第二五話 お客さんだぜ
イチヤが現実世界のツバメと偶然の邂逅を果たしてから数日が経った日のこと。
「イチヤ! 一匹そっち行ったぞ!」
「はい」
今日も今日とて、イチヤ達四人はレベル上げに勤しんでいた。
アトラクタ・バーサスではゲームの仕様についての詳細説明というものがあまり存在しない。
そのため細かい仕様については有志のプレイヤー達で試行錯誤して詳らかにするしかないのだが、つい最近とある仕様が判明した。
それは『出現するモンスターは、エリア内にいるプレイヤーの平均レベルによって決定する』というもの。
それが浸透すると、プレイヤー達は自然とレベル帯ごとに住み分けを行うようになった。
といっても、そこまで厳密に決められているわけでもない。初心者は取り敢えず安全な駅の付近、tr.Actを取得したら駅から少し離れ、さらにレベルが上がったら段々と市街から離れていく。
駅が密集する東京都以外では、概ねこのような形でレベル毎の住み分けが行われていった。
イチヤ達もその波に乗り、今はレベルの近いプレイヤー達と同じ場所でドゥーム狩りに勤しんでいる。
お互いの邪魔をしないように、パーティ間の距離はある程度空けてある。いざという時に助け合える程度の、適度な距離だ。
「…………」
だというのにこの住み分けが行われてからというもの、イチヤは戦闘中ずっと居心地の悪さを感じていた。
原因は単純だ。
イチヤは初日のスタートダッシュに成功し、イベント用NDも単独で倒している。この辺りでは――いや、全国的に見ても頭一つ飛びぬけて高レベルのプレイヤーである。
そしてここ加総市で、今もイチヤの周りで戦っている他の高レベル帯と言えば――。
「おーい、イチヤぁー」
その時、イチヤに声が掛けられた。
戦っていたドゥームにきっちりとトドメを刺してから、イチヤが振り返る。
「……なんでしょうか、或さん」
「『或』でいいよ! 敬語も止めてくれ」
あのイベントの日に会ったプレイヤー、或が笑いながらイチヤの肩を叩く。
この辺りの高レベルプレイヤーと言えば、あの時凶悪なバグを持ったドゥームから逃れ、その討伐方法を練っていた精鋭達ということになる。
つまりイチヤがうっかりPKしてしまった面々だ。
全員に謝罪を済ませてはいるが、そんなプレイヤー達に囲まれたイチヤは非常に居心地悪く感じていた。
「そんなことよりイチヤ、お前にお客さんだぜ」
「……客、か……」
イチヤの眉根に皺が寄る。
これもイチヤの中では、あのイベントで発生した負の遺産ということになっている。
「先輩、またですか?」
ドゥーム狩りが一段落したことで手を止めたツバメが、困ったような顔でイチヤに向き直る。
同じ高校に通っていたということが偶然に発覚して以来、ツバメはイチヤのことを『先輩』と呼ぶようになっていた。
「ああ、どうやらそうみたいだな……」
そうつぶやくイチヤの元に、ジン・ダイゴ・ツバメの三人が歩み寄ってくる。もうすっかりいつものメンバーとなり、今日もパーティを組んでいるメンツである。
そしてイチヤが、或の後ろに立っている大柄のプレイヤーに目をやる。
そのプレイヤーは手に持っていた錫杖を地面に強く打ち付けると、イチヤを見ながら大きな声で叫んだ。
「貴殿が『イチヤ』殿か!? 拙僧の名は『藤庵』!! 遠く信濃の地から罷り越した! いざ尋常に勝負されたし!!」
あのイベント以来すっかり有名人になってしまったイチヤには、こういった挑戦がひっきりなしに訪れている。これも最近のイチヤの悩みの一つであった。
「またえらい濃いのが来たな」
「ですね」
或とツバメがどこが気が抜けたような表情になるが、イチヤの表情には些かの緩みもなかった。
望まぬ来客とは言え、わざわざ来てもらっているのだから礼を失するわけにはいかない。
本人が勝負に来たというのだから、この場合は全力で相手をするのが礼になるだろう。イチヤは鋭い目を相手に向けた。
「準備はできている。いつでも来い」
「ではゆくぞイチヤ殿! tr.Act! 【清き蛍雪の志】!!」
「tr.Act、【天に届く一片】」
二人の戦いが始まる。
その途端周りで狩りをしていたパーティのいくつかが、戦いながら少しだけ近づいてきた。ドゥームがイチヤの方に行かないように無言の連携をし始めたのだ。この辺りのプレイヤー達は既に、イチヤの周りで唐突に始まるPvPに慣れきっている。
そのプレイヤー達がドゥームを処理しながら、横目でチラチラとイチヤの戦いを見る。
「……なぁ。今回はお前どうする?」
「三分保つに一万エルだ!」
「じゃあ俺は保たない方に二万!」
イチヤをダシにした賭け事も日常茶飯事だ。
いくつもの視線を受けながら、イチヤと藤庵の戦いが進む。
突き出された錫杖を強引に弾いたイチヤが、相手に拳を叩き込む。藤庵のHPバーが一割ほど減少する。そのままイチヤが素早く数回殴りつける。しかし、今度はHPバーはピクリとも動かなかった。
藤庵がニヤリと口元を歪める。
「ヌハハハ! 拙僧のtr.Actは『学習する』スキル!! 一度食らった攻撃はもう効かぬ!! これで通常攻撃はお封じ致した! 残る攻撃スキルだけで、この藤庵のHPを全て刈り取ることができようかッ!!」
「『学習すること』……か。良い『強さ』だ」
しかしイチヤは藤庵のtr.Act能力を聞いても、戦法を変えようとはしなかった。真っ直ぐに近づいて攻撃するという、いつもの攻撃パターンを繰り返す。藤庵に封じられたはずの、スキルを使用しないただの通常攻撃だ。
それを見て勝利を確信した藤庵が、攻撃を全てその身で受け止める。
「ヌハハハ! 効かぬ効かぬ!! イチヤ殿、さては攻撃スキルを持っておられぬな!? ならばこの勝負、この藤庵の勝ちである!!」
その時、藤庵は視界の端のHPバーが揺らいだ気がした。見間違いだろうか。チラリとそちらに目を向ける。
「ヌッ!?」
そして驚いて目を見張る。
封じたはずの攻撃を受ける度に、本当に少しずつだがHPが減っている。そんなことは今まで一度もなかった。
そして心なしか、段々とHPの減少速度が増しているような……。
「ぬおおおおっ!!」
受け続けるのは危険。そう判断した藤庵が錫杖を振り回す。しかしイチヤに容易く止められてしまう。
さっきまでは互角以上に打ちあえていた相手に、どうして。
そう思う間にもダメージは加速していく。それでもまだ遅々としたスピードであるが、第六感が警鐘を鳴らす。藤庵はいつものようにスキルのゴリ押しによる戦法を変え、回避に主眼を置いた戦い方をし始めた。
そして、それから三分少々経過した後。
「いい、戦いであった……」
「ああ」
上がり続けるイチヤのステータスに、ついに藤庵が対応しきれなくなった。半ば膠着していた戦いはそこから堰を切ったようにイチヤに傾き、ついに藤庵のHPを〇にした。
「最後に教えていただきたい。イチヤ殿の掲げた『強さ』を……」
「『積み重ねること』。それが俺の思う『強さ』だ」
「ヌハハッ、なるほど。道理で封じたはずの攻撃が拙僧に効いたわけだ。拙僧の学習した過去を、その積み重ねの分だけ上回っていたということか……」
藤庵の体が、光の粒子となって消えていく。
「見事」
その言葉を残し、藤庵は晴れやかな顔でポラリスへと戻っていった。
若干名いた見物人も、それを機にそれぞれの持ち場へと戻っていく。
「おー、すげぇ! また勝ったのかイチヤ!」
「大したもんだ」
ジンとダイゴが、どこか誇らしげな笑顔をイチヤに向ける。
「……ありがとうございます」
このような戦いを日に何度も受ける状況が続いているイチヤであるが、その結果は今のところ全勝である。
イチヤのtr.Actスキルはこのような一対一の戦いに向いているとはとても言えない。それでもいまだ負けなしの状態が続いているのは、ひとえにレベルの違いによるところが大きい。
先ほどの藤庵のレベルは二八。リリースしてからまだ一週間と少ししか経っていないアトラクタ・バーサスでは、これはかなり高レベルな部類に含まれる。
この場にいる面々もだいたいそれくらいであるし、今レベル三十以上に到達しているプレイヤーは全国で見ても極少数しかいないだろう。
だというのに、現在イチヤのレベルは四一。
先日のイベントドゥーム単独討伐に、それに伴う大量同時PK。その経験値は膨大で、あれだけでレベル十二から一気にレベル三八へとジャンプアップした。
それに加え、評判を聞きつけて全国各地から訪れる腕自慢を返り討ちにすして経験値も得ている。
それがまた評判を高め、その評判が新たな腕自慢を呼び込む――。
本人にとっては好循環なのか悪循環なのか分からないが、とにかくイチヤは今、飛び抜けて高レベルのプレイヤーになっていた。
「……あ、レベルが上がりました」
そして、藤庵を倒したことでまた一つレベルが上がる。
これでレベルは四二だ。
「また強くなったのか? 全くイチヤも飽きないね」
観戦していた或がやれやれと肩をすくめる。
「放っといてくれ。……本当に」
イチヤが眉根を寄せる。
確かにイチヤはあの一件以来、トントン拍子で強くなった。
どちらかというと苦手分野であるはずの対人戦でも負けなしなほどである。
しかし、それはあくまでも一時的なものであろうとイチヤは考えている。
今挑戦者を返り討ちにできているのは、単にレベル差があるおかげだ。しかしこれから先、レベルはどんどん上がりづらくなっていく。いつまでも現状のレベル差を保ち続けることはできない。
例えできたとしても、レベル四二と二八の差と、レベル百と八六のそれとでは話が違うだろう。
いずれにせよ、他のプレイヤーとの差は詰まる一方だ。
おまけに、レベルが低いプレイヤーばかりPKしていると最悪の場合はアカウントが凍結する危険もあるという注意事項を見つけてしまった。
売られた喧嘩を買っているだけだから大丈夫だとは思うが、懸念はどうしても拭えない。
「……」
「さーて。俺もレベリングに戻りますかね」
イチヤとは対照的に、或が軽い口調でそう言いながら踵を返す。
そしてその直後、不意に何かを思い出したようにイチヤに振り向いた。
「ああ、そういや聞いたか? 今日の『ダンジョン』がまた見つかったらしいぞ?」




