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第二一話 ノートリアス・ドゥーム

「こっちだ」


 イチヤ達を先導する男がとあるビルに入る。

 ようやく雨を凌げる場所に入れたとイチヤ達が安堵していると、男が階段を登ってどんどん上へ上へと進んでいく。そしてついに屋上に出てしまった。また雨の中に出される。もっとも現実と違ってそれほど不快感はないし、風邪を引く心配もない。


 そこにはプレイヤーが三十名ほどいた。見覚えのある顔も数人いる。


 余談であるが、アトラクタ・バーサスでは建物の内部には必ず階段が設けられており、全ての建物で屋上まで歩いて行くことが出来る。もちろん扉の施錠もされていない。運営の密かなこだわりの一つであった。


「おお戻ったか、(ある)! そっちは新しい協力者か、それも四人も!」


 屋上にいたプレイヤーに喜色が増す。

 イチヤ達を連れてきたプレイヤーは(ある)というらしい。


「いや、まだ協力してくれると決まったわけじゃない。さっき着いたみたいで、事情が分かってないみたいだ」

「だからその事情って何だよ! 何が起こってるんだよ!」


 ジンが焦れた様子で問いかける。


「まぁそう慌てるなって。時間ならたっぷりあるんだ。まずはあれを見てくれ。あいつが今回のイベントで倒せって言われてるドゥームだ」


 屋上の縁に近づき、或が指をさす。

 四人でその方向を見る。雨で視界の悪い中、それでも目を凝らすまでもなく、或の言う敵の姿を見つけることができた。


 遠くにある大通りのど真ん中に、大型トラックほどの大きさの黒い楕円形の塊が鎮座していた。遠くからでもすぐに見つけることができたのは、不定期なリズムで雷が落ちたような発光を繰り返しているためだ。しかしそれ以外に動く様子が全くない。そういうオブジェのようにも見えるが、あれがドゥームなのだろうか。


「あの光はおそらく放電だ。地面が濡れてるせいか、攻撃範囲がえげつないくらいに広い。さっきお前ら一歩でも進んでたらあれの餌食になってたぞ」


 或が真剣な表情になる。


「はぁ!? マジかよ、あそこまで軽く一キロはあるぞ!?」

「大マジだ。運営からの告知を見て突っ込んで行ったプレイヤーは全員死に戻りしたよ。まともに近づくことも出来なかった。だから今残ってるのはこれで全員だ。正直かなり厳しいが、ここにいるメンバーだけでどうにか倒そうと作戦会議中なのさ」


 この場にいる三十余名以外全員がデスペナ。少なくとも今朝見た時は、駅周辺にその五倍はいたはずだ。


 イチヤが目つきを鋭くしてドゥームを見やる。

 そのドゥームを注視すると、視界に情報が表示された。そのようなことは今までのドゥームでは起こらなかった。それはあの楕円形のドゥームが特別なものであるという証拠に他ならない。


 あの楕円形の敵は通常のドゥームよりも一段階強力な敵として用意された、名前の付いた特殊なドゥーム。いわゆる『ネームドモンスター』というやつである。アトラクタ・バーサスではこのような敵を、『(ノートリアス)(ドゥーム)』と呼ぶ。



 新たにイベント用に用意されたND。ドゥーム名、『十万ダウンロード達成記念! 皆で倒して豪華景品を手に入れよう!』。


「ふざけているのか……?」

「皆で倒すドゥームが皆を倒してどうするんですか……」


 イチヤが眉根に皺を寄せ、ツバメがげんなりと肩を落とす。



「まぁ要するに問題は相手の攻撃範囲の広さなんだろう? 敵の攻撃を食らわずに近づくことができればそれで解決だ。地面に降りずにビルの屋上を移動するのはダメなのか?」


 ダイゴが顎に手を当てながら言う。しかし或が首を振る。


「いや、試したがダメだった。雨に濡れてるところは全部アウトだ。ビルの中ならおそらく平気だろうが、ビル間の移動は窓から窓。それもガラスを突き破りながらだ」

「さすがに難しすぎるか……。ツバメちゃんの弓は届かないか?」

「あ、じゃあ試してみましょうか」


 ツバメが弓を思い切り引き絞って矢を放つ。ビルの屋上という地の利があっても、敵との距離の半分程度しか飛ばなかった。


「あー、全然届かないです……」

「やっぱりそう簡単にはいかないか……」

「あっ! じゃあ街のどこかに雷撃発生装置みたいなのがあって、それを壊すと攻撃が止むとか!? そういうのゲームでよくあるじゃないですか!」


 ツバメがパッと顔を輝かせる。しかし屋上のいたプレイヤーの一人が即座に否定した。


「いや、それもないっすね。僕は【アナライズⅡ】っていうパッシブスキルを持ってんすけど、それでドゥームの攻撃パターンとか特殊能力がある程度分かるんすよ」

「ほー、それは便利そうだな」


 ダイゴが感心したように声を出す。そういった敵のデータというのは非常に貴重な情報である。アトラクタ・バーサスのような新しいゲームでは特にそうだ。


「ええ、便利っす! で、それによるとっすねぇ、あのドゥームにはそういうギミックがないっぽいんすよ。みんなで殴って倒す単純なお祭り用のドゥームみたいで、攻撃も移動もできないっぽいっす」

「いや、攻撃できないって……実際攻撃してきてるじゃないか」


 納得のいかない表情のダイゴが、明滅を繰り返すドゥームを指差す。


「アレは攻撃じゃなくって『反撃(カウンター)』っす。アイツはそれくらいしか機能がないっすから。攻撃を受けた時に低確率で不可避の雷撃をする能力が発動してるみたいっす」

「カウンター……?」

「たぶん運営的には、極低確率で爆発するサンドバッグを叩いて、皆でワイワイ盛り上がるようなイベントを想定していたんだろうな」


 或が補足をする。しかしジンが怪訝な顔つきになる。


「いやいや、おかしいだろ。反撃っつったって、誰も攻撃なんかしてねぇぞ? むしろ攻撃できねぇのが問題なんだから。それに低確率っていうには発動しすぎだ」


 その言葉を聞いて、或が一つ頷いてから指を立てた。



「たぶん、『雨』に反応してるんだと思う」



 ジンとダイゴが同時に顔をしかめる。


 空から降ってくる(おびただ)しい数の雨粒。その一つ一つに反応してカウンターが発動しているというなら、それが低確率だとしてもあの高頻度は頷ける。しかし、その不自然で理不尽な挙動は明らかに……。


「バグじゃねぇか!!」


 ジンが叫ぶ。

 これは明らかに意図していない挙動、不具合である。高難度ダンジョンのボスやエンドコンテンツならば分からなくはないが、ダウンロード記念のイベントにしては殺意が高すぎる。


「あと、HPも鬼のように高いっす。もともと数百人規模で数十分かけて倒す前提のドゥームだったみたいっすよ」

「じゃ無理じゃねぇか!」


 雨でバグっているイベントモンスター。半径1キロ超が地雷原。近づけば死ぬし、遠距離攻撃は届かない。加えてHPは通常ではありえないほどに高い。

 ジンが頭を抱えてうずくまる。


「何だよ! 詰みじゃねぇか! せっかくの豪華景品がぁ!」

「いや、アイテムなんかどうだっていいじゃねぇか。ドゥームがバグってる以上、イベントは失敗だ。またやり直すか後日景品だけ配布するかになるだろうよ」


 或が苦笑しながらジンの肩に手を置いた。


「なぁ、それよりもさ、せっかくだから皆で挑んでみないか? 確かにあのバグは凶悪だが、俺達プレイヤーにだってtr.Actっていう大きな武器がある。きちんと作戦を立てて皆で協力すれば、不可能ってことはないんじゃないか? まだ全国のどこでも討伐されてないみたいだしさ、成功したら超目立てるぜ!?」

「……だってよ。どうする?」


 ジンがイチヤ達の顔を見る。どうやら反対意見はなさそうであった。

 或がニッと笑って手を打つ。


「よっし、決まりだな!」



 そして改めて、その場にいるプレイヤー全員での作戦会議が始まった。

 各々が口々に意見を言い合う。


「やはり問題はあの全方位カウンターをどう掻い潜るかだな」

「だね。一人二人が攻撃できたところであんま意味はないし、できるならこの大人数のままで近づきたいね。ダメージ緩和系のtr.Actとか持ってる人いないかな?」

「じゃあ一度全員のtr.Act能力を確認しておかないか? それによって取れる戦術もかなり――」


 その時、それまで沈黙を守っていたイチヤが口を開いた。


「……ちょっといいですか? あれを倒せばそれでいいんですよね?」


 その場にいた全員の視線がイチヤに集まる。

 それに一切物怖じすることなく、イチヤが淡々と言葉を続ける。




「だったらおそらく、俺一人でできますよ」




『……は?』


 ざわ、と屋上が驚きに包まれる。

 その直後、プレイヤーの一人が大きく舌打ちをした。


「チッ……! 適当なこと言ってんじゃねーよ……! こっちはお前らが来る前から話し合ってんだぞ……! それでも攻略の糸口も見つからねーってのに、お前一人でやれるわけねーだろ……! できるならやってみろっつーんだよ……!!」


 しかしそれでもイチヤは淡々と、何でも無いように言う。


「分かった」


 そしてスタスタとドゥームのいる方角へと歩きはじめる。

 それを見て、ジンとダイゴが慌ててイチヤを止めた。


「おい、イチヤ。やめとけ! 一人じゃ無理だって!」

「そうだぞ。お前の能力は知ってるが……、さすがにアレは闇雲に突っ込んでどうにかなるシロモノじゃない!」


 そう言いつつも、二人はイチヤの目を覗き込んで察していた。この目は言って聞く時の目ではないと。

 とは言ってもイチヤの場合、そうでない目をしている方が珍しいのだが。


「大丈夫ですよ。tr.Act、【天に届く一片】」



 そう言ってイチヤは、拳を高く掲げた(・・・・・・・)


「イチヤさん……? 何して――ってまさか……!!」


 ツバメが息を呑んで拳を見つめる。


 tr.Actを発動したその拳に、雨が当たる(・・・・・)。その一粒一粒に当たり判定があるという雨が。

 現在、雨はダメージ(ゼロ)の攻撃として扱われている。イチヤのtr.Actは攻撃を攻撃してもカウントが増える。拳を動かさずとも、向こうからぶつかってくればカウントは増える。


 イチヤの視界の端で、攻撃回数が面白いように伸びていく。あっという間に五十を超え、そのままさらに百、二百と数値が増えていく。



 しかし、だからといって。

 せっかくだからどこでカンストするのか調べてみようか、などという遊び心のある発想が出てくるイチヤではない。

 目的は『敵の殲滅』のみ。余計な事など一切考えず、真摯な殺意が込められた目を静かに攻撃対象へと向ける。その視界には、もはやドゥーム以外は移っていないだろう。


 ツバメ、ジン、ダイゴの三人が顔を見合わせ、直後にさあっと青ざめた。



「…………」



 イチヤが拳を下げる。そしてその鋭い目でまっすぐに敵を見据えまま、ゆっくりと身を沈めていく。



 ジン、ダイゴ、ツバメ。

 イチヤの能力を知っている三人のみが、この直後に何が起こるのかを予想できていた。


『tr.Actッ!!』


 青い顔の三人が大慌てで叫ぶ。


「【疾風一番槍】ぃ!!!」

「【土に根差す鋼鉄】ッ!!!」

「【こころの灯火】ぃぃいい!!!!」


 それぞれのtr.Actを同時に発動させる。

 もちろんイチヤを援護するためなどではなく、ただただ自分の身を護るために。


「何やってんだお前ら……?」


 急に慌しくなった三人を見て、或が呆けたような声を出す。


「お前らも早く使えッ!! 俺は……逃げる!!」


 そう言ってジンが消えるようにその場を後にした。


「急げッ!! 全員死ぬぞ!!」


 ダイゴが大きな盾を構え、自身の重量を増加させた。


「ひやぁあああ!!」


 ツバメが自分自身のtr.Actを強化し、ステータスを引き上げながらダイゴの後ろに隠れた。




「…………」


 そしてイチヤが攻撃に移る。


 イチヤのtr.Act【天に届く一片】は、加算ではなく乗算で五%ずつステータスを上げていくスキル。そのため、カウントが進めば進むほど、その強化倍率は加速度的に膨れ上がっていく。


 一回の攻撃で、五%。

 十回で六二%。

 そして五十回になれば、一〇四六%。


 ゆっくりと、しかし確実に、その数値は非常識さを帯びていく。


 そして現在のカウントは、六一八回。その一つ一つに、五%が積み重なっている。




 結果、現在の強化倍率は約――、一二四四()%。



 ステータスが普段の十二兆四四〇〇億(・・・・・・・・)倍になったイチヤが、敵を討ち滅ぼさんと全力で地面を蹴る。



 その瞬間、そこにある全てが爆散した。



「どわぁあああああ!!!」

「ぐぉおおおおおお!!!」

「きゃああああああ!!!」



 コンクリート製の建物が、いとも容易く砕け散る。その衝撃破だけで、周囲の建物が瓦礫に変わる。


「――――ッ!!」


 それとほぼ同時に、更なる衝撃が発生した。

 一瞬で距離を詰めたイチヤの拳が、ドゥームを捉えたのだ。

 荒れ狂う爆風と轟音が、更に勢いを激しくする。


「ぬぐおおおおっ!!」

「ひやぁあああっ!!」


 しかし誰もそれを気にする余裕などなかった。わけも分からす突如生じた大災害に混乱し、何も考えられなくなる。

 あらゆるものが砕け、爆風が吹き荒れる。ツバメもダイゴもジンも、上下感覚すらも曖昧になる中、生き残るためにただただ身を護る。




 そのため、その瞬間に流されたワールドアナウンスに気がついたものは、この場には一人もいなかった。


 しかしそれ以外の場所では、ピコンというささやかな電子音とともに現れたそのメッセージを、ほとんどのプレイヤーが目にしていた。



『アトラクタ・バーサス運営チームからのお知らせ。

イベントドゥームが討伐されました。

この戦いのリザルトは以下の通りです。 続きを読む▼


出現場所:○○県加総市

ファーストアタック:#N/A

ラストアタック:イチヤ様

最多攻撃回数:#N/A

単発最大ダメージ:イチヤ様

総合最大ダメージ:イチヤ様

討伐参加人数:二名

討伐時間:二二分四三秒


MVP:イチヤ様』




 討伐不可能との結論が出かかっていたドゥームを、実質ソロ討伐したというお知らせ。

 この瞬間『イチヤ』の名は、全国に広がった。

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