4人目の軌跡
血痕は山の奥へ点々と続いている。
所々木にもたれ休んだのであろう。
一部の木にもべっとりと血が付いている箇所も見受けられた。
それでも頑張って逃げて逃げて、相当な距離を逃げていた。
血痕を追って歩く事30分。
1体の横たわる人影らしき物が目に入って来た。
その風貌は、件のニュースで流されていた映像に映っていた謎の生物であった。
「もこもこちゃん!!」
慎重に様子を伺いつつ近付いていたが、睦月が何かを察知した様に叫び走り寄って行った。
視力が悪い訳でもないが、いちいちもこもこの服装まで覚えていない。
その点、睦月は同じ女という事もありよくもこもこのファッションについて褒めていた。
シーズン毎に変わるファッションにも敏感に反応する位には見て覚えていたのだろう。
走り寄る睦月を追従する様に俺達も走り寄った。
近くで見るそれは、睦月の言う通りもこもこであった。
「もこもこちゃん! しっかりして!」
「う……うぅ……むっちゃん……?」
「そうよ! 今治してあげるからね!」
「にゃう……」
傷の度合いを確認して、睦月はキュア系最上位魔法<デサキュア>をもこもこに詠唱し始めた。
リオナールの使うキュアとは違い、見る見る内に傷が癒えて行く。
流石本職のクレリックと言えよう。
もこもこの周囲を暖かな光が包み、その光が霧散すると共に睦月の手が離される。
それと同時にもこもこがむくっと起き上がると、一飛びしバク宙をする。
体の異常がない事を確かめる様に拳を振り回したり目の前の木を蹴り倒したりしていた。
「おお……おおお!!」
「もう大丈夫そうね」
「むっちゃーん!!」
「もこもこちゃーん!!」
感謝と再開を体で表現し合いハグをする女2人。
ハグをし合う2人の間には激しく変形する大きなプリンが2つと小さな甘食が2つ。
あの谷底の住人に俺はなりたい。
「会えてよかったにゃー!!」
「本当に何とか無事でよかったわ!」
「お前なんでこんな所にいるんだよ。探したじゃないか」
「ボクにもわからないにゃ。聞くも涙語るも涙にゃのよ」
「こんな所で語っていたらまたマタギに狙撃されるぞ。一先ず安全な場所に身を隠そう」
「それならボクの寝床に案内するにゃ」
普段から五月蝿い位に元気が有り余っているもこもこだが、再開と回復の喜びに普段の三割増しにはしゃいでいた。
先頭を歩き寝床の案内をするもこもこは鼻歌を歌い、落ちていた木の枝をびゅんびゅん振り回して歩いている。
危なっかしくて近くを歩きたくない。
このまま気付かれない様に距離を取って、またマタギに狙撃されるのを誘発してやろうかとも思ってしまう。
ご機嫌なガキ大将を先頭に歩く事数分、寝床と呼ばれる場所へ到着した。
そこは切り立った崖に空いた洞穴であった。
中はある程度の奥行きはあるものの、4人入ると流石に狭く感じる広さだった。
寝床とは名ばかりの、枝葉を積み上げられた簡易過ぎるベッドが作られているのみであった。
リオナールが寝泊りしている梅園寺邸の豪華なベッドとはあまりにも格差がある。
これが普段の行いというやつか……
中には灯りの類が全くなかった。
俺は、もこもこの簡易ベッドの一部を使って火魔法を用い焚き火を灯した。
また、入口にはマタギからの襲撃や夜間動物等の侵入を防ぐ為、内部が見えない様に土魔法を使い高い壁を作る事にした。
「けんじろ! ボクのベッドを壊すんじゃないにゃ!」
「いいじゃねーか。もうここには長い事滞在しないんだからよ」
「そうにゃんだけど……ボクの努力の結晶にゃの……」
「まぁそんな事はさて置き、今に至る経緯をざっと説明してくれ」
「さっきも言った通りボクには何でここに居るのかは分からないにょだけど……」
もこもこは腕を組んだり頭を掻いたりしながら、ここに転移されてから今現在に至るまでを思い出しながら語り出した。
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ボクの名前はもこもこ にくうま!
モフモフした物とお肉が大好き!
オシャレも大好きで、ボクのかわいらしいお耳と尻尾が映えるお洋服を今日のイメージでコーディネートするんだ。
オシャレにうといリオニャとけんじろはいつもわかってない。
口うるさく人のお洋服に文句言うなら自分達もオシャレすればいいんだ。
ボクは『かんかくは』なんだ。
イメージやかんかくは大事なんだよ。
ボクの戦闘スタイルはかんかくで成り立っているのだ。
今日はちょっと失敗した……
かんかくがにぶっていたのかな……
extを外しちゃう事はけっこうあるけど、今日はまずかったかな。
ぜんめつしちゃったもんな……
まぁ、またやり直せばいい!
そう思ったんだけど……
どこなんだろう、ここは……
リターンポイントはいつもころころ気分で変えてたから変な所に飛ぶのは良くあるんだ。
ぜんめつして戻るといつもボクだけ遠い所にいたりするからよく怒られるんだよね。
でも『たんきはそんき』と言うからね。
ダメなのはリオニャとけんじろなんだよね。
まぁ、そんな事もあって知らない所に飛ばされちゃうのは良くある事なんだけど、今日はちょっとちがう気がするんだ。
変な所にいるはずなのにリオニャからもけんじろからも怒り声が聞こえてこない。
ボクが声をかけてもトークリングからは何も返事がないの。
おかしいぞ……
とりあえずここは山だね。
木がいっぱい生えているからね。
それくらいは知っているのだ。
山は降りれば村や町に着くのだ。
それも知っているんだな。
どんどんと山を降りていく途中、ベア族に襲われたんだ。
1人の時に限ってこういう目にあうのもなれっ子だ。
ちょっと手を出してダメそうなら逃げようと思ったらあっさり倒せちゃった。
この山のベア族は弱すぎるの。
もっと修行した方がいいのだ。
山を降りきったら畑が広がっていたんだ。
畑はけっこう遠くまで広がっていて、間には道が続いているの。
ボクはその道を先に進んでみた。
しばらく歩くとあんまり見た事の無いような建物があったの。
ボクはリオニャやけんじろとはちがって品がいいからちゃんとノックをしたんだ。
でも誰も出て来ない……
ドアをカチャカチャやってみたらドアにはカギがかかってなかったんだ。
そっと開けて中を見てみたら誰もいなかったの。
ていうかガラーンとしていたの。
中には人が住んでるっていうかんじより物置みたいなかんじだったね。
カラフルな箱が置いてあったり、かべに農作業道具がぶらさがってたりしたんだ。
ボクはお腹も空いたしもう動けないから、近くの畑から野菜みたいなのをもらって来てそこで食べたんだ。
あとであやまろうと思ってたの。
でもお腹いっぱいになったら眠くなってきてそこで寝ちゃったんだよね。
どれくらい寝てたかはわからないんだけど、とつぜん大きな声が聞こえてきて目が覚めたの。
目の前に立っていたのはおじさんだったんだ。
すごいけんまくで怒っていたの。
野菜勝手に食べちゃった事ばれちゃったのかな……
ボクは必死にあやまってみたの。
「何だお前は! 何者だ!」
「ごめんにゃ! 野菜食べちゃってごめんにゃ!」
「何の話だ! 変な耳と尻尾も付いてるし、お前人間か!?」
「人間ではないにゃ! 獣人族にゃ!」
「人間じゃない? 化け物か!」
「化け物じゃないにゃー!」
「来るな! あっちいけ!!」
「にぎゃーー!!」
おじさんは近くにあった農作業の道具を振り回して来たの。
そんなに野菜食べられた事が頭に来たのかな……
ボクはいちもくさんに山へ逃げ帰ったの。
後ろからおじさんが追いかけてくるのを必死でふりきって逃げたの。
……それから山は出ない事にしたの。
気まぐれでたまに降りてみたけど、また化け物って言われたの。
子供なら平気かと思って、ちがう場所から降りたときに見かけた子供に声をかけたら石を投げられたの。
この場所は何かがへんなんだ。
山からでたら『はくがい』されるんだ。
はくがいが何かわからないけどきっとそんなかんじなの。
山から出ないで生活をしばらくしてたんだ。
食べ物は木の実とか動物系のヤツを倒して肉を食べたんだ。
獣人族のボクは生肉でもお腹こわさないからべんりなんだ。
リオニャやけんじろが食べたら、むっちゃんの『げどく』がないとお腹ピーピーになるんだ。
人族は不便だね。
ここの山の獣肉はとても美味しかった。
ボクのふるさとの獣肉はスジが多くてちょっと固くて生臭いかんじがするんだ。
美味しいお肉をたくさん食べられるこの山は、食べ物の楽園かと思ったね。
全部食いつくしてやろうと思って次々に目に入ってくる動物達を倒しては食べ倒しては食べ……
そんなこんなしていたら、ボクを『はくがい』してきた山の下の人達が銃を持って山に入ってきたの。
銃は危ないの……
流石のボクもよけないと痛い思いするの……
銃を持った人達も美味しいボクのえものを狙っていたみたいだった。
残念だけどえものがかぶらないように、見かけたらちがう場所で狩るようにしてたんだ。
たまに銃弾が飛んでくる時があったり、遠くからこっちの戦闘を見ている人がいたりしたけど、『はくがい』される前に逃げてたんだ。
何日かそんな事をくりかえしてたら、最近動物達を見かける数が減ってきたの。
食べ過ぎたのかもしれないね。
食べるものが肉から木の実にどんどん変わってきてお腹があんまり満たされなくなってきたの。
お腹が空いてると動きもにぶくなるんだ。
それでもここの動物達は弱いから倒せてはいたんだけど……
今日は失敗だったね。
久しぶりに見かけた動物に目をうばわれてて銃を向けられてる事に気付けなかった。
気配をさっちしてしっかりよけたつもりだったんだけど……
肩に当たっちゃった。
ボクは逃げて逃げて……途中休みながら逃げて……
寝床までもう少しって所でいしきが無くなって来て倒れちゃったんだ。
あー、もうだめだなーって思ってたところにむっちゃん登場!!
まさに『きゅーしにいっしょー』だね!




