三曲目 願いの旋律 コードチェンジ&8ビート!
今日で七月が始まる。
僕が練習し始めてから三か月が経過しようとしている。濃密な二か月だった。バンドに対しての基礎知識は身につけた。それと、ギターの基本所作も。
「おぉぉ~!」
今日は久しぶりに全員でスタジオに集まっている。僕の進捗状況のテストとして来てもらった。教本に乗っている練習譜面をそこそこ滑らかに弾いてみると、それを聞いた水城君が感心したような声をくれた。
「いいじゃんいいじゃん! 二か月でこれくらい弾ければ十分だよ。ね、奏ちゃん?」
「……まぁ、ギリギリ及第点って感じ」
神室さんは相変わらず手厳しいけど、今はその言葉でも嬉しい。思わず頬が緩まる。
「柊君の指導が上手いからだよ」
「たりめーだ。だが、コードチェンジはまだ下手だな」
「そうね。一瞬一時停止をかけられてるみたい。キモ」
「指動かすのが全然遅いんだよね。あと肩に力入りすぎ。音硬いし全然響かないし」
CLEARWAVEの面子から怒涛のダメ出しを叩きつけられた。
ギターの譜面においては、ある程度音のパターンというものがある。それがコード。ドレミファソラシドの音の中から、いくつかを抜いて組み合わせたテンポセットみたいなものだ。
でも色んなコードがあって、コードAからスムーズにコードBに変えるテクニックをコードチェンジと呼ぶ。僕はまだそれが上手くない。うぅ、下手なのなんか分かってるよ。でも難しい。どうやったら滑らかに出来るのさ……。
「まぁ、秋人の言う通り、ビギナーにしてはまぁまぁの出来だ。次のステップに行くぞ」
「次!?」
いったい何をやらされるのかと恐々としていると、柊君がいつもの獰猛な笑みを浮かべてまた教本を僕に投げて来た。タイトルは……「超入門 バンド組む? ドラム編」。こ、これは……!
「これからはドラムの練習も追加する。そいつも丸暗記しろ」
「な! 待っ! 僕まだギターすらまともに弾けないって今分かったところじゃないか!」
「癪だけど同意見ね。初心者に何でもかんでも詰め込んだら逆効果にしかならないわ」
神室さんの援護射撃も飛んで来た。冗談じゃなく、現状で精一杯な気がするんですけど。あと神室さん、僕と意見が一致しただけで癪って手厳しすぎないかな?
「一曲覚えるならともかく、まずは基礎テクを身につけさせるだけだ。それなら問題無い。俺でも出来た」
その理論は間違ってると思うな! 柊君と僕は何もかも違うでしょ!
「隼人は小さい頃からやってるからでしょう……。こいつはこの前まで譜面も読めなかったビギナーなのよ? 絶対無理に決まってる」
「ロックは時間じゃねぇ。情熱と根性でいくらでも上手くなる。この点、こいつは折り紙付きだ。俺が保証する」
「そう言えば、初めて会った時ボロボロだったね。隼人君と殴り合いするぐらいの根性はある、のかな」
言いつつ、ちらと水城君が僕を見やる。ははは……本当に死ぬかと思いました、あの時は。
「根性ていうか、蛮勇みたいなものだったけど……」
「でも、あんなに傷を受けた隼人君、始めて見たよ。海藤君、意外と腕っぷし強いとか?」
「全く! 全然!」
即座に首を横に振って否定する。違いますあの時はカミカゼめいた特攻攻撃だっただけです! それはもう無様な!
「とにかく、基礎的なドラム知識も憶えてもらう。使う使わないじゃなく、バンドすんのに自分以外のパートの事を何も知らねぇってのは気に入らねぇ。いいな?」
「分かった。何とか頑張ってみるよ」
柊君に僕も了承の頷きを返した。出来るだけ単純なものであればいいな……。
「……やる気があんのはいいけどね」
そこで神室さんが肩を竦める。
「あと二週間で期末テストなの、分かってる?」
バキン、とその場の空気に罅が入ったような、冷たい空間になった。あれ?
「どうして好きな事だけして生きていけないんだろうねぇ……」
「面倒くせぇ……」
水城君と柊君は遠い目になってしまった。神室さんも“アンタはどうなの”と視線で言ってきた。えと、僕は大丈夫だよ、多分。
「まぁ、ぼちぼちかな」
なんて、とりあえずここでは言っておこう……。
◇
そして二週間後、それなりな手応えで期末テストを終えた。うん、今回はちょっと点数悪いかもしれないな。勉強してても、どうしてもギターやドラムの教本が気になって読んじゃってたからね、仕方ない。
さて、期末テスト期間中は流石の柊君も僕を練習に誘うような事は無かったから、僕もなんかうずうずしてる。ギターに触りたい。ドラム叩きたい。そういう気持ちが溢れてくる。
「おい」
「うん、今行くよ」
放課後、柊君がクラスの僕を迎えに来るといつもクラスでどよめきが起きる。彼の持つ「学校一のワル」の称号がそうさせているのだ。……本当はそんな人じゃないのに。
「何なんだ、海藤……柊のパシリになったのか」
「ていうか、最近あいつ顔明るくなったよな、ちょっとだけ」
……本当、柊君、優しいのにどうして学校一のワルだなんて言われてるんだろう。顔が怖いから?
さて、いつもは栄光さんのスタジオを練習場所として使うけど、毎週水曜日には、学校の軽音楽部の部室に案内された。
「ここ、入っていいのかな」
「誰も見て無きゃいいんだよ。俺も部外者だしな」
……そう言えば、柊君は軽音楽部で乱闘騒ぎを起こしたと聞いた事がある。だから部活入ってないって。
柊君が部室の扉を開く。カギはかかっていなかった。それもそのはず、部屋の中には神室さんと水城君いた。
「部室は金かからずにバンド出来る貴重な場所だ。利用しねぇ手は無い」
「うん。お邪魔します」
「いらっしゃい、海藤君」
水城君と神室さんは既に自分のギターを持って練習をしていた。そう言えば、二人のギターを持っている姿を見るのは久しぶりでもある。
「二人は軽音楽部にいるんだよね?」
「そそ。でもつまんない。去年、隼人君が先輩ボコボコにしたからさー、隼人君、退部になってさぁ。CLEARWAVEは学校じゃ活動出来なくなっちゃったんだよねぇ」
そ、そうなんだ……。なるほど、だから学校一のワルって呼ばれてるのか……。噂は本当だったんだね……。水城君、そんな可愛らしく口を尖らせて言う問題でも無いと思うよ……。思わず頬が引きつっちゃう。
「タダでバンド出来る場所みすみす無くすのはもったいないし、僕と奏ちゃんだけでもここに残った……んだけど……」
「正直もうここ、うんざり。どいつもこいつもお遊び気分の音痴とヘタクソばっか。去年の三年生とか最悪。隼人が殴ってなかったらあたしが殴ってた」
けっ、と完全にやさぐれた顔で神室さんが反吐を吐いた。……CLEARWAVEはすごいストイックだもんね。でも、中学生の軽音楽部ってお遊び程度なのが普通だと思うよ……。ていうか、中学三年生でコピー演奏しまくってる君たちが上手すぎるんだよ……とは心中で留めておこう。笑顔で誤魔化すのも忘れずにね。
「ちなみに、何で殴ったの?」
「……そん時の三年生が悪い。ろくに練習もしねぇ癖に部室占領する日が多かったから、少し練習日譲れって言っただけだ。俺は悪くねぇ」
ちっ、と柊君もイラついた表情で舌打ちする。あぁ、それで言い争いになったんだね。
「でも水曜日は軽音楽部自体が休みだからさ、僕達が自主練って事で先生から鍵借りて、隼人君や海藤君をご招待しました」
「うちの顧問、やる気ないから見張りになんて来ないし、やってけば?」
水城君と神室さんの言葉に、思わず目頭が熱くなる。やりますやります! やらせていただきますとも! 最近やっと神室さんも僕と話してくれるようになってくれて嬉しい!
「さっそく始めるぞ。お前はドラムだ。部室にあっから、それで練習する」
「うん。よろしくお願いします!」
そして、隼人君の指導の元、練習が始まる。神室さんと水城君はギターをいじりながら、個人練習をしていた。
「体に力が入りすぎだ。ドラムにパワーはそこまで必要無い。ドアをノックする程度の勢いで十分音は響く。肩と手首は柔らかく動かせ」
二人のギター音をBGMに、柊君からアドバイスをもらいながらドラムを叩いてみる。
ドラムは複数のドラムセットによってリズムを叩く楽器だ。ドラムの原典は軍楽隊の太鼓とされている。その太鼓にシンバルとハイハットをセットし、さらに足の動作で叩けるペダルをつける事で、複数を同時に叩けるようになったのが今のドラムの形。つまりは、一度に複数の動作をしなければいけない訳で……。
「…………ロボットかテメェは」
脳みそがオーバーヒートしてしまい、僕はぎこちない動きで「ぱすんぱすん」と叩く事しか出来なかった。か、カッコ悪い……!
「ごめん海藤君……笑っちゃいけないよね……! 一生懸命やってるの、分かってるから……! くくく……!」
「いっそ笑って! 遠慮されてる方が辛いから!」
僕のドラム捌きを見ていた水城君はギターを抱えて大爆笑。わー、素敵な笑顔だなー……。
「アレよね……背中のネジ回すとドラム叩く猿のおもちゃ……!」
神室さんは僕から顔を逸らして口を手で抑えながら肩をぷるぷる震わせていた。思いっきり笑ってくれていいからもう……。
「まぁ……慣れだなこればっかりは」
柊君がやれやれとばかりに後ろ首を掻く。慣れ、つまり僕はまだ経験値が足りないと。レベルアップへの道は長いね……。
少し休憩時間を取る事になり、その間にトイレに行くために部室を出た。
「……はぁ。そう簡単に上手くなれる訳もないかぁ」
用を足して手を洗いながらつい、ため息をつく。正直、本当に基礎練は地味だ。地味すぎて集中力が長く続かない。でも基礎が出来なきゃ曲が出来ない。悲しいけれど、初心者なのよね僕。投げ出したくなるほどつまらないと思う時だってある。
「……ここで投げ出したら、今までの僕と何に変わらない」
目の前の手鏡に移るのは、疲れた顔をしている自分自身。別に今までだって、熱中出来るものが無かった訳じゃない。アニメは本当に大好きで見ていたし、実家のパン屋の手伝いなんか毎朝やってる。パン作りならちょっとだけ自信があるぐらい。「クロワッサン作れる? だから何? キモ」とか神室さんには言われそうだけど……。
でも、それらは楽しかったから続けられただけだ。僕は辛いけど頑張ってみる、という経験からは逃げ続けて来た。友達作りも、変な奴に思われたらどうしようって怯えて出来なかった。清水君にパシリにされる時だって、怖くて「嫌だ」と言えなかった。今の基礎練習だって「アニソン弾けなくてつまんないし、難しいから僕には出来っこない」って言う。それが今までの僕だ。
でも、今は一人じゃない。ここで投げ出せば、それは柊君への裏切りでもある。それは認められない。これは僕が始めた事なんだから。
顔を洗い、ハンカチで拭う。
トイレから部室の扉の前まで戻ったその時、何だか部屋の中で三人が何か言い合っている声が聞こえた。
「だから、本気であいつを育てる気なのかって聞いてんの」
――神室さんの声だ。そのちょっとピリついた声に、僕は部室の扉の前で立ち止まってしまう。
「言っただろ。本気だ」
「いやぁでも、ボクはどっちかと言えば奏ちゃんの味方かなー。そんな事しても隼人君にメリットないじゃん。それどころかデメリット? 海藤君教えてる時間分、隼人君の練習時間減ってるし」
水城君の声に背筋が凍る。当然の事だ。柊君からすれば、ド素人の僕を教える時間なんて時間の無駄にしかならない。僕と同じように、いや、僕以上に柊君だって上手になりたいはずなのだから。
「だいたい、あいつを育てて何の意味があんの?」
「……そうか。お前たちは知らねぇよな」
「海藤君と喧嘩するぐらいには、何かあったんだ」
「……………………あいつは、カッコいい男になりてぇって俺に言ったんだ」
少しの沈黙の後、柊君は語り出す。彼がどんな顔をしているのかはよく見えない。だけど、声音からすごく真剣な様子なのは察する事が出来た。
「あいつ、カツアゲに遭ってたんだよ。たかが同級生程度にカツアゲに遭うなんて、情けねぇにも程がある。俺だって最初は気に入らなかった。だから、少し煽ってやった。二度と俺の前に姿を現さないようにな。ヘタレは親もヘタレだろうって」
それは、もはや三か月前の出来事となっていた。今となってはそれもいい思い出とすら感じて、頬が軽く緩む。親を馬鹿にされたのは本当に腹がたったけど。
「……隼人君、それはちょっとな」
「本人を貶すのはいいけど、親まで言うのは人格疑うわ」
「悪かったと思ってる……。あの時はカッとなっちまってたんだよ……」
秋人君の奏ちゃんの呆れたような声が聞こえた。柊君、言い訳ですよそれは。
「そう言ったら、あいつ本気でキレやがったんだよ。んで、マジで俺に挑んできやがった。もちろんブッ飛ばした。だが、あいつは何度でも俺に向かってきた。こっちの手が痛くなるほど殴っても立ち上がった。僕の親に謝れ、ってほざきながらな。ウケるだろ」
いやウケないよ! 僕本気だったんだから! くっそぉまたムカついてきたなぁ!
「……だが、根性あんなって驚いた。あいつ、自分は何言われても笑ってるくせに、他人の事となると本気になりやがるんだ。変態だ、あれは」
……えと、柊君? さっきから僕の事色々言いすぎじゃ……ないかな? かな? 僕、他人には何言われてもいいけど、知り合いから言われるのはちょっと辛いって言うか……。
「俺はあいつにロックを感じた。他人のために根性出すとか、常人の感性じゃねぇ。あいつはチームになって初めて輝くタイプだ。あいつなら、CLEARWAVEをもっとロックに出来る気がすんだ」
「おぉ!?」
「はぁ!?」
柊君がとんでもない事を言い出すものだから、僕も悲鳴をあげそうになった。その悲鳴をギリギリ喉元で押し込めて飲み込む。ひ、柊君、僕をバンドに入れる気なの!?
「正気? あんな素人を私達と組ませるなんて! 無理よそんなの! あたし達は小学生の時からやってるけど、あいつはまだ三か月でしょう? 付いて来れる訳ない!」
「引っ張ってでも連れて来んだよ。そのためのスパルタ教育だ」
神室さんの意見にも、柊君は全く動じず冷静に答えていた。やっぱりわざとだったんだね、僕のハードレッスン! ちくしょう! お陰様で盛大に苦労してるよ! ていうか柊君たちそんな小さい頃からやってたんだね……そりゃ追いつけないよ……。
「やっぱ私は反対。経験に差がありすぎる。付いて来れない時、私達が迷惑するだけじゃなくて、あいつもきっと辛い思いする。そうなるぐらいなら初めから必要ない。それに……あいつ、アニソンが弾きたいんでしょう? 私達と音楽性が違いすぎる。絶対合わない」
神室さんの言葉は尽くが正論で、言葉の槍となって僕の胸を貫く。その通りだ。僕はまだ邦楽も洋楽も全然詳しくない。有名なロックバンドだってつい最近聞き始めたばかりだし。名前自体はジョジョで知ってるけど。キラークイーンはバンド名じゃなくて曲名って事も。
「ふっ……お前に面白いもん見せてやる」
「ちょ、隼人君! 勝手にバック漁るのはまずいよ!」
扉越しに聞こえた水城君の言葉に身が硬くなる。まさか僕のバックを開いてるんじゃ!?
「ストップ! 待った柊君!」
これには思わず扉を開いて部屋に突入する。だが時すでに遅し。彼は僕のバックから一冊のノートを取り出して水城君と神室さんへ投げていた。あぁぁぁぁ! 見ないで!
「これ……練習日記?」
「目が痛くなるほどびっちり文字だらけね……」
二人が開いて見たのは、僕のバンド練習日記。その日教えてもらった事とか、次の目標とか色々恥ずかしい事書いてある。あぁぁ……ばっちり見られたぁ……! 思わず膝をつく程にはショックだ。恥ずかしすぎて死にそう……。
「受験でも受けるのってぐらいメモしてるね……」
「ロック用語を辞典みたいに調べてまとめてる人始めて見たわ……キモい……」
「ぐはっ!」
神室さんのクリティカル攻撃が炸裂した。僕、轟沈。ごめんなさい、柊君……。
「ウケるだろ? こいつバンド勉強してやがるんだ。気持ち悪いぐらい必死にな」
言いつつ、柊君はけらけらと笑う。も、もういいでしょ! 死体蹴りはよくないと思う!
「――だが」
柊君はそこで笑い声のを止め、彼が楽しくなっている時に見せる獰猛な笑みを浮かべた。
「嫌いじぇねぇよ、馬鹿みてぇにガチでロックに向き合ってやがる野郎は」
「――!」
その言葉を聞いて、悲しみに暮れる心が一気に晴れやかになる心地がした。今、もしかして、柊君、僕の事を認めてくれたのか……?
「……ふーん。ねぇ、海藤君」
水城君が楽しげな表情で僕を見やってきた。だけど、どこか雰囲気には試すような、威圧するような息苦しい感じがある。……彼は明らかに僕を推し量っている。
「もっかい教えてよ。君は何でバンドすんの?」
…………何で? そんなの決まってる。だけど、今はちょっとだけ答えが変わった。
「……臆病な自分を変えるためだよ。柊君みたいな、誰にでも堂々としてるカッコいい男になりたいんだ」
一つ目、冀望の目標。僕を突き動かすエンジン。ここで変わらなければ僕は一生このままに違いないから。
「あとは、アニソンを弾きたいから」
二つ目、野望の目標。いつかたどり着きたい楽園。アニソンは僕にとって人生のオープニングテーマで、劇中歌だから。
「でも、それは僕自身の目標。CLEARWAVEに持ち込むつもりは無いよ」
オタク趣味は基本的に一人でするものだしね。趣味は他人に押し付けるものじゃない。それに、今はそれと同じぐらいに果たしたい願いがある。
「【カルマ】を聴かせてもらった時さ、僕、本当に感動したんだ。柊君たちが物凄く眩しく見えた。テレビ越しの芸能人よりも、よっぽどかっこよかったし、憧れた」
今でもあの時の感情は鮮明に思い出せる。不覚にも、どんなアニメよりも感動した。アニオタとしては失格だね。でも仕方ない。それほどすごかったんだから。
「そんなカッコいい柊君や、水城君や、神室さんと……友達になって、一緒に音楽出来たら……絶対楽しいだろうなって……最近、本当に思うんだ」
三つ目、切望の目標。恥ずかしい事を言ってるのは分かってる。だけど、恥なんてもう日記を見られた時点で天元突破してる。失うものが無くなったオタクはキモいぞ!
「今はそれが一番の目標。バンドをやっているのは、皆と友達になりたいから!」
いや、自分のためにやれよ。気持ち悪い事言ってんじゃねぇ。
そう、理性の自分がツッコんでいた。だけど仕方ない、本心なんだからこれが。僕はまだ情けない男だ。そいつから生まれる感情だってまだ情けないものでしかない。目頭が熱くなるね!
「…………なるほどぉ。海藤君はアレだね。喧嘩する相手にしたらいけないタイプだ」
「えっ?」
一瞬の沈黙の後、まず水城君がそんな感想を返してきた。えっと、僕の告白にその反応ってどうなの?
「あぁ、そりゃ違いねぇ。面倒すぎて死ぬ。こいつとだけはもう二度とやらねぇ」
柊君も、ぼりぼりと頭を掻きながら、うんざり気味にそう言った。あ、あの……二人共……?
「……最高にキモい」
それは絶対本音だね神室さん! 辛辣だけどまともに反応してくれてありがとう! だけどそのゴミでも見るような顔はちょっと辛いかな!
「さて、練習に戻るか」
「そだね、奏ちゃん、ちょっと合わせてみようか」
「分かった」
そのまま、がたがたと機材を動かして本当に練習に戻ってしまった。……な、何だよ人に一世一代の告白させといてその反応! 冷たくない!?
「おい、続きやんねぇのか」
「……やる!」
日記を取り戻しバックに詰め込んでから、半ギレ気味に柊君に返事した。
◇
それから、完全下校時間の十七時までがっつり練習しまくった。後半からはギター練習もしたから、もう二の腕から指先までボロボロだ。
「この程度でヘタレてどうすんのよ」
「流石、神室さんは慣れてるんだね……」
「あんたと違ってね」
返す言葉も無い。これから頑張るので何卒よろしくお願いします。
部室を片付け、鍵を閉めて職員室に戻し校門から出る。僕と柊君は電車、神室さんと水城君は歩きで登校しているみたいだ。校門で別れる寸前に、ふと水城君が僕の肩を叩いてきた。
「ねぇ海藤君、ロック、楽しい?」
突然、彼がそう聞いてきた。そりゃあ……。
「……全然楽しくない。練習地味だし、曲弾けないし、指痛いし」
どんよりと声が濁るぐらいには楽しく無い。もやもやした閉塞感がたまらなく不快だ。
「だけど、悪くない感じ」
でも、不快なんだけど、ついまたやっちゃうと言うか、気になっちゃうんだよね。もっと上手くなりたいって思って嫌な基礎練やっちゃう。良いクソアニメを見てる気分に似ている。これは耐えられる懲役二十四分だ。
「正直でいいね。分かるよ。僕も最初は超つまんなかった」
「あたしはむかついたけどね。コードとか無駄に多いし」
水城君と神室さんの返事にほっとする。やっぱりそうなんだね。良かった、僕だけかと思った……。
「ねぇ海藤君!」
「ぐいぐい来るね今日は!?」
嬉しいけどさ! ぱっと見、可愛い女の子に引っ付かれてるのかと錯覚してしまうし!
「ラインやってる?」
――その時僕に電流走る。き、聞き間違いだろうか。今のが伝説の「てかラインやってる?」か……! だけどごめん。
「やってない……」
「「嘘ぉ!?」」
水城君だけじゃ無く、その隣の神室さんも同時に驚いていた。だ、だって僕、学校に友達いないし……。
「よし、今すぐダウンロードしようか! アップル? アンドロイド?」
「ほんとにぐいぐい来るね!」
もぞもぞと懐からスマホを取り出して、かつかつとアプリをダウンロード。
「じゃあライン登録しよ! 隼人君も!」
「仕方ねぇな」
水城君に教えてもらいながら、ラインで友達登録とやらをやってみる。おぉ……こういう風に今は連絡取り合うのか……。かがくの ちからって すげー!
「奏ちゃん!」
「…………分かった、分かったわよ」
柊君、水城君と続いて、神室さんのとも登録をする。おぉ、おぉ……! これが女の子とライン登録する感動なんだね……! うん、僕、最高に気持ち悪い。
「あ、ありがとう!」
夢でも見ているようだ。まさか、僕に連絡が取れる同級生が出来たなんて。本心からお礼を言ってしまう程には感動した。柊君たちからは、「本当に友達いないんだな……」と生暖かい微笑みをもらってしまったけど。
◇
そんな一日も終わり、午後十一時ごろ。
寝るなりユーチューブで動画でも漁るなりといった時間。しっかりと今日の分の日記も書いていると、突然、謎の効果音と共に僕のスマホにメッセージが表示された。おぉぉ! これがライン!
“日記書いてんの?”
そんな単純なメッセージは神室さんから届いたものだった。まさか最初に連絡もらうのが彼女とは思わなかった。“うん。まだ課題は山積みだよ”と打って返信。日記の続きを書――。
「ビコーン!」
「早っ!?」
二十秒もしないうちにまたメッセージが帰って来た。返信早いね神室さん!
“キモ”
…………そんな、簡潔にも程がある返事だった。そりゃ早いよ、だって二文字だもん。ていうかこれ、何て返事すればいいんだ……。
うんうん返事を考えていると、その間に彼女からメッセージ追加されていた。
“ギターは半分感覚で弾きなさい。あんたまだ、完全に目線を下に落としながら弾いてる。それ、まだ指が音を覚えてない証拠。譜面見て、それから手元見るからいちいち音が止まるのよ。なるべく手元見ないようにして、コードを身体に覚えさせなさいよね”
――長文レスだった。え、何? 神室さんこんな人だっけ? 親切すぎて逆に怖い。連絡だけでお金要求とかされないよね?
“アドバイスありがとう。ちゃんと日記にも書いておくよ”
返信。もしかしたら、神室さんは本当は親切な人なのかもしれない。もっと彼女と話してみようかな。
続いてまたメッセージが来た。
“ドラムテクニックはクソ程ある。躓いてる暇なんか無ぇ。さっさと覚えやがれ”
このぶっきらぼうな物言いはもしかしなくても柊君だ。ていうか君には文句があるんだよ!
“勝手に僕のバッグ漁らないで!”
“日記を見られた程度でがたがた言うな。だが、奏と秋人もこれで分かったはずだ。お前の覚悟が”
……そんな返信が来て、ふと冷静になった。まさか柊君、そこまで考えて……?
“いや待って! そもそも何で日記の事知ってるの?”
“お前がいない間に盗み見たに決まってんだろ”
スタジオでのレッスンの時かぁっ! その時からバッグ漁ってたのかちくしょう!
“あの気色悪い日記を見れば誰だって思う。何でこいつこんな必死にやってんだってな。だから秋人が聞いたろ、なんでバンドしてんのかって。んで、お前もちゃんと自分の言葉で答えた。ヘタレにしては上出来だ”
……どこを褒めてるんだよ。そもそも柊君が追い詰めるからじゃないか、全く。でも、なんか嬉しくなって頬が緩む。
“家でも自主練しろ。サボったら殺す。じゃあな”
そんな物騒な物言いを最後に、柊君からの連絡は終わった。全く、言いたいだけ言って終わらせちゃったよ。彼らしいけどね。
日記を書き終え、ドラムの教本を開く。勉強机にティッシュ箱を何個か置いて、自分は両手に鉛筆を持つ。ドラムの自主練だ。ドラムセットは高価で大きく、スタジオとかに行かないとまともに叩けない。だから、その代わりにコミック雑誌とか枕とかをドラムに見立てて叩いたりする。ドラマーが昔からやってる自宅練習方法……らしい。ソースは教本。
てこてことティッシュ箱叩きながら復習していると、あっという間に時刻は午前一時を回ろうとしていた。一時からは視聴継続してるアニメがある。ティッシュを片付けてアニメを見る用意をしていると、そこでまたラインの通知が入った。水城君からだろう。
“今日は一日お疲れ様! おやすみ!”
思わず“僕と結婚してください”と返信しそうになった。水城君いい子すぎるでしょ……。練習で疲れた心が浄化される思いだ……。
◇
後日。水曜日。
僕は部室でギターとドラムの練習成果をテストさせられていた。もちろん審査員はCLEARWAVEの三人。あれからまた物凄く練習した。柊君だけじゃなく、水城君と神室さんも色々アドバイスをくれるようになって、更に練習が捗った。ここで成果を見せなきゃ、皆への裏切りになる。それは絶対に嫌だ。そんな覚悟と気合を込めて、課題の譜面を演奏してみた。ドラムは8ビートという基礎テクニックの、ギターはコードチェンジがたくさんあるテスト譜面だ。
「…………ふん」
僕の演奏を聞き終えた柊君たちは真剣な、そして神妙な表情のまま僕を見ていた。吟味するような、採点するような視線で。
「……秋人、どう思った」
「まだ動きが遅いかな。テンポ早い曲とか、ギターソロとかさせるにはちょっと不安。初心者の域はまだ出てない感じ」
普段の取っつきやすい水城君からはがらりと変わった、ロッカーとしての水城君がそこにいた。演奏中、まるで射殺すような目つきで僕を見ていた。彼も柊君の友達という事か、と一人納得してしまった。
「奏は?」
「下手。譜面通りに音を出してるだけね。まさに付け焼き刃。人に聞かせるものじゃない」
やはり手厳しい。僕自身の手ごたえでは、かなりイイ感じだったのにな。主観と客観の違いってそんなに大きいんだね……。頑張ったのに、やっぱ凹む。
「……俺も同じ意見だ。お前はまだまだ、ドがつく下手くそだ。少しでも上手くなったと思い上がってたなら大間違いだ」
「……ごめん」
上から畳みかけられるような批評を浴びせかけられ、身体の熱が冷えてゆく心地になる。まだ足りないんだ。全然、僕はまだ努力が足りない。そうだ、思い上がるな。僕は初めて三か月の初心者。そう簡単に上手くなれるなら誰も彼もスーパーロックアーティストになっている。悔しくてたまらなくなり脣を噛む。だがへこたれるな。折れるな、僕。悔しいけど、これが今の僕の実力なんなんだから。
「――だが」
「うん、まぁ、いいんじゃない?」
その時、柊君と水城君が声を柔らかくして言葉を続けた。えっ?
「超上手い初心者って感じ。将来有望、このまま頑張ればいい感じだよ、海藤君。これからも頑張ろうね!」
びし、と親指をたてて水城君は素敵なキメ顔をくれた。え、えっと!
「本当に? 僕上手くなってる?」
「それは間違いねぇ。俺が指導して進歩なかったら今頃殺してる」
柊君もこくんと頷いて、いつもの獰猛な笑みをくれる。え、僕死にかけてたの?
「まぁ、三か月ならその程度でしょうね。私も合格あげる。ギリギリだけど」
テスト、合格。神室さんからもそう言ってもらえるなら安心できる。よかった……本当に見捨てられるかと思ったもん……。
「ありがとう柊君、水城君、神室さん。これからも期待を裏切らないように頑張るね」
「んなのたりめーだ。……それと、その呼び方やめろ、友達なら下の名前呼べ、背中が痒くなる」
どこか照れたように、ちっ、と舌打ちして彼はそんなものすごい事を言った。え、えっと、それって……。
「これからは隼人でいい。俺達に付いて来れるか、海藤真一」
そして、僕の前に来て手を差し伸べてくれた。……今、始めて僕の名前言ってくれた。…………その、なんていうか、嬉しすぎて泣いてしまいそうだ。
「……どこまでも付いてくよ、隼人君。僕もシンって呼んで欲しい!」
「あぁ。だが、ダチだからって手加減はしない。スパルタは続行だ。覚悟はいいか、シン」
「――当然!」
ぐわし、と隼人君と握手を交わす。初めて中学校で友達出来た……! やった……やったぁぁぁ! 今にも飛び上がってしまいそうなほど嬉しい!
「ボクも! ボクも友達になる! ボクも秋人でいいよ!」
「うん! よろしく、秋人君!」
ぱたぱたと寄って来た水城君、改め秋人君とも握手。手、小さいなぁ……。でも、ギターを弾いてるせいで皮はかなり硬く、爪は傷だらけで、可愛らしさの欠片も無い。それがカッコイイ。
「……ふん。コードチェンジ、上手くなったじゃない」
「神室さんがアドバイスくれたお陰だよ。ありがとう」
「奏でいいわ、シン。一人だけさん付けとか前から気に入らなかったのよね」
「えっ!」
お、女の子を名前呼び!? なんて高いハードルなんだ……並のオタクのメンタルだったら即死していたよ……。
「よ、よろしく、かっ、カナデ、ちゃん……」
そのあまりの緊張の余り、壊れかけたスピーカーみたいな気味悪いニュアンスで言ってしまった。これは、マズい。
「……キモ」
案の定言われてしまった。いや無理だよ、いきなり僕みたいな人種に奏ちゃんみたいな美人を名前呼びしろって! そんなのが出来るのはラノベ主人公だけさ! やれやれだね!