ゲームマスター?
完全に囲まれていた。
武装をしているのは目の前に立ちはだかる一人だけ正装をした人物だけだった。
おまわりさんと呼ばれるそいつは、腰元にぶら下げられたロッドの様な物に手をかけながら不審者を見るような目でこちらに話しかけてくる。
「これをやったのは君か?」
そう言いつつ目の前で消し炭となった1本の木を指差し言った。
俺はどう答えるべきか考えつつ注意深くそのおまわりさんを観察した。
服装は王族近衛騎士団の様な正装の様だが鎧、甲冑の類は一切身に着けていない。
腰からはいつでも構えられる様に柄の部分を握られたロッドの様な物と、紐の様な物に繋がれた三角のケース。
三角のケースは中に何やら入っている様だが用途は不明。
だがロッドの様な物と同位置にぶら下げられている為武器だとは思われる。
そしてこの詰問する様な口調。
装備こそは軽装であるがこれはまさに、元の世界にいる<ゲームマスター>と呼ばれる者に似ている。
ゲームマスターと呼ばれる者は世界の断罪人である。
不正やハラスメント行為を取り締まり、そういった行為を働く者を罰していく。
俺はそういった不正行為などは働いた事はない為、目の前で直に見た事はない。
噂によると、不正を働いた者の目の前に突如出現し事の真相を詰問する。
その場で詰問をすると周りの市民にも聞かれてしまう為、何もない牢獄の様な所へ転送させると言う。
転送された者はたまに戻ってくる者もいるが、大方二度と戻って来ない。
殺されているのか、国外追放となっているのかは定かではないが戻って来ないのだ。
そんな情報は噂となり、冒険者の間には抑止力となるには十分な内容だが、それでも不正を働く輩はいる。
噂でしか耳にした事がない人物像に類似点がある目の前のおまわりさん。
やはり警戒するに越した事はない。
もし彼がこの世界のゲームマスター的存在だった場合、俺の目の前に立っているという事は即ち牢獄行きとなる。
それだけは避けなければいけない。
「黙っていないでなんとか言いなさい!」
そのおまわりさんはじりじりと間合いを詰め口調を強くしている。
一先ず俺はシラを切ってみる。
「何のことでしょうか?」
それを聞いたおまわりさんの眉がピクっと動くと、燃え尽きて消し炭となった木を指差し言った。
「これだよ、この木を燃やしたのは君かと言っている!」
火に油を注いでしまった様だ。
非常にまずい。
なんとか打開策がないかと知恵を振り絞っていると。
「私見ました! あの人がなんか火をあの棒の先から出して、その後水を出して消したんです!」
目撃者がいたようだ。
これは言い逃れが出来ないだろう。
絶体絶命というやつだ。
これは逃げるしかない。
だが逃げ切れるだろうか。
ゲームマスターは自在に空間を転移し、全ての攻撃は無に帰すという。
おまわりさんがゲームマスターだった場合、攻撃は効かず逃げても追いつかれるだろう。
だがこのまま何もせず監獄行きになるのはごめんだ。
俺は意を決し足元に力を込める。
周囲に砂埃が舞い、スプリンタースキルが発動された。
ざっと見渡し逃走先を確認する。
一旦断念した例のぶつが乗っているシンボルの建物へと目指す。
「あ、こらまて!」
おまわりさんの静止を振り切り、ただまっすぐ神々しいシンボルを見つめひたすら走った。
スプリンタースキルの効果時間は15秒。
時間の問題であるが距離を稼げばいくらゲームマスターとてすぐに追いつく事は難しいだろう。
だがゲームマスターだった場合は何故か居場所を感知し、目の前へ突如転移してくるという。
目の前に現れた際に人混みに紛れてしまえば迂闊に転送も出来ないだろうと考え人混みを探した。
ただひたすらに、そしてがむしゃらにシンボルのお膝下へ。
そうこうしている内にスプリンタースキルが切れてしまった。
俺は後ろを振り返ってみた。
おまわりさんは追いかけて来ていた。
だが走ってきていたようだ。
転移は出来ないのかもしれない。
だからと言って悠長にしてられない為そのまま人混みを探しつつ目的の場所を目指した。
とうとう到着したシンボルの建物。
だが近くで見ると隣の黄金の建物の方が遥かに高く、シンボルの建物は台座の様に見えた
暫く田舎町から冒険者を目指し王都までやってきた若者の如く、ぽけーっとそびえ立つ黄金の建物を見上げていた。
何とも煌びやかな黄金の建物を見上げている間に、自分が何故ここに来たのかを忘れてしまっていた。
どれくらい眺めていただろうか。
ふと後ろから声をかけられた。
「や、やっと追いついた……君逃げ足早いな……ハァハァ」
後ろを振り向くとそこにはおまわりさんがいた。
すっかり彼の存在を忘れていた。
転送対策の人混みい紛れる事すら忘れて只々黄金の建物に見入ってしまっていたのだ。
「逃げるってことは……ハァハァ……認める……ゼェ……って事だな……グェホッゲホッ」
何て体力のなさだ。
あれしきの距離を走っただけでそんなに息があがっている様であればゲームマスターとは程遠いようだ。
初心者冒険者であっても常日頃からモンスターに追いかけられ死ぬか生きるかの逃亡劇を繰り返している。
その為もっと体力がある。
このおまわりさんはその初心者冒険者以下の体力である。
安心はしつつ、それでも警戒はしながらおまわりさんと対話をはじめた。
「誤解です。あれは僕がやったことではありません」
もう少し白を切ってみる事にした。
「じゃあ誰がやったんだね。目撃証言もあるんだよ。ハァハァ」
そう、目撃証言があるのだ。
シラを切り通そうにもなかなかに難しいところだ。
「それにその恰好はなんだね。何かのイベントかね。ハロウィーンはまだまだ先だぞ」
ハロウィーンイベント。
この世界でもそういった物があるのか。
元の世界では季節ごとにイベントと称され、突然ある一定の時間になるとイベントの担当をする人物が目の前に急に現れたりする。
だがあの世界はそういう物だと割り切らないと生きていけない。
俺の今の服装はこの世界でのハロウィーンイベントに着用するような服装に見える様だ。
冒険者として火力や防御力に手を抜きたくない俺は装備には人一倍気を使っていた。
それをハロウィーンイベントの衣装などと一緒にされるのは腹立たしい。
年中チャラチャラした服装で着飾っているもこもこの様なやつと同じと思われたくない物だ。
やつ曰く、
「お洒落装備は重要にゃー! 戦闘のモチベーションがあがるにゃー!」
だそうだ。
お洒落装備はいいが戦闘の火力を落としてまでお洒落をする意味がわからない。
大抵火力が落ちた分は他のパーティメンバーが割り食う事となるのだ。
その点、おまわりさんは体力こそ初心者冒険者以下ではあるが、装備には気を使っているようだ。
その部分についてだけは好感が持てるところである。
装備は力。
俺はその事においてだけは妥協を許さなかった。
そこで俺はおまわりさんの装備を褒めてみる事にした。
「おまわりさんの装備はとても気を配られていて素晴らしいですね」
「誤魔化すんじゃない! こちらが質問をしているんだ!」
全く取り付く島もなかった。
「お取り込み中失礼致します。いかがなさいましたか?」
俺とおまわりさんがあーだこーだと牽制をし合っている中、1人の女が話の間を割って入ってきた。
「なんだね君は、この子の関係者かね?」
おまわりさんがその女に質問をすると、その女は突拍子もない事を言い出した。
「申し遅れました。私、深草高校の教師をしております、天羽睦月と申します。そこにいるコスプレをした子は当校の生徒です。何か不手際
がございましたら私からきつく指導致しますのでご容赦いただけませんでしょうか」
それを聞いたおまわりさんは、うーむと唸りながら腕組みをしつつ考え込んでいた。
考えながらもその視線はその女の顔と胸の膨らみを往復しながら口元が緩んでいた。
ここは見逃した方が後々の為に有利と考えたのだろうか。
「わかりました。今回は先生に免じてお咎め無しとしますが、何かあった場合はご連絡くださいね」
ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべつつ、先生と呼ばれるその女におまわりさんは紙を渡していた。
何とかその場は収まった様子だが、目の前にはおまわりさんの変わりに先生がいる。
状況はあまり変わっていない様に感じるが、威圧的な態度で接してくる相手よりは幾分かましと言えよう。
俺はおまわりさんの詰問から助けてくれたその先生と呼ばれる女を訝しげな目で見ていた。
その先生は先程、自分の名前を<睦月>と名乗っていた。
どの世界にも似た様な名前や流行の名前等はあるとは思うが偶然だろうか。
名前は睦月だが見た目は俺の知る睦月とは違う様だ。
俺の知る睦月の髪色は黒でポニーテールで結べる長さだが、この睦月は髪色はやや茶色がかっており耳が若干隠れる程度のボブだった。
服装が違う事はもちろんではあるが、一番違うのは胸の大きさだろう。
俺の知る睦月は貧乳だが、この睦月は着ている服が可哀想になる程引き伸ばされた、いわゆる巨乳というやつだ。
「ちょっと、何処見てるの!」
服、可哀想。と思いながらまじまじ見ていた俺の目線に気付いた天羽睦月は、胸を隠して少々ムッとした表情となっていた。
助けた奴にまじまじと胸を見られていれば癪にも障るだろう。
「すみません。助けて頂きありがとうございます」
俺は目線を胸から外し、軽く頭を下げつつお礼を言った。
天羽睦月は若干照れくさそうな表情をしていた。
「いいのよ、ところで聞きたい事があるんだけど……」
「なんでしょうか?」
天羽睦月はモジモジとしながら俯いたり俺をチラチラ見たりしている。
そんな行動を見ていると、天羽睦月は意を決した様に口を開いた。
「さっきの……なに? どうやったの?」
天羽睦月は目を爛々と輝かせ鼻息荒く俺に問いかけてきた。