くか!」

「うう……」


 そして一向は道のない洞窟の中を、手分けして探索し始めた。




 ツバメのtr.Act、【こころの灯火】。その効果は主に三つ。

 ステータスの強化、通常スキルの強化、そしてtr.Actスキルの強化である。


 このスキルの強みは二つある。一つは、これらの強化対象がパーティメンバーに限定されていないこと。人数が増えれば一人あたりの効果は落ちていくが、その人数に上限は定められていない。

 そして二つ目の強みは何と言っても、tr.Actスキルの強化が可能だという点。tr.Actスキルはプレイヤーの奥の手とも言うべき強力無比なスキルであり、対人戦においてもその出力差や相性は勝敗に大きく関わってくる。tr.Act同士をぶつけあった際に生じる有利不利を味方側に傾けることができるというのは、時に戦局を揺るがすほどの強みになる。


 つまり、ツバメのtr.Actは大局を担うような方向性を持ったスキルであり、現在のようなパーティ単位での探索には向かない。

 周りに人は少なく、しかもツバメしかtr.Actを発動できない今、二つの強みは全くと言っていいほど活かされていない。


 他の三人よりは幾分かマシではあるものの、ツバメのtr.Actもまた、本領を発揮できる状況ではなかった。




「……」


 それを分かっているわけではないものの、それでもイチヤは何か嫌な予感を覚えていた。初めてのダンジョン挑戦だというのに、幸先の悪さが拭えない。


「お、なんか抜け道っぽいの発見!」

「こっちもだ」


 ジンとダイゴの声が反響する。


 ちなみにツバメのtr.Actにはテキストに記されていない隠し効果が多いらしく、現在二つの効果が判明している。パーティ内の直接的なFF(フレンドリーファイア)の無効化と、暑さ寒さ・気圧の高低といったフィールド負荷の軽減。しかしそれ以外にも、まだはっきりとは判明しないが細々としたものがありそうであった。


 ツバメのtr.Actの効果でステータスが向上し、ついでに肌寒さも薄れた。だからだろうか、ジンとダイゴの表情には締まりがなく、いつもの頼もしさもあまり感じない。一方ツバメは青ざめた表情で、焦点の合わない目を床に向けている。


「…………」


 そんなちぐはぐなパーティメンバーを見つめるイチヤの目は、いつも以上に堅いものであった。


 ……本当に嫌な予感しかしない。自分がしっかりしなければ。


 イチヤは思わず出そうになったため息を堪えると、何があってもいいようにと周囲への警戒心を高めていった。

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