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この世の楽園

数日が経過した。


ここ数日で学校、バイトと忙しく1日を過ごし、ある程度のお金は得られた。

今日は学校もバイトも休みという事もあり、コウタと一緒に電車に乗って出かける事になった。


初めて乗った電車は地下を通っていた。

地上を走る電車は見た事はあるが、地下にも電車が走っていたとは……

エスカレーターに乗り地下へ地下へと進んで行くと開けた空間に駅舎があった。

コウタにキップの買い方を教わりホームへと移動した。

電車の到着を待っていると、突風の様な風が突然吹き始めたと思ったら、遠くから金属の擦れる音が聞こえて来た。

その金切音は光を伴い、暗いトンネルの中を徐々にこちらへ近づいて来た。

目に見える距離に近づいたそれは電車だった。

地上を走る電車と同じ物が、地上に所狭しと建物が並んでいる地下を走り回っている。

王族の逃走ルートの地下道でもそこまで長く続いてはいない。

地下に電車が走れる大きさの通路を町から町へと繋ぐ長さを掘れる技術を目の当たりにし、少々興奮しながら電車に乗り込んだ。


コウタに連れて行かれた町は日本屈指の電気街と言われる所だった。

コウタ曰く、「漫画やアニメ、サブカルチャー、電気製品といったらここ!」だそうだ。

建物の壁や看板など至る所に可愛らしい絵が描いてあり、それが動いている画面もある。

それが漫画やアニメであり、日本が世界へ誇る文化の1つなのだとコウタは教えてくれた。


町の雑踏の中にはカラフルな制服の女子高生やメイド、執事はたまた忍者や侍の様な格好をしている者達もいた。

どうやら客引きをしている様であったが、今一統一感がない。


「この客引きの人達は何の店の人達なんだ?」

「服装によって様々だが、喫茶店だな。お茶とか軽食を取れたりする店で、メイド服着てる人はメイド喫茶、執事の格好は執事喫茶って感じだ」


どうやらそういった服装をした店員がそういった接客をする事でロールプレイを楽しむ店だという。

メイドや執事の格好をしているという事は王族気分を楽しむ店なのだろうか。

少し興味はある。

だが金額が高く高校生の稼ぎではなかなか足を踏み込める領域ではなかった。

今度金に余裕がある時に一人でこっそり来てみよう。


しばらく町に佇み客引きをしている派手な服装の人々を観察しつつ、電気用品を販売している店へと移動した。

そこはこの世の物とは思えない程、といってもこの世界では常識なのだろうが元の世界ではありえない光景が広がっていた。

テレビ、冷蔵庫、洗濯機……

ありとあらゆる物が電気で動くという。

電気をどの様に作成して各家庭へ送り出しているのかはわからないがここにある物は全て電気で動く。

雷魔法は使えるが、それを蓄えたりどこかに流し込んだりという技術はない。

やはりこの世界の技術力は恐ろしい。

だが、元の世界でも錬金技術で自動で動く人形などもある為、錬金のコアが電気を蓄えている様な物と考えれば何となく想像はついた。


この街の建物は何でも高い。

電気用品店も階数が多い。

下から上まで一通り見て回ってコウタに質問をしてという事を繰り返していたら時間は瞬く間に過ぎていった。


そんな事を繰り返していると、ある階で異様な雰囲気を醸し出す一角があった。

その一角だけは厳重に周囲を囲まれ、中が覗けない様な状態になっていた。

中に入れる箇所は2箇所しかなく、その入り口も暖簾が下がっていて中を覗く事が難しい状態であった。

暖簾には『R18』と記載されていた。

コウタに中はどうなっているのか聞いてみたが、コウタもまだ入った事はないと言っていた。

18歳を迎えないと中に入る事を許されないらしい。

入った事はないがこの世の楽園が広がっていると言っていた。

18歳までこの世界にいるかどうかはわからないが、もしいる様であればこの世の楽園と言われる世界も覗いてみよう。


電気用品店を後にし、次はアニメや漫画の専門店へと向かった。

入り口からここはアニメ漫画の専門店です!とわかるような佇まいであった。

中に入ると見渡す限りの本や人形がフロア毎に陳列され、販売されていた。

この店の客層は電気用品店と比べると少し毛色が違う様だった。

年齢層は若めといった所だが、中には近寄りがたい雰囲気を醸し出す者もいた。

「デュフフ」「グフフ」と時折聞こえてくる喧騒を横目に各階を制覇していった。


この建物内にもやはりこの世の楽園地帯が一角に広がっていた。

この世の楽園について思考を巡らせていた所、暖簾を掻き分け中から18歳以上の楽園を制するものが俗世界へ現れた。


勇者様が現れた!とコウタと2人で視線を送ると、それは天羽だった。

天羽はこちらに気付くと愕然とした表情を見せ、手に数冊持っていた本をバサバサと落としてしまった。

真っ青な顔でオロオロとしている天羽を見たコウタはニヤニヤとした顔で近づいて行き、落とした本を拾ってあげていた。


「先生、こういうのが趣味なんですねぇ……」

「ヒャゥワ、ち、違うの、これは、あれよ……えっと……」

「誤魔化しても無駄ですよー、現行犯ですから」

「何が現行犯なんだ?」

「あなたはいいのよ!」

「上杉を仲間はずれにしたら可愛そうじゃないですかー。これはだな……」

「だめ! 木村君ストップ! 上杉君には言っちゃ駄目!」


完全に先生と生徒という立場は逆転し、コウタがその場のアドバンテージを握っていた。

コウタがここでは人の目があるから移動してゆっくりと話そうと提案し、しぶしぶ天羽は付いて来た。

落とした本はしっかり精算を済ませていた。


「どこでお話しましょうか。俺お腹空いて来たんだよな。上杉もだろ?」

「そうだな」

「ここら辺はカレーの激戦区だからカレーが食いたいな。ねぇ? 先生?」

「わかったわよ……奢ればいいんでしょ」

「いやー、悪いですね先生」


コウタの何やら脅迫染みたやり取りで天羽を引き連れカレー屋に行くことになった。

サブカルチャー色の強い表通りからやや入った路地の合間や隙間にカレーの専門店が複数営業して争っているらしい。

カレーのスパイスの匂いが風に乗って流れて来て、心地よく胃を刺激し食欲を誘う。

その匂いに吸い寄せられる様に、3人は1軒のカレー屋に入っていった。


店員はメイドや執事の様な派手な服装はしていなかったが、この国の人達とは若干肌の色や顔立ちが異なっていた。

カレーを国民食とする国からやって来た「本場のカレー」を提供してくれる店との事だ。


「さて、天羽君。何故君はここに呼ばれたかわかるかね」

「さ、さて……何の事だかさっぱりわかりません」

「恍けると君の為にならないよ」

「コウタ! ゲームマスターみたいだな!!」

「ちょっと上杉君は黙ってて。話ややこしくなるから」


額に脂汗をダラダラ流しながら天羽がコウタに尋問されていた。

俺だけ何か蚊帳の外の気分だが、大人しく2人のやり取りを聞く事にした。


「天羽君。君が先程購入したそれは同人誌といわれる物かと思うが違うかね」

「ち、違いありません……」

「教師ともあろう君がその様な物を買い漁ってると知れたら学校での君の立場も危ういと思うのだがいかがかね」

「!?」

「同人誌ってなに?」

「簡単に言うとエロ漫画だな」

「天羽はエロ漫画を買っていたのか」

「同人誌はエロだけじゃないです!」

「R18禁コーナーから出て来たのだからエロ同人誌で間違いないでしょう」

「うぐっ……」

「ああ、あのこの世の楽園はエロコーナーだったのか」

「賢二郎は黙っててって!」

「賢二郎? 先生は上杉と仲が良いのですか?」

「それは言えません……」

「俺が住んでる所は天羽の家だからな」


俺のその一言でその場の空気が変わり、静寂がその場を支配した。

コウタは驚愕とした表情をし、天羽は呆れた顔をしていた。

言わない方がいい事だったのだろう。


「上杉と天羽先生は、その……付き合ってるのか?」

「馬鹿な事言わないで! なんで私がこんなガキンチョと付き合わないといけないの。私にはもうすぐイケメンの王子様が迎えに来てくれる予定になってるのよ!」

「呑んだくれの天羽がそんな王子の目に止まる訳ないだろう」

「うるさい! 死ね!」


コウタが震えていた。

いつもの猫を被った天羽しかやはり知らないのだろう。

本性はこういう女なのだよ、コウタ君。

負けるなコウタ!


コホンと1つ咳払いをし、気を取り直したコウタが尋問を続けた。


「それで、この事は内密にしてほしいと、そういうことですね? 天羽君」

「はい……」

「そうですか。僕も鬼ではないので黙っていてあげたいですが、それも天羽君のこれからの態度次第ですね」

「どう……したら……?」

「では先ず、上杉に携帯を買い与えて下さい」

「何で私が!」

「おや、口答えですか? 上杉と待ち合わせとかすると連絡手段がないので困るのですよね」

「うぐ……わかったわよ。ただし、着信専用である程度で金額制限がかかるやつしかだめよ」

「それでいいですよ。流石先生は話の通じる方だ」


交渉が成立した頃合を見計らったかの様に注文していたカレーが到着した。

3人でそのカレーを美味しく頂いた。

もちろん天羽の奢りで。


そして俺は携帯電話を得た。

自分から発信は出来ない様だが、文字通話アプリを使う事で文字会話は無料で可能なのだそうだ。

音声で通話出来る機器という事は元の世界で言う<トークリング>の様な感覚だろう。

元の世界では同じギルドに所属したメンバー同士で通話を可能にする指輪状の錬金道具トークリングが存在する。

トークリングは音声通話のみとなるが、この携帯電話の様に文字通信も可能にすれば就寝時や多い日も安心だ。

錬金ギルドにつてを作って是非とも流行らせたい機能である。


そして俺達は電車に乗って帰路へと付いた。

電車内でコウタに何故一緒に住んでいるのか問い詰められた。

小一時間……

コウタの情熱に負けて俺が異世界から転移して来た者である事、その時に天羽が助けて家に居候させてくれた事を話した。

にわかに信じられない話だとは思うが、コウタは「ファンタジーやな!」の一言で片付けてしまった。

コウタはいい奴なのだが少し馬鹿な所もある。


「俺にも魔法教えてくれ!」

「この世界で魔法を使える事は実践で試してみたが、理論を伝えてコウタが使える様になるかはわからないぞ」

「試してみないとわからないじゃないかー」

「じゃあ今度の休みに基礎部分について教えるよ」

「やったー!」


こうして俺とコウタの魔法学校が開校されたのだった。

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