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第二二話 この山にこんな場所があったとは

 やがて嵐のような破壊が収まり、衝撃が止む。しかし降りしきる雨の音と耳鳴りが激しく、周囲の状況はいまいち判然としない。


 ダイゴの背中に隠れてひたすら頭を抱えていたツバメは、恐る恐る目を開けてみた。


「うわぁ……」


 そして変わり果てた市街の光景に、改めて血の気が失せる。

 辺り一面が瓦礫の山になっている。ちゃんと街の形をしていた頃の面影は消え失せている。歴史的な大災害にでも遭ったかのようだ。


「私よく生き残れましたね……」


 冷や汗を流しながら思わず呟く。ふと見ると、HPがレッドゾーンに突入している。本当にギリギリだったらしい。


「よ、ようやく収まったか……」


 ダイゴが疲れ果てた様子でよろよろとへたり込んだ。その手からガランと音を立てて盾がこぼれ落ちる。破壊の余波をまともに受けた盾は大きく変形して、その衝撃の程を物語っていた。

 ダイゴもツバメ同様にHPが僅かしか残されていない。


「イチヤ君め、加減ってものを知らないのか……」


 辺りの惨状を見てダイゴが苦笑する。ツバメはそのイチヤの姿を探してキョロキョロと周囲を見回した。


「私たちしかいませんね。イチヤさんもジンさんもどっか行っちゃったみたいです。(ある)さんとか他の人もいませんね。どこ行ったんでしょうか?」

「……tr.Actを全力で使った俺たちでギリギリだったんだ。あの時屋上にいたプレイヤーは今頃全員ポラリスだろうな……」

「え……」


 それは三十人ほどのプレイヤーをイチヤがPKしてしまったということになるのでは……。昨日自分たちがガーランドにしたような仕返しが来るのでは……。ツバメが顔を青くする。


 そのツバメの不安は半分的中している。実際システム的にはイチヤが全員PKしたという扱いになっている。しかし当の本人たちは気がついたらポラリスに居て、何が起こったのか分かっていない。またドゥームのバグかと疑っているくらいだ。PKされたという意識が微塵もない以上、復讐心も起こりえない。

 もっとも、根が真面目なイチヤは今から数時間後に、一人一人謝罪して回ることになるのだが。


「ジンももしかしたらデスペナ食らってるかもな。アイツ耐久ないし。どれ、ちょっと調べてみるか。……あー、どうやらアイツもまだ生きてるみたいだ」

「イチヤさんも大丈夫みたいです」


 ウィンドウのフレンドリストで二人の生存を確認したツバメがほっと息を吐く。しかしフレンドリストにはある程度の位置情報しか載っておらず、正確な居所は分からない。


「ジンのヤツは変なとこで運が悪いからな。瓦礫に挟まって動けなくなったりしてそうだ。……仕方ない、探してやるか」

「あ、なら私はイチヤさんを探してきます」


 運営からのお知らせによると、イベント中この辺りにはドゥームが出現しないことになっているらしい。しかしイベント用ドゥームを倒した今が『イベント中』という扱いなのかは分からない。

 おそらくジンもツバメ達同様にHPが尽きかけているだろうし、tr.Actが解除されているであろうイチヤも安全とは言いきれない。


「じゃあ、見つけたらこの辺りでまた落ち合おう」

「はい」


 そうしてツバメは大まかな位置情報を頼りに、イチヤの姿を探し始めた。




                  ◇




 一方その頃。

 イチヤは市街から離れた金槌山の中腹で、地面に倒れて呻き声を上げていた。


「……ぐ、うおぉ……」


 全身が痺れて指先がピクリとも動かない。以前ゴリラ型ドゥームと拳を合わせた際の痺れを何十倍にも強くしたものが全身に広がっている感じだ。


 あの楕円形のドゥームを攻撃したところまでは良かったが、さすがにステータスを上げすぎた。それと攻撃の仕方も間違えた。上から下に打ち下ろすように殴りつけたせいで、敵を付き抜けた衝撃が街全体に広がってしまった。それにその時の反動でイチヤも着地できずに弾き飛ばされた。衝撃を殺すことが出来ず、水切りの石のような軌道を描きながら体の制御を失った。

 そしてそのままビルを何棟も貫通した後山肌に叩きつけられ、更に数回バウンドしてこの場所に落ち着いた。


 全身を強かに打ったとは言え、その時は破格のステータスのおかげで大したダメージはなかった。強いて言うなら脳が少し混乱しただけだったのだが、立ち上がった瞬間にtr.Actが切れた。


「……ぐおおぉぉ……っ」


 体の中に響いていた衝撃が抜け切らなかったからか、それからはこんな状態がずっと続いている。背の高い樹が集まっていて雨が当たらないのだけがせめてもの救いだ。


「イ、イチヤさーん……。どこですかー……。イチヤさぁーん……」


 その時ツバメの控えめな声が近づいてきた。どうやら怖がっているらしい。

 太陽は高く昇っているはずだが、空には分厚い雲がかかって辺りは薄暗い。確かにこんな舗装もされていないような山の中は、ツバメくらいの歳では恐ろしいだろう。それでも自分を心配してこんな場所まで探しに来てくれたのだろうか。

 ありがたい。


「こ、ここだ……」


 まともに動かない体で搾り出すように呼びかける。


「ひっ、何やらこっちの方から亡者のうめき声のようなものが……。うわっ、イチヤさん! 何してるんですか!?」

「体中が痺れて、動けないんだ……」

「えー大丈夫ですか!?」


 ツバメがイチヤに駆け寄り、慌てて抱え起こそうとする。

 するとイチヤの顔が歪んだ。


「――ッ!!」

「えっ、どうしたんですか?」

「……っ、す、すまないが、しばらくそっとしといてくれると助かる。今全身が痺れているような状態なんだ……。痛いわけではないが、無理に動かすと何か電気が流れたような感覚がある……」


 イチヤは今、まるで長時間正座をした直後のように、体全体が刺激に対して過敏になっている。自分で動かすのはもちろん、誰かに触らるのもキツイ状態だ。


 しかし悶えるイチヤを見て、ツバメの口角がニンマリと上がる。


「へぇー……、そうなんですか」

「やめろツバメ」

「えへへっ」

「何を考えている。……やめろツバメ」

「街をこんなにしちゃった罰ですっ!」

「やめ、――――ッ!!」


 ツバメがイチヤに飛びかかる。イチヤに抵抗する手段は残されていない。


 イチヤは声無き悲鳴を上げた。




 そうしてしばらく経った後。


「すみません。調子に乗りました……」

「本当に勘弁してくれ……」


 ようやく体の痺れが抜け始めた。まだ万全ではないものの、ある程度自力で動けるようになる。軽くツバメを小突きながら立ち上がり、改めて周囲を見回す。


 人の手が入ったような痕跡がなく、周りは樹に囲まれている。しかし少し斜面を下ったところは少し(ひら)けており、ほんの三畳ほどのささやかなものだが、原っぱのようになっている。


 その先には遮るものがなく、麓に広がる街が一望できる。


「……知らなかったな。この山にこんな場所があったとは」

「……いい眺め、ですね」

「……ああ、よく見えるな……」


 この山ー―金槌山は、地元の人たちには『眺めがイマイチ悪い山』として馴染まれているような場所である。眺めの良さそうな所は狙ったように背の高い樹や大きな建物が邪魔をして、眼下に広がる市街を綺麗に臨むことができるスポットがない。そういう話はイチヤでさえ聞いたことがあるほど有名な話である。


 だというのに、今目の前に広がっているのは完璧な景観であった。場所は少々狭いが、それも秘密基地のようなものだと考えれば気にならない。天気が悪く、空が分厚い雲に覆われているのが残念だ。晴れていればさぞ綺麗な光景が見られたことだろう。


 ただし、市街が瓦礫の海にさえなっていなければ、の話であるが。


「あれを俺がやったのか……」

「まぁ、今日の夜十二時には元通りになしますし、気にしなくても大丈夫ですよ」

「或さんや他のプレイヤーはどうなった……?」

「…………。えっと、ひとまずダイゴさん達と合流しましょうか……」




 山を降り、ダイゴが集合場所と言っていた所へ向かって移動する。

 辺りが綺麗に平らになっていて場所の見分けがつかなかったが、目印になりそうなものを探してうろうろと彷徨っていたら向こうが見つけてくれた。


「おお、イチヤ君も無事だったか!」

「おーい、イチヤぁ!」


 ジンが笑いながら駆け寄ってくる。


「お前やるなぁ! SNSは今『イチヤとは何者だ』って話題で持ちきりだぞ!」

「そうなんですか?」


 昨今のVRゲームでは、メニューウィンドウでそのままブラウジングができる。わざわざログアウトなどせずとも、攻略サイトの閲覧やSNSのチェックなどが行えるのだ。


「さて。じゃあ全員の無事を確認できたところで、ポラリスに帰るか。全員ボロボロだ」

「そうですね、ポラリスに……帰れますかね?」

「まぁ何とかなるさ!」


 通常ポラリスとの行き来は駅構内で行うが、今は完全に倒壊してしまっている。どこに駅があるのかも定かではない。



 ひとまずは道に詳しいジンとダイゴの勘に任せるかと、歩き出そうとしたところでツバメが手を叩いた。


「そうだ! その前にみんなで記念に写真(スクショ)撮っときましょうよ!」

「イチヤ君が街一つ壊した記念だな」

「いいねぇ! あ、じゃあその写真、SNSに上げてもいいか?」

「好きにしてください……」


 そして降りしきる雨の中、完膚なきまでに壊し尽くされた街を背景に撮られた四人組の写真は、SNSで大きな話題となった。




                  ◇




 その後ポラリスへと帰還したイチヤは、深く息を吐いた。


「ふぅー……」


 ようやくポラリスに帰ってくることができた。崩れ落ちてしまった駅でも、元々が敷地であった部分では転移機能が使えるようだ。


 なんだかどっと疲れた気がする。


「……サポ。聞こえるか? ちょっと来てくれ」

「はいはーい!」


 呼び出した瞬間にサポが現れる。相変わらずレスポンスが早い。


「なぁ、サポ。……実はさっきうっかり大量にPKしてしまったんだが、その時たくさんアイテムを奪い取ってしまったみたいなんだ」

「うっかりそんなことになるかなぁ……?」

「このアイテムを元の持ち主に戻せないか? それとできれば所持金や経験値も返したい」


 そう言ってウインドウから沢山のアイテムカードを取り出す。


「経験値は無理だけど、お金とアイテムについてはなんとかなるよ。でもそれは一応正当な手段でイチヤが獲得したアイテムなんだけど……」

「無抵抗の相手を不意打ちで倒したようなものだ。このアイテムを受け取るわけにはいかない」

「そう? じゃあ内部データを確認して僕の方から返しておくね」


 ジャラジャラとアイテムをサポに預ける。


「相手のプレイヤーネームも教えてくれるとありがたいんだが……」

「うん。じゃあアイテムを返す時に、イチヤに名前を教えてもいいか聞いてみるね」

「ああ、頼む」


 そう言った後、イチヤがログアウトしようとする。

 現在の時刻は午前十一時を少し回っている程度と、少し昼には早い。しかし何かと気疲れしてしまった。


「あ、ちょっと待って!」


 しかしそれをサポが呼び止める。


「実は僕の方もイチヤに用事があるんだ。今ちょっと時間いいかな?」

「用事? ああ、時間ならあるが……」

「そう? よかった! 実は今回のイベントの事なんだけどね……」


 一拍置いた後、サポがイチヤの手をガシッと掴んだ。



「イチヤ!! 倒してくれて本当にありがとう!! そしてごめんね!!」



 いつになく力の篭った声でイチヤに迫る。


「あ、ああ……」

「それでね、今回の不始末のケジメをつけさせようと思って。ちょっと待っててね! 連れてくる(・・・・・)から!」


 サポがいつもの笑顔のまま、物騒なことを言い残して消える。


 そして数秒の後。

 再び現れたサポの後ろには、古風な衣装を身にまとった男性がいた。



「ほら、イチヤに自己紹介は?」

「むぅ……お初にお目にかかるのである。我輩の名は、『カン』――」



 その男性ー―カンがサポに促され、どこか落ち着かない様子で自己紹介を始める。



「ー―『アトラクタ・バーサス』の管理運営をしている、三体の人工頭脳の一体である」



 運営様のお出ましであった。

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