第二十話 イベントだ
そして次の日。
「ツバメ、準備OKだ」
「はいっ! では行きますよー!」
イチヤ達は今日もパーティを組んでいた。
本日は日曜日のため、ダイゴもジンも仕事は休み。昨日と同じくイチヤ、ツバメ、ジン、ダイゴの四人パーティだ。シュージとミサキはいない。それぞれの用事、出かけている。
日曜の朝ということで駅前はドゥームと初心者プレイヤーで溢れ、とてもパーティプレイなどできる状態ではなかった。そのため今日は駅を少しだけ離れ、地元民に広く親しまれている金槌山という小さな山の裾野で狩りを行っている。
イチヤ達がいる加総市は、この山の麓に広がるようにして存在する街である。金槌山はこの辺りでは小学校の遠足や家族でのハイキングなどによく利用されている。そのため繁華街には馴染みの薄いイチヤであるが、金槌山には何度か来たことがあった。
ちなみに昨日イチヤ達が破壊した駅であるが、朝ログインした時には元通りに直っていた。サポが言うには、午前零時になった瞬間に地上全体にリセットがかかる仕様になっているらしい。
「イチヤ君! ゴリラ三体来ているぞ!」
「ダイゴさんと俺で何とかしましょう」
「了解!」
昨日のPKプレイヤーへの襲撃以降、流れで何故かイチヤがリーダーのような立ち位置になっている。
今日の目的は主に二つ。
一つは、全員のtr.Actの検証。昨日はあの後全員でポラリスに戻り、シュージやミサキと一緒にポラリス中を見て回っていたらあっという間に時間がなくなってしまった。その後ツバメのtr.Actも軽く試してみたが、詳細まではまだ分かっていない。
tr.Actは戦況を大きく左右するスキルであるのだから、その性能を細部まで把握しておくことは今後重要になってくるだろう。
そしてもう一つの目的は言うまでもなく、『地図アイテム』である。
「イチヤぁ!! こっちもゴリラだ! 数は分かんねぇ! とにかくめっちゃいる!!」
ジンがあわてた様子で叫んだ。
アトラクタ・バーサスの仕様として、パーティを組むとドゥームに狙われやすくなる。加えてこの周辺にプレイヤーはイチヤ達しかいない。状況としては敵の真ん中で孤立しているようなものだ。
まだスキルも揃っていないし、こうなるとやはりtr.Actに頼らざるを得ない。
「ツバメ!」
「はい! tr.Act! 【こころの灯火】!!」
ツバメのtr.Actが発動する。
イチヤ達は昨日、そのスキルの説明を見せてもらっている。そこに記載されていた効果は三つ。
・プレイヤーのステータスを強化する
・プレイヤーのスキルを強化する
・プレイヤーのtr.Actを強化する
【こころの灯火】はサポートスキルであった。
どんな状況でも性能を発揮できる、汎用性が高い能力だ。イチヤとは大違いである。
しかしこのスキルの最大のメリットは、この三つではない。ここに書かれていない効果、所謂『隠し効果』というやつだ。tr.Actにはこのような隠し効果が多く存在する。
「ダイゴさん!」
「おう! tr.Act! 【土に根差す鋼鉄】!!」
続いてダイゴがtr.Actを使用する。
最大出力、五十倍もの高重力フィールドが広がり、ドゥーム集団を味方ごと飲み込んだ。
大勢のドゥームが勢い良く地面に叩きつけられる。しかしイチヤ達は誰一人として、その高重力に囚われていない。
「えいっ!」
ツバメが弓を引き、倒れたドゥームに向かって矢を放つ。その矢も、通常通りに真直ぐ飛んでいる。
これこそが【こころの灯火】の隠し効果である。ツバメのtr.Actは、パーティ内のFFを無くすことができるのだ。
この非常に便利な効果により、敵に囲まれながらも安定したドゥーム狩りができている。
「いやー、ツバメちゃんいると楽だわー」
「いえいえ、そんなことは……」
ジンが動けないドゥームにぶすぶすと槍を突き刺しながら笑う。
ツバメも言葉とは裏腹に、口元も目元もニマニマと緩んでいる。
反撃を受ける心配がないというのは確かに楽だ。今のところゴリラより強いドゥームの出現する様子もない。しかしレベルが上がって新しいドゥームが出現するようになると、どうなるかは分からない。
ならば今の内にと、イチヤ達は自らのtr.Actについてあれこれと試していくことにした。
アトラクタ・バーサスの中では、時間の流れが少々特殊である。
と言っても、別に現実の時間がゲーム内で引き延ばされるわけではない。アトラクタ・バーサスの一時間は現実でも一時間だ。
違うのは一日の長さ。正確に言えば、太陽の動く早さということになるだろうか。アトラクタ・バーサスの地上では、十時間で地球の周りを太陽が一周する。五時間ごとに昼夜が入れ替わるのだ。
これはいつも同じ時間帯にしかログインできない人に飽きが来ないように、という運営側の配慮である。
この仕様は、プレイヤーに時間の流れを早く感じさせる。
イチヤ達がログインした時ゲーム内は爽やかな朝であった。しかしtr.Actの検証に一段落がついた時、太陽は既に中点近くまでその高度を上げていた。しかし辺りはむしろ薄暗くなっている。狩りの途中から分厚い雲が出てきたのだ。
アトラクタ・バーサスには雨や雪といった悪天候も存在する。それらは現実の季節に合わせて発生確率は変動するものの、基本的にはランダムで発生する。
時間の流れが早い分、天気の移り変わりも早い。もういつ降り始めてもおかしくないような空模様である。
「よぉし、大体分かってきたな」
ダイゴが声を上げる。
一時間と少しほどの間試してみて、四人のtr.Actがある程度のところまで明らかになってきた。
ジン・ダイゴのtr.Actは使用時間が決まっているらしく、十分経つと自動的に解除される。再使用までに掛かる時間も同じく十分であるが、敵にダメージを与えたり敵からダメージを受けたりすると早まるようだ。
ツバメのtr.Actは二人よりも長く持続するようで、三十分ほど効果が続いた。再使用に掛かる時間は同じく十分であったが、この時間は敵にダメージを与えても短縮されなかった。この辺りの条件はtr.Actごとに異なるらしい。
特筆すべきは、tr.Actを使用していない状態でもFFを無くす効果がちゃんと発揮されていたことだ。パッシブ効果のあるtr.Actも存在するらしい。
もっとも、FFをなくすとは言っても直接的なダメージ限定であり、間接的なダメージは普通に通った。攻撃でのダメージは受けないが、押し飛ばされて壁に激突したり地面に落下したり、攻撃の衝撃で散った瓦礫が当たったりといった二次的なものはダメージになった。
そしてイチヤのtr.Act、【天に届く一片】はそれらに比べて少々特殊であった。
イチヤのtr.Actはどうやら、基本的に十秒しか発動しないものであるらしい。スキルを使用した瞬間からカウントダウンが始まり、敵を攻撃するとそのカウントがリセットされて十秒に戻り、また次のカウントダウンが始まる。
つまり、『最後に攻撃してから十秒経った時』が、イチヤのtr.Actが解除される時だ。この『攻撃』の判定基準はなかなか厳しく、試しに地面やジンを殴ってみたが『攻撃』とはカウントされなかった。
しかしガーランドとの戦いではかなり長い間攻撃を避けられたが、スキルが解除されることはなかった。まだ検証が十分ではないが、おそらく攻撃を避けられたり掴んでダメージを与えたりすると、『攻撃回数』にはカウントされないが解除までの時間はリセットされるのだろう。
敵に攻撃した場合にしても、体当たりや蹴りなどでも一応ダメージは入るものの、攻撃回数のカウントは上がらなかった。やはり拳、というか装備している武器での攻撃でないといけないらしい。
攻撃に攻撃をぶつけたり、動かさない拳に敵の方からぶつかりに来たりした場合はカウントが上がった。『敵や敵の攻撃がある程度の速度をもって拳にぶつかった時』に攻撃と見做されるようだ。
そして、イチヤのtr.Actにはどうやらクールタイムが存在しない。解除された瞬間に再使用できるのだ。もっとも、攻撃カウントはリセットされてステータス上昇はなくなってしまうが。
いずれにせよ、一度発動したら攻撃を続けるしかない。
何かに追われるように前に進む。イチヤのtr.Actにはそんな印象があった。
一段落ついたその時、ついにパラパラと雨が降ってきはじめた。
「うっし! じゃあそろそろ休憩に―ー」
ジンが声を上げたその瞬間、玄関の呼び出し音のような短い電子音が鳴り響いた。
「わあっ、なんですかっ」
四人の目の前に同時にメッセージが表示される。
『運営からのお知らせ』というタイトルのメッセージだ。
「お知らせ? なになに……」
そのお知らせを要約するとこういうことであった。
『アトラクタ・バーサス』のダウンロード数が十万を達成したこと記念して、今からイベントを開催します。各都道府県・各市町村の中心地に特別なドゥームを出現させるため、プレイヤーで強力してこれを倒しましょう。参加者全員に豪華景品をプレゼントしますので、奮ってご参加ください。イベント開催地では一般のドゥームは出現しなくなります。一度でも攻撃すると参加した扱いとなるので、始めたばかりの方も楽しんでください。
「うおっ! イベントだ! しかもこれ早い者勝ちじゃねーか!?」
ジンが驚いた声を上げる。
「そうだろうな。『特別なドゥーム』とやらが倒されてしまったら、豪華景品が貰えなくなってしまう」
「急ごうぜ!!」
場所は各都道府県・各市町村の中心地としか書いていないが、ここらで言うと駅前の繁華街だろう。まずいことに、今日は少し離れた場所まで出てきてしまっている。
「ええ、急ぎましょう。【トランスポーター】」
次第に強まってきた雨の中、イチヤ達は繁華街へと急いで戻り始めた。
「くそっ! ツいてねぇ! 特別なドゥームとやらはどこだ!? 間に合うか!?」
繁華街の端まで戻ってきたジンが慌てた様子で叫ぶ。昨日まではこの繁華街を中心にプレイしていたのに、今日に限ってちょっと遠出をしてしまった。加えて天気が本格的に崩れてどしゃ降りになってしまったため視界が悪く、あまりスピードを出すことが出来なかった。
イベント中だからか、道中にドゥームは全くいなかった。それでもお知らせを受けてから到着するまでに結構な時間が空いてしまった。急がなければならないのに、イベント用ドゥームがどこにいるかも分からない。雨の音が邪魔をして戦闘音が聞き取れないのだ。ひょっとして既に倒されてしまったのだろうか。
「待て!! 止まれお前ら!!」
トランスポーターを解除して四人で辺りをキョロキョロと窺っていると、別のプレイヤーに後ろから呼び止められた。
今まで何回か見たことのあるプレイヤーだ。と言っても駅や狩場ですれ違ったくらいで、言葉を交わすのはこれが初めてだ。
「戻れって!! それ以上行くな!!」
「何だよ! こっちは急いでんだよ!」
「イベントだろ!? 誰も消化できてねーよ! いいからこっちに来いって!!」
その言葉を聞いて顔を見合わせる。
『消化できていない』とはどういうことだろうか。取りあえずそのプレイヤーの方に移動する。
「消化できてないってどういうことだよ?」
「言葉通りさ。このイベントには誰も参加できてない。さっきSNSを覗いてみたが、ここだけじゃなくてどこもそうらしいぜ」
「ますます分かんねぇ。参加できないって、ただ攻撃するだけだろ?」
「……見てもらった方が分かりやすいだろう。付いてきてくれ」
そのプレイヤーがそう言って踵を返す。
「……ひとまずは付いて行ってみましょうか」
イチヤ達はその男の後を追いかけることにした。




