一方その頃2
「改めまして、お助けいただきありがとう御座いました」
「ああ、レディの救援は断らない主義だ。問題ない」
「レ……!? そ、そうなんですわね」
お嬢様は顔を真っ赤にして俯き、しばらく黙り込んでしまった。
モジモジするお嬢様を見るに、まだレディとして扱われた経験が少ないのだろう。
実に初々しい反応である。
モジモジしつつも色々質問したい事がある様で、チラチラとこちらを見ながら話始めた。
「お名前は何とおっしゃるの?」
「リオナール スラッシュバイトだ。君の名は?」
「梅園寺 茉莉華といいますの」
「茉莉華お嬢様か」
「茉莉華でいいですの。と、ところであの場所で、あ……あの様な格好をして何をされていたの?」
「何をと言われても俺にもわからん。気付いた時にはあの場所に立っていた」
「気付いた時には? 記憶がないんですの?」
「いや、パーティでS級モンスターを討伐して全滅した所までは覚えているが、その後あの場所へ飛ばされてしまったようだ」
「ふぇ!???」
お嬢様は何を言っているのか理解が出来ていない様子であった。
それはそうだろう。
俺もどうなっているのか分からないのだから。
「S級モンスターを倒すゲーム大会……ですの?」
「ゲームではない。そういった事を生業にしている」
「し、失礼しましたの。えーと……」
どうにも話が噛み合っていない様だ。
そもそもこの屋敷に来るまでの間で見た風景はいつもの風景とあまりに異なる。
どうにも別世界にいる様な状況だ。
お嬢様が理解出来るのかは分からないが、その点からまず確認してみる事にした。
「ではこちらから質問をしよう。ここは何と言う土地だ?」
「土地……ですか? 所在地なら下野という場所ですの」
「下野か。やはり聞いた事のない地名だな。見た事の無い乗り物や建造物も見受けられる」
「海外から来た方ですの……? 髪も金色ですし」
「海外と言う所がどこかはわからないが、この土地の者ではない事は確かだ」
「えーっと……どちらから来られた方かは分かりませんが、一つご提案がありますの」
「なんだ?」
「お父様の会社で開発されているシステムで世界中の細かい場所まで探索出来るシステムがありますの。それでリオナール様のお国への帰り方位なら調べる事が出来ると思いますの」
「君の親父さんはどんな仕事をしているんだ?」
「世界シェア80%を誇る、人工衛星を開発・運営している会社ですの」
「人工衛星とはなんだ?」
「簡単に言うと空高く飛んでいる、世界中の人や物の位置を把握出来る機械ですの」
「それはすごいな。是非協力してもらいたいものだ」
「わかりましたの。直ぐにお父様に要請しますの」
茉莉華は徐にスカートのポケットへと手を入れると、中から四角い機械を取り出した。
よく見ていると、どうやら機械の表面をポンポン押している様だった。
その後機械を耳に当てると独り言を話だした。
「もしもし、お父様ですか? 茉莉華です。少しお願いがありまして……」
ひとしきり独り言が終わると機械をポケットにしまい込んだ。
聞くと、携帯電話と言われる遠くの者と話せる機械だという。
トークリングと似た様な効果のある機械である様だった。
茉莉華にトークリングについて説明をしてやると大層驚いていたが、俺としては携帯電話の方が驚かれる物であった。
お互いに異文化、異世界について常識とは異なるものとなり、驚くのは当然である。
暫くはお互いの世界について語り合い、知識を共有しあって時間を過ごした。
その甲斐あってか、ここは俺がいた世界とは別世界であり、俺がその別世界から転移して来たという事は理解してもらえた様だった。
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その夜、茉莉華の父が屋敷へ帰宅し、会食をする事となった。
「お父様、この方が先程お電話でお話致しました、リオナール スラッシュバイト様です」
「茉莉華の父、梅園寺 仂定である。娘の命の恩人と伺った。私からも礼を言わせて貰おう」
「命の恩人とまではいかないだろう。怪しい男に追われていた所を助けただけだ」
「何にせよ、助けて貰った礼はさせてもらおう。娘の話では少々要領を得られていないのだが、とある場所を探したいという事でよろしいか?」
「お父様、その件についてですが少々私の勘違いだった様でして、リオナール様はどうやらこの世界の方ではない様なのです」
「この世界の者ではない……? どういうことだ?」
かくかくしかじか……
茉莉華より仂定へ俺の状況が説明された。
仂定の荘厳な顔付きも、信じ難い内容の話を聞かされ少々怪訝そうな表情に変わっていた。
「なるほどな。にわかに信じ難い話ではあるが、娘を救ってくれた恩人の言う事だ。信じてみよう」
「有難う御座います、お父様」
「それで、場所の特定という事ではなくなったわけだが、何を調べればよいのだ?」
「俺が転移して来た時、俺は4人でパーティを組んで行動していたんだ。俺以外の3人はどうなったのかが気になる」
「ふむ。他3名も同様に転移している可能性もあると」
「そう言う事だ」
「では、他3名を探すと共に、転移の起こった日に何か不可解な現象が無かったかどうか調べてみよう」
「宜しく頼む」
「ありがとうございます、お父様」
こうして、転移事件の調査と他のメンバー捜索を人工衛星システムを介して行ってもらえる事になった。
調査、捜索にはある程度の時間を要するとの事で、結果が出るまでの間はこの屋敷で世話をしてもらえると言う。
ただ世話をしてもらうだけでは気が引けるので、何かやれる事はないかと仂定へ尋ねてみた。
それでは、という事で茉莉華を救出した腕を見込んで、滞在中は茉莉華のボディガードとして同行する様に依頼された。
それを聞いた茉莉華も嬉々とした満面の笑みを浮かべて喜んでいた。
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会食も終わり、俺は滞在する為に与えられた部屋へ案内された。
一通り身の回りの整理が終えた頃、茉莉華が俺の部屋を訪ねて来た。
「今日は本当にありがとうございました。ボディガードの件も暫くの間ではありますが宜しくお願いしますの」
「茉莉華は俺と話す時だけ『~ですの。』って言うんだな」
「口癖ですの……」
「仂定や執事等がいる時に話す言葉は普通じゃないか」
「それは丁寧に話す様に気をつけているからですの。リオナール様とお話する時は親しみを込めて普通に話す様にしていますの」
「そうか、それならいいんだ。改めて宜しく頼む」
「はいですの!」
俺は茉莉華のボディガードをしながら、各地を出歩く茉莉華の傍で各地の様子を観光している気分で見て周った。
勿論、ボディガードとしての仕事を手抜きしていた訳ではないが、俺と遭遇した時の様な危険な事態は滅多に起こらない様だ。
この世界は割と平和な所なのだろう。
ボディガードの仕事も慣れてきた頃、茉莉華が俺の歓迎会を開きたいと言ってきた。
何か好きな食べ物はないかと聞かれた為、なんとなく浮かんだパンと答えた。
それではと、近くで有名な美味しいパン屋に買出しに行くと茉莉華が言い出した。
何となく答えたパンと言う選択が、まさかケンとの再会のきっかけになるとは……
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「と、まぁこんな感じだ。」
「なるほど。それでお前はこんな豪邸に居候しているわけだな」
「まぁ、そうなるな」
「俺があんなパン屋でバイトをしながら日銭を稼いでいるというのに、お前は豪遊か!」
「あんなパン屋とかひどいな上杉……」
「ああ、すまない。そういう意味じゃないんだコウタ。コウタには感謝しているぞ。こいつのラッキーが気に食わないんだ。ついでにイケメン顔も気に入らない」
「確かにイケメンは罪だな」
「それは俺を生んだ親に言ってくれよ。そして豪遊はしていない。ちゃんとボディガードの仕事もしている」
「何にせよ憎らしい……」
コウタはコミュニケーション能力が高い。
俺に学校で話しかけて来た時もそうだが、俺とリオナールの会話にもスムーズに混じっていた。
そんな3人のやり取りを執事は微笑ましい表情で静観し、お嬢様は詰まらなそうな顔で見詰めていた。
「それでだ、偶然ではあるがケンと再会出来たと言う事は、他の2人もこの世界に飛んでしまっている可能性は十分にある」
「そうだな」
「今、ここに居る茉莉華の父の会社の所有するシステムで世界中から情報を仕入れている所だが、ケンがこれだけ近い場所に飛ばされていたという事は、他の2人も近い場所にいる可能性はある」
「そうだな、偶然にしては近すぎるな」
「とりあえず日本国内に絞って情報を探って貰う様に手配してみよう」
「ただ待っているのも不発に終わった時に困るな。俺達は俺達で戻れる方法がないか探ってみよう」
「わかった」
そうは言ったものの、戻る方法などそう簡単に見つかるわけもない。
困った時はコウタ辞書で調べるのが一番だ。
「コウタは何か元の世界に戻れそうなアイディアはないか?」
「うーん……少し考えさせてくれ」
コウタは自分の持てる知識をフル稼働させて何かを考えている様であった。
リオナールはお嬢様や執事にアイディアを尋ねていたが、やはり簡単に出てくる様な物でもなかった。
何も思い付かない状態でただ闇雲に時間が過ぎ去っていき、今日の所は一先ず断念し、日を改める事となった。




