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第九話 そうか、ここか

「うおおおお!! やったなイチヤぁ!!」

「デスペナになるかと思ったぞ! まさか避けた上に反撃まで決めるとは!」

「たまたま上手くいっただけです。それにまだ終わっていません」


 ジンとダイゴが興奮した様子で叫ぶ。しかしゴリラ型ドゥームのHPはまだ少し残っている。イチヤは気を緩めなかった。


 瓦礫の中でもがくドゥームに拳を打ち込む。


「よぉーし、俺たちも攻撃だ!」


 三人でドゥームを取り囲む。

 距離が離れるとまたあの厄介な突進攻撃が来るだろう。しかし今ドゥームは壁に半ば埋もれるようにして身動きを制限されている。千載一遇の好機だ。

 イチヤはドゥームを逃がすまいと、その懐に張り付くように位置取った。


「■■ッ!? ■■■■ーッ!?」


 敵の攻撃をダイゴと協力して弾きながら、二撃三撃と打ち込む。視界が全て敵で埋まるような距離の中で、イチヤは確かな手応えを感じていた。



 そうか、ここか。

 ここが手甲の距離か。 


 ジンに受けた説明がようやく理解できた気がする。


 どうやら敵のドゥームも武器と同じように、有効な攻撃範囲というものがあるようだ。相手が近すぎると、その長い腕が(あだ)となって攻撃に力が乗らないらしい。先ほどからあれほどパワーのあった敵の攻撃を片手で弾くことができている。



 そして、どうやらその『相手が近すぎて力が乗らない』という現象は、手甲では発生しないらしい。明らかに近すぎる距離、それこそ攻撃前から拳が接触するような距離でも、今までと変わらない威力の攻撃ができている。



 これが手甲のメリットか。近付かなければ何もできない代わりに、近付くことのデメリットが無い。


 そう言えばチュートリアルでも似たようなことがあった。へっぴり腰で打ったはずのパンチにも結構な威力があったのだ。あの時サポはプレイヤーの戦闘バランスを保つための配慮というような事を言っていた。




 だんだんアトラクタ・バーサスの仕様が分かってきた。


 おそらくこのゲームでは、攻撃の威力がプレイヤー本人の腕で上下することはないのだ。


 つまり剣の達人による見事な居合い斬りも、素人が適当に振った剣も、ゲームとしては同じ威力。攻撃対象が間合いの内側にいれば、どれほど器用に攻撃できたとしても容赦なく威力は減衰される。

 そういうことなのではないだろうか。


 デジタルすぎて少し酷な気もするが、自分のような格闘技経験もゲーム経験もない初心者にはありがたい。多数の人に広く門戸を開くゲームとしては、これで理に適っているような気がする。



 単なる仮説……というか予想だが、もしこの予想が正しいとすると、力など込めずにスピード重視で次々と攻撃を繰り出すのが合理的ということになる。



 まぁ、そんなだらしないプレイをする気などさらさら無いのだが。


 思い切り打ち抜いた拳がドゥームの胸を(えぐ)る。敵のHPが危険域(レッドゾーン)に突入した。もう少しだ。


「ゴァアアア■■■アアア■■!!」


 壁面に押さえつけられたままのドゥームが大きな雄叫びを上げる。再び行動パターンの変化が生じる。


 しかしもう関係ない。何をしてこようが無駄だ。全て潰してやる。


 額を押し付けるようにして敵を押さえ、目の端で捕らえた敵の攻撃を弾く。



 ドゥームは壁を背にしていて退がれない。イチヤに押さえつけられて前にも進めない。力ずくでどかそうにも、攻撃は全て叩き落される。


 詰みであった。



「ゴ、オオォォ■■……」


 程なくして敵の体から力が抜け、さらさら細かい破片へと砕けていく。



「ふぅ」


 その姿を確認し、一息つく。

 懐張り付くと有利なのは分かったが、かなりの集中力が要求される。


 レベルアップの効果音は二重に聞こえた。どうやらゴリラ型ドゥームは貰える経験値が高いようだ。レベル五だったのが、レベル六を飛ばし七になってしまった。




「よーし、なんとかリベンジ達成だな! MVPは文句無くイチヤ君だろう」


 ダイゴが笑いながらバシバシとイチヤの背を叩く。


「だな! イチヤが居なかったら最初に奇襲食らって終わってたぜ!」

「いえ、発見できたのはたまたまです」


 二人が日の出に気をとられていた時、偶然ビルの屋上から飛び降りてきたゴリラが視界に移ったのだ。単に協調性が無かっただけとも捉えることができるが、今回はそれが功を奏した形である。


「なぁ、一旦駅に戻ろうぜ。イチヤのHPがヤバイ」

「すみません、そうして貰えると助かります」


 イチヤのHPはギリギリだが、二人には余裕がある。とはいえ、攻撃力の高い敵の懐に潜り込んだ上に、最初の奇襲も一人で受け止めた。生き残っているだけでも十分賞賛に値すると言えよう。


「そうだな。確かポラリスに戻ればHPが全回復するはずだ。一瞬だけポラリスに行って、すぐにまた再集合しよう」




 そして三人は【トランスポーター】で駅まで戻り、失ったHPを全回復した。


 ジンとダイゴがようやく人心地がついたといった表情を浮かべる。

 しかしイチヤの表情は相変わらず堅く、警戒した様子で辺りを見回している。


 駅にはさらに人が増え、賑やかになっていた。


「……随分と人が増えましたね」

「まぁこんなモンだろ。ずっと前から注目されてたゲームの配信初日だしな。ちょっと覗いてみるだけなら無料なんだし、そういうプレイヤーも多いんじゃねぇか?」

「このゲーム、注目されてたんですか?」


 イチヤはすれ違うプレイヤーを睨み付けるように警戒しながら話をしている。

 その姿に苦笑しつつダイゴが応じる。


「ちょっと前からSNSで話題になっててな。イチヤ君はSNSやらないクチか?」

「……ええ、全く」

「ははぁん、ということはtr.Act(トラクト)スキルのことも知らねぇな?」

「トラクトスキル? すみません、ゲーム用語はあまり詳しくなくて……」


 ダウンロードする前にゲームの詳細説明くらいはざっと読んだが、ゲーム用語らしき単語は全て読み飛ばしている。

 そのトラクトスキルとやらも記憶に残っていない以上、おそらくゲーム用語なのだろう。


 しかしその予想はダイゴに否定された。


「いや、一般的なゲーム用語というワケじゃない。tr.Act(トラクト)というのはアトラクタ・バーサス(このゲーム)専用の言葉だ。簡単に言うとプレイヤー全員に一つずつ与えられるスキルのことだが、手に入れるのはそれぞれ違うスキルになる。いわゆる『ユニークスキル』ってやつだな」

「ユニークスキル?」

「ああ、そうだ! ゲームの中にたった一つしか存在しないスキル、自分以外の誰も使うことができない、自分だけのスキルだ! しかも性能は超強力! どうだ、ワクワクしないか!?」


 ダイゴが顔を輝かせる。

 ジンも満面の笑みをイチヤに向ける。


「へへっ、しかもだ! tr.Actをどんなスキルにするかは、ある程度自分で決めることが出来るんだぜ!」

「え……」


 イチヤの表情が曇る。


 一人一つしか手に入らない強力なスキル。その性能を自分で決めるらしい。

 それは……正直面倒くさい。



 二人の話からして、トラクトとかいうスキルはこのゲームのキーとなるような重要な要素なのだろう。ならば適当に決めるわけにはいかない。有用なスキルになるようにしっかりと下調べや検証をしながら煮詰めていかなければならないだろう。初心者の自分がそれをやるのは非常に時間がかかるに違いない。


 せっかく種族や職業といった複雑な要素がなくて助かっていたのに、まさかそれよりも面倒くさそうな要素があろうとは。


 スキル作成をサポに手伝ってもらうことは可能だろうか。いや、おそらくダメだろう。あいつは自由にしろなどと言って傍観してきそうだ。そうだ、ならば買収という形にしてみるのはどうだろうか。



 考え込むイチヤを見てダイゴが苦笑する。


「また何か難しい顔をしているな。そんなに心配しなくても大丈夫だ。自分で決めるとは言っても、そこまで詳細に作りこむわけじゃない。『こういう感じのスキルが欲しい』とざっくり伝えるだけの話だからな。あとはその希望に沿った形のtr.Act(トラクト)スキルを運営側が用意してくれる」

「そうなんですか。……でも当たり外れがあったりはしないんですか?」

「まだ情報がないから何とも言えないが、普通に考えれば極端に差が出ることはないだろうな」

「……」


 それは逆に言うと、少しは当たり外れがあるということではないだろうか。


 多かれ少なかれ差が出るというなら、少しでも強いスキルにしたいと思うのが人の(さが)だろう。


 もう少し情報が欲しい。今を逃せば、ゲームに明るい人とこのような雑談をする機会なんて二度とないかもしれない。


「ちなみにお二人はどういうスキルにするか決めてるんですか?」

「まぁな!」

「ああ、決めてるぞ」


 やはり既に決めているらしい。おそらく事前情報を見た日から今日まで、時間を掛けてじっくり考えたはずだ。ゲームに造詣(ぞうけい)が深い二人がどういうスキルにするのか。非常に参考になりそうだ。


「参考までに、どんな効果にするのか聞いてもいいですか?」

「あー……」


 二人ともに困ったような表情を浮かべる。


 しまった、少し踏み込みすぎただろうか。やはりその辺りのノウハウはあまり人に教えたくないものなのだろうか。いや、単純にたった一つしか貰えないスキルを人に明かすことにリスクがあるからか。


「すみません、無遠慮でした。忘れてください」

「いや、違う違う。別に秘密にしたいわけじゃない。変にアドバイスしたら逆効果になることもあるかもしれんと思ってな。さっきも言ったとおり、スキルの細かいところまでは決められないんだ。まだ初日でデータが揃ってるわけでもないし、どういうスキルになるかは正直全く予測がつかない」


 それはそうだ。今はプレイヤー全員が手探りの状態なのだ。二人だって事前情報を見たからある程度のことを知っているだけで、実際にプレイしたことがあるわけではない。


「しかし、せっかく初日にプレイできてるんだ。スタートダッシュは決めておきたいな。なら、いつまでもまごついてるわけにもいかないか」

「ああ、その通りだ! 『兵は拙速を尊ぶ』って言葉もある!」


 ジンも乗り気だ。


 慎重なイチヤとは違い、二人は『何が起きるか分からない』という状況を楽しんでいるようにも見える。


「『急がば回れ』って言葉もあるけどな」

「うっせぇ! どっちにろ最終的な調整は運営がするんだ、考えたってどうしようもねぇよ! それに、さっきレベルアップしてからずっとウズウズしてたんだ。もう我慢できねぇ! 今からチャチャッと作って、ついでにイチヤにも見せてやるよ。俺のtr.Actスキルをな!」

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