異世界生活
天羽睦月の家は狭い。
狭いが何とも形容し難い佇まいであった。
天羽曰く「デザイナーズマンションだから外観も内装もオシャレなんだよー」だそうだ。
俺から見ればオシャレというより奇抜にしか見えない。
外観は石造りにも見えるが、中に入ってみるとそこは石と木を融合した様な感じであった。
石で出来ているのか木で出来ているのか、そこら中の壁や床をコンコン叩き回っていたら、天羽に近所迷惑になると怒られた。
入り口から入ると一つ段が上がっていてそこで靴を脱ぐ様だ。
部屋の作りはこじんまりと纏まっていて、寛げるスペースに調理場、風呂場、トイレと至ってシンプルな作りであった。
俺にはどこがオシャレなのかわからなかった。
だが天羽は、腕を組み少々顎先を上げフフンといった具合に得意気だった。
寛ぎのスペースだけで言えば初心者冒険者向け宿の一室の方が広い位ではあるが、調理スペースや風呂、トイレまで付いているのでやや天羽宅の方が便利かと言った所であろう。
まっすぐと続く廊下の先に部屋が1つ、その廊下部分に調理スペース、風呂場、トイレが付いている。
1Kと言うらしい。
調理場という割には火が使える場所がない。
お湯を沸かすと言い、じょうろの様な物を置きボタンを押していた。
板状の物が熱源となり温めるという。
IHクッキングヒーターと言う物らしい。
この板状の物がボタン一つで熱を発するという高度な文明には脱帽する。
技術を解明して故郷に持ち帰れば一生遊んで暮らせる金が手に入るだろう。
風呂場やトイレもやはり高度な文明の力を感じた。
冒険者の宿では風呂は共同、酷い場合は付いていないので濡らしたタオルで体を拭く程度になる。
トイレに至っては部屋の隅に壷が置いてあり、自分で定期的に外へ捨てにいくシステムだ。
バルブを回すだけでお湯が出てきたり、レバーを引くだけで汚物が流れていく……なんという技術。
これは是非とも我故郷でも流行らせたい技術だ。
ひとしきり廊下部分を見て周り、触りまくった後部屋へと移動する。
そこには想像も出来ない程のめくるめく世界が広がっていた。
家具類はなんとなく想像は出来るものの、一際目を引くのは薄い四角い板だった。
魔法使えるじゃないか!と思える様なリモコンと呼ばれる物のボタンを押すことにより板に人物が映し出される。
その人物は絵ではなく動くのだ。
テレビというらしい。
色々なボタンを押すごとに違う絵や人が映し出される。
まさに魔法である。
興奮してポチポチ押しまくっていたら、壊れるから止めて!と怒られた。
もう一つあるテレビは映らないのかと聞いたら、それは四角い箱で作り出される絵を映し出す物だと言われた。
パソコンというものらしい。
もう文明の力なんてレベルじゃなかった。
文明、技術が違いすぎた。
俺達はなんとレベルの低い文化の中で生きてきたのかと落胆せざるを得なかった。
天羽をチラっと見たらニヤニヤと得意気な顔をしていた。
腹立たしい事この上ない。
俺は天羽に用意された飯を食い、用意されたジャージという物に着替え、風呂の使い方を教わり布団へと入った。
悔しいが飯も天羽が作った物とは思いたくもないほどうまく、布団も最高の寝心地だった。
深夜、目を覚ますと天羽はまだ起きていた。
パソコンの画面に向き合った天羽は、ニヤニヤしたり「グフフ」という厭らしい声を上げたりしていた。
何を見ているかわからないが見なかった事にしてそっと目を閉じた。
翌日、目が覚めると少し離れた所に天羽がだらしなく臍を出して眠っていた。
長い枕を小脇に抱え、ニヤニヤとだらしない顔をしていた。
横になっていても膨らみを抑えきれない胸はどうみても巨乳だろう。
突いて見たい衝動には駆られるが、ここから追い出されるのも嫌なので我慢しておこう。
天羽の肩を揺すり起こすと、まだ眠いと言わんばかりの半目の状態でこちらを見てまた眠ろうとしたので叩き起こしてやった。
「夜中遅くまで起きているからだろう」
「み、見てたの? ま、まぁ見られてやましい事なんてないけどね!」
どう見ても夜中みたあの顔はやましい事をしている顔だったが、天羽はあたふたしつつも平静を取り繕おうとしていた。
今日は寝る前に約束していたこの町の案内をしてもらう事になった。
何処に行きたいと聞かれたが、何処に何があるかわかるはずもなく任せる事にした。
天羽はウーンと得意の腕組みと悩み顔をすると、じゃあ行こうと一言言うと行き先を告げず外へ出てしまった。
まぁ付いて行けばわかるだろうと、俺は何も言わずその後を追った。
最初は特に目的を持たずフラフラと歩いている様であった。
目に入る物全てが新鮮で、言葉を覚えたての子供の様に見る物を次から次へとあれは何だと質問をしていた。
その内の1つに缶に入った飲み物を販売する機械があった。
無人で機械が飲み物を販売しているという。
俺の故郷であればその様な機械は壊され中身を簡単に奪われてしまうだろう。
平和であるが故の象徴とも言えよう。
暫く歩くと、昨日遭遇したミーアキャットが寛いでいた。
天羽はそれを見つけるや否や、飛び掛るかの様な速度でその動物に走り込んで行った。
だが、その動物は嫌な気配を察知したのか、天羽を見つけると一目散に逃げていった。
しょぼくれた天羽にあの動物はなんと言うか問いかけた所、元気なさそうな返事で一言「猫」と応えた。
猫はペットにもされる愛玩動物だと言う。
俺の故郷でペット=家畜と言えば、食用の牛、豚、鶏労働、移動補助の馬くらいである。
ミーアキャット族を飼い慣らしてペットとして家に住まわせるなどという考えを持つ者はいないだろう。
しょぼくれた天羽を先頭に更に進むと、昨日転送されて来た深緑地帯にやって来ていた。
「俺は昨日、気づいたらここに立っていたんだ」
「突然ここに飛ばされたの?」
「パーティでクエスト対象のモンスターを討伐していて、全滅した際にリターンポイントへと戻ったら何故かここへ飛ばされたのだ」
リターンポイントについてざっと説明すると、天羽はいつものポーズでウーンウーン唸っていた。
いつもの事ながらウーンと悩んだ所で解決策が出て来るのだろうか。
唸っている天羽を尻目に、俺は川沿いまで行き濁った川の流れを眺めていた。
「汚いでしょー。文明の発達と引き換えに自然にダメージを与えているんだよ」
遠い目をしながら天羽はそんな事を言った。
文明の発達も一長一短である。
こうして天羽の家を見て、町を歩いてここまでやってきてなんとなく分かったが、この町にはモンスターはいない。
という事はあの高い塔はモンスターの居城ではないだろう。
俺は天羽に尋ねて見る事にした。
「あの塔はなんだ?」
「あれはスカイタワーという、この日本で一番高い建物よ。観光名所にもなっている所だけど行ってみる?」
コクリと頷くと天羽は敵の本拠地スカイタワーへと歩を進めだした。
警戒はされる所だが、この魔法も使えない貧弱そうな一部だけ成長著しい平民天羽がずんずんと進んでいくのだから問題はないだろう。
俺もキョロキョロしつつ後ろを付いて行った。
ある程度まで進んで行くとそのタワーの巨大さに圧倒された。
麓に着いた頃には首が痛くなるほど見上げてもてっぺんがうまく見えない程高かった。
「ここは入場料が掛かるけど、大人な睦月おねーさんが払ってあげるわね。フフン」
「へへー。ありがたき幸せ」
煽てると調子に乗るタイプなのだろう。
得意気な顔が更に有頂天になっていた。
有頂天になっている奴は奈落に突き落としたくなるが、この場は金を出してくれる支援者だ。
仕方ないのでそのままにして、エレベーターと呼ばれる扉の中に入った。
扉に入り暫く待つとまた扉が開く。
開いた先は別の場所だった。
「転送か!」
それはエレベーターと言われる物だった。
人を上層階へと運ぶ部屋だと言う。
俺達は瞬時に、と言っても数十秒はかかったがそれでも驚くべく速さで高さ450mまで昇ってしまった。
そこには一面に建物が広がる大パノラマがあった。
地平線の彼方まで無数に広がる建物。
その合間を縫って通る道路。
申し訳程度に見える深緑地の中には俺がこの地に降り立った場所もあった。
あんなに狭い土地で右往左往していたのかと思うと恥ずかしさで顔が赤くなる。
「凄い光景だな……この建物に全て人が住んでいるのか?」
「全てではないわ。住宅であったり企業……仕事をする作業場みたいな所ね、だったり私が仕事をしている学校なんかもあったりするわ。あなたの世界にも学校は存在するの?」
「学校とはなんだ?」
「勉強を教えたり、運動を教えたりするところよ。あなたの魔法は誰かに教わったりどこかで教わったりしなかったの?」
「魔法や剣術の初歩は親に教わったり書物で勉強したりはするが、冒険者となると各ギルドに所属してそこでレベルが上がった時に段階的に教わる事になるな」
「じゃあ差し詰め私は、ギルドの職員とか魔法や剣術の研究職でギルドに教えている人みたいな感じかな」
この国では教育という基板がしっかりしていて、全ての者に平等に勉強の機会を与える様な体制になっているという。
俺の国でもそういった体制を作れば技術の底上げが出来るのかもしれない。
元の世界に戻れたらそういった施設を立ち上げるのも悪くないと思った。
無数に広がる建物を眺めながら、突出した高い建物郡や様式の違う建物等の質問をしていると時間が過ぎるのがあっという間だった。
気づいたら日は傾き夕日が空を赤く染めていた。
「そろそろお腹も空いて来たしご飯食べにいきましょうか」
俺達はスカイタワーを後にした。
やはり次の目的地も告げず、既に行き先が決まっている様子でずんずんと歩いていく天羽の後を付いていった。
ラーメン屋と呼ばれる店に入った。
麺類がスープに浸された初めて見た食べ物だった。
「この箸で食べるのよ。箸使える?」
「俺の世界でも東方伝来の食べ物と言われる物が箸を使って食べるな」
「じゃあ大丈夫ね」
俺は天羽の食べ方を横目で見ながらラーメンを食べた。
昨日用意された天羽の料理もそうだったが、この世界の食べ物は元の世界の食べ物と比べると段違いに旨かった。
この世界で食べた物を研究して元の世界で店を開いたら大繁盛だろう。
ただ、食材の問題という可能性もあるので同じ味を出せるかはわからないが。
天羽はビールという飲み物と餃子という食べ物を摂取していた。
少し貰えないか聞くと、ビールは成人になってから!と言われ貰えなかったが、餃子は1つ貰えてやはりこちらも旨かった。
「さて帰るぞー!」
上機嫌になって足取りの軽い天羽は、軽快にしかしよろよろとしながらも家路へと向かっていた。
どうやらビールと言うのは酒らしい。
俺はまだ酒を飲む年齢ではないので飲んだ事はないが、パーティが終わった後にギルドメンバーが酒を飲んでいるという話はよく聞いていた。
呂律も回っていなく判断力も低下している為、酒を飲んだらパーティは出来ない、出来てもぐだぐだという事は知っていた。
天羽もぐだぐだという程ではないがテンションが高く接触が多い。
いわゆるほろ酔いというやつだろう。
天羽の言動を見ながら、俺はこういう大人にはならないと誓った夜であった。