五曲目 シンと奏のたわむれ夏休み
一話以来アニソンが出てきてない? もう少ししたら怒涛の勢いで出すので許して……。今はシンの修行回なので……。
そんな、僕にとっての決戦が最後にあって。
いよいよ学校は夏休みに突入した。学校に行けなくて寂しい思いをしたのは初めてだ。気軽に隼人君たちに会えないからね。
「いらっしゃいませ!」
練習のお誘いも無いし、そんな日は実家のパン屋の従業員になっている。日が昇る前に起床し、カレーパンのカレーを作ったり、たまごサンドのたまごフィリングを作ったりする。そうこうしていると開店時間の午前六時になり、食パンを買いに年配のお客さんが来る。七時ごろになると、会社員の人やOLさんが出勤途中に寄って来て、朝食を買って行く。ピークは八時少し前辺りだ。けっこう忙しい。
「ありがとうございましたー」
……パン屋の従業員でいる間は、少しコミュ障体質が軽くなる。完全に他人行儀な話し方でOKだからかな。
「シン、来たぞ」
「いらっしゃい。夜霧さん」
お昼頃、とあるお客さんが見えた。夜霧さんという常連さんだ。
僕と同年の中学三年生の女の子で、幼稚園児の頃の友達だ。それからよくうちにパンを買いに来てくれるようになった。うちの近所に住んでいるんだけど、ギリギリ地域が違うのか、小中学校は一緒じゃないんだよね。
「いつもありがとね。バターロール、もうそろそろ焼き上がるやつがあるから、ちょっと待ってくれればそれ包むけど」
「あぁ。では頼む」
楽しそうに微笑む彼女に僕もはにかみを返す。彼女は幼稚園時代からの幼馴染。“凛としている”という言葉が世界一似合う、涼やかな印象の女の子だ。体躯は中学三年生とは思えない程の健全な色気を持っていて、出るところは出て、締まるところは締まっている。僕の前に寄って来た彼女の髪からは、ソーダミントのような爽やかな香りがして、少しドキドキした。
「……シン。どこか、雰囲気が以前と違うな」
「えっ? 何か変?」
「いや、そうでは無い。……男らしくなった、のだろうか。身長も少し伸びてるだろう」
「シン最近、何かやってるみたいなの」
ここで母さんが焼きたてのバターロールが乗った鉄板を手に持って僕達の元にやってきた。
「ごきげんよう、お母様。して、何か、とは?」
夜霧さんから興味津々、とばかりの視線を向けられ、ちょっとビビる。まだ母さんにも言って無いのに。バンドの事。でも、逃げられる状況でも無さそうだ。
「……ちょっと、軽音楽をね……」
「軽音楽部? もう中三の夏なのに?」
「だ、大丈夫! 受験はおろそかにしてないよ! 期末テストも見せたでしょ?」
母さんの怪訝な声に慌ててフォローを入れておく。危ない危ない、せっかく始めたバンド、母さんに駄目って言われたらつまらないからね。
「……シン、どうして怪我をしているんだ?」
「へ? あ、あー……」
しかし夜霧さんから追撃がかかる。彼女の心配そうな声に僕も居心地が悪くなった。この前不良と喧嘩したからです、なんて口が裂けても言えない。彼女に心配かけたくないからね。
「これはちょっとぶつけちゃっただけ。心配無用だよ」
「……そんな嘘が私に通じると思っているのか。シンは嘘つく時、右足で貧乏ゆすりするんだぞ」
何と。確かに僕の右足はすとすととせわしなく動いていた。なんて恥ずかしい癖なんだ! 自分でも気が付かなかった……。しかし、これはまずい。
「……ぐすっ」
「あぁぁ! ごめん! 泣かないで!」
僕が隠し事をした。夜霧さんはそれだけで少し涙ぐんでしまう。あぁ、しまった。彼女は僕にちょっと邪険にされるとすぐ泣いてしまう。幼稚園児の頃からそうだ。彼女がお絵描きで遊ぼって誘って来て、僕が外で滑り台で遊びたいから断ったらギャン泣きされた事、まだ覚えてる。先生に一方的に怒られたから。僕が。
「その軽音楽部……本当は危ないところなのではないか……?」
「全然、全く、健全&健全だよ! 本当に大丈夫だから!」
「嘘だ! 何故、私に隠し事をする!? 私が信用ならないと言うのか!?」
もう強情だなこの子は!
返答に困っていると、不意にポケットに入れていたスマホが振動し始めた。取り出してみると、秋人君からだった。ナイスタイミング! 結婚しよ……。
「ごめん、ちょっと失礼」
夜霧さんの相手は母さんに任せ、僕はお客さんに見えない裏方に移動して電話に出た。
「ごめん、待たせて」
「ううん全然。今大丈夫?」
「少しなら平気だよ。どうしたの?」
スピーカー越しの音声も可愛い秋人君に一人ニヤけながら答える。練習のお誘いかな。
「真一君、夏にはね、フェスがあるんだよ」
秋人君は何か、悪役が計画を発動する時みたいな緊張感に満ちた声音でそう言った。……フェス? SSR排出率二倍になるとか? それはいいね。だが限定レアは勘弁願いたい。
「日本のロックバンドも各地でライプしまくるし、海外からもすごいロックバンドが来日してやるんだぁ。行くだけで超勉強になるよ。楽しいし! 真一君も行くでしょ?」
なるほど! それはとてもいいね! 行かない理由が無い。
「勿論! 僕、フェスって初めてだけど、大丈夫かな?」
「全然平気! じゃあ、ボク達がいつも行ってるライプフェスのチケット、真一君の分もこっちで取っちゃうね。料金は後払いでよろしく!」
「分かった、ありがとう! 今から楽しみだよ」
「ボクも! 日程とかは後でラインするね!」
「うん。ありがとう、じゃあ」
そんな元気一杯な連絡をもらった。僕の精神ポイントが全回復した。本当に楽しみだ……。
僕がまた店のレジに戻ると、なんと、母さんと話していた夜霧さんが泣き止んでいた。
「冬華ちゃん、この程度で泣いてちゃ駄目よ。シンも男の子なんだから、傷の一つや二つ出来るものだもの。大丈夫と言うのなら、それを信じてあげなさい」
「しかし……」
「シンに信じてもらいたいなら、まず冬華ちゃんがシンを信じてあげなさい。大丈夫、シンはきっと、自分で解決したから離さないだけだから。シンが大丈夫だって言うのに、冬華ちゃんはそれを信じてあげないの?」
「そ、それは……。……そうですね。軽率でした。私はまだまだです……」
す、すごいぞ母さん。正直、若干面倒だと思わなくもない性格の彼女を一発で停止させるなんて。
なんか知らないけど、一件落着してるようなので、焼きたてバターロールを包装して彼女に渡す。
「失礼したな、シン。パンのお代だ」
「気にしないで。はい、丁度だね」
バターロールの代金を貰い、夜霧さんはぺこりと一つお辞儀してお店から帰って行く。……でも、なんか胸がモヤモヤする。女の子を泣かせて、謝らせて、そのまま帰らせるなんて、なんか悪い事したような気分だ。
「待って、夜霧さん!」
なんか気分が悪いので、お店の前でつい彼女を呼び止めてしまった。彼女は僕の声に一瞬で振り向いてくれた。漆黒の長髪がふわりと揺れる。
「シン……? どうかしたのか……?」
「……確かに、この傷は危ない事をして出来た傷だよ。だけど、解決したから本当に大丈夫。ありがとう、心配してくれて」
「そうだったのか……。いや、私こそずけずけと聞いてすまなかった。迷惑だったよな……」
「そんな事無いよ。……あのさ、ライン……やってる?」
「えっ?」
言った瞬間、彼女の指にかかっていたバターロールの袋が落下した。あぁ、せっかくの焼きたてが!
「……君は僕の一番古い友達だし、連絡先知らないままってのも嫌だなって。迷惑、かな」
女の子に連絡先聞くの、すごい緊張するけど……。僕はもう臆病者は卒業したんだ。だから、僕から言ってみる! 口の中が砂漠化しそうなほどドキドキしてる。ヤバイ。
「――ほ、本当にいいのか!? 私が連絡しても!?」
「え? うん、それはもちろん。はい、どうぞ」
ずずいっと迫ってきた彼女に驚きながらも、僕はラインを開いたスマホを彼女に渡す。
「あ――――!」
夜霧さんは何か伝説のアイテムでも手に入れたかのように晴れやかな表情になり、自身のスマホを取り出して物凄い速度で登録し始めた。えっと、喜んでもらえたのなら僕も嬉しい。
「登録完了だ。ありがとう。毎日するからな!」
「毎日!?」
それはちょっとしつこいかな!?
なんて、最高の笑顔を浮かべている彼女には言えなかった。だって絶対泣いちゃうもん。結局、僕は彼女が軽やかにスキップして帰る様子をただ見送るばかりだった。……まぁ、大した問題でも無いと思うしいいか。
そんな感じで、夜霧さんは嵐のように来て帰って行った。またのお越しをお待ちしております。
さて、現在時刻は午後四時。閉店まであと二時間。お客さんもおやつ目当てのマダムやお爺さんになり始めたところで、いきなり巨大な影が店に入って来た。
「いらっしゃ――え、栄光さん!」
「おう? おお! 真一君!」
柊スタジオのオーナーにして隼人君のお父さん、柊栄光さんがいらっしゃった。まぁスタジオと近いしね、うち。来てもおかしくない。
「ここ君の家なのか?」
「はい。学校休みの日は僕が店番してます」
相変わらず栄光さんは大きな人だった。身長百九十センチは超えている。隼人君を一方的にタコ殴りに出来そうなほどの肉体はまるで岩肌のようで、Tシャツの上からでもすごさが分かる。。……でも何でそんなアメリカ人めいたピチピチTシャツ来てるんです? いくら夏場で熱いからって……栄光さんすごい恵体だからすごい目立ちますね……。
「……じゃあ、あの奥で作業してる女の人は?」
「母さんですけど」
奥の調理場で父さんと作業してる母さんを見やりながら、栄光さんはふむ、と一つ頷いた。
「……超美人だな」
「出禁にしますよ」
何を真顔で言ってくれてんだこの人は。確かに母さんは美人だ。雰囲気は、とても柔らかくなった奏ちゃんって感じ。でも残念でした。
「僕からしてもうんざりするぐらい、両親はラブラブなんで諦めて下さい」
「そうかい。んじゃあ、焼きそばパンとエビフライバーガーを貰って退散するか。今日のところは」
栄光さんは言った通り、その二つのメニューをトレイに乗せて僕のいるレジに乗せた。今日のところは、って何ですか。母さん目当てとか一生駄目に決まってるでしょう……。
「隼人にも教えてやらなきゃな」
「お願いします。隼人君も来てくれたら嬉しいです」
お代をもらい、そのお釣を渡す。お買い上げありがとうございます。
「いや、真一君のお母さん超美人だって」
「それは言わなくていいです」
しっかりお断りして、帰る栄光さんを見送る。……隼人君も成長したらあんな感じになるのかなぁ。嫌だなぁ。「俺はロックが彼女だぜ!」っていつまでも言っててほしい。まぁ、今もそんな事言ってないけど。
◇
そんな夏休みの一日を終え、夜にはてこてことティッシュの箱を叩いてドラム練習を行う。その時、ラインの通知がきた。これは早速かな?
“ギター買うの?”
夜霧さんからかと思ったら、なんと奏ちゃんからの連絡だった。ギターか……まぁ、そりゃ買うつもりだ。パン屋の手伝いしておこずかいも貰ったしね。
“うん。でも、楽器のお店なんか行った事無いんだけど大丈夫かな? どんなものがいいの?”
“安くなければ、正直どれでも大丈夫。年々、良いもの増えて来てるから。見た目で選んじゃうのもい”
……なんか、途中送信したみたいなメッセージがきた。何事だろう。
そしてしばらく間が空いてから、もう一度メッセージが来た。
“待った。あたしも選んであげる。あんた一人じゃ失敗しそうだし。どっか暇な日教えなさいよ”
――――何ですと? それって、つまり、一緒にギター買いに行くって……で、でで、でぇと……なのでは……?
そう思ったら、また口が砂漠化する勢いで渇いていった。手も若干震える。いや待て、素数を数えて落ち着くんだ僕! そう、ただの買い物ですこれは! うわぁこの程度で思い上がっちゃうオタク恥ずかしい! そんなんだからキモいって言われんだぞ僕!
“すごく助かるよ。じゃあ、今週の日曜日とかどうかな”
“大丈夫。あんた最寄りT橋駅だったっけ。じゃあ駅前で待ち合わせね。十一時とかでいい?”
“いいよ! ありがとう!”
“別に。遅れんじゃないわよ”
ライン終了。……んふ。んふふふふ……。やばい、僕今、絶対キモい顔になってる。それぐらい嬉しくて顔がゆるゆるになってる。……デートでは無いかもしれない。だけど、せっかく奏ちゃんと二人きりで買い物に行くんだ。オタクでもキモくとも、ここでイキらないでどうする。決戦は日曜日だ。
◇
当日、日曜日十時。
待ち合わせの駅に行く前に、僕は美容室に寄った。“美容 ナイトミスト”……行きつけの美容室で、夜霧さんの実家でもある店だ。いつもそこで彼女のお父さんにヘアカットをしてもらっている。
「おはようございます、おじさん」
「いらっしゃい、真一君。いつものカット……にしてはまだ髪伸びてないけど、どうしたの?」
夜霧さんのお父さん――四十近いのに意味分かんないほど若々しいイケメン――は僕を快く迎えてくれて、席に座らせた。
「カットじゃないです」
散髪エプロンをかけられながら、緊張して言う。だって、今日は――。
「デートに行けるような、カッコいい髪型にして欲しいんです」
「……へぇ。こいつは大仕事だ。任せておきなさい」
おじさんは感心したように鼻息を拭いて腕まくりした。デートじゃないとしても、奏ちゃんと一緒に出掛けるんだ。ちゃんとカッコつけて行かないと、彼女に恥を欠かせてしまうだろうからね。
「前から思っていたんだよ。真一君は素晴らしい素材だって。オシャレすれば物凄いイケメンになるのにもったいないなぁって。久しぶりに心躍る仕事だよ」
おじさんはまず、僕の伸びている髪を切って整え始めた。ハサミが開いて閉じる、小気味いい音がさくさくと耳元で響く。不思議とリズムが刻まれている気さえする。
「女の子と出かけるんだ」
「は、はい……」
「それは大変だね」
そう、大変なんだよおじさん。しかもとびきりの美女だよ。緊張でもう死にそうだ。
「デートはね、別に気取る必要は無いよ。女の子がどうして欲しいのか、よく考えながら、自然体に振る舞うのが一番カッコいい。カッコつけて騒ぐ方がよっぽどカッコ悪いからね」
「さ、流石ですおじさん……」
おじさんは髪を切り終えると、僕を洗髪し始めた。心地いいシャンプーの感触にデートへの緊張がほぐれる。若い頃のおじさん、どれだけ恋多き青年だったんだろう。陽キャトップカーストのキングになっててもおかしくない。
洗髪を終えると、ドライヤーで速乾される。その後、何か香りのする整髪剤で色々僕のかみをいじられ始めた。くすぐったい。
「……うん、いいね。真一君、やっぱ素材は一級だ。君のお父さんもお母さんも美形だからだね」
そして終わる。目の前の鏡に映った僕は、今までの、のっぺりした髪型の陰キャオタクではなく、爽
やかな印象の好青年のように見える。誰だお前。
「こんぐらいのイケメン、そうそういないでしょ。女の子を楽しませてあげな」
「……ありがとう、おじさん。僕、頑張って来るよ」
「行っておいで。……ちょっとだけ悲しいけれど」
「え?」
どこか寂しそうに言うおじさんに僕も困惑する。何かしてしまっただろうか。
「し、シン!」
ここで、美容室の奥の部屋から夜霧さんが現れた。おはよう。だけど、ごめんね。今、時間もう十時五十分過ぎてるんだ。そろそろ行かないとまずい。
「そ、その格好は……」
「デートだってさ。冬華、やばいね」
「でッ!?」
おじさんが困った様に笑うと、夜霧さんは、ばきん、と罅の入った石像のような、致命傷感ある表情で固まってしまった。おじさん、料金ここに置いておくね! ちょうどあるから!
「ありがとうおじさん! 行ってきます!」
「あぁ。冬華の事は気にしないでいいからね」
何かおじさんの頬に涙が一筋流れたきがするけど……もう時間も無いし、気のせいだと思って僕はそのまま美容室を出た。夜霧さん、また今度ね。
そんな事があり、待ち合わせ時間五分前ぐらいにT橋駅に足を運んだ。
さて、奏ちゃんを探してきょろきょろと首を回――。
「……あ」
探すまでも無く、彼女はすぐに見つかった。金髪に染めていて目立つ……ってのもあるけど、やっぱりそこら辺の人と比べるまでもない程に美形だからね。なんか、放つオーラが違う。とても中学三年生だとは思えないほど大人びている。
「早いね、奏ちゃん」
「ん、……んん!?」
音楽を聴いて待っていた彼女に合流し声をかける。イヤホンを外して僕を見やった奏ちゃんは、何か驚いたように目を大きくしていた。
「あんた……何、なんか、いつもと全然違うじゃない」
そりゃあ、気合入れて来たからね。服とか髪とか、ばっちり整えてきた。ヘアワックスとかつけてもらって。
「そりゃ頑張るよ。せっかく奏ちゃんと出掛けるんだから、カッコつけないと」
「はっ!? 何、キモい事言わないでよ」
「う……ごめん」
戸惑ったような表情で奏ちゃんは言い、ぷい、とそっぽ向かれてしまった。いや待て、何で僕が謝らなきゃいけないんだ。奏ちゃんが美人なのが悪い。きっと。
「まぁいいわ。じゃあ出発しましょ。あたし時間無駄にすんの嫌い」
それは同感。
僕も一つ頷き、駅前のバス停から大きな商業施設まで、ゆったりバスで揺られて移動した。
さて、商業施設に到着しても、僕は奏ちゃんに案内されて移動する。
「ここの六階に楽器用品店があんのよ」
「知らなかったよ。とりあえず、三万くらいは持って来たけど足りるかな」
「三万か……まぁ、十分でしょう」
エスカレーターでフロアを登りながらそんな事を話していたり。
僕達が登りである事は、当然下りのものも隣にある訳で。下りエスカレーターにいる男性は奏ちゃんを見つけると、“ふつくしい……”とでも言いそうな熱い視線を向けていた。通り過ぎる人が振り返るほどの美人。それが彼女。身長も女性にしてはやや高く、ふつくしカッコいい印象を持っているロック美少女。それが神室奏だ。
「さて、ここよ」
そして、その楽器用品店にたどり着いた。中はオレンジ系のライトに照らされていて、そこらかしこにある楽器の金属部分が、そのライトを反射しキラリと輝いている。ていうか正直眩しすぎる! 目が! 目がぁ!
「エレキギターはここね」
そして、ちゃんとそこにはエレキギターもある。ずらりと並べられたギターたちはなかなか壮観だ。確か、こういうのって制作会社とか、響く音とかが違うんだよね。突き抜ける高音がロックなストラトキャスター型、ハードロック向けのレスポール型、そこから〇〇社のなんたらだのって色々ある。ガンダムの形式番号かって感じだ。
「まぁ、ストラトでいいでしょ。私達もこれだし」
「うん。試し弾きとかさせてくれるかな」
「当然。弾かないで選ぶとかありえないから。すいません、弾かせてもらってもいいですか」
奏ちゃんは素早く店員さんを捕まえて、試し弾きの用意してもらっていた。手慣れてるな……スーパーのタイムセールとかも勝てそう。
「あたしのお薦めはこの辺かなー……シンはなんか、気に入ったもの無い?」
彼女は楽しそうにギターを数本見繕って用意しながら聞いてきた。とてもいい表情だ。僕も楽しくなるぐらいに。奏ちゃん、ほんとロック好きなんだね。
「シン? どうしたの?」
「いや、ううん。何でも無い」
おっと、奏ちゃんに見惚れてちょっと心が飛んでた。気に入ったものか……。
「見た目だと、これかな」
奏ちゃんが見繕ったギターの一つを手に取る。全体が鮮やかな赤色のものだ。赤が好きなんだよね、僕。
「私もそれが一番いいと思ってた。あんたさ、赤、似合うよね」
奏ちゃんも嬉しそうに言う。それなら嬉しい。ではさっそくセットして、音を鳴らしてみよう。
手にある赤のギターに目を落とす。やぁ、初めまして。君の音を聴かせてくれないか。
一つ、手を動かす。“ギャーン”と小気味いい音が響いた。うん、良い感じだ。続いて軽くいくつかの音を鳴らせてみる。すると、この子は素直に僕の指を受け入れ、思った通りの音を出してくれた。いい子だ……僕を受け入れてくれている……。
「やりやすい。すごく」
「あんたが練習で使ってた奴と同じメーカーのものだしね。これは一発で決まったかなー」
「ちょっと別のも弾いてみていい?」
奏ちゃんは「もちろん」と穏やかに笑って、別のギターを渡してくれた。それを今度は鳴らしてみる。うん、こっちも悪くない。だけど……。ティンと来たのはやっぱり、最初の子だ。
「……奏ちゃん、これでいいかな」
「えぇ」
しばらく他のギターも鳴らしてみたけど、やっぱり一番最初に決めた赤のギターが一番しっくりきた。感触的にも音的にも。値段は一万九千八百円。これで中古価格だから恐ろしい。
「……君、売られちゃったのか」
こんなにいい子なのに、と思いつつ、手元の赤のギターを見やる。まぁ、誰に何が合うかなんてそれこそ十人十色だもんね。君は僕がもらうよ。これからよろしくね。
さて、奏ちゃんの見届けもあって、ついに僕は自分のギターを買う事が出来た。背中のギター、そしてギターケースがずっしり背中にのしかかる。幸せな重さだ。
「ありがとう奏ちゃん。いい買い物が出来たよ」
「これで満足されても困るんだけど。それ、演奏しなきゃ意味無いんだから」
とっとと上手くなりなさいと、暗にそう言われて僕も頷く。勿論だ。むしろ気合が入ったぐらい。
下りエスカレーターに乗っていると、昇りエスカレーターにいる人がこっちを見てきた。男の人はもちろん奏ちゃんに見惚れている。分かるとも。僕も見惚れてるから。
「すごいイケメンいんだけど!」
制服を着ている女子高生っぽい集団の声が届いた。うん、奏ちゃん超イケメン。清水君に唾吐けるんだから。
「ギター持ってるしミュージシャンなのかな」
続いて聞こえてきた声に少し首を傾げる。……うん? ギター? 奏ちゃんは今日ギター持って無い。だって演奏する予定無いし。……イケメンって、もしかして僕!?
「まぁ、確かにあんた、見た目だけは悪くないものね。正体はキモいガリ勉オタクなんて、想像出来ないぐらいには。哀れね、見た目しか判断出来ない女にしかモテないなんて」
「うん、僕ごとディスるのやめようか」
ふっ、と、どこか勝ち誇ったような笑みで奏ちゃんは女子高生の集団を見ていた。そういうところだよ、口悪いの!
「奏ちゃんだって、いったいどれだけの人が本性知ってるんだか」
「何よその言い方。嫌味じゃない」
「嫌味だよ。学校一の美少女なのに、口を開けばキモいが最初に飛んでくる失礼な人さ、君は」
「なぁ!?」
腕組みもして、そこそこ本気で怒りながら言ってやった。微妙に傷つくんだからね?
「だ、だから何言ってんのよ! そ、そういうのがキモいって言ってんの!」
でも奏ちゃんはわたわたと手を振って、焦ったように言い返して来た。僕、あと人生で何回「キモい」って言われるんだろう……。
「何なのよもう……最近こいつ苦手……」
顔を少し赤くして、奏ちゃんはまたふい、とそっぽ向いてしまった。だけど、何だかいつもより奏ちゃんを近くに感じる。やっと彼女がどんな子か分かってきた。
「奏ちゃん、褒められるの苦手なんだね」
「ほんとブッ飛ばすわよあんた!」
そんな奏ちゃんの態度にも慣れた。見た目や言葉遣い程、彼女は怖い人じゃない。練習見てくれた日の夜には必ずアドバイスのラインくれてたし。
……あぁ、そうか。やっと分かった。ちょっととっつきにくいけど、根は面倒見たがりでちょっと恥ずかしがり屋。でも常にカッコよさを忘れない優しい女の子。それが神室奏という子の正体だ。
「奏ちゃん、お昼どうしようか」
スマホを確認すると、時刻はもう十二時過ぎといったところだった。小腹も空いたし、何か腹に入れてもいいんじゃないかな。
と、彼女に伺うと……。
「こ、この……! 人に恥かかせておいてぬけぬけと……! いい! 行ってあげる! 学校一の美女のあたしが! あんたみたいなのとご飯行ってあげるわよ!」
そう、自分で言ってて恥ずかしくてたまらないって様子で彼女は答えてくれた。その、正直とても可愛いです。トキメキがエスカレートしてしまいそうだ。頬が緩む。
「光栄だよ。何かリクエストはある?」
「ぐ……ぐぐ……! ラーメン! 一階にあったとこ! 一人じゃ行きづらかったから!」
ラーメン!? 何そのセレクト! 超ロックだね! お財布にも優しいし!
◇
その後、ラーメン食べたりレコード店で新曲漁ったりして戯れてから、またバスに乗って帰った。時刻は午後五時過ぎ。良い時間だ。
本当に楽しかった。友達と遊ぶって、こんなに素敵な感覚なんだな……。その相手が奏ちゃんだったって事も楽しかった理由の大部分を占めていそうだ。
「……信じらんない。こんなに疲れたの久しぶり」
窓際のへりに頬杖つきながら、拗ねたように彼女は呟く。ごめんなさい。楽しくて奏ちゃんを気遣う事あまり出来なかったかもしれない。
「ごめんね。僕、友達とどこかで遊ぶのって初めてだったから」
「はっ? えっ、ホントに?」
目を丸くしてこっちを向く彼女にこくんと頷く。恥ずかしながらね。
「友達いないから」
「……あんた、ホント底辺の存在だったのね。キモ」
奏ちゃんはまた窓の外に顔を向けてしまった。……うん。キモいね。こんなに楽しい感覚を知らなかったなんて、人生損してた。もっと早く友達作り頑張っていればよかったよ。
「……まぁ、退屈しなかったから許すわ」
「ありがとう。僕も楽しかった」
「ふん……。あと、もう一つ」
バスが揺れて、彼女の肩にかかっていた金髪がはらりと垂れた。夕日が反射して、きらりと輝いている。どこにいても綺麗だな、ほんと……。
「……この前、助けてくれてありがと」
「この前……。えっと、それって……清水君の時の?」
「そ。キモかったけど、あんたが来てくれた時、安心した」
……それは良かった。掛け値なしのその言葉はとても嬉しい。……あの時は自分でもほんと変なテンションだった。何か、今さら蒸し返されて恥ずかしくなってきた……。
「“奏ちゃんはお前程度が口説いていい女じゃない。失せろ”、だっけ?」
「ちょっ!」
しかし、彼女はいい表情を僕に向けてふざけた事を言ってきた。何を掘り返してるんだこの子は! やばい、恥ずかしすぎて顔が熱くなってきた!
「ふっ、キモすぎ」
「僕が悪かった。お願い、もう黙って」
一転攻勢、今度は僕が奏ちゃんの顔を見れなくなってしまった。あぁ、きっと今の奏ちゃんはいい笑顔をしているに違いない。何てことだ。なんか負けた気分……。
「あたし相手にするなんて百年早いっての」
「えぇ……。でも、今日は奏ちゃんから誘ってくれたんじゃん」
「そ、それは……! たまたまだっての! 浮かれんな底辺!」
「友達を底辺呼ばわりするなんて来るとこまで来たね。僕じゃなかったら今頃絶交してるよ」
こんな感じに、言い合いするぐらいは奏ちゃんと仲を深められたのかもしれない。だったら、それが今日の一番の収穫だね。
バスは再びT橋駅に戻る。外に降りて空気を吸うと、もう今日が終わるんだなってちょっと物悲しくなった。
「じゃあ、私はここから電車で帰るから」
「うん。今日は本当にありがとね。このお礼はいつか必ずするから」
「いいっての。このぐらいで貸しなんか作んないってば」
本当に気にしていないように、彼女はひらひらと手を振って僕の言葉を受けながした。本当、優しいね。でも君がそうでも僕は違う。僕は、僕のために君にこの借りを返す。まだキモい男だけど、必ず、このお礼を返すよ。
「……シン」
そして最後に、とばかりにどこか寂しげな表情で彼女は僕に顔を向けた。
「……フェス、楽しみね」
「――うん!」
にしし、と、とても素敵な笑顔を最後にくれて、奏ちゃんは駅のホームの人混みに消えて行った。そうだ、今日で終わりじゃない。奏ちゃんは、また、と言ってくれた。これからも、今日みたいな素敵な思い出がたくさん出来るに違いない。そう思うとワクワクが止まらないね。
「さぁ、僕達も帰ろう」
背中のギターに語り掛けるように呟いて、僕も足を動かす。この重みは、今日の思い出の重さだ。いつまでも残る、幸せな質量だった。
「……シン、今度、冬華ちゃんと遊んであげな?」
「えっ?」
家に戻ると、母さんが憐れみの籠った声でそんな事を言った。何で夜霧さんが出てくるの?
簡単登場人物紹介コーナー
・海藤真一
主人公。ロックを通じて少しだけ成長。マイナスだった今までを取り戻し、まず0地点に戻った。俯きがちだった顔が上がり、容姿が上の中ほどに向上。愛称はシン。
・神室奏
シンと同じ中学三年生。自信家系ストイック乙女。視線がややキツめだが間違いなく美少女。シンの事は「キモいけどまだましな男」と認めるようになった。
・夜霧冬華(NEW!)
シンとは別の学校にいる中学三年生。シンの幼馴染にして、彼と最も近い距離にいる他人。氷属性系美少女。奏と比べて身長も高くグラマラス。シンに雑に扱われると泣く。