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アニソニック!  作者: 第Ⅳ工房
第一期 中学三年生編
6/28

六曲目 CLEARWAVE初陣 紡げ全力クリアソウル!

 今年の夏は、これまでと違う夏を過ごした。

 いつもの僕は宿題をさっさと終わらせて、ゲームをやり込んだり、夏コミに行ったり、それ以外は店番してるだけだったんだけど、今年は奏ちゃんと遊んだり、皆とサマーライブに行って汗だくになって楽しんだり、スタジオで演奏練習したり、アウトドアな夏を過ごす日々。陰キャの僕には、なかなかついていけないぐらいすごいスケジュールだったけど、僕史上最高に楽しい夏だった。



 そんな、中学生最後の夏休みも終わり、九月が始まった。

 夏休み明け初めての登校日、午前中だけの学校が終わると、僕は隼人君に屋上に来るように言われた。何事だろう。


「隼人君」

「おう」


 屋上に行くと、当然のように奏ちゃんと秋人君もいた。


「それで、どうかしたの?」

「わざわざ全員揃ってから話すなんて、もったいつけるじゃない」

「隼人君にしては珍しいよね」


 奏ちゃんと秋人君も要件は知らないようだ。本当、さっくりした性格の隼人君なら、大事な話でも何でもないように言うからね。その彼がもったいつけるなんて、相当の事だ。

 その隼人君は僕達が揃った事に頷いて答えると、ポケットからスマホを取り出し、画面を開いて、一番近くにいた僕に渡した。見ろ、って事かな。


「なになに?」

「……柊ライブハウス主催 初心者限定ライブ? 何これ」


 秋人君と奏ちゃんが僕の両側から寄って来て、隼人君のスマホを覗き見て来た。ち、近い近いよ二人とも……。その、体温が分かるぐらい近いってかいい匂いと言うか……! 秋人君、何で君フローラルな匂いするの? ときめくんだけど……。


「そうだ。俺の親父、バンドスタジオだけじゃなくハコも持ってるって知ってんだろ?」

「あ、うん。前に言ってたよね」


 バンドスタジオは誰でも使える練習場だけど、ライブハウスとなると敷居はぐっと高くなる。

 ライブハウス。別名ハコ。結成したバンドが、人前で演奏し名声を高める場所だ。今どんなに有名なバンドも、まずはライブハウスでこじんまりとした初ライブをやった筈。そこから人の耳に入って有名になっていくのだ。

 でも、ライブハウスには入場に年齢制限を設けてるところもあるし、治安の悪いところでは十八禁まがいのショーもやったり、クスリの密売人もいるとか、黒い噂もあったりする。そんな絶対陰キャ殺害空間、僕なんか即死してしまうけど……。まぁ、栄光さんのハコは健全空間だと思うから安心だ。


「親父のハコに出るには高校生以上がルールだ。最低限義務教育も終えて無いガキを出す訳にはいかねぇってうるさくてな」


 ちっ、とつまらなそうに隼人君は言った。……いや、栄光さんが正論だと思うよそれは……。


「だから、いくら俺が頼み込んでも出してくれなかった。だがな、俺達も中三だ。ようやく親父から許可が出た。オープニングアクトになら出してやってもいい、ってな」

「ほんと!」

「よし!」


 秋人君と奏ちゃんはその言葉を聞いてぐっとガッツポーズを取っていた。

 オープニングアクト……有名バンドのライブでもよくある奴だ。本番の前に、無名のアーティストや練習生が前座、エキシビションの役割を務める事。顔や名前を売るにはもってこいの役目だね。


「CLEARWAVEとして、これに出ない理由が無ェ。俺達四人で行くぞ」

「……うん。僕も頑張るよ。一緒にライブさせて欲しい」


 緊張するけど、怖いけど、ここで逃げる訳が無い。皆、僕がCLEARWAVEの名前を背負ってもいいと言ってくれている。だったら僕はそれに応えたい。


「ちなみに、ライブっていつなの?」

「十一月だ」

「あと二か月しか無いじゃない! 栄光さんもテキトーね……」


 やれやれ、と奏ちゃんはため息をついた。うん……栄光さんの事だから、ふと思いついたんだろうな、僕達を前座で出すって事……。

 それに、ライブハウスで行う楽曲は全てオリジナル曲でなければならない。著作権的な意味で。非営利目的でコピーバンドとして練習したり、学校で演奏する分にはいいんだけど、お金が絡んでくると著作権警察が飛んで来ちゃう。今回は、ハコで入場料を取ってる営利目的のイベントだから【カルマ】みたいなコピー演奏はアウトだ。


「しゃあねぇ。【クリアソウル】で行く」

「クリアソウル……?」


 聞いた事の無い単語に首を傾げる。そして羽ばたくのは……ウルトラソウルか。ハァイ!


「俺達のオリジナル曲だ。これから新曲書く時間無ねぇし、以前書いた曲を磨いて勝負する」

「隼人君、曲まで書けるの!?」


 何この同級生! ロックすぎてやばいね! やっぱり隼人君はすごい!


「シン、お前にはギターをやってもらう。奏とお前、ギター二枚で箔をつける」

「うん、分かった」


 そうなると、CLEARWAVEはギター2、ベース、ドラムの構成となる訳だね。

 三人構成のロックバンドをスリーピースと呼ぶ。最低限バンドが出来るメンバーとされていて、それぞれちょっと忙しいけど無駄のないパーティ編成だ。【UNISON SQUARE GARDEN】とか【凛として時雨】とかが有名だね。

 そして四人構成のロックバンドは最もオーソドックスなパーティ編成とされている。ボーカル、ギター、ベース、ドラムと一人一つの持ち場があるからね。でもボーカルは大抵ギターも弾いてる事が多い。【SEKAI NO OWARI】や【flumpool】とかがこれだ。


 CLEARWAVEは奏ちゃんがギターとボーカルを兼任するスリーピースだったけど、僕が入る事で四人組バンドになり、ギターが二枚になる。こうなると、曲全体に重厚なロック感が増して、とてもカッコよくなる。だけど、それは勿論バンドメンバー全体の演奏が組み合った時の話。


「シン、あたしの音に付いて来れんの?」


 ふっ、とどこか楽しそうに挑発的な笑みを浮かべ、奏ちゃんは僕に視線を向けて来た。何そのカッコいい挑発。体は剣で出来てそう。ついて来れるか、だって?


「奏ちゃんこそ、油断してると追い抜くからね」

「はっ、言うじゃない!」


 つまりは、そういう事になる。演奏を成功させるには、僕が奏ちゃんのギターに死んでも合わせなくちゃいけない。それが出来なければ、CLEARWAVE全体の音が崩壊するだろう。何とも厳しい事になってしまったものだ。彼女について行くなんて、そう簡単に出来る訳無い。

 だけど、彼女と、そして皆と音を一つに合わせて演奏する事が出来たら。それはきっと、想像を絶するほど気持ちいいに違いない。そう思ったら、ワクワクが止まらないね! 絶対に成功させてみせる!


「隼人君、僕すごく楽しくなってきた」


 思わず頬を緩ませたまま言ってしまった。すると、彼は、一瞬驚いたような表情になるが、すぐに仕方なさそうに軽く笑みを浮かべた。


「全く、お前……。なかなかロックな奴になってきたじゃねぇか」


 そりゃあ師匠が超ロックだからね!



 こうして、僕を加えた中学生四人組バンドCLEARWAVEは動き出した。

 柊ライブハウス主催初心者限定ライブを行う十一月まで、練習に次ぐ練習を重ねた。


「シン、音がずれてる!」

「ごめん! 立て直す!」


 演奏中でも隼人君の指摘が届く。演奏している中で伝えるから、大声を出さずを得なくなり、まさに彼から怒鳴られているような感覚になる。正直、超怖い。でもそれ以上に申し訳無い。


「くそ……! くそ……!」


 悔しさのあまり、思わず本音が喉から零れる。言い訳の余地も無く、誰がどう見たって、僕が皆の足を引っ張っているんだから。どうして僕はもっと早く隼人君に出会わなかったのかとか、どうして実力がこんなに上がらないんだとか、考えても仕方ない事が溢れて目頭を熱くする。だけど泣かない。僕はもう、弱虫には戻らない! ここで食らいついてこそロックだ!


 まるで時を加速させられたかのように一日が短く感じる。

 十月、学校側は容赦無く定期テストを開催し、その結果にクラスは一喜一憂している頃。


「僕は奏ちゃんより指が太いし力も強いんだ。それにギターそのものも、僕の方が音がちょっと低くて重い……」


 僕の意識はライブの事ばかりに集中していた。練習日記を見直し、またメモしながら僕の改善点を見直す。


「一緒に弾いてても、僕の音の方が響いちゃうんだ。しかも奏ちゃんより遅いし下手だから余計に目立つ。だから全体の調和を壊しちゃう。早く弾こうとして余計に力むから余計遅くなる。もっと指を無駄なく動かして、それから奏ちゃんの高音と合わせるように鳴らして……あとギターもちょっとチューニングした方が……」

「海藤君、テストを取りに来てください」


 そこで先生が僕の名前を呼び、中間テストの答案を差し出して来た。おっと、全然周りの話が聞こえて無かった。慌てて席から立ち上がり答案を取りに向かう。


「さっきからブツブツ何か言ってて怖い……」

「ていうかあいつ何でギター持ってんだ? 軽音部だったっけ?」


 ……なんか、クラスメイトが僕を見る目が依然とがらっと変わってきている。前はそもそも目に入らないか、「リア充力たったの五か、ゴミめ」みたいな目線を向けられるだけだったのに、今では「柊隼人に目をつけられてるやべーやつ」になっているんだから。僕を馬鹿にしてくる奴はいなくなったけど、近寄って来る人もいなくなった。多分、良い方に転がってきてはいる……はずだ。きっと。

 テストは過去最高の点数を取る事が出来た。今の僕は覚悟完了している。テスト如きに足止めされる訳にはいかない。


「その才能をもうちとロックに生かしやがれ」

「百点取る人なんか都市伝説だと思ってたよ」

「キモすぎ」


 テストをCLEARWAVEの三人に見られると、案の定ドン引きされてしまった。やれやれだね!


 学校の軽音楽部の部屋は、軽音楽部の休みである水曜日のみ皆で使う事が出来た。それ以外の日は出禁の隼人君と入部してない僕は顧問の先生に追い出されてしまう。自主練と偽って、こっそり部室の鍵をもらってきてくれる奏ちゃんと秋人君に感謝だ。


「少し休憩すっか」


 しばらく部室で練習して、軽く疲れて来たところで隼人君が言った。僕達も頷き、ギターを肩から外して軽く一息つく。


「あっつい……」


 奏ちゃんは首筋から流れる汗をタオルで拭い、ツインテを一度解いて、長い一つ結びに結い直していた。今日は十月にしては気温が高い日だった。


「奏ちゃんはボーカルだからね……」

「それもあるけど、このセーラー服って妙に分厚いのよね」


 ピラ、と胸元で結んでいるスカーフを摘み上げながら忌々しそうに彼女は言う。そうなのか……。

 歌うというのは誰にでも出来るけど、本気で、そして連続で歌うとなると物凄いカロリーを必要とする行為だ。歌う……というよりは、激しい連続呼吸によって、身体がスポーツした時と同じ感覚になり、結果、新陳代謝が活発になって体温が上がる。

 僕もちょっとクールダウンするため、水筒を片手に部室を出て、風通しのいい廊下の窓際で秋風を浴びる。そして水筒に口をつける。ふぅ、と一息。


「お疲れ様」


 そう声をかけて来たのは秋人君だった。

 僕の隣に来て、窓から首を出して風をたっぷりと浴びて目を細めていた。さらさらとした、彼の青みかかった髪が揺れる。彼の美貌も相まって、まるでジブリ作品でも見ているかのような爽やかさがあった。僕からしたら、君みたいな男の娘の方が都市伝説だよ。


「秋人君もお疲れ様。ごめん、僕足引っ張ってばかりで」

「うん? そう? 別に気にしてないよ? むしろ真一君は頑張ってる方だと思うし。まだ初めて半年くらいなのに、すごく上手くなってる。元々物覚えは良かったんだろうね。隼人君も奏ちゃんも、君が下手だなんて思ってないと思うから安心してよ」


 そう、本当に気にしてないように彼は言ってだらんと身体から力を抜いて風を浴び続けていた。そっか……なら良かった。僕も肩の力が抜ける。


「僕がここまで弾けるようになったのも、全部秋人君たちのお陰だよ。僕さ、隼人君に会うまではこういうのに偏見持ってたんだ。上手くならないと馬鹿にされるんじゃないかとか、教えたのに出来なかったら怒られるんじゃないかとか。バンドって、怖い人ばかりやってるイメージだから」


 軽音楽部はともかく、バンドスタジオに出入りする人とかには、実際に怖そうな男の人やギャルがたくさんいる。そういう人たちがやってるコンテンツだから、きっと僕みたいな陰キャラは出来ない事なんだろうって思っていた。だけど、隼人君たちは優しく教えてくれた。だから僕も折れずに続けられる事が出来たんだと思う。


「あはは、正直だね。うん、実際その通りだよ。ライブハウスでダッサイ演奏したら、それはもうブーイングの嵐。お酒飲んでるおじさんとか、煙草吹かしてるお姉さんとかから罵倒されるんだから恐ろしいよねぇ」


 ほののんとした表情で、秋人君はとんでもないことを言ってくれた。や、やっぱりそうなんじゃん! ど、どどどどうしよう! 僕そんなのやられたら三秒で泣く自信あるよ!


「……なんて、それは治安の悪いところでの噂。栄光さんのハコは健全だから、そう気張らないで良いと思うよ。ボクも観客として僕も何度か行った事あるし」

「脅かさないでよ……。あぁでも、僕はライブハウスって初めて行くから分からない事だらけだよ。ライブって言っても、どんな感じでやるの?」

「んっとね、大抵は対バン形式で進むんだ。バンドが何組か集まって、それぞれの持ち時間の中で演奏したり、MCでお客さんを沸かせたりしてね」


 秋人君が愛らしく頬に人差し指をつけながら言う。何、その仕草。わざとやってるの? ときめくんだけど。

 えっと、対バンって……バンド対バンドだか何だかの略、だっけ。ブッキングともいう。色んなバンドが次から次へと登場してお客さんを盛り上がらせる方式だ。ミュージックステーション形式と思うとイメージし易い。まぁ、あれはライブじゃなくて音楽番組だけど。


「本当なら、ハコでライブするにはとてもお金かかるんだけど……まぁ、今回、僕らは栄光さんのコネみたいなもので、無償でやらせてもらってるんだ。その代わり、前座の前座、みたいなポジションだから、僕らがステージにいれるのはせいぜい十分ぐらいだろうけどね」

「なるほど……。秋人君の話はいつも勉強になるよ……こういう事って、隼人君や奏ちゃんには馬鹿にされそうで聞けないから……」


 隼人君に聞けば「行けば分かんだろ」って適当に返されそうだし、奏ちゃんは「そんな事も知らないの? キモ」って言われそうだし……。


「んふふ、そうかな? 一番優しいのは奏ちゃんなんだけどな」

「えっ?」


 いや……まぁ、確かに優しいところはあるけれど、秋人君の方がずっと穏やかだよ?


「出会って初めの頃さ、奏ちゃん、君なんか眼中にも無かったんだよね。今更CLEARWAVEに新メンバーなんか必要無い、あんなヘタレいらない、ってね」

「……うん。知ってたよ」


 なんかもうビンビンに敵意むき出してたもんね、最初の頃の奏ちゃん。悲しい。


「僕だってだいたいそんな感じだったよ、CLEARWAVEには必要ない人間だって」

「えっ……」


 軽くショックだ。秋人君に拒絶されるのがこんなにも悲しいなんて思ってもみなかった。最初からある程度予測できる奏ちゃんよりもずっと大ダメージだ……。


「秋人君はなんか最初から僕に友好的だった気がするけど……」

「表面上はね。でもボクは君を図ってた。ボク、バンド好きなんだ。それを中途半端にやるならボクもとことん君を貶してやろうと思ってた」


 にこっ、といい笑顔で秋人君は僕にそう恐ろしい事を言ってくれた。ヤバイ。僕はとんだ勘違いをしてたようだ。CLEARWAVEで一番容赦無いのは奏ちゃんだと思っていたけど、実際は、この秋人君だったなんて……! 恐ろしい子!


「だけどさ、真一君はボクの予想を遙かに超えて頑張った。しかも、その理由が友達になりたいからとか、ほんとすごいよ。ボクならそんな恥ずかしい事言えない」

「そこのリフレインはやめて欲しいかな!」


 思わず顔を覆ってしまうほど恥ずかしくなる。何なんだよ、奏ちゃんといい僕を辱めて!

 そんな僕の様子が楽しくてたまらないとばかりに、秋人君はくすくす笑いながら言葉を続ける。


「ごめんごめん、だけど、ぐっと来たよあの告白。ロックだった。あれだけストレートに好かれちゃったら、応えない訳にはいかないよ。隼人君が君を目にかける理由が分かった。奏ちゃんとか、もう君に夢中だし」

「はっ?」


 いや、夢中ってどういう意味!? 深い意味は無いよねきっと?


「真一君には教えてあげる。ボクがバンドを始めた理由」

「え――!」


 言われてはっとなる。そう言えば、皆がバンドを始めた理由って知らない事を。そこにはきっと、三人の一番大事なものがある気がする。


「ボクもさ、あんまり友達いないんだ」


 ふっ、と寂しそうに秋人君は語り出す。僕とは違うけど、確かに仄暗い感情がその細められた瞳にあった。


「ボク、昔からこの見た目でいじられてきたんだ、女男って。ボクも努力したんだよ、せめて普通の男っぽくなろうって。カッコつけて体育の時間で活躍してみたり、男っぽいファッションしたり、オレって言ってみたりさ」


 ……秋人君がオレ、か。ごめんね、正直、全然似合わない。背伸びしてる感しか出ない。ボクの方がずっと似合う。それぐらい秋人君は愛らしい容姿だし、身長も男にしては低い。百六十センチ……あるかないかという程だ。


 ……あぁ、そうか。そう言う事か。背伸びして男らしい事をやったって、それを受け取る側は生暖かい目でしか見てくれない。それどころか、いきなり態度を変えてみても、相手側はその真意を測る事は難しい。「オレを女男なんて言うな」って必死に訴えても、「何怒ってんだよ、ノリだろ。ごめんごめん」って言わるのがオチ。ていうか、実際にそうされた可能性すらありそう。分かるとも、それはきっと隼人君や奏ちゃんよりずっと分かる。


「そうやってカッコつけても、自分が苦しくなるだけだった。その上、ボクの扱いは相変わらず女男。こんなやっかいなボクと付き合う人なんかいなかった。……ずっと一人だった」


 そう言う秋人君は、今までに無いぐらい暗い表情で視線を下に落としていた。一人ぼっちは、寂しいもんな……。分かる、これは僕こそが一番分かる。集団行動を強制される学校で、ぼっちというのがどれほど辛いか……。


「カッコつけるのもすぐ止めちゃった。その時くらいかな。とあるロックバンドの生ライブをさ、直で見る機会があったんだ」


 ここで暗い表情が一変した。くっと顎が持ち上がり、秋人君は目を爛々と輝かせ始める。


「超かっこよかった。ボクはこれだと思った。ボクが女男から脱するには、これぐらい強烈な事をしないといけないんだって。何より、ギターやドラムを演奏する姿に憧れた」

「……だから、ロックバンドの世界に入った?」

「うん! 小学六年生の時に、近所のバンドスクールに入ったのが始まり。そこで隼人君と奏ちゃんに出会ったんだ」


 ……そういう経緯があったのか。秋人君も辛かった時があったんだな……。初めて名前を教えてもらった時、僕は女の子と間違えてしまったけど、本当に失礼な事をしてしまった。


「そっか……。今も、女男とかって、言われてるの?」

「ううん。最近は特に。やっぱりロックと、隼人君のお陰かな」


 ……それって、隼人君を恐れて皆話しかけて来なくなってきてるだけなんじゃ。あ、でも秋人君のいるA組には奏ちゃんがいるからぼっちでも無いか。よかった。ぼっちは僕だけだったんだね……。


「要するに、実のところは真一君と同じ。カッコいい男になりたいからってのがバンドやる理由。えへへ、初めから君の事は他人事とは思えなかったんだよね」

「その割には、僕を試していたの?」

「うん。口先だけかもしれないでしょ? それ僕が一番嫌いなタイプだし」


 お、おぉ……。僕の中の秋人君像が今、大幅に更新されてゆく。この子はただの男の娘ベーシストなんかじゃない。彼は……。


「だいたい、ボクもどうかしてたんだよね。何で他人の言う事をいちいち気にしてなきゃいけないんだ。女男って言うそいつなんか猿面の自己中男だったんだよ。そんな奴より僕の方が容姿が優れてるに決まってる。その上ベースも出来る。どっちが上かなんて火を見るよりも明らかってヤツだ。そう思わない?」

「う、うん……」


 軽くドン引きである。どうやら、秋人君はそれなりに捻くれてしまったらしい。見た目は愛らしい小動物なのに、その内には、敵をこき下ろしディスりまくる猛毒の牙を持つ男の娘ベーシスト。それが水城秋人という子の正体だった……。ロックだ……。


 まぁでも、僕にとって彼が女男だろうが、猛毒クラゲであろうが関係ない。それが秋人君であるならば、僕は彼の味方に決まっている。だって、友達なんだから。


「僕は、絶対に秋人君の友達であり続けるよ。何があっても、君を裏切ったりしない」

「――――!」


 僕の心からの告白に、秋人君はとても驚いたように目を丸くし、でもすぐに、にかっと素敵な笑みをくれた。心なしか、頬も赤くなっている。秋人君、肌白いからそういうの目立つね。


「……ありがとう。ボクも真一君の親友になっていいかな」

「勿論! 友達が十人出来るより、僕は秋人君一人と親友になりたい!」

「あ、えと……。はぁ、参ったな……奏ちゃんの言う通りだ。よくもそんな恥ずかしい事を自然に言えるね……」

「あっ。ごめんね」


 何か嬉しくなっちゃって、ついまた暴走しちゃったなー……。何か、お互いに恥ずかしくて何も言えなくなっちゃった。気まずい。


「……練習、戻ろうか」

「うん……」


 また失敗した……! ここで僕のコミュ障の弊害が出るなんて……! くそぉ! パーフェクトコミュニケーションへの道は遠いね!


「……真一君、その、嘘は、無いんだよね?」

「え? うん、それは本当に」

「……そっか。うん、ならいいんだ」


 部室に入る寸前に、秋人君は嬉しそうな声音で、もう一度キラキラの笑顔を僕にくれてから、部室に入って行った。……パーフェクトでは無いけど、グッドコミュニケーションくらいは出来た……のかな? かな?






 そして、決戦の日はやって来る。

 十一月三日、午後五時。僕たちは柊バンドスタジオに隣接するライブハウスに足を運んだ。今日が待ちに待った初心者ビギナーバンド限定ライブの日。そう思うと、見慣れたライブハウスと言えども緊張で少したたらを踏んでしまいそうになる。


「よう、待ってたぜ、CLEARWAVE」


 ライブハウスのエントランスでは、隼人君のパパ・栄光さんが出演バンドたちを纏めていた。相変わらず男前な容姿で、ここにいるどのバンドマンよりも強そうだ。物理的な意味で。


「おぉ、やっぱり真一君も来たか」

「き、今日はよろしくお願いします」

「あぁ。君の音、楽しみにしている」


 ぱん、と軽く背中を叩かれて応援をもらった。緊張も相まって、叩かれて肺から息がごそっと漏れて咳き込んでしまう。僕はもう緊張で今にも死にそうです……。


「が、頑張りマッシュ……」

「潰してどうすんのよ」


 僕のあまりの緊張具合に、奏ちゃんが呆れてツッコむ。すると隼人君も秋人君も軽く微笑んでくれた。そ、そうだ。僕は一人じゃない。頼れる仲間がいるのだ。


「そう力むな。今回は初心者バンドだけのライブだ。客なんざスッカスカもいいところだろうさ。それに、俺達は前座も前座、そもそも目にすら入らねぇかもしれねぇ」

「えっ……?」


 隼人君らしからぬ、ネガティブな言葉に少し呆気に取られてしまう。そんな、僕はともかく、CLEARWAVEの音楽はプロにだって負けてない。それなのに……?


「俺達の実力と知名度は全く別だ。例え聞いてくれる相手が片手の指で数えられるほどしかいなくたって、全力でライブハウスを沸かせる。指を刺され笑われようが、車のエンジン音で邪魔されようが、それでもストリートライブを続ける。……バンドマンってのは、そういう生き物なんだよ」

「どんなに有名なバンドでも、始まりはボクたちと同じだったはずさ。今日は一人でも多くCLEARWAVEを知ってくれる人が増えればそれで十分。真一君が、ボクたちの初めてのファンになってくれたみたいにね」


 隼人君と秋人君が諭すように僕に言う。……そうか、そう、だよね。僕はCLEARWAVEを知ってるけれど、学校の皆はCLEARWAVEなんか知らない。そんなものだ。そうか、今日のライブは、CLEARWAVEの音を世に出す、という意味で大切なものなんだ。


「でも、それはここに集まった他のバンドも同じ。しかもあたしたちは前座も前座、持ち時間はあいつらの半分も無い。それでも、一人でもあたしたちを知ってくれるならそれでいい。せっかく栄光さんが無償でくれた時間だもの、無駄にしなくないわ」


 そうだね、奏ちゃん。でも僕はもっと欲張るよ。知ってくれるだけじゃ物足りない。その脳髄に刻み付けて魅了までしたい。


「…………じゃあ、やっぱり頑張らないとね。このライブハウスにいる人全員に、CLEARWAVEを忘れられないようにしないと」


 僕はともかく、最強はCLEARWAVEに決まっている。ファン第一号として、それだけは証明しなければならない。

 ちら、と僕達と同じようにスタンバイしているバンドマンたちを見やる。ここにいる人たちが、隼人君よりカッコ良くて、奏ちゃんよりロックで、秋人君よりギターが上手いだって? それは認められない。僕が信じるのはいつだって、CLEARWAVEなんだから。それを認めないのなら、誰であろうと容赦しない。全力で泣かしてやる。音楽で。

 そう思うとやる気が出て来る。CLEARWAVEは僕を救ってくれた最高のバンドだ。それが無名なまま、なんて僕が許さない。日本中が沸き立つような歓声こそ彼らに相応しい。


「僕もやるよ、全力で。CLEARWAVEが、ここにいるどのバンドよりもロックだって証明したいから」


 怒りにも似た勇気が湧いてくる。全身に力が宿る。いけるはずだ。そのために練習を重ねたのだから。


「すごいやる気だね。こっちまでぞわぞわしちゃうよ……!」

「驚くにはまだ早いぜ、秋人。言っただろ、こいつは人の為に本気出す変態だってな」

「あの時とシンと同じ……! ……なるほどね。こういう風にやる気出すのか、こいつ。キモ」


 僕の表情を見て、三人もさらに気合の入った表情になった。あれ、奏ちゃん最後なんか変な事言わなかった?


「行くぞお前ら、ここにいる全員、ロックで捲んぜ!」

「おぉっ!」


 緊張はある。けれど、闘志と気合の方が全然大きい。手の震えも止まった。さぁ、楽しい楽しいロックの時間だ!





 ハコに来ても、すぐに演奏出来る訳じゃない。

 お客さんに楽しんでもらうために、バンド側は色々準備しなくちゃいけない。例えば、ライブハウスのセッティングの手伝い、本番で使うアンプ、エフェクターや、ドラムの調整など、準備が色々必要となる。まぁ、今回は僕らは免除されたけど。「平日なんだから、学校にはしっかり行け。準備は免除してやる。だがリハーサルには出ろ」と栄光さんに言われたらしい。隼人君から聞く限り。


「ねぇ、シン」


 ステージでのリハーサルも終わり、出番を待って悶々としていると、既に準備万端といった様子の奏ちゃんが顔を向けて来た。はい、何でしょう?


「この前みたいに、ヘアワックスつけないの?」

「へ?」


 どこか遠慮してる様に彼女はそう僕に提案した。確かに今はいつもの陰キャっぽい、のっぺりした髪型にしてるけど……。


「今ワックス持って無いの?」

「ううん、この前買ったから持ってるけど……」


 答えながら、鞄を漁ってヘアワックスを取り出す。コンビニで買った安いやつを。


「せっかくの晴れ舞台だし、カッコつけなさいよ。あたしやってあげるから」

「え? 何、奏ちゃんなんか優しいんだけど……キモい……」

「……ブッ飛ばすわよあんた」


 ふふん、いつもキモいって言われてる僕の気持ちを思い知るがいいさ。

 なんて、軽口まで掛け合いつつ。うーん、確かに晴れ舞台に、今までの姿の僕は相応しくないかもしれない。ここは一つ、イキってみようか。


「ごめん。じゃあお願い」

「えぇ」


 僕は奏ちゃんの前に座り、彼女は僕からヘアワックスを受け取って、僕の髪を軽くわしわしとかきたてる。僕は目を閉じて彼女が完了するのを待つ。


「……ありがとう、奏ちゃん。僕をここまで連れてきてくれて」

「……キモ、何言ってんの。こんなのまだ始まりだってば。あたしたちの夢はデビューして、国中にあたし

たちのロックを知らしめる事。こんなのただの通過点よ。ここで満足されても困るんだけど?」

「うん。そうだね。頑張って付いて行くよ」

「それでいいのよ。ま、でも頑張りすぎないでもいいわ。追いつくまでちゃんと待っててあげるから。はい、いいわ」


 言われて目を開く。目の前には、やっぱりいつもの勝気な瞳を持つ奏ちゃんの顔があった。


「うん。良い感じ。せいぜいカッコつけなさい。あんたはそれぐらいがちょうどいいわ」

「奏ちゃんはいつもカッコいいね。憧れるよ」

「ふん、今更当然の事言ってんじゃないっての」


 ウェットティッシュで手を拭きながら、彼女は得意気な表情でそう返して来た。はぁ、ほんとに、僕の友達最高かよ。こんなの頑張るしか無いじゃないか。


「準備は済んだか」


 隼人君と秋人君も最終確認が終わったようで、僕たちの前に来た。うん、準備万端、後はやり切るだけだよ。


「隼人! そろそろ出てスタンバってろ!」

「あぁ!」


 栄光さんが僕達に声をかけてきた。僕達はオープニングアクト、つまり最初に演奏するグループだ。栄光さんの開会アナウンスが終了してそのまま僕らは始める。


「さぁ、ブチかますぜ!」


 それは、CLEARWAVEにとっての戦いの合図。さぁ、楽しいロックの時間だ!


 栄光さんのハコはオーソドックスな作りのものだった。ステージがあって、その前に客席ホールがあるだけ。薄暗い照明が目に降り注ぎ、客席からの視線が心を貫く。


「ふぅ……すぅ……はぁ……」


 全校生徒の前でスピーチするとか、こういう感じなのかな。否が応でも緊張してしまう。だけど、指も足も力は漲っている。

 栄光さんのオープニングアナウンスが始まった。ライブはコール&レスポンス。「皆、盛り上がってるかー!」「イエェェ!」のアレだ。栄光さんが巧みなトークでお客さんの興奮を煽っている。だけど、今の僕にはどこか遠くで演説している人としか認知出来ない。集中力が今極限まで高まっているのを感じる。僕はここで、隼人君たちに教えてもらった事の全てを出し切り、恩返しをしてみせる。


「今日のオープニングアクトは特別枠! 中学三年生の四人組バンドCLEARWAVEに頼んでいる! 今回は初心者限定ライブ! お客さん達も広い心で楽しんで行ってくれ!」


 ワッ、と客席に軽い拍手と歓声が沸く。これで栄光さんは終わり、とばかりにこちらに視線を向けて来た。


 ここで、隼人君がマイクを手に取る。


「CLEARWAVEです。よろしくお願いします」


 まるで職員室に呼び出されたのかのような硬い声で、まず隼人君が演奏前司会を始める。ノリのいいお客さんはそれだけで温かい拍手をくれた。なんだ、バンド好きのお客さんって良い人じゃん!


「俺達は全員、中学三年生っす。誰にも文句の言わせない、ロックでカッコいいバンド目指してます」


 畏まってる隼人君ってのも新鮮だ、とこんな時ながら思ってしまう。バンドマンの司会って言うんだから、もっと「俺の歌を聴けェ!」みたいなノリかと思ったんだけど。意外だね。さて、これがお客さんにとってつまらないと映るか、はたまたガチの真面目だと映るか……。それは、この後の演奏で決まるんだね。


「メンバー紹介、まずはベース、秋人」


 続いて隼人君がメンバー紹介に移る。紹介された秋人君はギャリーン、と軽くベースギターをかき鳴らして挨拶していた。カッコいい! 拍手が沸く。


「次にギター、シン」


 続いて僕も紹介を受けた。え、えっと、ギター鳴らせばいいの!? どんな感じに!? 無理無理かたつむり! ちょっと待ってよ考えて無かったよそこまで!


「よ、よろしくお願いしマッシュ!」


 また潰してしまった。とりあえずこう言うのが精一杯だった。生暖かい笑い声が起きて、まばらな拍手が沸く。「頑張れー」なんていう声も聞こえてきた。ああああ、止めて! 一人だけ「頑張れ」とか言われるのほんと逆にきついから!


「キモ……」

「ふふ、らしいね」


 ……奏ちゃんと秋人君にもちょっと笑われてしまった。いいさ、どうせ僕は陰キャさ!


「三人目、ギターボーカルの奏」


 ギャーン! とギターを鳴らし、奏ちゃんの挨拶がキメられる。客席に再び拍手が沸いた。そして一瞬だけ、彼女から僕に視線が向けられた。「こうやって挨拶すんのよ」と言われているように。うん、もっと早く教えてね!


「……そして、バンマスの隼人、ドラムっす」


 これで全てのメンバー紹介が終わり、いよいよ始まりの時間が近づく。こういうのって無言でやって、「まさかこんな実力のある奴がいたなんてな。あいつらは何者だ?」って偉い人に目をつけてもらう、みたいに勝手に思ってたよ。隼人君、マジで今回のライブ乗っ取る気だ……!


「そそるね、確かに」


 脣を一舐め。あれだ。戦闘開始直後に敵が即死攻撃放ってきて、強制敗北させられるようなゲーム。あれに似ている。そして敗北を受けるのはこれから演奏するバンドマンたち。勝利するのは僕達。いいね、最高に気持ちよさそうだ。出オチにしてやる!


「それじゃあ、ライブ開幕の一曲させてもらいます! 【クリアソウル】!」


 ジャンジャンジャン、と隼人君がシンバルを鳴らし、曲が始まる。ハコ側で、予め隼人君が作ったメロディが流され、それに合わせて僕らがリズムとビートを刻みこむ。さぁお客さん、飲まれて溺れてしまえ、CLEARWAVEの旋律に!





 ――そして、CLEARWAVEの初陣は終わった。

 結論から言うと、僕たちの演奏は――。


「いいぞ、CLEARWAVE!」

「よかったぞ!」


 ――――予想を遙かに超えて大成功していた。

 演奏後は大きな拍手喝采に包まれた。僕らは本当に即死攻撃を決めてしまったようだ。僕らの後に続いたバンドの演奏も聞いてみたけど、素人の僕からしても「これ奏ちゃんの方が上手くない?」ってものばかりだった。お客さんにもそれは分かったようで、僕らほどの盛り上がりはみせなかった。初心者限定ライブって事もあっただろうけど、高校生や社会人まで混ざって行っているこのライブで一番上手なのがCLEARWAVEだなんて……。なんか、気持ちいい。ふふ。


「ねぇ君、僕とバンド組まない? うちのドラムスが辞めちゃってさぁ」

「結構っす。他当たって下さい」


 ライブは終了した後は、エントランスで他のバンドやお客さんと交流を取れる。

 ずば抜けた腕前を披露した隼人君と奏ちゃんは他のバンドから引き抜きがかかるほどにモテていた。そもそもドラムス人口は少ない。だから隼人君ほどの腕前がある人は、もうどこからも引っ張りだこだ。


「ねぇ、彼氏いるの?」

「ロックが彼氏なんで」


 ナンパを冷めた態度で奏ちゃんが追い払っていた。中学生にナンパはいかんでしょ……。

 彼女はギターの腕前も凄いけれど、天性の歌声の持ち主でもある。力強くキレのあるボイスは、下手したら曲が乗っ取られるほどの強烈な味を持っている。こういうのは才能だ。努力では到達し得ない無二の価値を持っている。そんなのモテるに決まってる。そして容姿も最高とかもう非の打ち所が……あった。口が悪い。あと性格も若干面倒……。


「お姉ちゃんかっこよかったよ!」

「いや、ボクは男……」

「お姉さんとっても美人だね!」

「だからボク……」


 お客さんの中には僕よりも年下の子供もいて、秋人君は子供に寄られて好かれていた。……だが現実は非常である。秋人君、女扱いしかされない。悲しいなぁ……。


「いいバンドだね」

「はぁ、ありがとうございます」

「でもアレだよね、君はなんか……普通だよね」

「おうっ!」


 そして、僕に話しかけて来たお客のお兄さんはそんな、歯に衣着せない事を言ってくれた。や、やっぱ分かりますか……。僕のメンタルに少しダメージ……。


「あのさ、俺実はキーボード出来んだよね。君からさぁ、僕を入れてくれるように頼んでくれないかなぁ、彼に」

「へ……?」


 どうやら僕に話しかけていたお客さんもバンドマンだったようだ。で、でもお兄さん大学生でしょうか? なんか僕らと年齢離れてるからやりづらそうだ……。


「えっと、ごめんなさい。それは出来ません」

「何で? バンドメンバーって多ければ多い程良いのに。出来るバリエーションが増えるからね」


 相手は努めて友好的な声音でそう反論してきた。それは確かに一理ある。だけど……。


「あなたの事を悪く言う訳じゃ無いです。だけど、僕達とあなたは年齢が離れてる。生活リズムが全く違うはずです。その条件でメンバーを増やしても、練習しづらくなるだけではありませんか?」


 バンドが出来る時もあれば、もちろん解散する時もある。

 解散する理由は何か。単純に実力不足で食べていけない、メンバー内での音楽性の不一致、犯罪や恋愛によるメンバーの脱退、練習日が合わなくてぎくしゃくしてそのまま、などなど、例を挙げようとするときりが無い。それほどにバンドは脆く崩れやすい。

 だからこそ、メンバー同士は常にお互いを理解していなければいけない。親友同士で、気が合う仲だから組んでいる、というのは勿論オッケーだし、割り切ってビジネスライクの付き合いというのも全然ありだ。要は、メンバー全員のビジョンが一つになっていなければならない。


「それに……あなたは相応しく無い」


 だが、この目の前のお兄さんからは親愛さも、ビジネス目的であるとも感じられない。言ってみるなら……「勝ち馬になりそうだから俺も乗ろう。上手くいけばデビュー出来るし」とか……そういう、軽い態度が感じられる。それは、CLEARWAVEのメンバーに不要なものだ。


「入りたいのなら僕じゃなく、直接隼人君に言って下さい。その方が彼に認められると思います」


 だから、僕は相手のお兄さんの提案を断った。

 すると彼は、はぁ、と困ったようにため息をついて、僕の肩に腕を回し、皆から自分たち隠すように密着してきた。な、何を……!?


「言わせんなよおい。お前、学校でいじめられてるタイプだろ」

「っ!?」


 背筋が凍りつく思いだった。図星を突かれたというのもそうだけど、あまりにも冷たくほの暗いその瞳に恐怖してしまった。


「分かるってのそのぐらい。お前だけ纏ってる雰囲気違ぇし。何でバンドやってんのか、こっちが不思議だよ。俺は、“お前が抜けて、そこの席を俺に寄越せ”って言ってんだ。な? お前、下手だから俺に代わってくれよ。その方が他のメンバーの為になると思うよな?」


 すっと、僕の首に相手の指が絡みついて来た。今に僕の軌道が締め上げられてもおかしくない位置にある。怖い、こんな見知らぬ年上の人に脅されるなんて思いもしなかった。


 だけど――――ふざけるな。なめてんじゃない。今の僕はCLEARWAVEのギタリストだ。お前みたいな男に屈するものかよ。


「フッ……。隼人君たちの音楽を聴いて、まだそんな事言ってるんじゃやっぱ駄目ですよ」

「何……?」

「【クリアソウル】を聴いて何も感じなかったんですか? 僕達は馬鹿がつくほど正直に、そして真剣に音楽やっている。確かに僕はまだ下手だ。だけど、これからも下手でいるつもりはありません。あなたなんかすぐに追い抜く」

「テメェ!」


 僕の煽りに激昂した相手は、そのまま首を掴みながら、僕をスタジオの壁に叩きつけた!


「くぅ!」


 そこそこ痛い衝撃が背中から前へ抜け、肺から息が少し零れる。まだだ、あなたはCLEARWAVEをナメた。僕はそれを認めない。


「シン!」


 隼人君がいち早く僕達に気が付いてくれた。だけど大丈夫だよ。ここは僕だけで!


「僕たちはお前のように軽い気持ちで音楽やってんじゃない……。僕を退かしたいのなら音楽でかかって来るのがバンドマンだろ。それをしなかったお前はもうアーティストですら無い……! 一人でマスかいてろ、マヌケ!」

「何様のつもりだこのガキ!」


 相手が拳を振り上げる。ここまで言ってまだ暴力に頼るからお前はアーティストじゃないって言ってるんだ! そんな奴の拳、痛くも痒くもない!


「おっと、そこまでだ」


 ――が、相手の拳が僕に叩きつけられる前に、その腕を栄光さんが掴んで止めていた。


「誰か知らねぇが、テメェの負けだ、帰れ。んでテメェは出禁だ」

「は――! おいふざけんなよ! こいつが先に喧嘩売って来たんだろうが!」

「あ?」

「いぎ、痛ででで!」


 栄光さんはそのまま相手の腕を捻り、無理矢理その人を跪かせてしまった。す、すごい……。


「俺が見てねぇと思ったか? テメェが一方的に絡んで言い負かされて、挙句に暴力コレか? 年下いじめて追い返される野郎ほどみじめなもんは無ぇよなぁ? それに比べて真一君はどうだ? テメェに一歩も引かずに言い返して、ロックな野郎になったじゃねぇか」


 栄光さんはお茶目にウインクまで僕に向けながら言ってくれた。栄光さん、何気に僕の事も見ててくれたのか……。なんか、嬉しいな。


「見逃してやるから消えろ」


 栄光さんが腕を離すと、僕に絡んで来たお兄さんは涙目でその場から這いずるように起き上がった。


「に、二度と来るかこんな場所!」


 そして最後にそう吐き捨てて、出口へ消えて行った。……胸をなで下ろす。栄光さんのおかげで助かった。


「シン、何があった」

「大丈夫だよ隼人君。解決したから」


 珍しく心配そうな表情で駆け寄って来た隼人君に笑いかける。そう、あんなの、隼人君が気にする価値も無い。


「クソ野郎に絡まれただけだ、隼人。悪いな真一君、どうしてもこういうとこにゃあ、あぁいうのが一定数いやがんだ」

「そんな、栄光さんが悪い訳じゃないんですから謝らないで下さい」


 栄光さんは本当に上手くやっていると思う。機材も良いし、ここのハコは今に有名なバンドを輩出するに違いない。


「何、何の話?」

「やっとナンパから解放されたわ……」


 そこで、のんきな表情でやってきた秋人君と奏ちゃんも現れた。そっちもお疲れ様だね。


「隼人、どうだ? 掴めたか」

「……あぁ。CLEARWAVEはこれでいい。奏、秋人、そしてシン。これが最強だ」


 栄光さんに、隼人君はそう答えていた。そう言ってくれたのが本当に嬉しい。僕は皆と一緒にいられるようだ。これからも頑張ろう。


「ま、シンも本番、悪く無かったしね」

「もう、奏ちゃんはまたそんな事言って。真一君の事本当はすごく認めてるくせに」

「うっさい! こいつはすぐつけあがるんだから、これぐらいが丁度いいの!」


 そんな、嬉しくなるやり取りももらえて。

 ここに、僕とCLEARWAVEの初ライブは終了した。ここが伝説の始まりになるはずだ。だって僕たちはデビューするんだから。


「皆、ありがとう。色々と」


 だから、僕は頭をぺこりと下げる。これからも皆と楽しい音楽が出来るんだとか、ドキドキするようなライブをたくさん出来るんだと思うと、ワクワクが止まらなくなって、それと同じぐらい、この世界に連れて来てくれた皆に感謝の気持ちが湧き上がってきたから。

 あぁ、そうさ。僕達のロックは、これからだ!

簡単登場人物紹介コーナー

CLEARWAVEクリアウェーブ

隼人、奏、秋人、シンの四人組学生バンド。不景気なロック業界で本気でデビューを目指すガチ勢。音楽に対してはとにかくストイックでスマートなスタンスを取るが、遊びを許容しない訳では無い。

ギターボーカル(奏)、ギター(シン)、ベース(秋人)、ドラム(隼人)が基本構成。


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