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第十九話 レベルが八になってます

 ガーランドが完全に消滅するのを見届けると、イチヤはふぅと息を吐き出した。


 かなり厳しい戦いだったが、なんとか勝つことができた。それもtr.Actスキルのおかげだろう。

 そう思ってチラリと攻撃カウントに目をやった瞬間、唐突にtr.Actが解除された。


 体が一気に重くなる。


「うおっ」


 思わず地面に膝をついてしまうほどだ。


「……tr.Act、【天に届く一片】」


 試しにもう一度使ってみる。再びスキルが発動するが、攻撃カウントは(ゼロ)。倍率も〇%に戻っている。


「……なるほど」


 このスキルの特性が何となく理解できてきた。

 おそらくこのスキルは、一定時間カウントの更新がないと自動的に解除されるのだ。ひたすらに攻撃をし続けなければならない、ということだろう。なんて泥くさいスキルだ。

 それに、発動の度にいちいちゼロからやり直さなければならない。なんて融通の利かないスキルだ。

 スマートさというものが欠片もない。これが俺のtr.Actスキルか。


「気に入った」


 そう呟いて、〇%の拳をギュッと握り込む。



「イチヤさーん!」


 そこにツバメがにこにこと笑いながら駆け寄ってくる。


「やりましたね!」

「ああ」


 イチヤが軽く頷きを返すと、今度は眉尻を下げてしゅんと肩を落とした。ツバメは表情がころころと変わる。いつも同じような表情のイチヤとは大違いだ。


「あの、足引っ張っちゃってごめんなさい……。私、自分から『戦う』って言っておいて……」

「足を引っ張ってなどいない。ツバメがガーランドを引きつけてくれたおかげで敵を二人とも倒すことができたんだ。まだtr.Actを持ってないんだから、戦えないのは仕方ない。俺だってtr.Actがなければ戦いようがなかった」


 それを聞いて、ツバメに少しだけ元気が戻る。


「なにはともあれ、これで敵討ちは無事終了だ」

『……兄さん、また迷惑かけちゃったね。ごめん。ほらミサキも謝って』

『ごめぇーんいち兄! あとありがとー!』

「いいさ、迷惑なんかじゃない。俺がやりたくてやったことだ」


 通信の向こうにはシュージとミサキがいる。この通話では音声しか伝わらないが、それでも戦闘の成り行きは大体伝わっているだろう。主犯のガーランドと、ついでにもう一人のPKプレイヤーは倒した。残り四人も、おそらくジンとダイゴならば問題はないだろう。


「……どうだ、ミサキ。スッキリしたか?」

『うん!! まぁまぁかな!』

「そうか。……シュージも、少しは気が晴れたか?」

『……別に僕はもともと平気だったし。でも、まぁ……ありがと』


 二人の声は先ほどよりも明るいものになっている。それを確認したイチヤがよし、と頷く。


『えと、ツバメさん、でしたよね? ツバメさんもありがとうございました』

『ありがとうございました!』

「いえいえそんな! 私大したことはしてませんから! いや本当に!」


 おそらく通話の向こうで頭を下げているであろう二人に、ツバメがわたわたと手を振って応える。


 ありがたいことだ。ツバメとジンとダイゴの三人は、見ず知らずの初心者プレイヤーのために戦ってくれた


「あとでジンさんとダイゴさんにもお礼を言っておけよ。合流できたらこちらから掛けなおすから、それまでロビーでもブラブラしていろ。じゃあ、切るぞ」


 イチヤはそう言って通信を切った。


「さてと、どうやって二人と合流しようか」


 穴から降りた二人もおそらくこの周囲にいるのだろう。戦闘音が聞こえないから、まだ戦っているということはないのだろうが。


「あ……、レベルが八になってます」


 そこでツバメがボソリと呟いた。プレイヤーを倒しても経験値が入る仕様だったみたいだ。PTを組んでいるイチヤがドリーとガーランドを倒したことで、知らない間にレベルアップしていたらしい。


「良かったな。tr.Actを手に入れることができるぞ」

「tr.Act……ですか」


 ツバメが緊張した面持ちになる。


 tr.Act。プレイヤーそれぞれに与えられるユニークスキル。

 ツバメは事前情報に一通り目を通しているため、それがどのように作成されるものであるのか少しだけ知っている。


「どんなスキルにするかは決まってるのか?」


 そう問いかけるイチヤを見て、ふっと笑顔を返す。


「はい。『強さ』ですよね? もう決まってますよ」


 明るく言いながらウィンドウを開く。


 しかし『もう決まっている』というのは、若干の見栄を含んだ言葉であった。正確に言うと、『さっき決まった』である。

 ツバメはついさっきまで、『強さ』というものがいまいちピンと来なかった。泣き虫な自分が人として弱いということは分かるものの、では『強い』とは何なのか、具体的な考えは何もなかった。ぼんやりとしたイメージでしかなかったのだ。



 でももう分かった。教わった。


 ウィンドウの下部、tr.Act取得ボタンに手を伸ばす。

 崩壊した駅の地下空間が、淡いセピアに染まった。


『プレイヤーネーム【ツバメ】様によるtr.Actスキル取得申請を確認いたしました』


 空から声が降ってくる。ツバメは深呼吸をしながらその声に耳を傾けた。

 そして胸の前で手を組み、目をつむって反芻する。


 自分にとっての『弱さ』とは、泣いてしまうこと。ならば、『強さ』とは何だろう。『泣かないこと』? それとも、『受け止めること』?

 ……いや、違う。何かが少しだけ違う。何がどう違うのか、少し前までは分からなかった。でも今はもう知ってる。だって見せてもらったから。『強い』人が強い所以(ゆえん)を。


 自分もああなりたい。自分が目指すべき――いや、目指したい強さは、あの背中だ。

 その姿を思い出し、自然と頬が緩む。


『貴方にとっての【強さ】とは、一体何でしょうか?』


 声が問いかける。

 ツバメはそれに、微笑みながら答えた。



「『誰かの涙を止めてあげること』。それができる人が、本当に『強い』人なんだって思います」



 優しくて、あったかくて、『強い』人。

 そんな人に、私もなれるだろうか? すぐじゃなくてもいい。目標が遠くても、少しずつ、少しずつ近づいていこう。

 自分の知っている『強い』人なら、きっとそうするだろうから。


『ツバメ様の【強さ】、しかと承りました。それではその【強さ】に相応しいtr.Actを――』


 現れた綺麗なカードを、両手で受け取る。

 世界の色が元に戻る。


「……良い『強さ』だな」

「えへへ、はいっ!」


 イチヤの言葉に満面の笑みを返す。その顔は少し赤くなっている。

 勢いに任せてイチヤの目の前でやってしまったのが、今になって恥ずかしくなってきた。


「あ」


 そこでイチヤが、ツバメの後ろに目を向けて声を出した。


「ジンさん。ダイゴさん」

「っ!!」


 ツバメが凄まじい勢いで振り返る。


「あー……すまん、聞くつもりはなかったんだが……。しかし、そうか。そうだったか。そうだよな」


 何を納得しているのか、ダイゴがそうかそうかと言って頻りに頷いている。ツバメの顔がみるみるうちに赤くなる。


「さっきのってつまり、そういうことだよな? いやー、若いっていいなぁ」


 ジンがニヤニヤしながらイチヤにチラチラと視線を送る。


「……? 何ですか?」

「んなっ!? ち、違いますっ! 違いますよ!!」


 ツバメが耳まで真っ赤に染めながら何かを否定する。


「おいジン、やめてやれ……」

「でもイチヤは分かってなさそうだぞ。こういうのはちゃんと説明した方がいいんじゃないか? つまりだな、ツバメちゃんはたぶん――」

「わーっ! うわーっ!! 何言ってるんですか! 違います! さっきはちょっと勢いあまっただけっていうか……とにかく違いますよっ!!」


 ツバメが今まで見せた事のない機敏な動きでジンを捕まえる。


「違いますからねっ!!」


 ツバメは赤い顔でイチヤに何かを弁明すると、ポカポカとジンを殴りつけはじめた。


「ハハハッ、ごめんって! あっ、ツバメちゃん、ダメージ発生してるから! ちょ、やめて! お願いゴメンやめて!」

「ははは、そのまま殺していいぞー」

「……?」


 なんだかよく分からないが、二人のこの気楽な様子からすると無事PKプレイヤーは倒せたのだろう。


「まぁ、ひとまずポラリスに戻りましょうか。そこで弟と妹を紹介しますよ」




                  ◇




 そしてポラリス内部。


 何もない空っぽでがらんどうの白い部屋に、唯一存在する丸い窓。綺麗な地球を映すそれを、部屋の主――ガーランドが叩いた。


「くそッ!! あの野郎!! ただじゃおかねぇ!!」


 気炎を吐きながら、何度も何度も窓を叩く。


 現在、イチヤによってPKされたガーランドは、四つのデスペナルティを受けた状態になっている。

 その四つとは、経験値の喪失、所持金の喪失、アイテムの喪失、そして地上への転移禁止。

 ガーランドは地上と自分を隔てるように存在する窓を睨みつけながら、イチヤへの暴言を延々と吐き出し続ける。


 デスペナルティはtr.Act使用時、通常よりも重いものとなる。先ほど挙げた四つのデスペナルティが、倍ほどにまで大きくなるのだ。


 しかしそれはあくまでも、システムによって定められたものに過ぎない。


「クソがぁあああああッ!! あああああああああッ!!」


 tr.Actは多かれ少なかれ、それぞれの抱く『願い』や『思い』を形にしたスキルである。その性質上、必然的にシステムによって規定されない五つ目(・・・)のデスペナルティが発生する。


 明文化されていないこのペナルティは、とりわけtr.Act同士の戦いに負けた時に発生しやすい。それはプレイヤーが本気で臨めば臨むほど、そして掲げた『強さ』への思い入れが強ければ強いほど、重たいものとなる。


「クソが……ッ。くそっ、くそっ、くそっ…………!」


 ガーランドが力なく壁を叩き、そのままずるずるとへたり込む。


 そのペナルティとは、『実感すること』。


 敗北という動かぬ事実をもって、自分の『思い』よりも相手の『思い』の方が上であると、まざまざと突きつけられること。

 このペナルティは殊の外重い。特に精神が未熟であったりすると尚更だ。


 事実、壁にすがりつくようにしてうなだれるガーランドの目にも、光るものがある。



「……俺はアイツの身内を二人殺した。でも俺はアイツに一回しかPKされていない。差し引きで俺の勝ちだ! ざまぁみろ!」


 ガーランドが叫ぶ。

 自分でも滅茶苦茶を言っている自覚はあるが、そうでも思わないとやっていけそうになかった。


 その時、ガーランド宛にフレンド申請が届いた。差出人はなんとイチヤだ。

 ガーランドの顔が歪む。


「……俺とも仲良してやろうって心の広い奴アピールか? 反吐が出る。このクソ偽善者が」


 とことん気に食わない。当然の如く『NO』をタップする。


 そしてそこで思い出す。フレンド登録されると、フレンドリストにログインしてるかどうかと、地上での大まかな居場所がお互いに表示されることに。

 もしかしてイチヤがフレンド登録を求めてきたのは、友好の印などではなく……。


「…………っ」


エンプティー・ガーランド。本名を若宮(わかみや)(そら)という十四歳の少年は、血の気が引く思いを感じた。

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