山奥の妖怪
コウタによるキアラへの放課後特訓が続けられている日々を見届ける事、数日。
リオナールから中野県でニュースとなっていた、例のもこもこと思わしき目撃情報の詳細が入って来た。
現地では、マタギと呼ばれる狩猟で生計を立てている人がいるという。
山へ入り、猟銃にて熊や鹿等を狩り、それを食肉や剥製等にして売るのだという。
そのマタギの目撃情報から、現地の若者等に噂が広がり実際に目で見て確かめてみようという輩が幾人かいる様だ。
その中の1人が、件のニュース動画を携帯電話の動画撮影機能で捉えたのだそうだ。
ニュースにはなっているものの、実際には目にした者は少ない。
現実離れした速度で動き回り、動物を確実に仕留めるその力を目の当たりにした者から口コミで話題は広がって行く。
広がる話題は噂話となり尾ひれはひれが付き、物の怪の類なのではないかとまで囁かれて行く。
その容姿から、古来より伝えられし怪談に出てくる妖怪猫又なのではないかと言われているそうだ。
俺は学校で教師をしている天羽に、妖怪猫又について聞いてみる事にした。
天羽は国語の教師だから古い書物の事等も見聞き位はしている様だ。
天羽曰く、一説によると飼い猫が歳を取ると猫又へなるだとか、一見すると犬の様にも見えるだとか定かではないらしい。
昔からの言い伝えによる物で、文献等も複数ありどれが真実かは分かっていないのだという。
結局の所、妖怪の様な生き物が山中に居るという事しか分からなかった。
ただ、実際に現地で見ている人も居る訳だし、目撃情報から場所を絞り込む事も可能なはずだ。
百聞は一見に如かずとも言う。
やはり実際に現地へ赴き実物を拝むしかないという訳だ。
この世界は平和である。
平和であるが故、危害を加えられるという事も少ない。
対人の戦闘での実績はリオナールも経験済みであり、襲われた所で軽くあしらう事は出来るだろう。
だが、仮にその生き物がもこもこではなく、本当に妖怪猫又であった場合を考えやはり細心の注意をして出向く必要はあるだろう。
タンク、アッタカー、ヒーラーの3人であっても相手はたかだか1匹の生き物である。
1匹の生き物ではあるが、1匹のモンスターに4人掛かりで挑み全滅し今ここにいる事も事実である。
少し準備の期間は掛かってしまうかもしれないが、睦月はヒーラーとして連れて行かなければなるまい。
何としてでも仕事を数日休んでもらい同行してもらわなければ。
俺は、リオナールと睦月に連絡を取り、現地へ赴くスケジュールを調整してもらう様に依頼した。
リオナールには移動手段の確保もお願いしておいた。
俺達にはこの世界での移動手段は徒歩、もしくは公共交通機関のみしか選択肢がない。
公共交通機関の使用は金が掛かる。
だが俺達には金がない。
結果、選択肢は徒歩のみとなる。
中野県までの移動距離は車で5~6時間だという。
徒歩で移動なんて何日掛かるか分からない。
リオナールに移動手段の確保をお願いしたのも、梅園寺グループの助力を期待しての事だった。
世界中の情報を手元でちょちょいと得られる能力があるのだから、車の1台くらい運転手付きで用意出来るだろう。
いざとなったら、リオナールにご執心の茉莉華お嬢様を何とか口車に乗せて言い包めてしまえばいい。
後は準備が整うのを待つのみだ。
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キアラがおでこに空き缶を2秒くっ付ける事が出来る様になった頃、リオナールから出発日と集合時間の連絡が入った。
当初の予定通り、移動手段の確保も出来たのだろう。
天羽にまた暫く帰って来ない事を告げると、もう帰って来ないでいいと言われた。
何だかんだ優しく気遣ってくれるものの、照れくさいのかいつも口調はこの調子だ。
素直に心配でもしてくれればこちらも接しやすいものだが。
出発日当日、梅園寺邸へと集合すると、移動手段は車ではなくグループ所有のヘリコプターで移動するという事が発覚した。
車で5~6時間の所を、ヘリコプターでは1~2時間で移動出来るのだという。
上空には特に飛行系モンスターが飛んでいるという事もなく、障害物が無いため早いのだという。
今回は危険地帯に足を踏み入れる可能性も考慮し、コウタと茉莉華お嬢様の同行も断っておいた。
メンバーは俺、リオナール、睦月の3人だ。
現地に到着したらヘリコプターはそのまま踵を返し、帰路に着いてもらう事にした。
いつ帰れるか、どれくらい滞在するか分からないからな。
空の移動は快適であった。
俺や睦月は魔法の知識もあり、浮遊魔法の概念も把握している為、それほど高さに恐怖などは感じる事がない。
だがリオナールはと言うと、いつも重装備で固めている事もあって、浮遊とは無縁の存在である。
その為かは分からないが、上空何千メートルという高さにいるという事実に只々震え上がっていた。
いつも毅然とパーティの最前線で立ち回っている姿からは想像も出来ないその様子に、少々珍しい物を見れたと思い楽しむ事が出来た。
イケメンの顔が歪み恐怖に震えているその姿は見ていて心地よい。
そうこうしている内に、目的地の中野県の目撃情報が上がっていた該当の山の入り口付近へと到着していた。
ヘリコプターは着陸出来る広い敷地が必要なのだという。
その為、目撃情報が上がっている山までは近づく事は出来ても着陸が出来ないそうだ。
目的地から徒歩で20分程手前にある草原の様な場所に俺達は降り立った。
俺達を降ろすと、そのままヘリコプターは何事も無かったかの様に舞い上がり去って行った。
「さて、ではここから目的地を目指す。もこもこが居ればいいのだが……」
「もこもこではない可能性もあるし、フォーメーションを組んで進もう」
「そうだな、隊列は俺・睦月・ケンの順で進もう」
「OK!」
「大丈夫よ。きっともこもこちゃんはここにいるよ」
「そうだな」
対象の生き物がもこもこではなかった時を想定し、いつものジャージ姿ではなく旅装束に着替えてやって来た。
それはリオナールも睦月も同様の事である。
この世界にそれ程強い生物が存在しているとも思えないが、注意は十分にしておいて損はない。
仮に、この世界にもその様な生物が存在しているのだとしたら、きっとこの世界の人々では太刀打ち出来ないだろう。
魔法の一つも使えなければ、普段から軽装な服を着ているだけなのだから。
元の世界でも村人等は普段は軽装で、農作業や商売なんかをしている。
それでも村の周りは柵で囲まれており、その入り口は国から派遣された衛兵がモンスターの侵入から村を守っている。
その衛兵がどれ程腕が立つのかはさて置き、しっかりと武装はしている。
この世界にはそういった衛兵が山からの襲撃に備えている様子などは窺えない。
その事から言っても、やはりこの世界の生物は大した事はないのだ。
だからと言って手抜きをしていいという事にはならない。
やはり旅はしっかりと準備をして万全に行うものなのだ。
どこかのお洒落装備を戦闘中でも着こなしている様な奴とは違うのだ。
そしてそのお洒落さんを今まさに探しに行こうというのだから世話が焼ける。
近い所に落ちててくれればさらっと拾って合流出来たものを……
舗装とまではいかないが、車が通ったであろう事が窺える2本のタイヤ痕の続く道を進む事20分、ようやく山の入り口と思われる場所に到着した。
その場所からは獣道となっており、今までの車が通れた様な道とは異なり足元も悪く木々が鬱蒼と茂っていた。
山の入り口の傍らには、マタギと呼ばれる人が狩猟に来ているのか車が1台止まっていた。
その車を横目に、俺達は山の中へと侵入していった。
暫くは、何事もなく山道を進んでいた。
町の喧騒とは違い、山の中は鳥の囀りや風で木の葉が揺れる音が静かに聞こえていた。
「何も出て来ないな」
「ああ、動物の1匹すらいない」
「まだ山に入ったばかりだからじゃない?」
そんな会話をしていると、遠くから「ピーッ」っという音と共に犬の鳴き声が聞こえて来た。
少し間が開いて銃声が山の中に鳴り響くと、犬の鳴き声も収まりまた元の静けさが辺りを支配した。
「マタギかしら?」
「そうかもしれんな。銃声も聞こえて来たしな」
「音の聞こえて来た方向に行ってみるか」
「ああ、そうしよう」
マタギが銃を放ったという事はその近くに獲物がいたという事だ。
獲物がいるという事は、それを狙うこの山に住むという謎の生物も近くにいる可能性は十分にある。
少しでも情報が得られる可能性がある為、音が聞こえて来た方向へと歩を進める事にした。
5分程山道を歩くと、遠くから犬の鳴き声が聞こえて来た。
直ぐにその犬は俺達の方へと走り寄って来た。
獲物と思われた気配に駆け寄って来たのだろう。
その犬は俺達の姿を確認すると、心なしかがっかりしているかの様子を見せ、走って来た方向へと踵を返し戻って行った。
犬の戻って行った方向へ進んで行くと、片手に猟銃を持った中年と思われる白髪のおじさんが佇んでいた。
俺達の気配を察知した瞬間、猟銃を構えこちらに向けて来たが、獲物ではないと分かると直ぐに猟銃を下げた。
「なんだね、あんた達は?」
「驚かせてしまった様ですまない。実はこの山に出没すると言う謎の生物について調査に来たのだ」
「謎の生物って、妖怪猫又のことかね?」
「そうです」
「今まさにこの銃で撃ってやったところさね」
「撃ったんですか?」
「いやー、当たったんじゃないかと思ったんだがね。素早い動きで直ぐに逃げて行っちまったよ」
「どちらの方向へ逃げましたか?」
「あっちの高い木が生えてる方角だ」
「ありがとうございます。では俺達はその方角へ行ってみます」
「危ないから止めた方がいいだよ」
「危ないのは承知の上です」
「そうかね……」
俺達は猫又の目撃情報を得られた。
マタギの銃に撃たれたと言っていたが当たっているのだろうか。
回避能力の高い格闘士であれば、銃の1発や2発位なら避けられるだろう。
その高い回避能力を有利に使うスキル<無双脚>も存在する。
その猫又と思わしき生き物がもこもこであるならばきっと避けているはずだ。
仮に不意を突かれて銃弾を食らってしまっていても、この世界の銃弾位であれば掠り傷で済んでいるだろう。
掠り傷で済んでいたとしても、普段あのお洒落衣装に手持ちの金を全てつぎ込んでしまうもこもこに回復薬を所持している道理はない。
なるべく早く発見しなければ。
その不安を他所に捜索を続けていると、銃撃が到達したであろう現場へと辿り着いた。
現場を見た瞬間、不安は大きな不安へと変わる事となった。
地面や近くの木々に血痕が飛び散っていたのである。
確実に何処かに銃弾を受けている。
もこもこがその被害者であるならば、これ程の出血を伴う傷を負うだろうか……
マタギの証言によれば、当たったと思った瞬間素早く逃げて行ったという。
その証言の真実味を持たせる様に、逃げて行った証拠に血痕が山の奥へと続いていた。
「銃弾……当たってるな……」
「そうだな。血痕があちこちに残っている」
「もこもこちゃん……大丈夫かしら……」
「まだもこもこと決まった訳ではない」
対象は怪我を負っている。
湧き上がる不安な気持ちを抑えつつ、俺達は山の奥へと続いている血痕を追って更に先へと進んで行った。




