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三人寄れば文殊の知恵

目が覚めるとまたもベッドの上だった。

第一回焼死体験ツアーの失敗後もベッドの上であった。

同じ状況にやはり失敗したのだという事を把握し、落胆していた。


同じくベッドの上と言う事は理解出来るが、先日とは違う場所の様だった。

ベッドの硬さは梅園寺邸の気品溢れる上質な肌触りの物とは別物で、反発も強く少しばかりゴワゴワしている。

部屋全体も見渡す限り白や淡い色で統一された無機質な作りとなっている。

清潔感があると言えばそうとも取れるが、あまり長く滞在したい気持ちは起きない様な部屋である。

意識を失う間際、救急車!病院!という声が聞こえていたがそれがここなのだろうか。

周囲の状況を確認しつつ失敗時の状況を分析していると、部屋のドアがノックされる音が聞こえて来た。

ドアが開くと、そこには全身白い服装を見に纏った女性が立っておりそのまま中へと入って来た。


「あ、賢二郎君意識戻ったんだね!」

「はい、そのようです」

「まだ寝惚けてるのかな? 体の具合はどう?」


そう言われ、自分の体の痛みが各所からなくなっている事に気付いた。

落下直後はあんなにも激痛が体中を蝕んでいたのに今は全く痛みすらない。

リオナールはMPが切れたと言っていた気がするが……


「何ともない様です。全身痛む箇所はない様ですね」

「そっか、よかった。リオ君の回復魔法なんかより断然いいでしょ?」

「???」


回復魔法、今間違いなくそう言ったな……

この世界には魔法という概念がなかったはずだ。

良く見ずに適当に応対していたがこの女何者だ?


足元からゆっくりと視線を上げて行き、その女の姿を捉えていった。

全身白い服装でパンツルックの動きやすい服装である。

スタイルは悪くないが、胸の辺りは残念な事に見事に平坦な草原地帯の様に乏しい。

髪は明るいブラウン系で肩口まで伸ばされており、視界が良く見える様におでこを大胆に出して頂点で結んで後に流している。

優しげな眼差しは全ての者を慈愛するかの様な視線を向けている。

整った顔立ちでにこやかに微笑を浮かべられたその女は良く見知った人物、睦月 ショコラであった。


「誰かと思えば睦月じゃねーか! 睦月もやっぱりこっちの世界に飛ばされてたんだな」

「何? 今まで気付いてなかったの? 通りで余所余所しいと思った」

「悪い悪い。この世界の知り合いは少ないからな」

「相変わらずね。しっかり胸はチェックしてたのにね」

「むぐ……」

「男の子だし仕方ないよね。さっきリオ君に会った時も私の服装みて厭らしい顔してたし……」

「リオナールにも会えたのか」

「賢二郎君が運ばれて来た時一緒に救急車に同乗してたからね。ところで何でそんなにボロボロになってたの? 私が見た時には瀕死寸前だったわよ」

「瀕死には至って無かったという事か……」


俺は睦月に事の成り行きについて説明していった。

何故ボロボロになっていたのか、リオナールとどの様に再会出来たのか、今の現状についてといった所を簡単に掻い摘んで話をした。


「なるほどね、大変だったのね」

「まぁ元の世界に戻る方法を見付けないとずっとこのままだからな」

「私は皆の事は心配だったけど、今やってる事も以前とあんまり変わってないから悠長に構えてた感じかなー」

「睦月は今何してるんだ?」

「ヒーラーですもの。治療よ♪ 今ここの病院で主に怪我人の治療のお手伝いをしているの」

「そうなのか」

「詳しくはまた後でね! 今はまだ仕事中であんまり長話してられないのよ」

「わかった」


睦月はまた日が落ちた頃に来ると言い残すと、手をヒラヒラと振りながら俺の部屋から出て行った。

しかし睦月とこんな所で会うなんてな。

瀕死状態での逆転移実験は失敗に終わったが、睦月に会えた事である意味成功とも言えよう。

俺の神経をすり減らしてがんばった甲斐もあったというものだ。

自分の行った事が報われたという思いと、喋り疲れたという事もあって気付くと眠りに落ちていた。


「……け……う君。……賢二郎君」


まどろみの中声が聞こえて来た

目を覚ますと目の前にはまた睦月が立っていた。

先程の全身白い服装とは違い、この世界の女が着ている様な服装に変わっていた。

外は既に日が沈み、窓のカーテンもいつの間にか閉じられている。

仕事が終わって話の続きに戻って来たのだろう。

そんなにも長く眠りについていたのか。


「さて、じゃあどこから話す?」

「じゃあまずは全滅したあの日から順を追って話してくれ」

「うん、そうね」


---


あの日私達はもこもこちゃんのクエストのお手伝いに参加していた。


いつもリオ君にヒーラーは先に倒れちゃ駄目だって言われていたのについ頑張りすぎてやってしまった。

私が先に倒れてしまったら誰もパーティを立て直す程の回復力を持っていない。

それはわかっていたのに……


瀕死でぐったりと倒れた状態で1人、また1人とモンスターに倒されていく様をただ見ているしかなかった。

私がもっとしっかりしていれば……


失敗は誰にでもある。

次に同じ事をしなければいいんだ。

そう思いながらリターンポイントへと戻ってやり直そう、そう思っていたのに。

次はなかった。


次に目を開けた時、私の目に飛び込んで来たのは見知らぬ場所だった。

何て表現したらいいかわからないけど、とにかく見た事がない物だらけで絶対に私達の世界じゃないってわかる場所だった。


私は木の根元に立っていた。

木は私達の世界でも沢山生えているから分からない事はない。

でもその周りの風景が何を見ても何なのかもわからない。


大きく丸い円に小さな部屋がいくつも付いてゆっくり廻っている。

高く聳え立つ塔の周囲に椅子が付いていて、それに固定された人達が座ってゆっくり上がっていったかと思ったら勢い良く落ちてくる。

長く続く2本のクネクネと曲がりくねった鉄の棒の上を良くわからない物が凄い速度で走り回っていてそれに人が乗っている。

三角の屋根の下を上下しながら回り続ける作り物の馬、それに乗って楽しそうにしている子供達。

少し離れた所には、白く丸みを帯びた大きな建物の屋根が見えている。


どれもこれも何なのかは分からない。

でもそこに居る人達は皆が皆、楽しそうだった。


そんな楽しそうな光景をただ茫然と見続けていると、突然大きな爆発音と黒煙が上がりだした。

楽しそうにしていた人達は突然の惨事にある人は悲鳴をあげ、ある人はその黒煙の方から走って来る。

良く分からない場所ではあったけど何かが起こったんだという事は直ぐに分かった。

私は直ぐにその場から黒煙の上がる現場へ向かった。


私で役に立てる事はないかと現場に来てみたはいいものの、その現場は大変な事態に陥っていた。

壁にモンスターの様な絵が描かれた建物は半壊していて、熾烈な炎は上空まで黒煙を上げる程の勢いで燃え上がっていた。

その様子をただただ呆然と遠巻きに見詰めている人々は、命辛々燃え盛る建物から出て来た人に回復の1つも掛けていない。

こんなに人がいるのにヒーラーの1人も居ないのだろうか……

私は居ても立ってもいられず、逃げ出して来る人々の中から小さな子供や抱えられた怪我の酷い人から先に近づいて行った。


「大丈夫? 直ぐに痛くなくなるからね」

「お医者様ですか? この子を助けて下さい! お願いします!」

「大丈夫ですよ、今助けますから」


目の前にいる女の子の脚は柱の下敷きにでもなったのだろうか、大きく腫れ上がり出血を伴い恐らく骨折している様子だった。

私は手に魔力を込めると、女の子の患部へと手を軽く添え中級回復魔法<サキュア>を唱えた。

苦痛の表情で歪み大粒の涙を流していた女の子の顔は、見る見る表情が緩まっていく。

回復魔法の効果が出ている事が伺える。

回復魔法を唱え終わった頃には、出血で汚れてはいるものの何も無かったかの様に元通りの綺麗な脚へと戻っていた。

その状態を見た女の子の親と思われる女性や、周囲で見ていた人達は目を丸くして驚愕の表情をしていた。


「もう痛くないね?」

「うん、ありがとう! お姉ちゃん!」

「今……何をされたのですか……?」

「えっと……怪我を治癒しました」

「治癒……!?」


女の子は痛みがなくなり、大喜びで飛び跳ね私に飛び付いて来ていた。

親の方はというと、何が起こったのかわからないといった表情をして困惑している様子だった。

その状況を見ていた周囲の怪我を負った人達から、「こちらも診て下さい!」「次はこっちを!」と次々に声が掛かった。


特に重傷そうな人から先に回復魔法を掛けて回っていると、遠くの方からサイレンの音と、「キキーッ!」という音に追随する様に金属がぶつかり合う様な音が聞こえて来た。

程なくして、白いヘルメットを被り水色の上着を着た男性が数名現場へ走り寄って来た。


「救急隊員です! 大丈夫ですか!!」

「こちらの女性が不思議な力で怪我人を次々に治していってくれているのでここは大丈夫です!」

「不思議な力……?」

「うん! お姉ちゃんすごいんだよ!」

「お嬢ちゃん、ちょっと診せてね……」


救急隊員と名乗った男性達は、私が治癒した人達を診て回っていた。

特に問題ない事が分かると、訝しげな表情を浮かべ私に近づいて来た。


「すみません、あなたがこの方々を診ていただいた方ですか?」

「はい、まだ全員ではないですが重傷そうな方から順に回復魔法を掛けていっています」

「回復魔法!?」

「はい、私クレリックをやっていますので回復魔法が専門です」

「何を……?」


理解が出来ていない様な表情を浮かべた救急隊員を捨て置き、まだ怪我の治療が出来ていない人を次々に回って回復魔法を掛けていった。

驚愕の表情を浮かべた救急隊員をよそに、残り僅かとなった怪我人の治療を続けていった。


しばらく続けると、この場に居る怪我人は全て回復しきった様だったので、鞄からMP回復薬を1つ取り出し飲み干すと一息付く事にした。

回復をして回っている間に、全身オレンジの服を着た男性達によって燃え上がっていた建物も沈下されていた。


「君、どんな方法で治療したのかわからないが助かったよ、ありがとう」

「この人数を病院に搬送するのには少々時間が必要だったからね」

「いえ、当然の事をしたまでです」

「ところで、君のその治療能力をもう少し借りたいのだが一緒に来てくれないか?」

「どうかされたのですか?」

「この現場に来るまでの間に、ここから上がる黒煙を見ながら余所見運転をしていた車が玉突き事故を起こしていてね」

「この近くの病院に恐らく多くの怪我人が搬送されているはずなんだ」

「それは大変ですね、直ぐ行きましょう」

「ありがたい。助かるよ!」


怪我人が居ると言われたら断る理由等ない。

二つ返事でその男性達に同行し、怪我人がいるという場所へ移動する事になった。


後に知る救急車へと乗り込み移動した先は、東大学医学部附属病院という場所だった。

そこは複数の救急車が押し寄せている大惨事を伺える様な状況となっていた。

病院へ来るまでの間に通って来た道には、鉄の塊が複数ぶつかり合って原型を留めていない様な物までもあった。

大きなバスと呼ばれる物の中には多くの人達が乗っていたとの事で、怪我人の量は先程の場所とは段違いであった。

部屋に入りきれない程の怪我人が廊下で呻き声をあげたり、泣き叫んでいたりと各々助けを求めている状態に大混乱となっている。

救急隊員に促され、怪我の度合いが酷い人から順に回復魔法を掛けていき次へ、また次へと繰り返しその日は夜遅くなるまでその作業を繰返していった。


ヘトヘトになった私は、あてがわれた部屋で休憩を取っていた。

MPも枯渇し、所持していた全てのMP回復薬も使い切ってしまっていた。

目まぐるしい1日が過ぎ去り、疲れがどっと出て来た事によっていつの間にかその場で眠りに就いてしまっていた。


次の日、ドアをノックする音と共に目が覚めた。

返事をすると、白く長い上着を着た中年の男性と、その後ろにピシっとした服装をした男性が立っていた。


「失礼します」

「はい、どうぞ」

「私はこの病院の院長をしている、馬場と申します。この度はあなたの不思議な能力によって怪我人の治療にご尽力頂き感謝致します」

「事務長をしている高田と申します」

「いえ、当然の事をしたまでです」

「不躾なお願いでは御座いますが、あなたのその能力を見込んで当院でしばらくご尽力を頂けないでしょうか」

「怪我は治療出来ますが、病気までは治せない物もありますがいいですか?」

「十分です! その能力も出来れば当院の医師や看護師にお教えいただけたら助かります」

「回復魔法をお教えしても使いこなせるかどうかは、その人に特性があるかどうかによって変わってまいりますので……」

「そうなのですか。回復魔法……ですか。どこでその様な技術を学んだのですか?」

「治癒術ギルドです」

「治癒術ギルド……ですか」


合点のいかない様な表情で馬場さんと高田さんは目を見合わせていた。

少し時間を貰い、今の自分の状況を話していきこの場所についての情報を貰っていった。

この世界は自分の居た世界とは違うという事、魔法という概念がこの世界にはない事がわかった。


「生活の工面や分からない事等があればなんでもさせて頂きます。この高田になんでも仰ってください」

「ありがとうございます、助かります」

「こちらこそ、ご助力いただくのですからこれ位は当然の対価です」


こうして、私はこの病院でお手伝いをすると共に生活基盤を得る事が出来た。

手伝っている病院にまさか賢二郎君が運び込まれて来るなんてね。

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