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第十七話 【天に届く一片】

「tr.Act、【天に届く一片】」


 イチヤがtr.Actスキルを使用し、辺りが一瞬の静寂に包まれる。二人の敵が警戒した様子で身構える。しかし何も起こることはなかった。


「……あ?」


 ガーランドが怪訝そうに呟く。それと同時にイチヤが走り出す。しかしその速度も遅く、tr.Act使用前と何一つ変わるところがない。


「……なんだそりゃ?」


 ガーランドはこれまでに八つのtr.Actスキルを見ている。自分、五人のPK仲間、そして先ほど見たダイゴとジンのtr.Act。いずれも使用した瞬間に爆発的な強さを得るスキルである。しかしイチヤのtr.Actはそれらとは明らかに違う。使用の前後で何も変わっていない。


 そのためガーランドは、tr.Act発動はイチヤのハッタリであると判断した。


「はぁ、くだらねぇ……」

「イチヤさんっ! 援護します!」


 ツバメが矢を放った瞬間、ガーランドが消えた。

 それに気づく間もなく、ツバメの目の前に現れる。まさに一瞬だ。『時間を止める』能力というのも嘘ではないらしい。

 その左手は矢を握っていた。先ほどガーランドに向けて放たれたものだ。止まった時間の中で自由に動けるというアピールのつもりなのだろう。ガーランドはその矢をこれ見よがしに折りながら、吐き捨てるように呟いた。


「馬鹿が、そんなもんが当たるかよ」


 矢を投げ捨て、ゆっくりと武器を振り上げる。


「ツバメ!!」

「お前の相手は俺なんだよぉ!!」


 ツバメに駆け寄ろうとしたところをドリーに阻まれる。


「そこをどけ……!」

「へへ、やだね! こっからはこっちも本気でいかせてもらうぜ!」


 分身を含めた九人全員が、同時に鞘から曲刀を引き抜いた。こちらを合流させないつもりらしい。ならば一刻も早くコイツを倒さなければ。

 イチヤは最も近くにいる一体に狙いを定め、真直ぐに走り出した。


 イチヤに向かって曲刀が振り下ろされる。それを手甲で弾き、懐に潜り込む。そのまま間髪入れずに思い切り殴りつける。


「……」


 殴られた相手の反応が薄い。おそらくは分身の方だったのだろう。

 分身とは言え、これで間合いの内側に入り込んだ。ゴリラに比べればよほどやりやすい。このまま敵に張り付き、他の連中が斬りかかってくる前にできるだけ――。


「……ん?」


 その瞬間、視界の隅に文字が表示されていることに気がつく。


 『全ステータス強化:(プラス)五%』。


 イチヤのtr.Actだ。

 攻撃時に効果を発揮するタイプのスキルである【天に届く一片】が、今発動したのだ。その効果は単純明快。ステータスを引き上げること。


 もう一度敵の武器を弾き、そのまま二発三発と殴りつける。AGI(敏捷性)POW(筋力)も強化されているはずだが、五%程度の違いは体感では分からない。


「調子に乗るなッ!!」


 近くの分身体がイチヤの背中目掛けて曲刀を振るう。


「チッ……!」


 それを横に跳んで回避する。ゴリラ戦で身につけた回避テクニックだ。せっかく詰めた間合いが振り出しに戻る。

 そこでチラリと視界の隅を確認すると、tr.Actの強化倍率が変わっていた。


 『全ステータス強化:+ 十五%(三ヒット)』。


「ほう」


 どうやら以前立てた二つの予想のうち、前者の方が正解だったようだ。攻撃の度に五%ずつステータスが上がるスキル。それがこのtr.Actの正体らしい。


 となれば、攻撃を重ねてパーセンテージを稼ぐのが上策だろう。

 もう一度ドリーに向かって走る。しかし相手は見た目ほど頭が悪いわけではなかったらしく、分身を一箇所に固めはじめた。


「どーせ各個撃破しよーってハラなんだろ!? させっかよ!」


 これで厳しい状況になってしまった。うかつに飛び込んだら集団リンチを受けるような形になりかねない。

 しかし、もちろんイチヤに作戦の変更などない。

 襲い来る曲刀を弾き、潜り、時に身に受けながらも突撃をする。そして囲まれそうになれば脱兎のごとく距離をあける。



 それを何度か繰り返した頃、異変に気がついた。tr.Actの強化倍率の表記がおかしいのだ。

 今は『全ステータス強化:+ 六二%(十ヒット)』と表示されている。


 計算が合っていない。五%強化が十回ということなら、プラス五十%になっていなければおかしい。

 どういうことだ。


「もうヘバったのかぁ!? あぁ!?」

 

 イチヤが動きを止めたのを勝機と捉えたのか、ドリーが分身を引き連れて飛び出してくる。

 ガードを固め、初めの頃よりも軽く感じるようになってきた敵の攻撃を受け止める。再び距離をあけるついでに、手近な奴を一発殴る。


 強化倍率が上がった。『+ 七一%(十一ヒット)』。

 ……やはりおかしい。先ほどのパーセンテージから九も数値が上がっている。


 いや、それはひとまず後まわしにしよう。今気にするべきは目の前の敵だ。

 敵のtr.Actについては分かってきたことは多い。ドリーは分身をうまく制御できてはいないらしい。ある程度は操れるようだが、それでも基本的には勝手に動くのだろう。一体一体がバラバラに動いて連携も何もない。

 それと分身は本体と全く同じ外見で喋る奴もランダムだが、見分けること自体は容易だ。九人の中で一人だけ動きの質が違うのだ。動作のテンポが違うというか人間くさいというか、平たく言えば動きが悪いのだ。おそらくそれが本体だろう。


「……」


 ステータスは確かにジワジワと上がっていっているが、この調子で全部の分身とまともに戦っていてはHPがもたない。長期戦は分が悪いだろう。ツバメも心配だ。


 そこで、狙いを本体のみに絞ることにする。


「うおおっ!? なぜ俺が本体だと!?」


 突撃を受けたドリーが焦り、逃げながら分身体をけしかける。

 あの焦りよう、やはり本体狙いで正解だったようだ。加えて分身はドリーに操られている時は動きが鈍くなるらしく、攻撃の手が緩んでいる。今がチャンスだ。


 手甲という武器の特徴である高回転の攻撃をフルに活用して追いすがる。敵集団に囲まれるような形になってしまうが、この際受けるダメージは無視だ。本体に攻撃できればそれでいい。

 手当たり次第に攻撃しながら追いすがる。イチヤの拳が敵を乱暴に押し退ける。拳が当たる度に、よろけた敵同士が衝突する度に、イチヤのtr.Actのカウントが増えていく。



 そうして分身の中を力ずくで突破し、本体であるドリーに肉薄する。


「ぐおおぉっ!?」

「……ッ!!」


 二発、三発、四発。イチヤの拳が幾度もドリーを捉える。しかし分身体の攻撃もイチヤを捉えている。

 ここで終わらせる。その意気込みでラッシュを叩き込むが、長くは続かなかった。数体の分身に横っ腹を強かに叩かれ、弾き飛ばされてしまう。


「いい加減に、しやがれっ!!」

「ぐっ……!」


 再び距離があいてしまう。その隙にドリーが分身体を自分の前に並べる。本体の守りが堅くなってしまった。

 本体狙いは思った以上に有効であった。ドリーのHPは半分ほどになっている。しかしその代償として、こちらもかなり攻撃を受けてしまった。だいぶHPが減って――いない。


 いや、減っていることは減っているのだが、思っていたほどの痛手ではないのだ。


「まさか……」


 呟いて、強化倍率の表示に目をやる。

 ヒット数は四十五回。そして強化倍率は約八〇〇%。


 やはり上がり幅が大きい気がする。tr.Actの説明では確かに五%と――。



「――そうか、そういうことか」


 そこでイチヤも気がついた。その『五%』の意味に。


 攻撃時に強化されるのは、『元のステータスの五%』ではなく『今のステータスの五%』。

 元々のステータスが一〇〇だったとして、一度攻撃すれば一〇五に強化される。そしてもう一度攻撃すると、今度は一〇五(・・・)の五%分が強化されることになる。


 するとステータスは一一〇・二五になる。このゲームでは小数点以下は切り捨てて表示されるが、実際は内部できちんと反映されている。上昇した数値は五から五・二五に増えたことになる。そしてその数値は、ステータス強化を繰り返すごとに、徐々に膨れ上がっていく。

 

 僅かな数値を累積し、少しずつ、少しずつ『五%』が肥大していく。【天に届く一片】は正しく、『積み重ねる』スキルであった。



「……」


 しかしこの時ドリーもまた同じように、自らのtr.Actの弱みと強みを掴み始めていた。


 tr.Actには使ってみなければ分からない、細かい仕様や条件というものが多々存在する。いや、これはtr.Act以外の一般スキルもそうなのだが、tr.Actはそれが顕著なのだ。

 そのため、tr.Actの詳細については実践の中で学んでいくことになる。


 

 ドリーのtr.Act、分身能力【八熱分け御霊】。使うのはまだ二回目である。そのためドリーにもよく分からない部分は多かったが、イチヤとの戦闘を通じてどのように使えば効果的なのかが段々と分かってきていた。


「へへへっ、いくぞオラァ!!」


 ドリーが分身に前を固めて突っ込んでくる。

 イチヤがそれを正面から迎え撃つ。ステータスの強化は既に十分にあり、狙うべきところも分かった。また分身を無理矢理掻き分けて。本体のみを攻撃してやろうと身構える。


「ヒャッハー!」

「ぐっ……!」


 ガードを固めて分身の攻撃を受ける。間合いは敵の方が勝るため、どうしてもイチヤは受けることから入らなくてはならない。そしてその後は力技だ。

 上がったステータスにモノを言わせ、無理矢理本体に向かって押し進む。そして拳を振り上げ、ドリー本体に撃ち込もうとしたその時。


「ハッ! かかったな!」


 ドリーが笑った。

 次の瞬間、ドリーの動きの質が変わる。人間味を感じさせない、機械的な動き。分身体の特徴である動きだ。

 同時に目の端で、一体の分身体がイチヤを囲む輪を離れていった。


 ――いや、あの洗練されていない無駄の多い動き。あれは分身体ではない。


「本体が入れ変わったのか……!」


 くそ、まんまと分身に囲まれてしまった。包囲を突破してまた本体を追うか? いや、同じように逃げられるだけだ。まずはこの分身をなんとかしなくては。


 正面から振り下ろされる曲刀を弾いて反撃を加えるが、その間に背後からの攻撃をくらってしまう。完全に四方を囲まれているため逃げ場もなく、攻撃を防ぎきることもできない。まずい状況だ。


「逃がすなよォ、俺の分身達! そこでキッチリやっちまえ!!」


 ドリーが叫ぶ。


 イチヤの強化倍率は現在約八〇〇%。全ステータスが約九倍になっている状態ではあるが、ダメージ計算式は単純なものではない。与ダメージが九倍になるわけでも、被ダメージが九分の一になるわけでもない。加えて、背後からの攻撃は普段よりも高いダメージのものとなる。

 しかし一概にイチヤが不利というわけでもない。分身体も密集しすぎて武器があまり振れないようであるらしいし、ステータスが大きく勝るイチヤの攻撃を受けると体勢が崩れる。



 そのため総合的に見ると、この八人の分身体とイチヤの正面切ってのぶつかり合いは全くの互角と言って差し支えなかった。


 しかし、tr.Actスキル【天に届く一片】は前進を止めないスキル。

 イチヤと互角に打ち合うということは、すなわち――。




 ――それより後はもう、二度と打ち合えないことを意味する。



「何だ、どうなってんだ!? コイツどんどん速く、強くなってやがる……!!」


 大きく弾き飛ばされ始めた分身を見ながらドリーが叫ぶ。

 ついさっきまで互角だったはずなのに、戦況が少しイチヤに傾いたかと思うと、あっという間に覆せないほどの差が生まれてしまった。


「ああっ! 俺の分身!」


 分身にはそれぞれにHPが設定されている。イチヤの攻撃を特に受けていた分身体のHPが尽きたらしく、消滅してしまう。イチヤを止めるものが少なくなり、攻撃の勢いが増す。立て続けに分身が倒されてゆく。


 そしてついに、最後の分身が地面に倒れ伏した。


「立ち上がれ! 俺の分身!」


 悲痛な表情でドリーが叫ぶ。

 新たに分身を作り出すこと自体は可能であるが、それには一体あたり十秒ほどの時間がかかってしまう。とてもそんな時間はない。


 イチヤとこちらを振り向き、視線が交錯する。ドリーがイチヤの目を見てしまう。


「ひぃ……っ!や、やめっ……!」


 半分以上残っていたドリーのHPは、一撃で消し飛ばされた。

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