2度目の悲劇
俺は、梅園寺邸へ向う為電車に乗っていた。
数日前までこの世界に滞在していたという事もあり、バイトで稼いだ金がまだ残っている。
コウタと一緒に乗った電車も、今では一人で目的地まで移動出来る程となっていた。
目的地の下野の駅に着くと、俺は急いで梅園寺邸へと向かった。
相変わらず大きい敷地の梅園寺邸は、目立つ為直ぐに分かった。
ここも何度となく通った道である為、迷う事もなくなった。
梅園寺邸の門へと到着すると、インターフォンを押す。
程なくして、インターフォンのスピーカーからいつもの執事の声が聞こえて来た。
「はい、どなた様でございますか?」
「上杉です。リオナールはいますか?」
「これはこれは上杉様。どうぞお入り下さい」
俺は、自動で開かれた門を潜り中へと入って行った。
庭園に続く道を抜け、目の前に見える邸宅へと進んで行くと、入り口にはメイドや執事が並んでいる。
その中にリオナールも一緒に待ち構えていた。
「ケン! やっぱりお前も飛ばされていたか」
「また来ちまったな……」
「ああ、どうなってんだ……」
「とりあえず新しい情報も仕入れて来たんだ」
「そうか! じゃあ中で話そう」
「茉莉華お嬢様もいるか?」
「ああ、お部屋でお勉強中だ」
「茉莉華お嬢様も関わる話の可能性もあるから呼んでくれないか?」
「……わかった」
訝しげな顔をしながら、リオナールは近くにいた執事へと茉莉華お嬢様を呼ぶ様に伝えていた。
俺達は、そのままメイドに部屋へと案内され、茉莉華お嬢様の登場を待ちつつ用意されたお茶を飲んでいた。
今回の転移は温かいお茶がよく出される。
天羽宅で出された、安いスーパーで買った様な緑茶とは訳が違う。
甘く、鼻から抜ける臭いは高級感に溢れている。
お茶の旨みを堪能していると、ドアをノックする音が部屋へと響いた。
礼儀作法のしっかりしているこの家の者達は、返事をするまでドアを開けて入って来ないのだ。
「どうぞ」
「失礼致します。上杉様、お久しぶりでございますの」
「ああ、また来てしまったよ」
「お話とは何ですの?」
「まずはそこに座ってくれ」
「はいですの」
茉莉華お嬢様をリオナールの隣へと座らせる。
俺は、天羽母から聞いた話を頭の中で纏め直し、2人へと知っている限りの情報と俺の見解を交えて話していった。
「……と、まぁこういう事だ」
「うーん……ちょっと眉唾物の話だな」
「そうなんだよ」
「それで、俺の操作をしているのが茉莉華なんじゃないかというんだな?」
「その確認も含めてここに来たんだ」
「私はゲームはやった事はありませんの」
「そうだよな、そんな暇なさそうだしな」
「ですが、私の通う憐香女子学園中等部のお友達にはそういったゲームをやられてる人もいらっしゃるみたいですの」
「その子もお金持ちの子か?」
「私の学友は、皆資産家の方のご息女の様ですの」
「金持ち集団か、恐ろしい……そのゲームやってる子と会えるか?」
「お話はしてみますが、少しお時間いただけますの?」
「なら俺が聞いて置くから、ケ ンは睦月ともこもこがこちらの世界に来ているか確認してもらえるか?」
「わかった」
リオナールの操作をしている人らしきご学友のお嬢様の聴取はリオナールに任せ、俺は俺で睦月、もこもこが以前に飛んだ先に居た場所へ向かう事になった。
まずは、ここから近い睦月の回収へ向う事にした。
睦月は、東大附属病院で手伝っていると言っていた。
ここからなら歩いて行けない距離でもないだろう。
睦月の事だから、飛ばされたらまずはその東大附属病院へ向かい、剰え手伝いまでもしているに違いない。
某もこもこの様に、落ち着きがなく1つの場所に留まっていない様な事もないだろう。
そんな事を考えている間に東大附属病院へと到着していた。
到着したのはいいものの、どうやって睦月を探すかだ。
まぁ、その事に関しても人に聞けばすぐ分かりそうな物ではある。
この世界には魔法という概念がない。
魔法を駆使して、手をかざすだけで人を治癒する能力など他に出来る者はいないだろう。
その特徴をそこらの職員に聞いて回れば、すぐに居場所くらいはわかりそうではある。
まずは<外来>と書かれた所にいた、受付嬢と思われる女に居場所を聞いてみる事にした。
「すみません」
「はい、どうされましたか?」
「ここに手をかざすだけで怪我を治癒してしまう様な人っていませんか?」
「あー、はい。睦月先生ですね。いらっしゃいますよ」
「そいつ知り合いなんですが、どこにいますか?」
「少々確認いたしますのでおまちください」
受付嬢はそういうと、どこかに電話を掛け始めた。
5分程待っただろうか。
受付嬢より声を掛けられた。
「お待たせいたしました。只今担当の者が参りますのでこの場で暫くお待ちください」
「わかりました」
担当の者ってなんだ?
睦月が来るんじゃないのか?
今忙しくて手が離せないって事なんだろうか
更に待つ事20分。
ようやく担当の者と思われる、白衣を身に纏った中年の男が声を掛けて来た。
「お待たせ致しました。睦月さんのお知り合いの方ですね?」
「はい、そうです」
「少しお話があります。ここでは何ですので場所を変えさせて下さい」
「わかりました」
白衣の中年に案内され、関係者のみが立ち入れる区域の小部屋へと連れて来られた。
部屋の中は、質素な皮製のソファーとローテーブルが真ん中に置かれ、部屋の隅にテレビが置かれているだけの簡素な作りとなっていた。
白衣の中年は、ローテーブルを挟み俺と向かい合って座った。
お話について俺が考えていると、白衣の中年は神妙な面持ちとなり、ぼそりと話始めた。
「睦月さんからお話はある程度聞いています。この世界の方ではないのだとか」
「そうです」
「あなたも同じ世界から来た方なんですか?」
「はい、睦月とは別の場所には飛ばされてはいましたが、飛ばされる直前までは一緒にいました」
「そうなんですね。甚だ信じがたい話ではあったのですが」
「それで、今睦月はどこに?」
「それなんですが……睦月さんは逮捕され警察に連れて行かれました……」
「逮捕ですか!?」
白衣の中年より驚愕の事実が発せられた。
この世界についても、滞在中に勉強を重ねある程度の事は分かる様になっていた。
最初はおまわりさんと言っていた者が警察官だという事。
悪い事とされる事をすると警察に捕まり逮捕されるという事。
そして、今睦月が逮捕されたと言っていた。
どういう事だろうか……
「何故……逮捕されたのでしょうか」
「睦月さんの癒しの力は素晴らしく、初めて拝見した時に我々からお手伝いを懇願致しました。それから暫くお手伝いをして貰っていたのですが……」
「それだけで何故逮捕に繋がるのですか?」
「はい。この国は、人に治療を施す為には医師免許が必要になります。睦月さんにはその医師免許がありません」
「魔法ですからね」
「はい。その事が有名になり過ぎて、警察にマークされていた様なのです」
「暫くは戻って来れないのでしょうか?」
「事情聴取は行われているでしょうが、我々がお願いした事ですし罰金を当院でお支払いして釈放を要請する予定です」
「そうですか。では、こちら僕の連絡先です。進展がありましたらご連絡下さい」
「わかりました」
睦月は警察に捕まっていた。
良い行いはするもんじゃないなとつくづく思ってしまうな。
事の顛末をまずはリオナールへと伝え、今後の方針を決める事とした。
伝えると言っても、俺の携帯は着信専用だ。
メッセージアプリでリオナールへとメッセージを送り、返信を待つしかないのだ。
一刻を争う時には非常に歯痒い仕様である。
リオナールからの返信を待つ間、俺は天羽宅に戻り時間を潰す事にした。
ただ、この時間だと普段天羽は学校に行っている為、中に入れない可能性もあるが……
天羽宅へとやってきた。
予想とは裏腹に、天羽宅にはまだ天羽母が滞在しており、すんなりと中へと入る事が出来た。
中に入り定位置に座ると、天羽母に温かいお茶を出され一息付いた。
ある程度ほっこりした所で、リオナールの事、睦月の事を話していった。
「……と、まぁこういう状態になってる訳だ」
「やっぱりリオ君も睦月も飛ばされていたのね」
「もこもこはまだ不明だが恐らく来ているだろう」
「リアル睦月ちゃんも見てみたいわ~」
「自分が自分のキャラに会うってどういう感じなんだろうな」
「今日リオ君とリオ君の中の子が会ってるわけよね」
「そうだな。後で連絡は来ると思うが」
「リアルリオ君もどんななのか見てみたいわね」
「リアルリオナールは中の人の事を言うんじゃないのか?」
「リアルにいるリオナールキャラって事よ。リアルの中の人は女の子だしね」
「なるほどね」
リアルという表現が現実世界という事の様だが、俺達の世界での俺達もリアルではある。
どちらの世界を基準にして見たら、という事だとは思うが、何やらモヤモヤする話だ。
暫く天羽母と談笑をしていると、リオナールからの着信が入って来た。
『遅いぞ、リオナール』
『ごめんなさい。リオナール様ではなく茉莉華ですの』
『ん? 茉莉華か。どうした? 俺の送ったメッセージは見てもらえたのか?』
『はい、そちらも大変だった様ですが、こちらも大変なんですの!』
『何かあったのか?』
『はい。私のお友達のゲームをやっている子を連れてまいりましたの。それでお話を聞く為にリオナール様の元へ連れて行ったのですが……』
『うん、それで?』
『リオナール様とその子がお互いを認識した瞬間にリオナール様が消えてしまいましたの……』
『消えた!? また逆転移したのか?』
『いえ……前回の時とは様子が違うようでしたの』
『どう違ったんだ?』
『リオナール様の体にノイズの様な物が走っ たかと思った瞬間に、体が透ける様にして消えて行ってしまいましたの……』
『透ける様に消えた……だと?』
『はい……』
『それで、その子はリオナールの中の人だったのか?』
『どうやらその様ですの。リオナール様を見た瞬間に大層驚いていましたの』
『そうか……わかった。とりあえずこっちで状況を整理してまた連絡する』
『わかりましたの……』
リオナールが透ける様にして消えてしまった?
リオナールの中の人とお互いを認識した瞬間に?
どういう事だ……
頭の中の整理が追い付かない。
今は俺1人だ。
コウタからも未だ連絡がない。
意見を求められる相手と言ったら今は、この世界と元の世界の両方を知っている天羽母だけだろう。
まずは状況の整理がてら、話の内容を天羽母に聞いてもらい意見を貰う事とした。




