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第一話 これが最新のゲーム機か

 仮想(バーチャル)現実(リアリティ)、通称VR。

 人工的に作られた実体を持たない世界を、現実のものとして知覚させる技術。


 人間の五感、つまり視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚を擬似的に再現することで、実際には存在しない世界を文字通り全身で感じ取ることが出来るという技術だ。


 軍事・医療・産業・教育、更にはスポーツや芸術。様々な分野で幅広く活用されるこの技術であるが、大衆にとって最も馴染みのあるものと言えば、やはり娯楽の分野――VRゲームであるだろう。


 『ゲームの中に入り込み、その世界を肌で感じながら遊ぶ』。かつて多くのゲームファンが焦がれてやまなかった夢。

 VR技術の完成によってその夢が現実となってから、今年で二十年が経過する。


 その間には多くの技術革新が起きた。

 そのため今は黎明期とは比べものにならないほどゲーム(ソフトウェア)のクオリティは上がり、機械(ハードウェア)の値段は手頃なものになった。


 しかしそれはあくまでも『昔に比べたら』の話であって、VR用ゲーム機――通称『ギア』は、そこまで気軽に買えるようなものでもない。高校生の小遣い程度では中古品が精一杯だろうし、ハイエンドな最新モデルとなると大人でも二の足を踏む値段になる。

 そんな高価な機械が、今はまだ高校生である柳木(やなぎ)誠一(せいいち)の目の前にあった。



「……」


 誠一は堅い表情でそれを見下ろしている。


 洒落たデザインの箱には、ご丁寧な事に『高機能!!』『NEW!!』と書かれたシールまで張られている。


「………………」


 ニコニコと微笑む両親をチラリと見る。誠一は思わず出そうになった溜息をこらえると、いつもの真面目くさった態度で口を開いた。


「……父さん、母さん、これは?」

「プレゼントだよ誠一。大学合格おめでとう!」

「お父さんもお母さんも、誠ちゃんがお勉強頑張ってたの知ってるからね。これはそのご褒美」


 やはりか。


 誠一が眉をひそめる。

 ただでさえ堅苦しい顔が更に堅くなる。しかしそんな誠一とは対照的に、両親は笑みを崩さない。




 柳木誠一は高校生である。

 先ほど両親が言ったように、先日厳しい受験戦争を無事勝ち抜くことができたため、来月からは晴れて大学生となる。


 誠一は最近まで机にかじりつくように受験勉強をしていたし、それ以前も弟妹(きょうだい)の世話や家事に結構な時間を取られていた。そのため長い間娯楽というものに触れていない。

 最後にゲームで遊んだのがいつだったかなんて、本人にすら分からない状態だ。


 そんな誠一の状況を、両親も気に掛けていたのだろう。

 しかし誠一の顔は晴れない。


「……ありがとう。でもこれは……」


 口ごもる。

 両親の心遣いはとてもありがたい。最新のゲームにだって興味はある。

 それでも、この贈り物を素直に喜ぶことはできなかった。



 誠一には二つ年下の弟と、三つ年下の妹が居る。どちらも少し特別な事情を抱えているため、手が掛かればお金も掛かる。


 二人の将来を思うと、自分に家のお金を使わせるわけにはいかない。

 だからこそ、実家から通える地元の国立大学を志した。


 誠一にとっての不幸は、そうして選んだ所が日本有数の難関大学であったことだ。だから必死に勉強する他なかったわけだが、結果そのご褒美として高額の出費をさせることになってしまった。


 ……これは本末転倒というものではないだろうか。


 頭を悩ませる誠一に、両親が諭すように声をかける。


「考えすぎだぞ、誠一。言っておくがうちにだって子供にゲームを買ってやるくらいの蓄えはあるんだぞ?」

「そうよ、誠ちゃん。お父さんの甲斐性だって捨てたものじゃないんだから」


 それでも渋る誠一に父親が言い聞かせる。


「いいから受け取れ! 今までずっと頑張ってきたんだから、こんな時くらいは羽を伸ばしてもいいじゃないか?」

「……」

「大丈夫よ、(せい)ちゃん。あの子達の事も最近ようやく落ち着いたし、これからは誠ちゃんも楽になるから」

「……分かった。なら、そうさせてもらうよ」


 目の前の箱を、丁寧に受け取る。


「二人ともありがとう。大事に使わせてもらうよ」


 突然の事で少し面食らってしまったが、これは両親が自分を喜ばせようと用意してくれた物だ。突き返すなどできるはずもない。ありがたく貰って、大事に使うのが一番だろう。


 誠一は受け取ったゲーム機を手に、二階にある自分の部屋へと戻っていった。



 父親と母親はそれを見送った後、二人揃って息をついた。


「ふぅー、やれやれ。我が息子ながら面倒くさい奴め、何とか受け取ってくれたか」

「誠ちゃんはちょっと真面目すぎるからねぇ……」

「このままだといつかパンクしまうんじゃないか、あいつ? プレゼントしたゲームが、良いガス抜きになってくれるといいんだがなぁ」


 ふう。二人はもう一度息をついた。




 そんな両親の心配をよそに、自室に戻った誠一は初めて触るVRギアに戸惑っていた。


「…………これが最新のゲーム機か」


 箱を開け、おそるおそる機械を手に取る。


 最新式のVRギアは眼鏡の様な形をしていた。一見かなり肉厚な印象を受けるが、実は五感全てに対応したギアとしては非常にコンパクトな部類に入る。


 そのまま取扱説明書をパラパラとめくって初期設定手順を斜め読みする。

 想像していたより面倒で工程が多い。


「バイタルチェックに脳波検査? へぇ、そんなことまでするのか」


 とはいえ、ここ二年ほどは勉強のために一切の娯楽を絶っていた誠一である。煩わしい初期設定でさえ新鮮な気持ちで楽しむことができた。



 細かい工程も全て完了した後、ギアを装着する。

 意外にも軽く、付け心地も良い。これなら数時間装着し続けても大丈夫だろう。


 グラス越しに自分の部屋を眺める。

 ギアはAR(拡張現実)機器としても使用できるらしく、見慣れた部屋にはいくつかのアイコンがふわふわと漂っている。


「すごいな、まるで本当にそこにあるみたいだ」


 漂うアイコンのうちの一つ。『ゲームストア』と書かれたものに手を伸ばし、指先でつつくように触れる。ぷるんとした感触が返ってくることに驚いているうちに、目の前にウィンドウが出現する。ゲームはここで購入するようになっているらしい。


 電子マネーは既に十分な額がチャージされてあった。改めて両親に感謝しつつ、たくさん並んだタイトルの中から面白そうなものを探し始める。


「……? 『スキルツリー』? 『二次職』? 『シンボルエンカウント』? ……なんだそれは……」


 しかしゲームの詳細を見てもサッパリ理解できない。

 ゲーム用語らしきものが多すぎる。意味を推測することすら難しい。


 ならばせめて最新のものを選ぼうと、発売日の新しい順にソートし直す。


 その時、軽快な電子音と共に、新たなタイトルがリストの一番上に出現した。どうやらタイミング良く、たった今リリースされたらしい。


 しかも多くのゲームが五千円から八千円ほどの値段で並んでいる中、そのゲームの値段はなんと(ゼロ)円。何かのミスだろうかと思って詳細を見てみるが、ちゃんと大きな字で『基本プレイ無料』と明記されてある。


「ほう、無料とはずいぶん太っ腹だな。こんなゲームもあるのか」


 説明文は相変わらずよく分からないが、添付されている画像をみる限りはクオリティが低いということもなさそうだ。


「よし」


 しかし誠一はまだ知らない。慣れた者ならば必ず警戒心を抱く、『基本プレイ無料』という煽り文句の危険性を。


「決まりだな」


 そして誠一は迷うことなく、そのゲーム――『アトラクタ・バーサス』のダウンロードボタンに手を伸ばした。




 基本プレイ無料の新作VRMMO、『アトラクタ・バーサス』。

 新興企業の処女作として製作された、スキル制アクションゲームである。


 ゲームの舞台は現代の日本。現実の街並みを忠実に再現した世界をフィールドとしたゲームである。

 二ヶ月ほど前にプロモーションビデオが公開されたのだが、これがかなり気合いの入った作りだということでSNSを中心に話題になった。


 まず人を惹きつけたのが爽快なアクション性。このゲームでは、普段の生活でよく見知った街の中を、アメリカンヒーローさながらの動きで飛び回りながら戦うことが出来る。現実ではあり得ない身体能力やスキルで、いつもの街の中を大暴れできるのだ。このコンセプトが普段ゲームをやらない人にまで受けた。


 さらに、実際の街並みがゲーム内で完璧に再現されているということでも注目を浴びた。開発元の企業は公式に、『都心だけでなく、日本中のあらゆる場所を動画と同じクオリティで再現した』と発表している。このことから、旅行や観光を目的とした遊び方を考えている人までいるという。



 そして何よりも話題を呼んだのは、『アトラクタ・バーサス』最大の売りとしてPRされた、『ユニークスキル』である。



 ゲーム内で唯一自分しか使うことのできない、特別なスキル。今までは創作作品の主人公くらいしか手に入れることが出来なかったこのユニークスキルが、ゲームを進めれば必ず入手できる。ロマン溢れるこの要素はゲームファンのみならず、アニメや漫画、ライトノベルのファンといった若年層の心を鷲掴みにした。



 そのため、今日という配信日を待ち望んでいた人は大勢いた。


 ダウンロード回線は当然のように込み入っており、通常一分もあれば終わったであろうダウンロードには十分以上の時間が掛かった。しかしこれでもかなり早い方だ。ギアの性能が低ければもっと時間が掛かるし、中にはダウンロードのやり直しを余儀なくされる人もいた。


 ダウンロードを進める間、トイレや水分補給等を済ませる。すべての準備を終えた誠一がベッドに寝転がると同時に、ダウンロード完了を告げる電子音が鳴る。


「よし。せっかくのゲームだ。楽しもう」


 新しく現れたアイコンに手を伸ばす。

 ゲームの起動と同時に、誠一の意識は吸い込まれるように暗転した。

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