賢二郎 この世界について学ぶ
数日が過ぎた。
この世界に興味が湧いて来た所ではあるが、このままこの世界に住み続けるわけでもない。
元の世界に戻る方法もきっかけすら掴めないでいる。
結局はただ数日を無駄に過ごしていた。
そんな俺に天羽はある提案をしてきた。
「あなた暫く元の世界に戻れなくて暇を持て余しているなら、この国の読み書きくらい出来る様になっておきなさい」
言葉は通じるものの読み書きが出来ないのは不便である。
ラーメン屋に入ったときも看板が読めなかったせいで何の店かもわからなかったのだ。
暇潰しにもなるし覚えておく事にした。
天羽は学校で勉強を教える先生と言っていたが、その名の通り教え方は丁寧で上手かった。
俺が教わっている読み書きは3~4歳程度の子供が覚えるレベルの物だという。
だが俺は魔術師であるが故、知力は他の職業の者達より高く物を覚える事は得意な方だ。
その知力を遺憾なく発揮したのかどうかはさだかではないが、さくさくと幼児レベルの読み書きをマスターし12歳位までの漢字もいとも容易く覚えていった。
漢字は多種多様にあり、国外から来る人達はこの漢字で躓くと言われた。
やはり簡単な漢字はそうでもないが難しい漢字は言われるだけあって難しい。
そこまで難しい漢字は覚えなくてもいいと言われたのである程度覚えたら止める事にした。
読み書きを覚え気を良くした俺は一人で外に出かける事にした。
戻って来れなくなるとまずいのでと地図を渡された。
渡された地図は凡そ地図とは思えない文字と絵が雑多に書き込まれていた。
勉強は出来るが絵は苦手らしい。
俺は渡された地図をくしゃりと丸めるてジャージのポケットに詰め込んだ。
冒険者はアバウトな地図を見て大体の予測を立てて目的地へ移動をし狩りをする。
そのアバウトな地図よりも劣る画力ではあるが、まぁなんとかなるだろう。
俺は目に入ってくる文字をひたすら読みながら歩き回った。
深草○丁目、スカイタワー駅、角田公園……読める!読めるぞ!。
これだけ読めれば幼児の似顔絵並の地図など見なくても帰る事は可能だろう。
ある程度歩き回り文字を読める感動を味わった所で天羽の家に帰った。
帰ってくるとドアが開かなかった。
どうやらカギが掛かっている様子だった。
建物の裏側に回って窓を見ると灯りは消えていた。
閉め出されていた。
暖かい気候の時期との事で日中は過ごし安く風も心地よかったが、夜ともなると風も冷たくなって来た。
ジャージ1枚では肌寒く、生まれたての子馬や子牛の様にブルブルと震えながら天羽を待っていた。
暫くすると、遠くから陽気な歌声が聞こえてきた。
その歌声が徐々に近づいて来ると思ったら天羽だった。
お世辞にも上手いとは言えない歌声だった。
「おー! 賢二郎君! 帰って来たかね。ごくろうごくろう! 今鍵を開けてやろう。ヒック」
相当ご機嫌の様だが思考は上手く回っていない様で、鍵を探す為鞄をその場でひっくり返していた。
俺は鍵を探し、周辺にぶちまけられた中身を拾い上げ鞄にぶち込むと、天羽を抱え部屋へと入った。
万年床の布団へ天羽を放り投げると、天羽は「ブギャッ」と一鳴きし、そのまま眠ってしまった。
臭いだけでこちらも酔ってしまうのではないかと思う位酒臭かった。
閉め出された苛立ちと悪臭でストレスを与えられた仕返しに、とりあえず天羽の唯一の長所、横になっても崩れない山二つを少しばかり堪能させてもらい布団をかけておいた。
翌日、天羽はどうやって帰って来たかも覚えていない様子で、頭が痛いだなんだと喚いていたが、華麗に聞き流しまたご近所探索に出かけた。
歩いて見て周れる範囲はある程度見てしまったので少し遠出をしたかったのだが、乗り物に乗る為にはお金が必要と言われ断念していた。
お金を得る為にはこの世界では働くか物を売る以外方法がないという。
元の世界ではそこらのモンスターを倒し、所持品や肉、皮といった物を売り払う事でも金を得る事が出来た。
そういった手段が取れない、というかモンスター自体いない。
人に雇用され働き金を得るか、物を製作し販売するという事だ。
雇用先は自分で探せと言われたが、どこでどうやって探せばいいのかわからない。
ギルドの様な所で募集の紙が張られていたり、町民から依頼を貰ったりと簡単にクエスト方式で仕事を貰えれば楽なのだがそう簡単ではないらしい。
ハローワークという仕事を斡旋してくれる場所はあるようなのだが、俺位の年齢ではまだ斡旋して貰える仕事は少ないのだという。
一先ず町を彷徨い仕事を求め歩き回ってみる事にした。
魔術師である俺は、頭を使う仕事は向いているが体を使う仕事は向いていない。
重量のある装備を着込むと、動きが遅くなり敵の標的となるだけの木人と化すくらい体力がない。
ということで、頭を使う作業もしくは、軽作業を中心に探す事にした。
周囲に目を配らりながら歩いていると、先日天羽と食べに行ったラーメン屋を見つけた。
店先に張り紙がされていた。
『アルバイト急募 時給1000円 賄い付 18歳~』
悪くはないが年齢制限に引っかかっていた。
そもそも調理スキルは全く上げていなかった為、料理についてはからっきしだ。
次だな、次。
さらに歩くと電柱に張り紙がされていた。
『テレフォンレディ 貴方の空いた時間を有効活用しませんか? 時給2000円~』
時給は魅力的だがそもそもレディじゃなかった。
次だな。
目に入る募集の張り紙を見ては次、見ては俺には不釣合いだ、そんな事を繰り返していたら日が既に傾いていた。
日を改めて出直す事にし、天羽の家に戻った。
今日は天羽は家にずっといた様だ。
昨日あれだけ酔って帰って来れば1日グロッキーだろう。
夕方になり幾分か体調もましになった様で晩飯を作っていた。
今日の料理は胃に優しく脂分少な目なヘルシー料理だった。
育ち盛りの若者には少々物足りない味付けではあったが、ただ飯を食わせて貰っているので文句は言いますまい。
用意された料理を食している最中、天羽からお達しがあった。
「私、明日から仕事だから。あなたを私のいないこの家に置いておくのも心配だから、あなたも明日から学校に通いなさい」
学校に通う?
学校がどういう場所かはなんとなく聞いてはいたが、俺の様な異世界人が集団の中に混じっていいものなのだろうか。
天羽は特別魔法や異世界について興味を持っていたからすんなり馴染めたものの、はたして他の者達はそう容易く馴染めるのだろうか。
そんな思案をしていると更に天羽は追い討ちを掛けて来た。
「あと、そろそろ仕事も探して。働かざる者食うべからずよ。手っ取り早くお金を手に入れるなら日払いの仕事がいいわね。月払いの仕事だと1月後にしかお金貰えないから」
1月後までこの土地にいるかわからんからな。
その日その日の稼ぎをその日に貰う。
冒険者スタイルに相応しく分かり易い上にすぐ所持金を得られるのはありがたい。
次からは日払いのしてもらえる仕事を探そう。
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朝日がまぶしく降り注ぎ、程よい暖かさが眠りを誘発する。
まだ寝ていたい、この日差しを浴びて日がな1日ずっとこの布団に包まっていたい。
「いつまで寝てるの! 今日から学校に通うのよ。早く準備して!」
布団をガバっと剥ぎ取られ、俺の朝のまどろみタイムは唐突に終わりを告げた。
眠い目を擦りながら用意された朝食をモキュモキュしていたが、時間がないと強引に家を叩き出された。
学校まではバスに乗って移動すると言う。
バスの乗車時間に間に合わないと天羽は猛ダッシュしていた。
俺は朝食の途中だった為、口に食パンを咥えたまま後を追って走っていた。
天羽の猛ダッシュによって結構な距離が開いてしまったが、俺にはスプリンタースキルがあるので優雅に、それでいて急いでいる事をアピール出来る速度で走っていた。
モキュモキュと咥えたパンを食べながら走っていると、見通しの悪い路地の十字路に差し掛かった。
その瞬間、同時に十字路に差し掛かる人影があった。
冒険者の俺は気配には敏感である。
見えない所に潜んでいるモンスターが突然眼前に飛び出してくる事などはざらにある。
人の気配などは簡単に察知し、事前に衝突を回避する事は簡単だった。
「キャッ、ごめんなさい!」
女は突然曲がり角からゆっくり出てきた俺にそういうと、バス停の方へそのまま走り去って行った。
俺はその姿をモキュモキュしながら見送っていた。
その声を聞いて振り返った天羽は残念そうな顔をしていた。
「馬鹿ね、そこはぶつかって縞柄のパンチラを見てフラグを立てる所よ……」
何を言っているのか解らなかったが無視してバス停へと向かった。
バス停へと着くと丁度バスが到着した所だった。
中には結構な数の人が乗っていた。
乗合馬車のでかいバージョン(馬なし)といった感じなのだろうか。
全員が座っているわけではなく立って乗っている人もいた。
同じ料金を払っているのに立ち乗り、座り乗りが早い者勝ちなのは何か不公平を感じる。
まぁ俺のバス料金は当然天羽が出しているので不公平も何もないのだが。
バスの速度は乗合馬車のそれよりも早く外の景色が流れるように過ぎ去って行った。
程なく目的地に到着した様で、天羽に促され降り立った。
目の前には大きな建物が柵に囲まれて建っていた。
「まずは編入手続きをしてから校長先生にご挨拶ね」
この学校のトップという校長先生を案内された。
薄っすらとした毛で必死に頭頂部の卵を守る鳥の巣の様な髪型をしていた。
俺は天羽の親戚の子と紹介され、しばらく親元の都合で滞在させてもらいたいと説明されていた。
天羽はどうやら校長先生に好かれているらしく、あまり詳しく聞かれる事もなくすんなり受け入れられた。
俺は天羽が担当するクラスの生徒として所属する事になるらしい。
天羽に誘導され、自分の所属するクラスの部屋へと案内された。
天羽は職員会議があると言い、俺を残して去って行った。