第十六話 二対二です
「うわぁっ!! やべぇ奴が来た!」
「お、お前のせいだぞ、ガーランド! だから俺はやりすぎだって言ったんだ!!」
「チッ、慌てるんじゃねぇよ、みっともねぇ!! 敵は一人だぞ!」
突然殴られて動揺するプレイヤーを、ガーランドと呼ばれた棍棒のプレイヤーが一喝する。
「囲んじまえッ!」
ガーランドが号令をかける。
尻餅をついていたプレイヤーも急いで起き上がり、武器を取り出してイチヤを囲む。
「ハッ!! たった一人で勝てるとでも思ったか!?」
「……」
だんだんと調子を取り戻してきたらしいPKプレイヤー達を冷ややかな表情で見つめる。
理想的な展開だ。だいぶ注意を引き付けることができたし、相手はこちらが一人だと思っている。
自分を囲むプレイヤーの奥に目をやる。柱の裏から静かに手が出てきて、OKのサインを作る。
よし、条件は整っているみたいだ。
実は先ほど駅前でツバメが落ち着くのを待っている間に、ジンとダイゴから一枚ずつスキルカードを貰っている。二人が出世払いで返す、と言っていたものだ。
そのうちの一つ。任意発動スキルを発動させる。
「【タンブル・スイッチ】」
その瞬間、PKプレイヤー達が取り囲んでいたはずのイチヤの姿が消えた。
「なっ……!!」
その代わりに、別のプレイヤーが現れている。重厚な鎧と大きな盾。初日とは思えないほど装備の整っているプレイヤー。
「tr.Act!! 【土に根ざす鋼鉄】!!」
間をおかずそのプレイヤー、ダイゴがtr.Actを使用した。
ダイゴを中心に、高重力のフィールドが広がる。
「うおおっ!?」
「ぐあっ!!」
近くのPKプレイヤー達が地面に倒れ伏す。
「くそっ、入れ替わりやがった……!! 仲間がいたのか……!!」
ダイゴから距離を取りながら、ガーランドが忌々しげに呟いた。
【タンブル・スイッチ】は、最も近くにいるパーティメンバーと瞬間的に位置を入れ替えるスキルである。使用条件が少し厳しく設定されているものの、非常に有用なスキルだ。
アトラクタ・バーサスにはフレンドリーファイアのオン・オフ設定はない。攻撃が当たればパーティメンバーであろうが問答無用でダメージを受ける。それはtr.Actであろうと変わらない。ダイゴのスキル効果範囲内に入ってしまえば、パーティメンバーまで動けなくなってしまう。
しかし、このスキルならば敵陣の真ん中にダイゴを送り込むと同時に、tr.Actの効果範囲から逃れることができる。
ただしその代償としてスキル発動後、イチヤには大きな隙が生じてしまう。
「イチヤ君、こいつら戦い慣れてるぞ! 三人逃した!」
【タンブル・スイッチ】の効果でゴロゴロと床に投げ出されながら、ダイゴの声を聞く。
完璧に奇襲が決まったと思ったが、半分も逃げたのか。
「tr.Act! 【疾風一番槍】!!」
その時、ジンの声が響いた。
PKプレイヤーの一人が弾き飛ばされ、ダイゴのスキルに捉えられる。その瞬間、叩きつけられるように落下して地面に押し付けられる。
これで四人を拘束できた。
しかしその中にガーランドの姿はない。
「どこへ行った……?」
小さく呟いて辺りを見回す。
いた。ガーランドともう一人のPKプレイヤーが並んでこちらを睨んでいる。
「……tr.Act持ちが二人も……。クソが、やってくれたな」
苛立った様子でガーランドが呟く。
現在はゲームの配信開始から四時間ほど経っているが、tr.Actを手に入れているプレイヤーは意外と少ない。原因は主にゴリラ型ドゥーム。tr.Actが貰えるレベル八に到達するためには必ず越えなくてはならない敵であるが、ここで躓く者が多いのだ。
更に、後発組が狩場を占め始めたせいで、そのゴリラ型ドゥームもなかなか出現しなくなっている。
現段階でtr.Actを持っているということは、スタードダッシュに成功し、なおかつプレイヤースキルの高い者であることを意味する。
しかしそれは相手も同じ。
ガーランドが猛る。
「tr.Actを持ってんのが自分達だけだと思うなよ……! おい前ら!!」
敵は六人全員tr.Act持ちである。だからこそ他プレイヤーがtr.Actを持っていない今のうちにと、こうして大規模なPKを行っていたのだ。
「……! …………!!」
ダイゴの足元で蹲っていたプレイヤーが一人、何かを唱える。
直後、むくむくとそのプレイヤーの体が膨らんでいった。
「巨大化のtr.Actスキル……! させるか!!」
完全に大きくなる前に倒してしまおうと、ダイゴが足を踏み出す。
その瞬間、足元が砕け散った。
「ぬおぉおぉっ!?」
轟音とともにダイゴが悲鳴を上げる。
「ダイゴさん!」
細かい瓦礫や砂埃が舞い、イチヤの目からダイゴの姿を隠す。敵の攻撃だろうか。
しかしその煙幕はすぐに晴れた。
先ほどまでダイゴがいた場所には、大きな穴が開いている。拘束していた四人の姿も無い。
「床が抜けたのか……?」
現実では駅の地下には多くの店が並ぶフロアがあり、地下鉄も通っている。どうやらそれはゲーム内でもきっちり再現されていたようだ。
下が空洞になっている床の一箇所に、五十倍にもなった体重が五人分。さらに敵が巨大化したことで、ついに許容重量をオーバーしてしまったらしい。床には大きく穴が空き、その周辺にはヒビが走っている。
穴の下からダイゴの声が聞こえてくる。
「すまない、落下の衝撃で二人逃がした!!」
よかった、ひとまずダイゴは無事のようだ。
しかしパーティは分断されて、向こうは四対一。拘束も解かれたようだ。非常にまずい状況だ。
「誰か加勢に来てくれ!」
攻撃を受けているのだろうか。ダイゴの声は切羽詰っている様子だ。
イチヤがそれに応えようとしたとき、ジンが大きく声を上げた。
「オウ、今いくぞー!!」
「ジンさん」
「ってことだから、イチヤ」
ジンが高速で動き、イチヤの横に並ぶ。
そして槍を持ち上げて、ガーランドともう一人のPKプレイヤーを指し示す。
「アイツらは任せたぜ?」
そう言ってニッとイチヤに笑いかけた。
「……ええ、任されました」
満足そうにそれを聞くと、ジンは穴へと飛び込んでいった。
「いいのかぁー? お仲間が行っちまったぜぇ? お前もどうせtr.Act持ちなんだろうが、たった一人じゃ勝ち目はねぇぜ?」
優位に立って落ち着きを取り戻したらしいガーランドがニタニタと笑う。
よし、相手はこちらが一人だと思っている。隠れているツバメの存在に気がついていない。
ツバメはまだレベル六で、tr.Actを手に入れていない。正面を切って戦うのは難しいだろう。しかし奇襲ということなら安全かつ確実に攻撃ができる。うまく隙を突いて混乱させることができれば、敵を瓦解させられるかもしれない。
武器を構えもせず、ガーランドが勝ち誇る。
「ハッ、バカが!! お前も穴に飛び込むか逃げるかすりゃ良かったってのによぉ! 六対三と二対一じゃあまるで違うってこと知らねぇのか? 残念だったなぁ馬鹿野郎! 一人ぼっちのお前が俺らに勝てる可能性なんて、これっぽちも――」
「ありますっ!!」
大きなツバメの声が響く。
「あん?」
「……」
柱の影から、眉を吊り上げたツバメが出てくる。
そして肩を怒らせながらズンズンと歩き、イチヤの横に並ぶ。
「はい、残念でしたっ! これで二対二ですから!! 勝ち目ありますね! ふふんっ!」
そう言って胸を張る。
一瞬の沈黙の後、PKプレイヤー達は大笑いし始めた。
「ギャハハハハ!! コイツマジで馬鹿なんじゃねぇの!?」
「ハハッ、そのまま隠れてりゃあ不意打ちできたってのによぉ!!」
「……っ」
ツバメの耳がカッと赤く染まる。そしてイチヤの方へ振り向く。
まずい。口がへの字になっている。
「……――っ」
「大丈夫だ」
何か言われる前に、ポンと手を頭に乗せる。そして気を逸らすようにぐしゃぐしゃと頭を揺らす。
「謝らなくていい。分かってるから大丈夫だ。俺が馬鹿にされてたから、庇ってくれたんだろう?」
ツバメがこくりと頷く。よし、涙目になっているが泣いてはいない。間に合った。ギリギリセーフだ。
「よし、じゃあ行くぞ」
「……はいっ!」
涙を拭い、真剣な表情になったツバメが武器を喚び出す。その左手に大きな弓が現れると同時に、イチヤは敵に向かって走りだした。
ツバメが何も番えていない弦を引く。すると一瞬にして矢が出現した。
「えいっ!」
その矢が敵に向かって放たれる。
ガーランドは素早くもう一人の陰に隠れた。
「おい、ドリー!」
「分かってるっつーの! tr.Act、【八熱分け御魂】!」
ドリーと呼ばれたプレイヤーがしゃがみ込み、両手を床に当ててtr.Actを発動させる。
指の隙間から粘土細工のように床が伸び上がり、その形を変えていく。そしてドリーの前に、彼と全く同じ姿をした分身が八体現れた。
矢がその内の一体に刺さるが、ダメージは無いらしい。ドリーがニヤリと笑う。
その後ろで、ガーランドも低く笑った。
「ククク、せいぜい俺を楽しませろ! tr.Act!! 【箱庭の絶対王者】!!」
瞬間、その姿が消え失せた。
「……!」
足を止めて身構える。
「きゃっ!!」
「ツバメ!」
後ろから聞こえたツバメの悲鳴に、驚いて振り返る。
第二射を放とうとしていたツバメが、背後からガーランドに殴り飛ばされていた。
馬鹿な、後ろを取られただと? あんな一瞬で?
「ハハッ、これは挨拶代わりだ!!」
急いでツバメに駆け寄ろうとするが、再びガーランドの姿がかき消える。
早すぎる。ガーランドはジンのようなスピードタイプなのだろうか。いや、それにしては制御ができすぎている。目で追えない程の速度であそこまでピンポイントにツバメの後ろを取るなど、人間業ではない。だとしたら、【タンブル・スイッチ】のような瞬間移動系のスキルだろうか。
いずれにせよ、敵の動きが全く捉えられないことに変わりはない。
「よそ見してんじゃねぇ! お前の相手はこの俺だ!」
「くっ……!」
ドリーの分身たちの攻撃を咄嗟にガードする。
後ろで身を起こしているツバメのHPと自分のHPを、横目で素早く確認する。ガードを貫通するほどの攻撃ではなかったらしく、自分のHPは減っていない。背後からまともに攻撃を受けたツバメのHPも、思ったほど減っていない。
ガーランドもドリーも、そこまで攻撃力は高くない。しかし状況は圧倒的に不利。やはり、使うしかない。
「おいおい、最初の勢いはどうしたよ?」
ガーランドはいつの間にか三十メートル以上離れたところにあるベンチに腰を下ろしている。音もなく、移動の瞬間も見えなかった。やはり瞬間移動系スキルか。
ガーランドがベンチに大きくふんぞり返り、ニヤニヤと笑う。
「あぁ、弱すぎて退屈だ。楽勝すぎて面白くねぇ。よし、大サービスだ。俺のtr.Actスキルの効果を教えてやるよ!」
そう言って立ち上がり、こちらを向く。
「俺のtr.Actは『時間を止める』スキルだ! 全てが停止した世界で、俺だけが動ける最強のスキル! どうだ、俺様を倒す参考にはなったかよ!? ギャーハハハハ!!」
ガーランドが勝ち誇ったように笑う。
自分のtr.Actに、その『強さ』に、絶対の自信があるのだろう。
だが、それはこちらも同じ。
この『強さ』が、『思い』が、負けるなんてありえない。
そうだろう? 秀二、三咲。
そしてイチヤは拳を握り込み、ついにそのスキルを発動させた。
「tr.Act、【天に届く一片】」