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逆転移、成功!?

もこもこにこの世界の事を全く話さないまま5日が経過した。

光の速度で空間の歪みの生成実験日である。


この5日間は特にこれと言って何かをしていた訳でもなく、ただ梅園寺邸と天羽宅を行き来していただけだった。

暇をしていたのだから、もこもこにこの世界について話してやってもよかったのだが、奴が特に聞いて来なかったのだ。

あいつはどこの世界にいてもやる事は同じの様で、考えている事も一緒だ。

梅園寺邸内の物珍しい品々を目にしてあれこれと質問はするが、全く頭に入っていなく直ぐに右から左へ抜けて行く。

流石格闘士さん、回避能力はこんな所にも生かされるのですね。


天羽宅に滞在している時は、実験の内容とその原理についての可能性を天羽と議論していた。

国語教師の天羽は、理系分野には少し弱い様で参考になる様な話は聞き出せなかった。

ただ、ブラックホールとホワイトホールという理論が可能性として考えられるという事は聞けた。

光の速度で空間の歪みを発生させた時、そこにブラックホールが発生すると過程すると、辿り着く先はホワイトホールとなるのではないかという。

しかし、これも曖昧な話であり確実性に欠けるという。

もし空間の歪みにブラックホールが発生した場合、まずは自分達が飛び込む前に何かを投げ入れて安全性を確かめた方がいいとも言われた。

流石は教師のいう事である。

まず梅園寺グループの情報網で追跡可能な信号機を備え付けた機械を用意してもらって、それを投げ込んでみよう。


一通りの議論が終わると、天羽も実験が気になるという理由で当日は参加すると言い出した。

どうせ実験は二の次で、イケメンリオナールを一目拝んで置きたいのが正直な所だろう。

まぁ話も聞いてもらったし、恩もある。

学校の休みの日と上手い事日程も被っている事だしよしとしよう。


---


実験当日。

天気は快晴、実験日和である。

指定時間に差し迫り、続々と関係各位が集まって来る。

梅園寺チームは車で集団移動だった様である。

例によって、もこもこは魔導兵器がなんだかんだと騒ぎ立てていた。

職場から来る睦月が少し遅れている為、喚き散らしているもこもこを宥める手段が無い状態であった。

普段であれば五月蠅いもこもこなど放置に尽きるが、この場所に人が集まって来るのは厄介だ。

何とかして大人しくさせたい所である。


困り果て対策に講じるメンバーに光明が差し込む。

動物好きの天羽である。

用事を済ませてから行くと言ってやはり遅れて到着した天羽であったが、ベストタイミングでやって来た。

到着するなりリオナールに駆け寄るのかと思いきや、隣を歩くもこもこが目に入ると目の色が変わったのだ。


「イヤーー! 何この謎生物!! ちょっともふもふさせなさいよ!!」

「フ、フギャー!」

「ちょっとだけよ……! 痛くしないから!! お姉さんの言う事聞きなさい!」

「いや、ちょっと……! 誰にゃ! けんじろ! 助けるにゃ!」

「にゃ! とか!! 口調まで可愛いじゃない!」

「ダ、ダメにゃ! リオニャ守るにゃ! ニギャーーーー!」

「じゅるり……」


恍惚の顔をする天羽に、既に手籠めにされなす術なく翻弄されるもこもこを、安堵で肩を撫で下ろす様に見つめる他メンバーであった。


睦月も恍惚な顔はしていないものの、もこもこをよく撫でまわして満足気な顔をしている。

そういえば、天羽も名前は<睦月>だったな。

偶然だろうか……


そんな事を考えている所に、丁度良く睦月が到着した。

これで今日のメンバーが全て揃った。

知らない者同士も中には居た為、各々自己紹介をしていった。


リオナールの紹介になった所で、天羽はもこもこを撫でくり回す手を止めリオナールに視線を送っていた。

どうせリオナール見たさにやって来たというのは目に見えているのに、「ふーん、まぁまぁね」などとわざとらしい事を呟いていた。


メンバーの顔合わせも終わった所で、本日の実験概要を改めて説明していく。

まず、光の速度で空間に歪みを生成させる為、1点凝縮で俺の最上位雷魔法デザストルトネールをぶち当てる。

デザストルトネールは、指定範囲内に無数の雷を降らせる魔法である。

その指定範囲内に居る標的が少なければ少ない程威力が増し、複数の雷が集中する。

指定範囲は任意で狭めたり広めたりする事が出来る為、故意に狭めて威力を増したり広めて複数にダメージを与える事も可能である。

今回は1点凝縮となる為範囲を極限まで狭める。

また、標的も小さい物を使用し凝縮度合を高めて行くのだ。


無事標的に着弾し、目的通りに空間の歪みが生成された場合、事前に知らせて用意して貰った梅園寺グループお手製の追跡信号付きの機械を投げ込む。

追跡担当は、ギャラリー兼お供に付いて来た執事の楠の役目である。

投げ込んだ直後に信号を解析し、この世界に存在しているのかどうかを確認する。

機械が破損してしまった瞬間に直ぐに分かるという優れ物なのだそうだ。

相変わらずこの世界の技術には脱帽する。


機械が破損もしておらずこの世界で追跡が不可能な場所にあるという事が判明した場合、次は動物に生命反応を検知出来る機械を取り付けて投入する。

生命反応が途絶えた場合、実験は中止。

途絶えずやはり追跡不可能だった場合は突入となる。


突入後、この世界でも元の世界でもない場所に着いてしまう可能性はある。

だが、元の世界に戻れないのであれば、この世界ではない場所に飛んでしまっても構わないのだ。

元の世界ではない場所にいるという事実は変わらないのだから……


---


実験の概要を説明し終わった所で、周りに被害が出難いであろう場所へ事前に準備していた標的物を置く。

標的物は販売している中で一番サイズの小さい空き缶にした。

金属である為、電気も通しやすく雷魔法を当て易いからである。

空き缶を目的地へ設置すると、天羽がぼそりと言葉を漏らした。


「空き缶が標的なんて、最初に会った日の事思い出すわね」

「ああ、そう言えばあの時も空き缶に雷魔法を当てて見せてやったんだったな」

「色々な事があったけど、この実験が成功したらもう居なくなっちゃうのね……」

「まぁ、そうなるな」

「少し、寂しくなるわね」

「死ぬ訳でもあるまいし、また会える日が来るかもしれないだろ」

「そうね。そんな日が来たらまたうちに泊めてあげてもいいわよ」

「ああ、その時はそうさせてもらうさ」


しんみりとした空気の中、天羽に言われた言葉で今日までの事を思い起こしていた。

思えばあの時はこの世界の事は何も知らなかったが、今はある程度の事は理解出来ていた。

天羽に助けられ居候をした事。

流れで学校に通いコウタに出会った事。

天羽とコウタに魔法を教えてやった事。

コウタの特技で稼いだ金でメイド喫茶に連れて行ってもらった事、はいいか。

実験を成功させるには梅園寺グループの力も必要不可欠だ。

この世界に来て、元の世界に戻る為には全て必要であり繋がっている。

全てがいい思い出だ。

冒険の日々を暮らす俺にとって、この世界での出来事は新鮮であり、悪くはなかった。

たまにはこんな事があってもいいもんだな。

元の世界に戻ったら、忘れない様に日記にでも記して置こう。


「時間も無いし、そろそろ始めるか」

「ああ、わかった」

「宜しくね!」

「がんばるにゃー!」


大きく深呼吸をし、気持ちを切り替え腰にぶら下げたゾーグルポールを手に持ち魔力を込める。

快晴で雲一つない空に、俺達の居る場所の上空にだけ暗雲が集まり始める。

その暗雲は徐々に大きさを広げ、ゴロゴロと音を立て雷雲となって行く。

今にもけたたましい音を鳴り響かせ降り注ぎそうな雷は、その勢いをどんどんと増して行く。

丁度良い頃合いを見計らい、標的物となる空き缶へと照準を合わす。

指定範囲を空き缶の大きさへと狭め、しっかりと目標が定まったと同時に詠唱が完了した。


「デザストルトネール!!!」


雷雲より大きな束となった一筋の雷が空き缶目がけて降り注いだ。

目標地点との距離は目と鼻の先である為、光と音が同時に届く。


----- ビシャーン! -----


着弾と同時に大気を震わせ、振動波がビリビリと体を通って行った。

標的の空き缶は黒焦げになりながらはじき飛び、近くの川へと飛び込んで行く。

衝撃波から顔を庇い覆っていた腕を降ろして着弾した辺りに視線を向けた。



何も無かった。

空間の歪みなど存在もせず、ただ地面に焼け焦げた跡が付いているのみであった。


「何も……無い?」

「失敗みたいだな……」

「凄い勢いの雷でしたのに……あんな雷私初めて見ましたの」

「だめだったか」

「何にゃ? 失敗にゃ?」

「うーん……やっぱり小説の話だったって事かなー。でも確かに凄い雷だったなー!」


俺達には見慣れた雷魔法でも、この世界の住人には初めての体験であった様だ。

あれ程指定範囲を狭めて撃ったのは初めての経験ではあるが、予想は大方付いていた。

やはり元の世界で空間の歪みが出来る事も無かった訳でもあるし、この世界でも魔法の概念がないとはいえ同じく出来なかったのだ。

何はともあれ失敗である。


上空を漂っていた雷雲は全てを放出し終わり、何もそこには無かったかの様に散っていた。

元の快晴状態へと戻っている。

空を見上げながら、元の世界へと戻る方法をまた失った事にしばし茫然としていた。

他のメンバーも、やはり失敗という言葉が重くのしかかったかの様に口を開く者が居なかった。


元の世界に戻りたい。

どうしたら元の世界に戻れるのだろうか。

方法はあるのだろうか。

考えても考えても答えは出て来なかった。


暫しの無言が場に静けさを与えていた。

そんな時だった。

コウタが驚愕の表情をしながら叫び出した。


「おい! 上杉達の体なんか光ってないか!?」


コウタが言う通り、俺、リオナール、睦月、もこもこの体を光が包み込み始めていた。

その光は体から一定距離まで広がると、収縮を始める。

収縮を始めた光は、俺達4人の体を光の中へと飲み込み始めた。


「おい! ケン! これってまさか!?」

「一度しか見た事ないが多分そうじゃないか!?」

「まさか俺達もど……」


収縮が完了した光は霧散し、その場から4人の姿は跡形も無く消え去っていた。

残されたこの世界の住人達は、ただ茫然と霧散する光を見つめていたのだった。

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