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第十八話 楽に死ねると思うな

 ドリーの体がさらさらと崩れていく。それを一瞥した後、イチヤは鋭い目で辺りを見回した。


 なんとかドリーは倒せたが、かなり時間をくってしまった。ガーランドと戦っているはずのツバメが心配だ。

 ツバメはまだtr.Actを手に入れていない。一対一ではガーランドには決して勝てないだろう。

 ガーランドの能力を考えると、既に倒されていても不思議ではない。というか、本来はそう考えるのが自然だ。しかし、それはさすがに希望的(・・・)観測が過ぎるだろう。想定しておくべき最悪のパターンとしては――。


 そこで遠くから足音が響いた。

 足音は一人分だが、きっとツバメだ。


 戦っているうちに随分距離が開いてしまったらしい。音のした方へと全速力で向かう。

 現在のイチヤのヒット数は五四回。強化倍率は一二九三%。既にだいぶステータスが上がっている。しかしジンのようにステータスに振り回されることも、ダイゴのようにtr.Actの制御に困ることもない。


 おそらくはそれも『積み重ねる』能力の一端だ。

 少しずつ地道につけた力は、無理なく十全に扱えるということなのだろう。そう考えるとしっくりくる。



 そして先ほど音のした辺りに到着する。大きく引き上げられたステータスをもってすれば数秒もかからない程度の距離であった。

 しかし、間に合わなかった。


「ヒャーハハハー!!」

「……くそッ!」


 大きく笑うガーランドに顔をしかめる。想定していた最悪のパターンであった。

 再び湧き上がる怒りを堪えつつ、ガーランドに影から殴りかかる。ガーランドはまだイチヤに気がついていない様子だ。


 捉えた。

 そう思った瞬間、ガーランドの姿が掻き消えた。


「くっ……!」


 攻撃が空ぶり、体勢が崩れる。


「ああっ!? なんだぁ!? ドリーの野郎やられやがったのかぁ!?」


 ガーランドがイチヤを睨みつけながら叫ぶ。

 イチヤはそれを真正面から睨み返しながら体勢を低くした。そして静かに背中側に向けて声をかけた。


「ツバメ、もう大丈夫だからな」

「うえぇっ、イ、イチ……っ」


 涙に濡れた声が返ってくる。後ろで座り込んでいるツバメをチラリと見ると、HPも僅かしか残っていない。しかし何とか逃げ延びたという感じでもない。遊ばれていたのだ。

 くそっ、恐れていた最悪が起こってしまった。


 ツバメまで傷つけられることになってしまった。

 ミサキの話から分かっていたが、ガーランドは甚振ってからPKをする。性根がねじ曲がっているのだ。予想はしていたが、やはりツバメにも口汚い言葉を浴びせかけたらしい。

 ツバメまでミサキのように泣いてしまったではないか。ああ、最悪だ。


 ふつふつと怒りが再燃してくるのを感じる。

 泣いている子どもを見ると、昔の弟と妹を思い出す。ツバメが何歳かは分からないが、言動の幼さからおそらく小中学生だろう。弟たちよりもさらに子どもだ。


 それを泣かせるなど、許せるものではない。


「もう泣くな。兄さ……俺が仇をとってやるから」

「ご、ごぇ、なさ……っ。わたし足、引っ張……」

「いい。大丈夫だ。あとは任せろ」


 ただPKされるだけならばまだ良かった。一度PK()した後にもう一度PKする(殺す)だけで済むのだから。

 しかしコイツはミサキのみならず、自分の三人目のフレンドであるツバメまで泣かせてしまった。


「ガーランド、だったな。……楽に死ねると思うな」

「ケッ! 雑魚が粋がるなッ!!」


 突然目の前にガーランドが現われる。それも武器を振りあげた状態で。

 それでも今のステータスだったら避けれるかもしれない。だが、避けない。


「イチヤしゃ、危な……っ!」


 ツバメが悲鳴を上げるのと同時に、振り下ろされた鈍器が額を打つ。ドリーとの戦闘で半分以上減ったHPが更に減る。しかし微減だ。やはりこいつは攻撃力が低い。tr.Actが強力で使いやすい代償だろう。


「……ふッ!!」


 そのまま思い切り腕を振りあげ、力ずくで武器を弾き飛ばす。


「うおおおッ!? なんだぁこの力は!?」


 ガーランドが上体ごと武器をかち上げられ、大きくバランスを崩す。その隙を突こうとするが、脈絡もなく消え失せる。


 『時間を止める』tr.Actか、猪口才な。


 一合交わせたことで、イチヤの視界に相手の名前とHPを示すバーが表示される。それによると、どうやら『ガーランド』というのは名前の一部であったらしい。


「『エンプティー・ガーランド』か。……覚えたぞ」

「だから何だっつーの!」


 再びガーランドが現われる。場所はツバメの背後。ニタニタと底意地の悪い笑みを浮かべて、HPの少ないツバメに武器を振り下ろす。


「そう来ると思った。【タンブル・スイッチ】」


 スキルを使用してツバメとの位置を入れ替える。

 【タンブル・スイッチ】には使用者が勢い良く床を転がるというデメリットがあるが、今はそれも好都合だ。地面を転がることでガーランドの攻撃が空ぶる。


 素早く立ち上がって拳を構えるが、またもや逃げられる。本当に厄介な能力だ。


 しかし、今度は出現したところを目の端で捉えた。間髪入れずに追撃に移る。


「ツバメ、離れていろ!」

「あ゛あっ! うぜぇ!!」


 イチヤの攻撃はまた空振りになる。神出鬼没のガーランドを捉えることができない。だがそれでもいい。

 すぐにキョロキョロと首を振ってガーランドを探す。


 単純作業は嫌いではない。何度でも繰り返してやろう。前に進む。近づいて殴る。自分にできることはそれだけなのだから。



 ツバメの方にも気を払いつつ、現れては消えるガーランドをひたすらに追いすがる。反撃をいくつも受け、HPゲージが徐々に短くなる。こちらの攻撃はかすりもしていないため、イチヤの攻撃カウントは増えない。ツバメも涙を拭って弓を構えるが、(フレンドリー)(ファイア)を気にして手が出せない。


 だというのに、徐々にガ-ランドの表情が険しくなる。


「……どうした、ガーランド。移動距離が減っているぞ」

「……ッ」


 ガーランドが現れる場所が段々と近づいてきている。それに何か時間を稼ぐような動きが多くなってきた。


 ようやく弱点らしきものを発見した。

 おそらくガーランドのtr.Actは、時間が動いている状態で専用のゲージか何かを溜め、それを消費して時間を止めるような能力なのだ。間を置かないラッシュのせいで、そのゲージが尽きてきたのだろう。


 しかしこちらにも決定打がない。視界の外に逃げられると、どうしても少しの間見失ってしまう。相手に猶予を与えてしまう。


 せめて、ガーランドの逃げる方向さえ限定できたら――。


「……ん?」


 そこでイチヤに一つのアイデアが生じる。

 逃げる方向を限定……できるかもしれない。確実ではないが、試してみる価値はある。

 イチヤがガーランドを追いかける足を止めた。


「よ、ようやく諦めやがったか……」


 ガーランドの呟きを無視し、真下を向いて握り拳を高く振り上げる。


「おい……何をしようってんだ?」

「イチヤさん? ――まさか」



 そのまま全体重を乗せるようにして、拳を床に叩きつける。

 ダイゴが大穴(・・)を空け、ひどい()の入った床に。


 大きく上がったステータスで打ち下ろされた拳は、強度の下がった床を容易く打ち砕いた。その衝撃が広範囲へ伝わる。要石(かなめいし)を失ったアーチのように、辺りが一斉に崩落を始めた。

 

「うおおおおおっ!?」

「きゃぁああああ!!」


 ツバメもイチヤもガーランドも、さっきまで床であった大量の瓦礫と共に宙に放り出される。


 ツバメまで巻き込むつもりはなかったが、まぁいい。


 大きな瓦礫を蹴り飛ばすようにして空中を移動する。そして慌てふためくツバメを冷静にキャッチする。イチヤはそのまま襟首を掴んで瓦礫の降る範囲を抜け出し、大きな柱に足をつけた。

 【ウォール・ラン】が発動する。


「ぐええ! イチヤさん! 苦し……」

「ガーランドは……いた。あそこか」


 やはり上からの俯瞰だとガーランドがよく見える。落ちる塊の上を瞬間的に移動しながら、必死に下へ下へと向かっている。そして床に着地した瞬間、這うように走って落ちてくる瓦礫を避ける。もう時間を止められないらしい。


 チャンスだ。

 全速力で柱を駆け下り、床に着くと同時にツバメを放り投げる。


「すまんツバメ!」

「え!? わぁっ!」


 そのまま真っ直ぐにガーランドへと迫る。




「ハァ、ハァ、あのイカレ野郎……、何てことしやがる……」


 ガーランドは残していた余力を全て消費し、文字通り這々の体で死地を切り抜けて安堵していた。

 大きな瓦礫は粗方落ち切った。もう潰される心配はない。もうもうと立ち込める土埃を見つめる。

 その向こうから、ぬっと腕が伸びてきた。



「ぐぇっ……!」


 その手がガーランドの首をがっちりと掴んで持ち上げる。


「な、何しやがるッ……!」


 少しずつ土埃が晴れていき、鋭い目をしたイカレ野郎――イチヤの姿がはっきりしだす。


「ようやく捕まえた。これでもう逃げられないな」


 左手だけでガーランドを持ち上げているイチヤが小さくつぶやき、右の拳を握り締めた。


「……ッ!」


 その拳が脇腹めがけて振るわれた瞬間、ガーランドはほんの僅かだけ回復したゲージを消費して時間を止めた。


「クソッ…!!」


 停止した世界でイチヤから逃れようともがく。しかしガーランドの首には指が深く食い込んでおり、どれだけ暴れても逃げられない。それどころか首がギリギリと締め付けられてHPが減っていく。

 時間を止めてもステータスは変わらない。今はPOW(筋力)で大きく劣るガーランドには、何もすることができない。首を掴む左手はビクともしないし、迫りくる右手を逸らすことも叶わない。


「クッソォ……!」


 今できる唯一のことは、防御体制に入ることだけ。


 時間が動き出す。

 拳が素直な軌道で飛んでくる。防御を固めたところで完璧に受ける。しかしそれでも、ガードを貫通してダメージが入った。


「ぐっ……!」


 イチヤが再び拳を引く。その冷たい目を睨み返しながらガーランドが叫ぶ。


「クソが!! 何なんだよお前は!!」

「……ああ、そうか。そういえばまだ言っていなかったか」


 開きっぱなしだったウィンドウに手を伸ばし、通話をオープンにする。

 実はずっと裏でギャーギャーとうるさかったミサキの声が、ようやくガーランドにも届くようになる。


『やーいバーカバーカ! やっちゃえいち兄! ボッコボコだぁ!』

「ミサキ。お前の声を向こうにも聞こえるようにしたぞ」

「その声……、さっきぶっ殺した初心者プレイヤーか……! てめぇ敵討ちのつもりだったのか……!」


 ガーランドが苦しげに呻く。


「ミサキ、もうPKする(殺す)から、言いたいことがあるなら今のうちに言っておけ」

『うん!! やい(しょ)り! 思い知ったか! 私の兄さん達はなー、お前なんかより強いんだぞぉ!! 凄いんだぞー!! バカぁー!!』


 ミサキが思い切り叫ぶ。あの時言えなかったセリフ、どうしても叩きつけてやりたかったセリフだ。胸の支えが取れ、溜飲が下がる。


 立場が逆転して言いたい放題言われる側へと成り下がってしまったガーランドは、ギリリと奥歯を噛み締めた。そしてイチヤを睨んでがなり立てる。


「……ッ、ふざけんな! PKはシステムで許されてる行為だ!! てめぇらに断罪される謂れはねぇ!! 俺が誰をPKしようが俺の自由だろうが!!」

「ああ、その通りだ。そして同じように、俺にもお前をPKする(殺す)自由がある」


 ガーランドが悔しげに顔を歪める。


「くだらねぇ……くっだらねぇ! PKプレイヤー(俺たち)をぶっ殺して……正義の味方ごっこか……!? お前のやってることも変わらねぇだろうが!!」

「正義? 違うな。やられたからやり返す。それだけだ」


 ガーランドは尚もわめき散らす。

 しかしこれは要するに、イチヤに負けた腹いせに八つ当たりをしているに過ぎない。


「気持ちわりいんだよ!! お前みたいな奴のことをなァ、『独善』っていうんだよ!」

「そうか」


 それだけ言って拳を叩き込む。

 ガーランドのHPががくんと減って(ゼロ)になり、その体が崩れ落ち始める。それを確認したイチヤが、首を掴んでいた手をそっと離した。ガーランドが地面に投げ下ろされる。



「ならばこちらも一つ教えてやろう。お前のような奴をなんと言うか」


 ガーランドは尻餅をついたような格好でイチヤを睨みつけた。

 それを見下ろしながら告げる。


「『敗者』だ」


 直後、ガーランドのアバターが完全に崩れ去った。

 その一瞬の間にガーランドにできたのは、強く歯を食いしばることだけであった。

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