コウタ謎の家系
翌朝、天羽に用意された朝食とかろうじて呼べそうな物を平らげ、いつもの通路で学校へと向かった。
学校は相変わらずで、久しぶりに登校してきた俺を、特に気にする様子でもなく普通に受け入れる。
あいつはそういう不登校児なんだという認識なのだろうな。
まぁ、特にクラスの皆と仲良くなりたいという事もなし、これはこれで俺に取っては都合がいい。
クラスの皆さんは今回の目的ではない。
目的のコウタが今日も登校して来る事を祈りつつ自席でその時を待っていた。
いつもであれば呑気に鼻歌でも歌いつつ、始業時間までの時間を楽しむ為に早めに登校してくるのがセオリーなコウタではあるが今日は遅い。
まさか、今日は登校して来ないなんて事はないだろうな……
と、考えているのも束の間、コウタが始業ギリギリに登校してきた。
様子も事前に聞いていた様に元気がなく、いつもの様な鼻歌交じりに笑顔一杯に挨拶を振り撒く様子もなかった。
誰が見ても完全に落ち込んでいると分かる雰囲気に、誰一人声を掛ける事が出来ない様な状態であった。
始業も間もない為、落ち込んだコウタが席に着くのを見守り、休み時間が来るのを待つ事にした。
久しぶりに受けたこちらの世界の授業は実につまらなく、眠気との戦いに負け休み時間が来るのは一瞬に感じた。
あまりにも眠りこけてしまい過ぎ、時間は既に昼休み直前となっていた。
この昼休みを逃したらコウタを放課後連れ出す事も難しくなる可能性がある。
終業のベルと同時にコウタの首根っこを掴むと、人気の無い校舎裏へと引っ張っていった。
「な、ななな……何事!?!?? 誰ー!?」
「誰? じゃない、俺だ。」
「あ! 上杉じゃないか! 久しぶり!」
「おい? 俺は朝からずっと居た訳だが……?」
「え? そうなの? ごめん、気付かなかったよ……」
「大層な言い草だな。ていうかお前、俺のメッセージになんで返事よこさないんだ?」
「え? あ、本当だ……ごめん、最近携帯も見る元気がなかったから……」
「メッセージが届いてる事にすら気付いてなかったのかよ! 落ち込んでるって聞いてたが相当だな」
「うん……」
「で、何があった?」
時間は有限で睦月との面会の話もしなければならないが、こんな状態の奴に頼み事をするのもためらわれる。
まずはコウタの悩みの種を解決してから本題を切り出す事にしよう。
「笑わないで聞いてくれる?」
「ああ、大丈夫だ。俺を信じろ」
コウタは言うのも躊躇われるのだろうか、前置きをしてきた。
どんな話かは知らないが、コウタには散々世話になっている。
笑える話でも我慢する事ぐらい、この後の更なる世話になる事の為ならなんとでもしよう。
「実はね……キアラたんに……」
「キアラがどうしたんだ?」
「告白をして振られたんだ……」
「告白?」
「うん、付き合いたいって」
「なんだ、そんな事で落ち込んでたのか」
「そんな事って何さ! 一大事だよ!」
「ああ、すまない。それで何故振られたんだ?」
「コウタWORKSの技は尊敬するけど、恋愛対象にはならないって……」
「プクッ……ゴホン、そ、そうか。」
「今ちょっと笑ったでしょ?」
「いや、笑ってはいない。ちょっと喉が詰まっただけだ」
「そ、そう? ならいいけど……」
恋愛沙汰は今一興味もわかないから、告白をしただされただと言われてもピンとはこないが落ち込む位の事なのだろう。
リオナールであればそういう話に強そうだが、俺には全く皆目解らない話だ。
こういった所も中の人の性格に依存する所があるのだろうか。
よくは解らない話でも、コウタをいつもの調子に戻させこちらの用件も済まさなければならない。
コウタの性格上、褒めちぎりに弱く単純な所があるからな。
褒めちぎってご機嫌になってもらおう。
「まぁ、あれだ。世の中半分は女だ」
「そうだけど……キアラたんは1人しかいないよ?」
「コウタの女になるのはキアラしかいないのか?」
「そういう訳じゃないけど、そうなってほしかったなって……」
「キアラが何故お前と知り合ったかを思い出してみろ」
「ん? えーっと……コウタWORKSの動画を見て弟子入りして来たんだけど……?」
「そうだ。あの動画は世界配信されているな?」
「うん、そうだね」
「キアラが弟子入りして来たって事はだな……」
「て事は……?」
「世界中の女がそういった可能性を持っているという事だ!」
「世界中の女!!」
「そうだ、日本人だろうが、金髪美女だろうかだ」
「金髪美女……。」
「お前は今までキアラにしか目を向けていなかったが、これから先そういった女が動画を見てコウタの元に集結する」
「!!!??!?」
「その中からお前はじっくりと選び放題だ」
「選び放題!!!」
「そうだ。世の中の女を全て選んでもいいと言ってもいいくらいだ」
「全て!」
「やったな、コウタ!」
「やったね!」
「じゃあもう何も落ち込む事もないな」
「そ、そうだね……選び放題……ゴクリ」
単純過ぎて涙が出そうになる。
この調子ならほっといてもその内復活してそうだが、時間が掛かるのはこちらには不利になるからな。
さっと調子を戻してもらってこちらの頼みも聞いて貰わねば困る。
さて、コウタの調子も戻り、何やらニヤニヤとした表情で妄想を巡らせている所悪いが、こちらのターンだ。
睦月の面会への件についていい案を出して貰おうではないか。
「ところでコウタ。俺が今日学校に来たのは他でもないのだがな」
「ん? なんだい?」
「俺の仲間、睦月っていたの覚えているか?」
「ああ、あの貧乳の子ね」
「そうだ。あいつが今警察に捕まっている」
「え? なんで!?」
「何やら医師免許法か何かで違法に治療をしたとかくだらない理由だ」
「あんなに貢献してたのにね……」
「本当だよな」
「それで、今どこの警察署に拘留されてるの?」
「うん? 確か病院のお偉いさん曰く、本阿蘇警察署だな」
「おおー! そこなら融通利くよー!」
「なに? 本当か?」
「うん! うちの叔父さんが署長さんだもん」
「なんだと……」
相変わらずコウタの人脈は多方面に渡るな。
パン屋をやっていたり警察署長をやっていたり。
無駄な知識の広さといい、コウタのポテンシャルはまだまだ底が見えないな。
だがしかし、これは好都合だ。
身内の知り合いという事で融通を利かせて保釈も何とかならないものか。
まずは現地で相談という事でその警察署で話を付けよう。
「コウタ、早速で悪いのだが今日の放課後その警察署に一緒に出向いてくれないか?」
「うん、最近暇だったし予定もないし大丈夫だよー!」
「流石コウタだ、頼りになるな」
「えっへん!」
話も付いた所で丁度始業を知らせるベルがなった。
一先ず放課後に警察署へ出向く為の体力を付けるべく再度昼寝と洒落込もう。
放課後、俺はコウタを引きつれ件の本阿蘇警察署へとやって来た。
その警察署は睦月が手伝いをしていた東大附属病院の目と鼻の先であった。
これだけ近ければ睦月のして来た偉業も知れ渡っているはずだ。
それを逮捕に踏み切るとは何を考えているのか。
くだらない法律より実績をもっと評価するべきではないだろうか。
まぁそれはさておき、コウタにとっては何度も来ている警察署なのだろう。
この世界にやって来た最初の頃追い掛け回された様な警察官がうようよいる中をコウタは堂々と進んで行く。
心なしかコウタを見る警察官に緊張が走っている様な気がしないでもない。
署長殿の甥っ子がやって来たのだから分からなくはない。
少しばかり優越感を感じるな。
コウタは受付に軽く会釈をし、警察署長の署長室まで真っ直ぐと迷う事無くやって来た。
何の躊躇いも無くドアをノックすると、中から声がする間も無くドアを開け入った。
「叔父さんー! 来たよー!」
「おーおー! コウタじゃないか! よく来たなー!」
「叔父さん! 今日は友達を連れて来たんだー」
「お、そうか。コウタがいつも世話になっているな」
「上杉です」
「上杉が今日は叔父さんにお願いがあるんだって」
「お願いかね。コウタの友人なら聞ける事であれば聞かなくもないが……」
「ありがとうございます。実はですね……」
コウタの叔父である警察署長に睦月が仲間である事、面会を希望する事、あわよくば釈放をして貰いたい事を話していった。
流石の警察署長であるのか、コウタの友達とは言え全てを許可してはくれなかった。
だが、普段であれば拘留中の面会は一般的に受け付けないとの事だが、コウタの友達という事である程度の融通は利かせてくれた様だ。
釈放は難しいものの、数名の面会であれば許可を出してくれたのだ。
コウタの人脈によって難なく面会の約束を取り付けられた。
まずは第一段階クリアと言えよう。
後は睦月に、1からの状態で戻れるかどうかも分からない元の世界に戻る方法を試すかどうかを確認しなければならない。
その了承を得た後で睦月と天羽母を面会させるのだ。
リオナールの場合では、レベル1にはなってしまったものの、中の人の意思でリオナールの記憶は継続されていた。
今回は天羽母もゲームを辞める気はないと言っている訳だし、睦月を睦月として1からでもまたゲーム内で育てるつもりはあるみたいだ。
それならば睦月の記憶も1からのルーキーになってしまっても継続して残っている可能性は大いにある。
残っていないという可能性もなくはないのだが……
そもそも残っていなかったら、元の世界で会う睦月は、名前は一緒だが別人の様になってしまうのだろうか。
考えていても答えはでないが、中の人の意思が左右される俺達の記憶や性格。
こんな脆い物はないな。
少し酷な判断を睦月にはして貰う事になるが、元の世界に戻れる今判明している唯一の手段である事には代わりない。
睦月に真剣に悩んで考え決めて貰うしかないのだ。
一先ず、今日の所はコウタに別れを告げ、天羽母と茉莉華に状況を伝えるメッセージを送って帰宅をする事にした。
---
数日後、面会の日がやって来た。
前回警察署長との約束は取り付けているものの、念には念をとコウタにも再度同行を頼み付いて来て貰う事にした。
相変わらず頼りになるコウタは、警察署長の叔父と既に面会の部屋の場所まで話を付けており、その約束の部屋へと何の迷いも無く向かっていた。
館内図等を見なくても部屋の位置を把握しているコウタ。
何度この警察署に小さい頃から遊びに来ているのだろうか。
警察の内部情報とも言えそうな館内情報が、一般人のコウタにこんなにも知られてしまってていい物なのだろうか。
そんな事を考えながらコウタの後を付いて行くと、1つの小さな部屋へと辿り着いた。
やはりなんの躊躇いも無くその部屋へとコウタは入って行く。
俺もそれに付いて入ると、置かれていた椅子に腰掛け、睦月がやってくる時間までコウタと雑談をしながら待っていた。




