学園生活
今日から新学期というものらしい。
3年間通う内の2年目のクラスに入れられた。
案内されたのは<2-C>と書かれたプレートのある部屋だった。
扉を開けると、そこには30~40名程の同じ歳位の男女がひしめき合っていた。
会話に聞き耳を立てると「また一緒のクラスだね!」「またあいつ同じクラスにいるよ……」等、ある程度のグループが出来ている様な会話であった。
見知らぬ土地で既に出来ているパーティ。
声をかけて「ごめんなさい、フルパーティなんです。」とあっさり断られたらどうしろというのだ。
ソロも慣れてはいるが魔術師は打たれ弱いんだぞ。
格上の武闘派の奴等が徒党を組んでリンクして来たらソロでどう太刀打ちしろというのだ。
まぁこの世界の人々は魔法を使えないみたいだし、それなら対処出来なくはないか。
そういった武闘派を纏め上げてこの学校の頂点に君臨するのも悪くはない。
でも目立つ行動は取るのはあまりよろしくないだろうから控えた方がいいか。
そんな思案を自席で巡らせていたら天羽が入ってきた。
「はーい、みんな席についてねー」
気持ち悪い声が聞こえてきた。
俺と話していた時とはトーンも口調も全然違っていた。
完全に猫を被っている様だ。
男子共は「担任天羽ちゃんかー!」「これから1年間楽しそうだ」等の声が上がっていた。
完全に騙されている様子だった。
毎晩酒に溺れ、夜中部屋を暗くして下卑た顔をしながらパソコンを見つめているという本性を知らないらしい。
天羽からこのクラスの担当となった事、この1年の間の注意事項や今日の行動内容について説明があった。
終始にこやかで穏やかに優しい声を発している天羽。
とても気持ち悪い。
この学校ではそういうキャラで通している様であった。
30分程気持ち悪い時間を過ごした後、体育館という所へ移動し全校生徒へのお話があった。
500~600人程の生徒達が隊列を正しひしめき合っていた。
眠くなる長ったるい説法の様な話を校長先生から聞き、本日は解散となった。
天羽にまだ残務があるから先に帰れとお達しを受けた。
鍵を渡されなかったのにまた外で小鹿の様にブルブル震えながら待っていろと言う事だろうか。
帰りのバスの乗り場と降りるバス停の名前を聞いたので一人でバスに乗って帰る事は出来るが、学校周辺の地理も覚えて帰ろうと思い時間潰しも兼ねて少し散策をする事にした。
やや遠くに大きく聳え立つ、最初にモンスターの本拠地と勘違いしたスカイタワーが見えた。
スカイタワーを目印にすると方角が分かりやすく便利だ。
学校の周辺には古びた建物が多く、神々しい佇まいの建物もあった。
それらは神社、寺と書かれていた。
読めない漢字もまだあるが、神社、寺は10歳前後でも読めると天羽に教えられた。
神社、寺は神々を奉る建物と聞いた。
元の世界の<聖ザリフ教>の神殿の様な場所なのだろう。
庭に植えられた木も、そこに住みつく動物も神の加護を受け、なんとなく逞しく育っている様に見える。
だがしかし、この学校の付近は神社、寺がやたら多い。
元の世界では神殿はいいとこ町に1つ、もしくは王都に1つと言った所だった。
こんなにも神を奉る建物 がひしめき合っていると神同士が喧嘩するんじゃないかと思う。
そこら辺、この世界の神同士は仲良くうまくやっているのだろう。
ある程度散策はしてみたが、神社や寺ばかりだった為スカイタワー方面へ足を伸ばしてみた。
そうすると直ぐに川へとぶつかった。
周りを見渡すと公園となっており、下流の方向はどうやら俺がこの世界に最初に飛ばされた場所の様だった。
今ならここは公園、子供や市民の憩いの場という認識はある。
だがあの当時は、錯乱もしていて深緑地は精霊の加護によって守られていると勘違いし、リターンポイントなんだと思い込んでいた。
それを思い出すと少々顔が熱くなる。
無知というのは恐ろしい。
全く害の無い猫に対し警戒し、個人所有の車を武力兵器と思い込み草葉の陰から観察する。
周りから見たら相当痛い行動をしている子だろう。
今後は見たことも無い物を見ても、警戒はしようとも目立つ行動は控えよう。
そして特徴を覚えて帰り天羽に聞こう。
それにしても川が汚い。
水の流れは心を豊かにしてくれるので見ているだけで落ち着くが、川の底も見えないし魚の姿も見えない。
魚はたまに飛び跳ねているのでいる事はいるみたいだが川魚を釣って食べるのはためらうな。
この川を見ていると故郷の綺麗な水の流れが懐かしくなり感傷に浸ってしまう。
いつになったら帰れるのか、どうやったら帰れるのか。
不安な気持ちを振り払う様に俺は立ち上がった。
日はいつの間にか傾き、街灯も点き始めていた。
「帰ろう……」
バスに乗り、朝乗ったバス停まで戻ってきて天羽の家まで帰ってきた。
また待ち呆けさせられるのかと思ったが天羽は家に既に帰っていた。
次の日が仕事の日は、なるべく酒を外で飲んで帰らない様にしているらしい。
外で飲まないというだけで家では飲んでいる。
酒は百薬の長だから飲んだ方が体にいいんだと言い張っていた。
その内痛い目を見そうな気がする。
天羽が酒に浸りくだを巻いている姿を陰鬱な目で見ながらその日は終わった。
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次の日、学校へ行くと体力測定があった。
学年の平均体力を算出する為に行っているらしい。
項目は走力、筋力、跳躍力、肺活量と様々だった。
自慢ではないが俺は体力がない。
魔術師に体力は不要なのだ。
遠方から標的に向けて魔法を打ち込む。
打ち込めるだけ打ち込んでMPが空になったら回復薬を使うか、MPの回復を待って再始動となる。
大方初期位置から移動はしないが、遠距離攻撃や範囲攻撃が来たら回避する程度である。
ほぼ動かないと言ってもいい。
そんな俺は知力は鍛えても体力は滅多に鍛えないし鍛えてもたかが知れている。
故に体力はない。
とは言え、狩場までの大移動などもあったりするので半日歩いたり、モンスターに追いかけられて全速力で逃げ回ると言うことはある。
逃げることは得意とも言える。
それがどれくらいこの世界で通用するのかはわからないが。
天羽には事前にスキルは使うなと言われた。
100mならスプリンタースキルで3秒位で走り抜けられるだろう。
この世界ではそんなに早く走れる人間はいないのだと言う。
そんな記録を出してしまったら世界中から注目を浴びてしまってまともな生活を送れなくなると言われた。
跳躍力に関しても、床のトラップや地表に向けた土属性魔法から回避する為の浮遊魔法が存在する。
それを使うことで2~3秒は浮遊状態でいられる。
回避に使う魔法の為詠唱時間も短く、ほぼ瞬時に発動させる事ができる。
跳躍力は幅跳びと垂直飛びを計測するそうだが、垂直飛びには使えないが幅跳びで使えば4~5秒は滞空時間を得られるだろう。
やはりその動きもこの世界ではあり得ない動きとなり注目の的になるそうだ。
魔法やスキルを使わない魔術師の体力テスト。
凡人以下な気がしてならない。
そしてテストが行われ、結果が出た。
走力:平均以上
腕力:並以下
筋力:並以下
垂直飛び:平均
幅跳び:平均以上
走ったり、飛んだりといった所は普段から回避行動で少しは鍛えられていた様だが、筋力関係はからっきしの結果となった。
まぁ、魔術師だしこんなもんだよね、うん。
タンク職や前衛職ならヒーローになれたのではないだろうか。
命を守る能力ですからね。
体力テストが終わり、クラスの明るい人の良さそうな奴に声を掛けられた。
「おまえ、足速いな!」
「必死に逃げ回っていたらある程度は早くなったんだ」
「何か悪い事でもして逃げたのか?」
「詳しくは言えないが悪い事はしていない。逃げるのも仕事の内なんだよ」
そいつは頭にクエスチョンマークが出ている様な感じで訝しげな顔をしていた。
「まぁいいや。俺の名前は木村航太。コウタでいいぞ」
「けんじ……上杉賢二郎だ。よろしく」
俺の名前は<賢二郎 上杉>だが、この日本という国では<上杉 賢二郎>と名乗った方が自然だと言われた。
コウタにもそう名乗ってみたら特に違和感を持たれる事無く受け入れられたのでそうなのだろう。
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その日以来、コウタは何かと俺に声を掛けてくる様になった。
自然と話す様になり、友達となったのだろう。
今まで知らない事は全て天羽に聞いていたが、ある程度の事であればコウタに聞く事も出来る様になった。
あまりにも突拍子のない質問をすると不思議な顔をされたが、帰国子女なのかとあまり深くは考えていない様だった。
「バイトをしてみたいのだが何かいいのはないか? 出来れば体力を使わないやつで日払いのあるやつがいい」
「難しいな……ちょっといいのないか探してみるよ」
コウタはいい奴だ。
俺の質問にも分かり易く答えてくれるし、何かお願い事をすると親身になって解決してくれようとする。
その後、いくつかバイトの募集があると教えてくれたがどれも体力を使う仕事ばかりだった。
日払いで体力の使わない仕事で高校生が出来る物は限られるようだ。
「うーん……難しいな。金がそんなに必要なのか?」
「今住んでる所の家主が、『働かざる者食うべからず』とか言ってきてな」
「それは大変だな……じゃあもう少し探してみるよ」
コウタの優しい言葉と慰みの視線の他に、遠くから殺意にも似た射る様な視線を感じた。
今の会話を聞いた天羽がこちらを睨み付けていた。
「授業を始めまーす♪」
一瞬見せた鬼の様な形相は瞬時にいつもの気持ち悪い笑みに変わり、猫なで声を発していた。
天羽マジック、ある意味魔法だな。
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「上杉! バイト見つけて来たぞ!」
数日後、コウタは嬉々とした顔をして俺にバイトの話を持ちかけて来た。
どうやらコウタの親戚でパン屋を営んでいる人がいるらしい。
その人に掛け合って日払いで働けないか口利きをしてくれた様だ。
なんていい奴なんだろうか。
後日、コウタとそのパン屋へご挨拶に行く事になった。
パン屋は俺がおまわりさんに詰問され、追い掛け回された橋の近くにあった。
駅の近くという事もあり、人通りが多い地帯だと言う。
外から店内を覗くとぽつぽつと客も入っている様である程度は繁盛している様子だった。
挨拶もそこそこに、甥の紹介という事もあって順調に面談も済み、無事採用される事となった。
パン屋の朝は早い。
日中は学校があり働けないという事もあり、早朝のパンの仕込みと日によっては学校帰りにパンの販売も頼まれた。
元の世界にも合成のスキルや調理スキル等はあったが、殆ど手を出した事はなかった。
調理スキルにはパンの精製もあったので、覚えていたら役にたっただろうが、残念ながら覚えていないので1から教わった。
生地をこねこねして、中身に具を入れたり捻ったり、はたまた丸めたり叩きつけたり。
体験した事のない物事を覚えてそれが形になっていく事は楽しかった。
焼きたてのパンも試食させてもらったがとても美味しかった。
自分が作ったからという事もあるのだろうが、作りたて焼きたてという所が美味しさを増したのだろう。
同じギルドのメンバーに<マイプー>と言う合成職人がいる。
マイプーさんはあらゆる合成に精通しており、依頼をしたら何でも作ってくれた。
合成品なんて金を出せばいくらでも手に入るし、時間と労力を掛けてやる様な物じゃないと思っていた。
でも実際パン作りを体験してみると、合成もいい物なのかもしれないと思い直していた。
元の世界に戻れたら合成スキルにも手を出してみよう。