再会
「リオナール! リオナールだよな!?」
「やっぱりケンか! お前もこっちに飛ばされてたんだな……会えてよかった!」
再開を喜ぶ俺達を周囲の者達が怪訝な顔をしながら様子をうかがっていた。
俺は袋詰めの手を止めてしまっており、リオナールはお嬢様から目を離してしまっていたからだろう。
俺は勿論仕事中であり、リオナールも恐らく仕事中なのだろう。
2人とも周囲の関係者に諌められ仕事に戻る事になった。
30分はパンの袋詰め作業をしていただろうか。
次々と袋に詰め込まれたパンを執事とリオナールに渡し、それを外で待機する黒服へと渡すバケツリレーが繰り広げられていた。
全てのパンを渡し終えると店長が必死にレジ打ちをし、その会計を執事が行っていた。
レシートの長さは1mを超えていたのではないかという位の長さになっていた。
会計を終えると、社長令嬢集団+リオナールは颯爽と車に乗り込み去って行った。
去り際、リオナールから「20:00以降にこい」と言われ一片の紙切れを渡された。
その紙切れには住所が書かれていた。
全てのパンが売り切れてしまったので本日は閉店にするのだと言う。
閉店となってしまったのでいつもより早く帰る事となった。
早く帰る事にはなったが、パンが全部売れた事で気を良くした店長が<大入り>と書かれた袋にいつもの給料+αのお金を入れて支給してくれた。
金持ちの気まぐれによって店も俺の懐事情も潤い大助かりだ。
いつもより早く仕事が終わったからと言ってやりたい事がある訳でもなく、行きたい所がある訳でもない。
とりあえずいい天気だったので、自動販売機で緑茶を購入していつもの転送して来た公園のベンチに座り、川の流れを眺めていた。
ベンチに座ってぼーっとしていると、ポケットの中のごわごわしている感触に気付いた。
ポケットの中を弄ると、1片の綺麗に畳まれた紙切れとグチャグチャに丸められた紙が出て来た。
グチャグチャに丸められた紙を広げると、芸術的な直線と四角からなる抽象画に注釈が書かれた絵が描かれている。
以前渡された天羽が書いた地図だった。
ある程度ここら辺の地理も頭に入って来た所で改めて見るとひどい。
地図と言われなければ地図と分からないし、そもそも何処の地図なのかも分からない。
この天羽画伯の作品を後世に残す事も考えられたが、評価される様な物でもないので再度グチャっと丸めて近くのゴミ箱へ放り投げた。
もう1つ手元に残ったのは、リオナールから渡された住所の書かれた紙だった。
「20:00以降に来い」と言われたが、この住所の場所が何処なのか分からない。
20:00迄に調べて移動してと考えると直ぐに行動した方がよさそうだ。
分からない事、困った事があったらコウタに聞くのが一番だ。
天羽に聞いてもいいが、奴にはあまり借りを作りたくない。
コウタにメッセージアプリで住所を書いて送り、場所の特定を頼むと付け加えて送信をする。
すると直ぐにコウタから着信があり、軽く事情を説明すると俺の元へ駆けつけてくれた。
「待たせたなー!」
「おう、わざわざすまないな」
「いいんだよ。俺もまたお嬢様を一目でいいから見たいからな」
「そ、そうなのか……」
コウタはお嬢様の見目麗しさに心を奪われた様だ。
ロリコンだな。
教えられた場所にお嬢様が居るとは限らないのだが、そこは敢えて言わないで置いた方がコウタの為になるだろう。
「さっきの黒服の中の1人に元の世界の俺の仲間がいたんだ」
「そいつも魔法使える奴か?」
「いや、そいつはタンク職で前線で敵の攻撃を引き付ける盾役だ」
「そうかー。色んな職業があるんだな」
「それでそいつに渡されたこの紙切れにさっき送った住所が書かれていたという事だ」
「なるほどな。上杉の携帯にはこのアプリ入ってるか?」
「入っている様だな」
「このアプリは地図アプリでな、上の所に行きたい場所の住所入れると案内までしてくれるんだぞ」
「おお、それは凄いな! これで画伯の創作活動も終了だな」
「画伯? 何の話だ?」
「いや、こっちの事だ。気にするな」
コウタに言われた通り地図アプリを開き、リオナールに渡された紙切れに書かれた住所を入力してみた。
すると、あっと言う間に地図アプリは目的の場所を表示し、目的地への行き方のパターンまでも提示してくれた。
「おお、すごいな。これは便利だ」
「その場所だと隣町だなー。電車だと数駅行った辺りだろうな。時間もあるし歩いて行って見ようか」
時間までにはまだ余裕もある為、散策も兼ねて歩いて移動するとの事だった。
駅で数駅とは言ってもこの辺の駅と駅の間隔は狭く、歩いても30分もあれば着く距離らしい。
人口密度が多い為、駅の間隔を短くしないと不便なのだという。
見知らぬ土地を歩くのは冒険心を擽られる。
地図アプリを見ながら現在地を確認しつつ目的地方向へ真っ直ぐ進んで行った。
程なくしてリオナールに渡された住所の最寄の駅へと到着した。
深草の駅に比べると何倍も大きな駅がそこにはあった。
色々な路線が入り込んでいるターミナル駅なのだそうだ。
その駅の周辺は深草駅周辺よりも栄えており、高い建物が更に多く建っていた。
近くには大きな公園もあり、世界中の動物が見られる動物園もあるという。
世界中の動物……少し興味はある。
今度暇な時に見に行ってみるのも悪くない。
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暫く散策と喫茶店での休憩を繰り返し、予定の時間まで過ごしていた。
程なくして指定された時間になった所で、天羽へコウタと晩飯を食べるのでいらないとメッセージを送りつけた。
直ぐに天羽から返信が来て、「そういう事は早くいえ! もう作ってしまったじゃないか!」とお叱りのメッセージを貰った。
何だかんだ言って天羽は面倒見がいい。
流石教師と言った所か。
性格には少し難はあるが……
地図アプリを頼りに目的地の住所へと向かった。
地図アプリで見た感じからも目的地の土地は広い敷地になっている事がうかがえる
実際に近づくとその敷地を高い木の塀が囲っていてそれが永遠と続いているのではないかと感じる程であった。
入り口と思われる正門に辿り着くと、立派な門構えに<梅園寺>と書かれた表札が下がっていた。
リオナールはどうやらこのでかいお屋敷内に居るらしい。
呼び鈴を押すのも憚れる程の威圧感のある佇まいに俺とコウタは2人で怯んでいた。
だが、ここでずっとこうしている訳にもいかず、意を決して呼び鈴を押してみる事にした。
「はい、どちらさまでしょうか」
程なくして呼び鈴のスピーカー部分から声が聞こえてきた。
「上杉賢二郎と申します。リオナール スラッシュバイトの友人です。ここに20:00以降に来る様に言われたのですが、リオナールは居ますでしょうか?」
「リオナール様で御座いますね。暫くお待ち下さい」
5分程待っただろうか。
外界とを遮る重厚で大きな木製の扉がギギギと音を立てて自動的に開いていった。
呼び鈴のスピーカーから「どうぞお進みください」という声が掛けられた。
俺とコウタはおずおずとゆっくりした歩幅で辺りをキョロキョロと見渡しつつ中へと入って行った。
そこには1本のどこまでも続いているのではないかと思わせる様な整えられた道が続いていた。
道の両脇には丁寧に掃除が行き届いているであろう竹林が広がっている。
最近は暇な夜寝るまでの時間を植物図鑑や昆虫・動物図鑑等を見て過ごしている。
植物図鑑を見ていなかったらこの植物が竹である事も分からなかっただろう。
日頃の勉強の賜物である。
だが、竹林などこの辺りには見受けられなかった。
このお屋敷に来なければ実物を見る事も出来なかったかもしれない。
そのまま竹の美しさを眺めながら道成に進んでいくと、石の大きな橋の架かったこれまた大きな池が現れた。
池には20~30匹はいるであろう鯉が回遊していた。
「おい! コウタ! 鯉だぞ鯉!」
「おおー! いっぱい居るな! ちょっと呼んでみようぜ!」
コウタはそう言うと、橋の上から池に向かって手をパンパンと大きく叩いた。
すると回遊していた鯉達が急激に踵を返し、池に波紋を立てつつコウタの足元へ集まってきた。
リンクしてトレインするモンスターを思い出す勢いである。
集まって来た鯉達は、水面から顔を出して口をパクパクさせていた。
「おー、流石金持ちの家だ。しっかり躾けられてるな!」
「こいつらは何をしているんだ?」
「餌の時間に手を叩いてから与える事を繰り返すと、手を叩くだけで餌が貰えると勘違いして寄って来る様になるらしいぞ!」
「おー、それはすごいな」
俺も毎日家で飯が出て来る時に手をパンパン叩いていれば天羽が飯を自然に出して来るように躾けられるだろうか。
そこまで単純な脳の作りしてないから無理か。
もこもこなら或いは躾けられるかもしれないが。
しかし、コウタは勉強は出来ないのにこういう雑学は無駄に知っているな。
俺がそんな思案に暮れ、コウタはこっちでパンパン、あっちでパンパンして鯉を操っていると、やや離れた所から「コホン」と咳払いが聞こえて来た。
その音の方を見てみると、着物姿に前掛けが掛けられた白髪の女性が立っていた。
「少々お時間が掛かっていた様でしたのでお出迎えに上がりました」
「あ、すみません」
敷地内に入ってから少々遊び過ぎた様で、待ち草臥れた使用人が迎えに来てくれた様だ。
ばつが悪そうにしながら、俺とコウタは使用人に案内されるがまま後を付いて行った。
池を越えると今度は広葉樹林が綺麗に並べられており、その先に大きなお屋敷が顔を出していた。
お屋敷は深草の周囲にある寺や神社の様な古めかしい、でも手入れの行き届いた木造の大きな建物であった。
これまた大きな木造の扉を開け、中に入っていく使用人にそそくさと付いて行った。
中に入ると、若干軋む音が聞こえるがそれでもやはり光沢が出る程よく磨かれた木製の廊下が長く続いていた。
廊下に沿っていくつもの部屋が並んでいたが、その中の一室の前に使用人が立ち止まるとドアを開けた。
「こちらの部屋で椅子にお掛けになってお待ち下さい」
使用人は案内が終わるとどこかへ去って行った。
恐らくリオナールを呼びに行ったのだろう。
案内された部屋は、広い部屋の真ん中に長いテーブルが置いてあり、その周りにいくつか椅子が並べられていた。
正面には木枠の格子がいくつもある様な大きな窓があり、日中は部屋に明るい日差しをふんだんに取り入れているであろう事が容易に想像が出来た。
現在時刻は21:00を過ぎている。
池の周りや遊歩道には公園にある街灯の様な物が設置されていた為明るかったが、お屋敷の周りには流石にない。
夜という事もありしっかりとカーテンが閉め切られている。
2つの大きな窓の間には、俺の背丈より大きい床に置かれた時計があった。
時計には振り子が付いていて、1秒毎にカチリ、カチリと時を刻んでいる音を鳴り響かせていた。
入り口側に振り返ると、壁の上の方には似た様な顔の白黒の写真が並べられていた。
恐らく似た顔という事は歴代当主という所だろう。
何となく見つめられている感じがするので、目を合わさなくて済む様に歴代当主達を背後に窓側に向いて椅子に座った。
椅子の作りもしっかりしていて、座り心地が抜群だった。
程よい反発と包み込む様な柔らかさを兼ね備えた、肌触りも良いとてもいい椅子だった。
天羽の家に1つ持ち帰ってずっと座っていたい気分になる。
椅子の心地良さに感動を覚えていると、ドアをノックする音と共にガチャリとドアが開いた。
お嬢様と執事を引き連れたリオナールだった。
リオナール達は俺とコウタの正面を陣取って並んで座った。
「よう、待たせたな!」
「いや、そうでもない。改めて、久しぶりだな」
「ああ、もう会えないかと思ったよ……」
リオナールは転移された日の事を思い出しているのか苦々しい顔をしていた。
そして、俺の転移して来た時の状況、今の状況、隣に居るコウタの事を聞いて来た。
何となくダラダラと過ごして来てはいたが、読み書きが出来る様になっている事に「流石ケンだな!」と訳の分からない賞賛の言葉を貰った。
そして今度は俺のターン。
リオナールに転移の日から今までの経緯を聞くと、ぽつりぽつりとゆっくりと話始めた。




