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第十四話 弱いわけがない

「あの、私『ツバメ』って言います。イチヤさん、あの時はありがとうございました。それと……すみませんでした」


 少し経って落ち着いたツバメは、イチヤに向かって丁寧に頭を下げた。

 ちなみにイチヤ達の方はすでに自己紹介を終わらせている。


「あの時……?」

「私が怒られてたのを助けてくれた時です。私、その後お礼も言わずに……。すみませんでした」

「ああ、そのことか。大丈夫だ。謝るほどのことじゃない」


 肩を叩いて頭を上げさせる。


「そうそう! 気にすんなツバメちゃん!!」

「いや、お前は関係ないだろ」


 ダイゴがジンの頭をペシッと叩く。


「で、イチヤ! 手に入れたんだろ? 例のスキル! どんなだった!? もう試したか!?」


 ジンが矢継ぎ早に聞いてくる。


「手に入れはしましたが、詳細はまだ見ていません」

「そうなのか? じゃあ今見てみようぜ!」


 それはこっちとしても願ったりだ。

 ジンとダイゴが一緒に見てくれるのなら一安心だ。ゲーム知識が求められるような複雑な効果だったとしても噛み砕いて説明してくれるだろう。使い方の助言なんかも貰えるかもしれない。


「あの、tr.Act……ですよね? じゃ、じゃあ私向こう向いてますから!」


 ツバメが目を瞑り、耳を塞ぎながら明後日の方を向く。ツバメの中ではtr.Actスキルは『いざという時のために隠しておくスキル』という認識だ。

 そしてそれは正しい。確かに情報が漏れるとマイナスが大きいのだ。情報漏洩の可能性はなるべく排除した方がいい。


 しかし、イチヤは肩をつついてツバメを振り向かせた。


「別にいいさ。君が周りに言いふらすような人間だとは思っていない」

「えっ……! そ、そうですか……?」


 ツバメの口の端がニンマリと歪む。

 ツバメは感情が顔に出やすい。それはゲーム内でも変わらなかった。そして本人にその自覚はない。本人としてはストレートな褒め言葉をクールにサラッと流したつもりでいる。


 そしてイチヤが、自らのtr.Acの詳細説明画面蘭に手を伸ばす。


「……じゃあ、開きますよ」


 指が画面に触れ、その場にいる全員でウィンドウを覗き込む。

 目に飛び込んできたのは、非常にシンプルな効果のスキルであった。



・攻撃時、全ステータス五%アップ



「え……」


 思わずイチヤが声を漏らす。


 これだけ? なんか、弱く……ないだろうか。

 前に見せてもらったジンとダイゴのスキルに比べて、あまりにも酷いように感じる。二人のtr.ActはAGIや重力を五十倍にするという強さだったのに、自分のはたったの五%。強化の対象が全ステータスであるという点を差し引いたとしても、倍率が低すぎる。


 しかも二人は効果が二つあったのに、自分はこの一つしかない。


「……」


 いや、弱いとするのは早計か。このスキルは『積み重ねる強さ』を体現したもののはず。もしかしたら攻撃の度に五%ずつステータスが上がるスキルなのかもしれない。

 だとすると例えば二人と同じくらいの出力、五十倍に達するのに必要な攻撃回数は――。


 …………約千回。


「…………」


 ならば、使えば使う程強くなるスキルなのかも知れない。使い込むうちに倍率が伸びていったり、新しい効果が追加されていくような成長するスキルということも考えられる。

 だとしても、最初はたった五%のステータス強化だけであのゴリラ集団を相手にしなくてはならない。


「………………」


 助けを求めてジンを見る。

 ジンはイチヤと目が合うと、真面目な顔で一つ頷いた。


「イチヤ、クレームを入れよう」

「え!?」


 使い方次第でどうこう、というラインを超えているということなのか。

 そんなにダメなスキルになってしまったというのか。


 ……いや、ありえない。そんなはずがない。

 弟妹(あいつら)を思って作ったこのスキルが、弱いわけがない。


「……いいえ。俺はこのスキルでいきます」

「えー、止めとけよ。絶対なんかの間違いだって」

「いいえ、もう決めました。俺は意地でもこのスキルを使い続けます」

「やけに頑固だな……。まぁとりあえず一回試してみないか? 使える使えないの判断はその後でいいだろう」


 ダイゴからパーティ申請が飛んでくる。


 しかしイチヤはこれを拒否した。


「……すみません。お誘いは嬉しいのですが、この後はちょっと予定がありまして……」

「予定?」

「はい。弟と妹にこのゲームの話をしたら、自分達もやりたいと言い出しまして、この後一緒に遊ぶことになってるんです」


 ウィンドウに表示されている時刻をチラリと見る。もうそろそろチュートリアルが終わる頃だ。残念ながらスキルの検証をしている時間はない。それはまた今度にしておこう。


 と、そこで丁度コールが掛かってくる。相手の名前は『シュージ』。


 ……秀二の奴、本名で登録したのか。


「もしもし」

『あ、もしもし兄さん? チュートリアル終わったよ。どうすればいい?』


 ちなみに、通常この音声は電話が掛かってきたプレイヤーにしか聞こえないが、ウィンドウの閲覧許可を出した相手には聞こえるようになる。そのため、現在この音声は全員に聞こえている。


「とりあえず駅に向かってくれ。建物の中に入ったら転移というシステムが使える。それで繁華街に来てくれ。駅前の広場で落ち合おう」

『オッケー、駅ね。了解了解』

「……ところでお前なんで本名にしたんだ? サポに注意されたろ?」


 ウィンドウに顔を近づけ、声を(ひそ)める。


『されたけど……。違うのにしてもどうせ兄さんは秀二(シュージ)って呼ぶじゃん。だったら下手に隠さない方がいいかなって』

「むぅ……」

『ちなみに三咲もミサキだよ。まぁ、あっちは何も考えてないっぽいけど』


 通信の向こう、遠くの方からは能天気な笑い声がずっと聞こえている。


『おーい、ミサキ! 駅だってさ! もう行くよ!』


 遠くの声が『えー、もうちょっとー』と答える。


『だめ! 兄さん待ってるんだから! ほら行くよ!』

『あー!! きゃーはははー!!』

『じゃあ、ミサキ連れてすぐ行くから』

『いーひひひー!! いーひひひひ――……』


 そこで通信が途切れる。


 ジンとダイゴが驚いた顔をしている。イチヤの弟妹と聞いてもう少し大人しいイメージを持っていたのだ。

 ダイゴが呟く。


「……元気な妹さんだな」

「ええ。いつも(やかま)しいんですが、今日は特別です。たぶん初期転移地点である小学校が懐かしいからってはしゃいでるんでしょう。まだまだ子供ですね」


 ふぅ、とイチヤが息をつく。

 そしてジンとダイゴに向き直り、すっと頭を下げた。


「すみません。こういうことですので、今日はお付き合いできないんです」

「いいっていいって! 兄弟水入らずで楽しんでくれよ!」

「ありがとうございます」


 そうだ。秀二の手術が無事終わって、ようやく何も気にせず遊ぶことが出来るようになったのだ。しっかり楽しまなければ。

 二人が来たら何をしようか。そうだな、やはりまずはレベリングだろう。あいつらは初めてゴリラを見た時にどんな反応をするだろうか。シュージなどは泣いてしまうかもしれない。……いや、あいつももう子どもではない。せいぜい半泣きくらいだろうか。


 思案に(ふけ)るイチヤをジンが呼び戻す。


「なぁ、イチヤ。せっかくだから弟くん達ともフレンド登録させてくれよ!」

「ええ、もちろん。あいつらも喜ぶと思います」

「じゃあ、ここで待たせてもらおうかな!」


 フレンド登録は名前さえ分かっていれば遠隔で申請を送ることができる。しかしこれはVRMMO界ではややマナーが悪いこととされており、フレンド申請は実際にゲーム内で顔を合わせながらするのが一般的であった。


「しっかし一人ずつフレンド登録していくのは面倒だな。誰か一人がフレンドグループ作って全員を招待することにしねぇか? ツバメちゃんもそっちの方がいいだろ?」

「うぇ!? えと……はい」

 

 急に呼びかけられたツバメが慌てて答える。


 いつの間にか流れでフレンド登録することになってる。

 ツバメもこれで一気に五人もフレンドが出来ることになる。なんだか人気者にでもなったようで、自然と頬が緩む。


「……」

「お? どうした、機嫌良さそうだな、ツバメちゃん?」

「え!? い、いえ別に……」


 にやけないように頬に力を入れる。それでも頬は緩みっぱなしであったが、ジンとダイゴは気がつかないフリをした。


 そして待つこと数分。


「……遅いな」


 シュージとミサキが現れない。


 時間的にはもう到着していておかしくない。迷ったのだろうか? だとしても連絡が来ないのはおかしい。ミサキがシュージを振り回して遅れているパターンだろうか。いや、寂しいから三人で遊びたいと最初に言いだしたミサキが合流を遅らせるようなことをするのは考えづらい。


「何かあったのか……?」


 二人はまだレベル一だ。ゴリラは出ないはず。ならばドゥームにやられたとは思えない。

 だとしたら、ありえるのは……。


 そこで通話の呼び出し音が響く。シュージからだ。


「もしもし。シュージか。どうした、何かトラブルでもあったのか?」

『……えーっとね。……ごめん、兄さん。行けなくなっちゃった』


 イチヤが怪訝な表情になる。


「行けなくなった? どういうことだ」

『うん……。駅に着いて転移したはいいんだけど、待ち合わせ場所に行こうとしたらプレイヤーに囲まれちゃって……。あはは、PKされちゃった』


 あくまでも軽い口調でそう言う。

 それを聞いたジンとダイゴが、心底不快そうに表情を歪める。


「なんだそれ、ひっでぇ……」

「悪質な初心者狩りだ、くそっ」


 ツバメが眉尻を下げてイチヤの腕を引く。


「イチヤさん、じゃあ皆でポラリスを案内しましょうよ。始めたばかりじゃポラリスで三十分は退屈ですよ」

『あれ? 兄さん以外にも誰かいるの? だったらちょうどいいや。こっちはこっちでミサキと遊んどくから、兄さんは兄さんで遊んでてよ。時間が経ったら合流するから。じゃ、そういうことで――』

「待て」


 通話を切ろうとする秀二を止める。


「後ろでミサキが泣いてるな。何があった?」

『……さすが兄さん。やっぱり隠し切れなかったか』


 ジンとダイゴが驚いて目を合わせる。


「……泣いてるの、聞こえたか?」

「……全然」


 通信の向こうで、シュージが小さく息を吐き出した。


『ふぅ、ミサキ。やっぱりバレちゃった。おいで』

『――……ぅ、ぅうっ……い、いち兄ぃー……』


 すすり泣くミサキの声が大きくなり、イチヤの目が鋭さを増す。


 泣く妹の扱いに今ではすっかり慣れてしまったイチヤであるが、そもそもミサキは普段は全く泣かない。良く言えば明るく、悪く言えば能天気なのだ。ただゲームでPKされたくらいでは、むしろ大笑いしながら顛末(てんまつ)を報告してくるだろう。


 ミサキが泣くようなことと言えば、決まってテニスがらみの事か、家族がらみの事である。


「……シュージに、何かあったのか?」

『……っ、にぃ兄っ……、にぃ兄がっ……。い、いち兄ぃー……、私っ……』

「落ち着いてからでいい。大丈夫だ。辛かったな」

『ぅう……っ!』


 ミサキを(なだ)め、ミサキから話を聞くことにする。

 シュージは意外と頑固で、こういう時に何があったかをなかなか喋ろうとしないのだ。


『あのね、……さっきね……』


 ミサキは少しずつ落ち着きを取り戻すと、何が起きたのかをポツポツと語り始めた。

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