異世界?
そこは今まで各地を冒険してきたはずの俺にも全く見たことのない風景だった。
目の前には薄汚れた水が流れる川が広がり、遠く対岸には街?とも思える建物が無数に建ち並んでいた。
少し離れたところに高レベル者専用ダンジョンの様な一際高い塔が建っている。
俺はリターンポイントに戻る事に失敗してしまったのか?
そうも思える様な見たことのない風景に頭の整理が追い付いていなかった。
辺りを見回し徐々に冷静さを取り戻した俺は色々と再確認を始めた。
まずは装備を確認する。
服装は全滅した時のまま、武器もしっかり握られている。
鞄も持っている。中身もごちゃごちゃはしているがいつもの通りだ。
特に体に痛い部分も感じず動かしづらい部分もない。
いつものリターンポイントに戻る時の様に変わらずここへ飛ばされたようだ。
周りの風景を改めて観察する。
推測の域を出さないが改めて見ると目の前に流れる川は汚い。
自分の生まれ育った土地の川と比べると明らかに汚い。
暫く見ていると、どこかで似たような川を見たことがある事を思い出す。
これはハイヒッポリット族の縄張りにレベリングに行った際に見た川に似ている感じがした。
モンスターの縄張りとされる地方は荒廃し、川も汚染されきった水が流れている。
そう考えると、ここはモンスターの縄張りに近いところなのではないかと感じた。
だが、そうかと思い見る角度を変えてみると対岸には何やら高い建造物が複数並んでいる。
差し詰めモンスターの進行を食い止める砦といったところか。
川の上流を見てみると高レベル者専用ダンジョンのごとく他とは比べ物にならない程高い塔がそびえ立つ。
この汚染された川の上流に建つ高い塔。
そこがきっとここら辺一帯を縄張りとするモンスターの居城なのだろう。
もう少し周りを見渡してみると今立っている場所に目が行く。
この辺りだけ不自然に植物が多いな。
リターンポイントには神聖な力が宿ると聞く。
ここにはモンスターが寄り付けない神聖な力が働いているのだろう。
妙に納得した俺は今度は川の下流に目を向けてみた。
なんだあの頂上の造形物は……
砦群の中に一際目を引く建物がそこにあった。
シンボルなのだろうか……
その土地にはその土地の理念がある。
今はその建物の頂上にそびえるそれから目を離し見なかった事にした。
この場に留まっていても仕方がないと考え、俺は周辺を注意しながら探索をしていった。
進む方向を考えた結果、あの白い巨塔がそびえ立つ上流に近づくのは危険と判断した。
パーティを組んでいるのならまだしも今はソロだ。
複数の敵に囲まれたら恰好のディナーと化すだろう。
モンスターの強さもわからない状態で居城を目指すのは危険過ぎる。
一先ず安全であろう植物の生えている一帯から見て回る事にした。
まずは川とは反対側へ進む事にした。
だが、数歩進んだところで植物が茂る一帯はすぐに終わってしまった。
この土地は荒廃が進み神聖な力も広く行き渡らないのだろう。
そう思ったのもつかの間、目の前には対岸に広がる砦群をはるかに凌ぐとてつもない数の高い建物が並んでいた。
なんだここは……町……なのか?
そこはとてもではないがモンスターの縄張りに近い土地とは思えない程の建物が見渡す限り並んでいる。
もしくはモンスターの進行が町まで迫っているのかもしれない。
そう考えると建物や街並みにも合点がいく。
俺が育った町は大体が木造の建物で高くても2階建てまでしかない。
一番高い建物は櫓や砦と相場が決まっている。
だがこの町はすべてとは言わないが石造りになっている。
道までも石で出来ている。
モンスターの進行に備え頑丈に造られているのだろうか。
そうは言ってもほぼ全ての建物や道を石造りにするなど俺の育った町ではそう容易い事ではない。
石造りやレンガ造りの建物、舗装された道などは王都くらいな物だ。
そう考えるとこの土地の領主はとんでもない貴族か王族なのだろう。
もしかしたらここがこの土地の王都なのかもしれない。
だとすると俺の生まれ育った土地、グランビューテルではまず考えられない程の莫大な財産を持っている王族になる。
という事は必然的にこの土地はグランビューテルではないという事になる。
やはり俺は異世界に飛ばされたようだ。
町と過程してもやはり闇雲に歩き回るのは危険すぎる。
いつモンスターに出くわすかもわからない上に、この土地に住む住人達も平和的とは限らない。
まずはいつ襲われてもいい様に戦える準備をしなければならない。
俺は鞄の中身をまさぐり回復液を所持しているか確認を始めた。
ヒーラーのいないソロの場合回復手段がない事は命取りとなる。
鞄の中から回復液を取り出し数を確認する。
1・2・3……10か。まぁこんな所だな。
買い置きなど普段全くしない俺は回復液を購入した記憶が低レベル以降全くなかった。
ダンジョンに出向き宝箱やモンスターが落とす回復液を鞄にぶち込んで整理をしなかった事が幸いしたようだ。
普段クレリックの睦月がいるおかげで回復液の出番はない。
モンスターからのダメージも全て聖騎士のリオナールが一手に引き受けてくれる。
脳ミソまで筋肉のもこもこは馬鹿みたいにモンスターに突っ込み範囲攻撃を食らっては睦月に仕事を増やしていたが……
遠隔から魔法をぶち込む俺にはほぼダメージは無かった。
あいつらどうしているだろうか……
他の3人はしっかりリターンポイントに戻れているのだろうか。
そんな事をしばらく考えていたが考えていても仕方がない事だとすぐに気づき行動をする事にした。
闇雲に動き回るのは危険だがここにいつまでも留まってもいられない。
まずはどこを目指して進むか。
しばらく考えた末、まずは砦のシンボルであろう頂上に造形物がある所へ慎重に進んでみる事にした。
シンボル方面へ植物地帯の中を進んでいると「ガサッ」という音が茂みから聞こえてきた。
一瞬硬直しすぐさま音が聞こえてきた方向へ目を向けると1匹のミーアキャット族の様な動物が姿を現した。
腰に吊るしているゾーグルポールを構え戦闘に備え体制を整えていると、その動物はこちらを見ると「ニャー」と一鳴きした。
その動物は、身構える俺を横目に顔を一撫でし、何事もなかったかの様に俺の目の前を横切り川の方向にある椅子へと飛び乗り横になった。
どうやら危害を加えてこない野生動物の様だ。
俺は胸を撫で下ろし一息つくと、再びおしりから出て来そうな形をしたシンボルのある建物を目指して歩を進めた。
しばらく進むと植物地帯のすぐ傍に大きな川をまたぐこれもまた石で出来た橋が現れた。
橋までも石で出来ているとは、この土地の財力はなんてとてつもないのだろうか。
シンボルの建物は対岸に建っているように見える為、俺はその石の橋を渡ってみる事にした。
石の橋は広く、その上を何やら四角い、しかしそれぞれ形や色の違う謎の物体が高速移動をしていた。
俺は茂みに身を隠しその様子を観察した。
どうやらその物体の中には人間族らしい人々が乗り込んでいる。
人が乗り込み移動の手段として使う道具なのだろうか。
俺はその道具を見て亜種人族の使う魔導兵装を思い出していた。
亜種人族は魔法の類は一切扱えないが、その高度な技術と物を生み出す錬金技術によって魔法に匹敵する能力と力を引き出すことが出来る。
その様な技術をこの土地の種族は生み出せるのであろう。
しかしその技術は錬金術によって生み出される魔導兵装よりはるかに速い移動を可能としていた。
スプリンタースキルでは到底追いつく事が出来ない速度だろう。
なんという高度な技術を扱う種族なのだろうか。
その乗り物は列を作り行き来の方向が定まっていた。
人々が通れるであろう専用の道も端に確保されている様だった。
俺はその端の確保されている道を慎重に進む事にした。
しばらく進んでいると何やら視線を感じた。
俺の横を通過する時、その乗り物の速度を落としこちらを見つめてくる人間族らしい者達がいるようだ。
ある者は指を差し笑い、ある者は見てはいけない物を見た時の様な表情を浮かべていた。
好都合とばかりにこちらもその者達を観察してみた。
人間族らしい者達は装備こそは違うものの、姿形はやはり人間族そのものだった。
姿形は人間族であっても平和的とは限らない。
俺はシンボルの老廃物を目指す事を断念し、ひとまず植物地帯へ戻る事とした。
いつあの乗り物から降り立ち攻撃を仕掛けてくるかわからない。
ましてやあの乗り物自体に攻撃手段があった場合、ソロの俺ではあの数は太刀打ち出来ない。
戦闘になった場合、まず俺はこの土地で魔法を使う事が出来るのだろうか。
そんな不安から魔法が使えるかどうか試して見る事にした。
手始めに初級魔法の炎弾を手近な木に向かって撃ってみる事にした。
ゾーグルポールの先端に魔力を込め、目標とする木へ標的を定めた。
魔力を解き放った瞬間、勢いよくでた炎弾は目の前の木を焼き払った。
よし、魔法は使える!
だがいつもより火力が弱い気がする。
聖霊の加護か大地の気が足りないのだろうか。
体感いつもの7割程度の火力しか出なかった。
念の為目の前で轟々と燃え上がる火を消すために水弾を使って消すことにした。
バシャーンと勢いよくでた水弾は目の前の木を圧し折りつつ火を沈下させた。
やはりいつもより火力が鈍る。
この様子だと戦闘になった場合、魔法で対抗が出来るのか怪しいところだ。
そもそも奴らの能力がどの程度なのかわからない状態で戦闘になるのは危険すぎる。
ぶつぶつと呟き考え込んでいると何やら周りが騒がしい事に気づいた。
辺りを見渡すと数名の人間族が遠巻きにこちらを見ながらざわざわとしていた。
まずい、囲まれた!
戦闘になったらこの数はまずい。
先手必勝で範囲魔法をぶっ放してスプリタースキルで逃げ切るか……
そうこう考えていると間もなく。
「おまわりさん! こっちです!!」
遠くから人間族の声が聞こえてきた。
今俺にも理解できる言葉が聞こえた気がするぞ。
そう思いながら聞こえてくるその声の方向を見ると、1人の人間族に連れられて全身黒い王族近衛騎士団が着ているかの様な服装の人間族がこちらに走り寄って来た。
「君! こんな所で何しているんだ!!」
突然走り寄ってくるその人間族に体制を整えながらも、やはり言葉がわかる事に安堵の気持ちの方が強くなり、その人間族と対話を試みる事にした。