第二四話 寄り道
そして、更にそれから数日が経った日のこと。
四月初旬。
今日はイチヤー―もとい、柳木誠一の大学入学式の日であった。
「あははははっ! いち兄スーツ似合いすぎ!!」
「……」
買ったばかりのスーツに身を包んだ誠一を指差して、妹の三咲が笑う。
四月から県外にある高校の寮に入る予定の三咲であるが、入学式まではもう数日だけ時間がある。三咲はそのギリギリまで家にいるつもりでいた。
「こら三咲、笑うもんじゃないよ。兄さんの門出の日なんだからちゃんと祝わないと」
弟の秀二がそんな三咲を嗜める。秀二も現在は春休み中で、特にすることもなく家で療養している。
三咲も秀二もあの日以来『アトラクタ・バーサス』にハマってしまったらしく、最近はよく一緒にやっている。
誠一はというと、そんな二人とポラリスの中でくらいしか一緒に遊べていない。
秀二と三咲は練習や検診などの予定が入っている日も多いため、そこまで長時間ゲームで遊ぶことができない。一方誠一には特に予定がないため、毎日ある程度のプレイ時間が確保できている。その間ジンやダイゴ、ツバメと一緒にレベリングをすることが多いため、弟や妹とは少しレベル差が開いてしまった。残念ながらあの世界ではレベルが上がると出てくる敵が強くなる上に、FFもある。レベル差のある相手とは少々パーティが組みづらいのだ。
「いち兄、今日は帰ってくるのはいつになるの?」
「今日は入学式だけだから昼過ぎには帰ってくる」
「じゃあそれまで、にぃ兄と一緒にレベル上げしとこ!」
「だね、少しでも追いつかなきゃ」
しかし、弟妹との間に新たな共通の話題ができた。
誠一はそれだけで喜ばしく感じていた。
「じゃあ、行ってくる」
◇
そして家を出発し、電車に揺られること数十分。
アトラクタ・バーサスの中では既に慣れきった繁華街へと到着した。
ゲーム内に比べると人がかなり多い。街並みとしては同じであるが、やはり現実とゲーム内では少し雰囲気が異なっていた。
今日の入学式が行われるのは、大学構内ではなく市の講堂である。そこまでの道もゲーム内で予習済みである。快晴の空の下、誠一は迷うことなく歩き出した。
街を眺めていると、自然とゲーム内で行った戦闘が思い出される。周りに広がるのはアトラクタ・バーサスで見たままの世界であるが、随分と平和だ。まずドゥームが出てこないし、道行く人が武器を装備していないのも安心感がある。街のどこも壊れていないという点にも治安の良さを感じる。
市の講堂で行われた入学式は、二時間程度で終わった。今日の予定はこれで終わりだ。授業が始まるのはまた後日からで、ガイダンスも特にない。誠一はそのまま家に帰ろうと、駅へと向かって歩き始める。
しかしその道中で、非常に珍しいことに、気まぐれで寄り道をしようと考え付いた。もしかすると、生まれて初めての遊び心だったかもしれない。ゲームを始めたことで、誠一に少しだけ変化が生じたらしい。
駅を素通りするようにして、目的地に向けて歩を進める。
行き先は、金槌山である。最近はその辺りでドゥーム狩りをすることも多い。
駅からは少しだけ距離があるが、別に歩いて行けないほどではない。
太陽は既に天高く登っており、四月初旬とは言え気温は高い。
誠一は汗をかきながら緩やかな斜面を登る。これもゲーム内との違いである。アトラバーサスの中では、移動に体力を使わない。坂を登ろうが壁を駆け上がろうが、街を壊そうが疲れることはない。ゲーム内で特に何も思わずに来れるこの場所が、現実ではこうまで大変だとは思ってもみなかった。
途中でハイキングコースになっている道を逸れ、今度は道なき道を下り始める。
舗装などされていない歩きづらい道を、木にしがみつくようにして慎重に歩く。今日はこれを確かめに来たのだ。偶然アトラクタ・バーサスの中で見つけたあの場所は、果たして実在するのだろうか。
険しい道を通って斜面を下って行くと、やがて平坦な場所に到着した。ほんの三畳ほどの、ささやかな原っぱだ。
「……すごいな。本当に実在したとは」
ここはイベントドゥームを倒したあの日に偶然辿り着いた、見晴らしの良い場所だ。人の手が入った形跡のない、自然の秘密基地。
しかし、そこには先客がいた。
女の子だ。
こちらに背を向けて、二つに結んだ長い髪を風に遊ばせながら街を眺めている。
秘密のスポットであるはずの場所、しかもこんなに来るのが大変な場所に、まだ十代前半であろう女の子ががいることに驚く。一瞬帰ろうかとも思うが、汗をかいた体がベタつく。少しだけ自分も風にあたろうと思って、そっと歩を進める。
誠一が近づく気配を感じたのか、その女の子は少し驚いた様子でパッと振り向いた。
その子と視線が合う。
初対面だ。その顔に見覚えはない。
しかしその表情は、その仕草は。否応なしに、仮想世界でできた一人の友人を連想させた。
「……ツバメ?」
静かに誠一が呟く。
それを聞いた女の子が目を見開き、口をあんぐりと開ける。ああ、間違いない。
「……イチヤさん?」
偶然居合わせたその女の子は、ツバメの現実での姿であった。
「えっなんで!? わっ、わあっ!」
ツバメが慌てた様子でわたわたと前髪を整えだす。しかし風が強くて全く意味がない。ツバメは現実世界でも変わらない性格のようで、誠一はどこか安心するものを感じた。
「すごい偶然だな。どうしてここに?」
「え? えっと! 今日は高校の始業式で、午前中で終わって、なんか急に思い立って……」
「そうか、俺も似たようなものだ」
学校が終わってそのまま来たのだろう。ツバメは制服のままである。そしてその制服は、誠一もよく見覚えのあるものであった。
「その制服は、加総北高校か」
「えっ、そうです。よく分かりましたね」
「ついこの間まで通っていたからな」
「えっ、そうなんですか! じゃ『イチヤ』さんは先輩だったんですね!」
「そうみたいだな、『ツバメ』」
お互いの名前を呼び合うが、なんだかぎこちない。
アトラクタ・バーサスの中では全く違和感がないというのに、こうして現実で面と向かってゲームでの名で呼び合うというのは中々面映ゆいものがある。
ツバメが照れくささをごまかすように笑う。
「えへへ、なんかキャラクターの名前で呼ばれるのって恥ずかしいですね……」
「……そっちもか。俺もだ」
誠一はツバメに歩み寄り、すっと右手を差し出した。
「俺は『柳木誠一』という」
ツバメが笑顔をままで、その右手を取った。
「私は『四葉恵』です!」
「じゃあ、改めてよろしくな。四葉」
「はい! よろしくです! 柳木先輩!」
二度目の自己紹介をした二人は、山歩きで火照った体を冷ますように、並んで風に当たりはじめた。
駅から離れた人気のない場所であるが、今日は気を張る必要はない。この世界には、ドゥームなどいないのだ。
あの時とは違って、綺麗なままの街を並んで眺める。
そして穏やかな世界に心を落ち着けるように。
ゆっくりと流れる時間を楽しむように。
初対面だが初対面ではない誠一と恵は、ポツポツとお互いのことを喋りはじめた。
第一章 『掲げた強さ』 完




