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暗中模索2

ドアをノックする音が部屋中に鳴り響いてから暫くの静寂が続いた。

リオナール達と違ってノックして直ぐ入ってくる事も無く、返答があるまで入って来ない様だ。


「どうぞ」

「失礼致しますの。賢二郎様お加減はどうですの?」

「ま、まりかたん!」

「……たん」

「こいつの事は気にしなくていい。体の調子はリオナールのお陰か傷1つないな」

「それはよかったです。この方はどなたですの?」

「ああ、コウタというケンの友人だ。悪い奴ではない」

「そうなんですの……リオナール様がそう仰るなら……」


茉莉華お嬢様は俺の見舞いに来た様に見せかけてリオナールに会いたかったのではないかと思う。

俺には一言声を掛けただけで後はずっとリオナールの方に向き合っていたからな。

それを見たロリコンコウタは、嫉妬の眼差しでリオナールに穴が開くのではないかと思う程の熱視線を送っていた。


「ところで茉莉華。 ケンの自殺願望を次は転落死で満たしてやろうと思うのだが、何処かいい所は無いか?」

「おい! 俺にそんな願望はない!」

「賢二郎様は高尚なご趣味をお持ちなのですね」

「だからちがうって!」

「まぁそれはさて置き、ある程度高さがあって即死しない程度まで調整が可能なところがいい」

「7階位の高さから飛ぶと即死らしいよ! まりかたん!」

「……そういう事でしたら、父の会社の衛星電波を受信する為に建てられている敷地内の電波塔がよろしいかと思いますの」

「あの敷地の隅にある赤と白の縞模様のやつか」

「そうですの。あれなら階段で上がって行けば高さの調整は可能ですの」

「なるほど。では明日はその電波塔でケンの公開自殺と洒落込もうか」

「全く嬉しくないお披露目だな……」

「まりかたん……」


明日の俺の苦行の場所が決まった所で今日は解散となった。

解散となった際、茉莉華お嬢様から最後の晩餐は何がいいかと問われた。

最後の晩餐にはならない、させはしないといつも通りでいいと丁重にお断りしておいた。

茉莉華お嬢様はクスっと悪戯っぽく笑うと、リオナールの後を小走りで追って出て行った。

本当に最後の晩餐にはならないよな……


次の日、俺の公開転落死体験ツアーが開催された。

無駄に広い梅園寺邸の庭の片隅に、ぽつんと佇む赤と白の縞模様の鉄骨の塔が今回のツアー開催地だ。

赤と白の縞模様は何とも言い難いおめでたい様な雰囲気を醸し出している。

まるで俺の転落死を喜んで居るかの様な色彩である。

死んでなるものか!死なずに死にそうになるんだ!

そして俺は元の世界へ帰るんだ!


「では始めようか」

「おー、でっかい塔だなー。 紅白でめでたいし流石まりかたんチョイス!」

「たん……」

「楽しそうだな、お前ら」


コウタの持ってきた本によると7階の高さから飛び降りると即死出切るらしい。

と言う事は7階の高さはアウトと言う事だ。

1階毎の高さを約3mとすると、21mの高さはアウトだ。

この電波塔は外周を階段が沿っていて、螺旋状に上へと昇れる仕組みになっている。

身を乗り出せばどの高さでも選び放題という事だ。


まずは低い高さから徐々に調整していって瀕死状態と即死の間の調度いい高さを探っていった。

5m位であれば飛び降りても骨折程度で済んでしまうだろう。

最初は10m位から試す事となった。


「じゃ、じゃあ飛び降りるぞ。失敗したら即回復してくれよ!」

「ああ、安心して飛び降りろ」

「賢二郎様、ご武運を」

「豪快に飛べー!」


10mも高さがあると梅園寺邸の敷地が一望出来る上、敷地外に広がっている街並みもそれなりに眺望出来る

目の前にある転落防止の柵を乗り越えると、柵の外側に立ち下を眺めた

下にはここに落ちろと言わんばかりの空間を作り円状に待ち構えた3人の姿が見えた

三者三様、コウタは呑気にこちらに手を振り、茉莉華お嬢様は成功を祈る様に胸の前に手を組んでいる

リオナールはいつでも直ぐに回復が出来る様に魔力を込め、構えていた。


冒険をしていれば断崖絶壁の狭い山道を通る事もあった。

一歩踏み間違えれば下に広がる森へと真っ逆さまとなる。

でもその時は落ちない様に慎重に歩いて道を進んでいたし、下を覗き込む様な状態にはなっていない。

今はその真逆で、まさに自ら落ちる為に身を乗り出している。

クッションとなる様な木々も生えていない、申し訳程度に生えている芝生の上に落下するのだ。


失敗したらどうしよう、そんな不安な気持ちが一歩飛び出す勇気を蝕む。

大丈夫、死にはしない。

限界値は21mと分かっている。

でも打ち所が悪かったら?

そんなネガティブな感情が鼓動を早くさせ、呼吸を荒げる。


気持ちを切り替える為、眼下に広がる下野の街並みを眺めた。

元の世界とは風貌も全く異なる、大森林ではなく冷たさを感じる様な建物の数々。

俺はこの世界では生きられない。

元の世界に戻るんだ。


決意を固め、意を決し体を支える為に握っていた柵を離し、体を重力に預ける様にそのまま前へと倒れ込んだ。

フワッと下から来る風の抵抗を受けながら、徐々に体が地面へと吸い込まれる様に近づいて行く。

10mというのは上から見れば高く感じるが、落ちるのは一瞬だ。

徐々にスピードを上げ、地面への距離残り2m。

怖くなってしまった。


気づいた時には既に使い慣れた浮遊魔法<フロート>を使ってしまっていた。


「おい! なにやってんだよケン」

「お、浮いてるぞ、すげーな!」

「……浮いていますね」


浮遊状態で態勢を立て直し、地面へと着地できる状態になった所で効果は切れた。


「すまん……少しビビった」

「ちゃんとやれよ」

「上杉! 今度それ俺にも教えてくれ!」

「次はちゃんとやる」


リオナールに釘を刺され、足取り重くもう一度10m地点まで戻った。

そこからは一度飛んだ事もあり、少し慣れたせいかスムーズに高さを上げていけた。


10m 失敗、骨折

13m 失敗、複雑骨折

15m 失敗、粉砕骨折


とてつもなく痛い。

失敗を繰り返す毎にリオナールの回復魔法が連打され、見る見る体は元の状態へと戻っていく。

体は痛くないが精神的にはきつい。

またあの痛みを感じないといけないのか。

いや、そうではない。

失敗という事は高さが増す。

先程の痛みを超える痛さを体感しなければいけないのだ。

痛みを感じ、回復魔法を貰い元の状態へと戻る。

何の為にやっているのか一瞬分からなくなってくる。

回復しきると共にリオナールに発破を掛けられ次の高さへと昇っていく。

足取り重く階段を一歩、また一歩と進んで行く間に気持ちを整える。

元の世界に戻る為なんだ。

そう自分に言い聞かせ気持ちを持っていき、次の高さに到達する頃には今度こそ成功すると自分を奮い立たせる。


次は17m、そろそろ限界値の21mが見えて来た。

飛ぶ事には慣れてきた。

痛みを思い出すと勇気が出なくなる為、高さを追うごとに下を見ない様になって来ていた。

ここで失敗したら死んでしまうかもしれない。

そんな事を思いながらつい下を見てしまっていた。


17mの高さは10mの時とは比べ物にならないと感じる程高くなっていた。

下にいる3人の大きさも豆粒位の様にも見えた。

既に下にいる3人の声も聞き取り辛い程の高さだ。

ふと3人を見ると、先程まで傍観者の様にお気楽にしていたコウタも、祈る様なポーズをしていた茉莉華お嬢様も少し様子が変わっていた。

コウタは落ち着かない様子で何やらわたわたしている。

茉莉華お嬢様はリオナールを見て何やら話しているが何を言っているのかよく聞こえない。

リオナールはと言うと、こちらに両手を上げ必死に何かを言っていた。

応援してくれているのだろうか。

ここまで来たら成功させたいもんな。


よし、と気合を入れ直し17mの高さから下にいる3人に拳を上げ、勢いよく飛び出した。


「うわー! うわーー! 飛んじゃったぞ!」

「大変ですの! どうしますのリオナール様!」

「ちきしょう! 声が届いてなかったのか! まずいな……」


徐々に近づいてくる3人の様子が応援している姿ではなく慌てふためいている姿だと分かった頃には、既に地面との距離は5mを切っていた。

何かがおかしい気がする。

フロートを使うか?

そう思って魔力を込めた頃には既に地面との距離は1mを超えていた。

最初に飛んだ10mの頃とは明らかに落下スピードが違っていたのだ。

フロートは危機回避魔法の為詠唱速度は速い。

だからと言って魔法を詠唱するかどうか迷っていてはその詠唱速度も意味を持たない。


迷っている間に俺は地面に抱擁されていた。

地面が少し凹んでちょっとめり込んだともいうが。


17mの高さからの落下ダメージは気を失いそうな位の痛みを伴った。

これでもまだ瀕死状態にならないのかと嘆き、次の高さの痛みへの恐怖が沸いていた。

恐怖を感じながらも早くこの痛みからの解放を願い、リオナールへと視線を送った。

しかし、リオナールは回復魔法を唱えてくれない。

愕然とした表情をしたまま俺を見下ろしているのみであった。

なんだよ、なんで早く回復してくれないんだよ。

そう思いつつリオナールを見ていると、リオナールの口からとんでもない言葉が発せられた。


「すまない、ケン……。15mまでの魔法連打でMPが残りわずかになっていた。ケンが飛ぶ寸前で気づいて静止はしていたんだが……」

「どうするよー! 上杉このままじゃ死んじゃうよー!」

「救急車! 救急車を呼びますの!」

「おー! そうだ! 病院に連れてこう!」

「救急車とはなんだ?」

「この世界には回復魔法は存在しませんの。ですから病気や怪我を負った人を治療してくれる場所がありますの」

「救急車呼べばすぐ病院にゴーだ!」


薄れ行く意識の中そんな会話が聞こえると、茉莉華お嬢様がポケットから携帯電話を取り出し慌てた声で何やら話していた。

3人が俺を心配そうな表情で見下ろしている。


「もうすぐ救急車が来てくれますの! 賢二郎様気をしっかり持ってください!」

「上杉ー!」

「ケン……」


そうこうしている内に俺は意識を失った。

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