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アニソニック!  作者: 第Ⅳ工房
第二期 高校一年生編
21/28

十一曲目 強化合宿開始! 軽音部のカレーな夏休み

また長いのでお時間のあるときに読んで下さい…………

 ひなちゃんの協力もあって、アニソニックは充実した練習をする事が出来た。

 毎日のように続く猛暑にも負けず、練習しすぎて発祥した筋肉痛にも負けず、ふとした時に視界に映る二人の薄着姿の色気にも負けず、欲は無く、決してチラ見せず、いつも静かに笑っていた。


 …………嘘だ。本当は「どうしてそう隙だらけなんだ」と呆れつつ、でもたまにチラ見して、ドキドキして、そんな自分を情けなく思っていました。いや、無理だよあんな油断してる同級生(しかも美人)を無視するなんて。そんな欲を出す前に自分もっと男らしくなれって話。情けないリーダーですまない……。



 何はともあれ、練習を経ていよいよ合宿当日になった。

 合宿地の山梨県・山中湖までは、先生の運転するレンタカーを使って行く事になっている。おおよそ二時間近く、高速道路を往くワゴン車の旅だ。


「真一君ーーーー! こっちこっちぃぃぃぃぃーー!」


 冬華ちゃん、ひなちゃんと共に、待ち合せ場所の学校前に行くと、遠くから僕を見つけた帆波先輩が、ぴょんぴょん跳ねながら叫んで僕を呼んで来た。ボーカルで鍛えられた喉から繰り出される僕の名前は、静かな朝の近隣によく響く。近くを散歩していた人が振り向いて僕を見やってしまう。……恥ずかしい。遠目に、先輩の側にいる桐生部長や梅野先輩が苦笑しているのが見えた。ほんと、勘弁して欲しい。


「久しぶり! しばらく会えなくてうちは寂しかったぞぉ?」

「僕もですよ、帆波先輩」

「えっ? ほんと!?」

「先輩から言い出したのに何で驚いてるんですか。本当です」


 これは本当。何だかんだ、僕は帆波先輩が好きだ。だから、しばらくぶりに会えて本当に嬉しい。


「むふ、にゅへへぇ~…………はっ! そ、そういう事言って機嫌とろうとしても無駄さ! 帆波先輩はそんなにちょろい女じゃないぞぉ!」


 今、数秒本当に嬉しそうに笑ってた気がするんですけど。

 そんな感想は心の中に留めておいて、また先輩は似合わないキリッとした表情を作り、僕を見やる。……先輩が腰に手を当てている姿につられて、彼女の全身を見やった。……夏らしい、ガーリーでスキニージーンズな私服だった。それに麦わら帽子が本当によく似合っている。まさに夏ガールここにあり。ほんと、黙ってれば美人なのになぁ……。


「にゃんだよぉ、そんな見つめてぇ」

「いえ、麦わら帽子、とても似合ってると思いまして。すごく素敵ですよ」

「ふぁ!?」


 本心からそう思ったので、ついぽろっと口から出てしまった。かなり気恥ずかしい言葉だったと思う。帆波先輩も動揺して麦わら帽子を掴み、深く被って目元を隠してしまった。


「ん、んふふぅ~……。ふふん、魅力的すぎるのも困りもんだねぇ」


 目元は隠しているが、ゆるゆるの口元はばっちり僕にも見える。……嬉しそうだ、すごく。どうせ褒められ慣れているのに、こういう初心な反応をしてくれるのは、だいぶ小悪魔的でドキッと来る。だが残念な事に相手は僕だ。そう簡単に勘違いはしない。僕程の陰キャになると少し悟りを開いているからね。いくら帆波先輩が魅力的でも、少ししか動じないぞ。


「そうですね、すぐ調子に乗るところも相変わらずで安心しました」

「ヌッ!? ……ミナぁぁぁぁ! 最近真一君のあたりがキツいぃぃぃ!」

「自業自得だと思うんだけどなぁ」


 いつも通り、帆波先輩が調子に乗りそうなところで釘を刺しておく。上げて落とす作戦は先輩にとても利くようだからね。そして帆波先輩は悲しそうに泣き真似してミナ先輩に抱き着いて逃げてしまった。ミナ先輩も呆れ顔だ。やれやれ。


「ミナのおっぱい、温かいなぁ……」

「怒るよ、藍那ちゃん?」


 ……たが、帆波先輩もただでは転ばない。抱き着いたミナ先輩の胸に顔を埋めてむにむに甘えていた。これには思わず場にいる男子一同、目をそっぽに背けた。……駄目だ、やっぱりミナ先輩が一番やばい。あの魔性の山は男子を殺す……! あぁ、女子からの視線が痛い……。


「んんっ、ともあれ、これで全員揃ったようだね」


 そんな不穏な空気を、桐生部長が無理矢理打ち砕いてくれた。くぅ、流石部長だ。そこに痺れる憧れる!


「先生」

「ん」


 部長が全員集合した事を木本先生に伝えた。軽音部の顧問である先生は、当然今回も引率の大人として来てくれるようだ。


「集合時間十五分前に全員集まるとは感心感心。桐生の指導が行き届いてるって事だわね」

「恐縮です」

「さて、では全員注目」


 木本先生はなかなか面白い人で、僕達生徒とは付かず離れずの距離を保つのが上手い。必要以上に接触せず、だけど意見が欲しい時は側にいる。都合がいいといえばそれまでだけど、気合とか根性とか言い出す先生よりはずっと好きだ。



「では、これより軽音部の強化合宿を始める。三年と二年は去年も経験した通りだ。一年に色々教えてやるといい」

「はい」

「かしこま☆」


 桐生部長と帆波先輩がまず先生に頷く。……先生が帆波先輩に少し呆れた気がした。


「今年も、学校側からはわたくしと、親友の三枝先生が同行します。三枝先生は吹奏楽部の顧問だけど、合宿中は色々助けてくれるから、迷惑かけないように。三枝先生、何か一言」

「はい」

 

 そして今回は木本先生と、僕のクラスの担任である三枝先生が付き人となってくれるようだ。彼の低い声はなかなか凄みがあって、僕らは静かになって先生を見やる。三枝先生とは一学期中ずっと付き合って来たようなものだ。その静謐で大人な雰囲気は見ていて安心する。


「三年、二年は去年も会ったな。今年も私は主にドライバーだ。よろしく頼む」

「よろしくお願いします」

「お世話になんまーす」


 部長と帆波先輩が代表して答える。三枝先生はそれに頷き、そのまま言葉を続けた。


「まずは注意事項から言おう。一つ、合宿先の方など、この三日間では様々な場面において一般の方に世話になる機会があるだろう。故に、他人に迷惑をかけるような事は厳に禁ずる。破れば来年の合宿が露と消えよう。いいな?」

「「はい!」」


 これは全員で頷き返した。当然だ。そもそもとして、他人に迷惑をかける行為、かけるであろうと予測される行為は断じてすべきでは無い。何の理由があろうとも。僕が最も嫌悪するものだ。自分がそうならないように気を付けよう。


「そして、二つめ」


 それにしても、先生の冷静な声で言われると、犯罪でも読み上げられているかのように怖い。何となく、映画泥棒のCMを思い出した。子供の頃、あのCM怖すぎて泣いた事あったなぁ。

 二つめはどんな事を言われるのかと身構えた……が、ふと先生はそこで少し表情を柔らかくした。あれ?


「……これは部の行事だ。学校は、この合宿がお前たちの教育になると信じて経費を出している。故に――――全力で学び、遊び、成長する事を命ずる。……いいな?」


 ――――それは、いつもクールな三枝先生が初めて見せた、暖かな大人の姿だった。意外すぎて驚いてしまった。……だけど、悪くない。うん、そういうの、すごく気合が入る。


「「……はい!」」


 全力、全力だ。誰だって人生は一度しかない。今日も明日も明後日も、たった一度しか経験出来ない。だから、全力! そうしないと、もったいない!


「注意事項は以上だ。では、桐生」

「はい! それじゃあ、今年の強化合宿を始める!」


 ――――それは、夏風のように爽やかな始まりの合図だ。始まる。僕の、ロックな夏が。





 クワトロ・ハーツとS高ガールズは木本先生の運転するワゴンに、アニソニックとCLEARWAVEは三枝先生の運転するワゴンに乗りこみ、出発。高速道路をドライブする事、数時間。都会の景色は薄れ、山河が多く見えてきたところで、一行は山梨県南都留郡山中湖村に到着した。

 山中湖は富士五湖と呼ばれる、富士山を半包囲するように存在する湖群の中の一つだ。富士山のふもとという事もあり、湖の標高は千メートルに迫る。さらに湖畔の風や天然の森林群が涼やかな風を作り、都会よりもずっと涼しい夏を届けてくれる。まさに日本が誇る避暑地、いつもとは違う空気に身が引き締まる思いだ。


「綺麗な部屋だね!」

「畳の匂いっていいよねぇ」


 僕らが三日間を過ごすのは、湖の側にあるコテージ風の宿。ドラムなどの機材付きのスタジオ部屋があって、そこで二十四時間演奏が出来るようだ。

 僕らが寝室として当てられたのは、八畳ほどの和室だ。少し小高い場所に宿があり、窓からは山中湖が一望出来る。うーん、旅行ってこう、宿に来た瞬間の興奮がたまらないよね。思わず秋人君と二人、興奮してしまう。


 この部屋を使うのは僕、秋人君、隼人君の一年生男子チームだ。お互いに気心知れた中だから、居心地はとてもいい。隣の部屋にはクワトロ・ハーツの先輩三人がいる。女子は僕らよりもう一階下の部屋だ。


「はしゃいでる場合か。荷物置いたらすぐ移動だって言ってたろ」


 隼人君がもぞもぞとバッグをいじり準備しながら言う。そうだった、宿にはまず荷物を置きに来ただけだった。これからすぐ移動して、まず最初のイベントが始まるんだった。





 そんな僕達は少量の荷物だけを持って、また宿を出発。慌ただしく最初に訪れたのは――――。


「では、カレーを作る!」

「待ってましたっ!」


 ……部長と帆波先輩の楽しそうな声で、何かイベントが始まってしまった。

 僕達がまたワゴンに揺られて移動し、訪れたのは、山中湖沿いにあるキャンプ場だった。キャンプ場というか、森の中でバーベキューパーティーが出来るような施設だ。僕ら以外にも、一般の利用客がたくさんいて、辺りは賑わっている。とても楽しそうだ。


「……あの、しおりには書いてありましたけど……マジでやるんすか?」


 しぶしぶ、といった感じにバンダナとエプロンをつけた隼人君が困惑気味に問う。……まぁ、そうだよね。僕達は軽音楽部の連絡として合宿に来たんだ。ぶっちゃけ、昼食なんかどうでもいい。こんな場所でカレーなんぞ作っている時間があったら譜面の一頁でも暗記した方がいいかもしれない。でも……。


「ノリ悪いぞぉ隼人ちん! ここまで来たらレッツクッキングだぜ!」


 帆波先輩がノリノリな様子で隼人君に言い返す。いや、隼人君が聞きたいのはそういう事じゃなくてですね……。


「いいじゃん隼人君。なんか夏休みっぽくてボク好きだよ?」

「秋人……。でもな……」

「そう言えば隼人君、僕のカレーパンどうだった?」

「今聞くのかよそれ! …………正直、クソうまかった」

「よし!」


 思わずガッツポーズ。うちのカレーパンは日本一ィ! マズい事なんて無いィィィ!


「しょうがない、不服そうな柊君のために説明しよう」


 部長は隼人君をいじるようにそう言って、バンダナをきゅっと締めた。


「しおりにも書いたが、今からバンドごとに分かれてカレーを作ってもらう。今日の昼食としてな。バンドマンじゃなく、ただの友人同士、楽しんでもらえれば幸いだ。だが、これはただの昼食作りじゃない」


 部長はそこで、声のトーンをより真面目なものにした。ただの昼食作りじゃない……? しおりには、「昼食 キャンプ場でカレー作り」としか書いてなかったけど……。


「作ってもらったカレーは、先生二人にも食べてもらう。そして、この中で最も美味しいカレーを作ったバンドから、文化祭ライブで何番目に演奏出来るかを決められる権利を与える」

「なに……!?」


 部長が突然ぶっちゃけてくれた、超重要事項に思わず隼人君も驚きの声を漏らす。僕もびっくりだ。えっ、何、いつから料理の鉄人部になったの、ここ。


「しおりにも書いただろう? 昼食のカレーに入れる材料の持ち込み可、と」


 部長がにやり、と口元を緩ませながら言う。確かに書いてあった。でもまさか、このために書いたとは想像できる訳が無い。何て事だ。この展開は……!


「中華一番?」

「食戟だな」


 …………流石はひなちゃんと冬華ちゃん。料理漫画もしっかり見てるね。

 まぁ、それは置いといて。対バンライブで、自分たちの出る順番というのは重要な項目だ。自分の前のバンドがどんなタイプか。自分たちがステージに出た時、お客さんはどんな状態かなど、その時のパフォーマンスに直接影響する。

 例えば、激しくかき鳴らすメタルバンドは最初の方がいい。お客さんがこれから始まるライブに胸を高鳴らせているところに、強烈なサウンドで火をつけられるからだ。それはぐわっと盛り上がるだろう。

 逆に、ゆったりとしたバラードシンガーは最後の方がいい。バラードは盛り上がるのではなく、心に染み渡らせて泣かせる曲だからだ。そういう曲がライブの最後を飾れば、その終わりたくないと思わせる寂しさが涙腺崩壊を後押しさせるだろう。


 と、このようにライブする順番はバンドごとにまちまちだ。だから、自分たちが最もいいコンディションで迎えられる順番を誰だって欲しがる。僕らだって、もらえるのならもらいたい。そのためにはこの場で一番おいしいカレーを作らないといけない。……なるほど、流石は部長。人のやる気を出させるのが上手い。


「題して、文化祭ライブ出番争奪カレー作り! このカレー作りは、ライブの結果に直結する! 皆、頑張ってくれよ! では、始めだ!」


 そして部長の号令で、カレー作りが始まった。皆が慌ただしく動き出す。…………いいだろう。任せて下さい、本当のカレーを食べさせますよ。


「……ごめん。私、料理の経験ほとんど無い……」

「気にするな雛実。カレーなどマズく作る方が難しいほど簡単な料理だ。それに、私たちには料理の達人がいる」


 自信なさげに謝るひなちゃんに、冬華ちゃんは不適な笑みを返して、僕を見やる。……うん、決してプロではないけれど、素人には負けないよ。それに、持って来た食材もある。美味しいカレーを作れだって? できらぁ! このバンドの中で、一番旨いカレーを作れるって言ってんだよ!


「さぁシン、私たちも始めよう」

「……海藤君の指示に従う」

「よし、それじゃあやろうか!」


 頑張って、男先生二人おはだけさせてみせようか! 

 状況を整理しよう。食材はキャンプ場から支給された米、カレー粉、人参、じゃがいも、たまねぎ、牛肉、そして、僕達が持って来た食材。まずは……。


「冬華ちゃんは野菜のカットを、ひなちゃんは米を洗って来て!」

「了解だ」

「やってみる」


 僕の指示で二人は食材をもって、水道場に駆けていった。よし、僕は男の仕事をやろう。火起こしだ。

 借りものの火起こしグリルに、まずは新聞とそこら辺の地面に落ちている枯れ枝や草を入れ、マッチを擦って着火する。火は簡単につくが、これを料理出来るぐらいまで大きくするのが難しい。まずは燃えやすいものを入れまくって火種を大きくして……。


「……なんか、慣れてるわね」


 僕が一人グリルとにらめっこしていると、鍋を持った奏ちゃんが不服そうな表情でこちらに来た。彼女の持っている鍋には、研がれたらしき米と水が入っている。準備早いな……。


「慣れてなんかいないよ。キャンプとかこれが初めてだし」

「はぁ? 中学の時もこれっぽいのやったでしょう?」

「……僕、あんまり仲良くないグループに入れられて見てるだけだったから」

「…………ほんと、中学のあんたって……」


 奏ちゃんに面倒くさいヤツを見つけたような顔で見られてしまった。だってしょうがないじゃん……なんか手伝おうとしても「出しゃばんな」みたいな態度取られちゃうんだから。それで大人しくしてたら、「何の仕事もしてないくせに飯だけは食うのか」みたいな目で見られるんだ。どうしようもないよね! うっ、トラウマが……。


「まぁいいわ。もしあんたらがクソマズいカレー作っても、あたしの分けてあげるから、期待してなさいな」


 奏ちゃんは、なかなか得意気な表情でそう言った。でも……奏ちゃんが料理……? そんな繊細な事出来るイメージあんまり……。


「奏ちゃん、料理出来るの?」

「出来るわよ! 馬鹿にすんなっての! 見てなさい、冬華や雛実とは格が違うって証明してあげる!」


 奏ちゃんは息巻いて、また隼人君たちのところに戻って行った。……どうやら、本当に自信があるらしい。彼女に家庭的な一面があるとは意外だ。


「危ないって隼人君!」

「ビビってんじゃねぇよ秋人。火なんざつけばいいんだ」


 ……奏ちゃんの背を視線で追ってみれば、隼人君がグリルに新聞紙と木炭と調理用サラダ油をぶち込んで、マッチを投げ入れている光景が見えた。確かに、そうすれば火はつく。ぐわぁっと火柱レベルで。


「熱っつ!? っぶねぇ、もう少しで服が焼けるところだったぜ……」

「隼人君の馬鹿! だから言ったでしょ!」

「こんな火力で料理出来る訳ないでしょうが! どうすんのよこれぇ!?」


 危険な着火は……やめようね! 奏ちゃん、本当に大丈夫?





 しばらくして火はなんとかつき、ひなちゃんが持って来た米を早速火にかけて炊き始める。鍋で焚き上げるなんて滅多にしないけど、上手くできればいいね。


「ふぅ……」


 火の様子が落ち着いて来たので、汗を拭いながら頭を上げる。空は雲一つない快晴が広がり、目の前には青々と茂った森が見え、そこに住まう虫や鳥の声が耳に心地よく響く。実に気持ちいい。これがゆるキャン△ってやつか……。


『追いかけてた 遥か遠く 譲れない 想いも連れて』


 テーブルでは、冬華ちゃんが鼻歌混じりに人参を切っていた。【ウルトラタワー】の【希望の唄】、アニメ【食戟のソーマ】の最初のOP曲だね。穏やかなメロディは今の空気にぴったりだ。ギター弾きたくなる。それにしても鮮やかな手つきだ。彼女はいつの間にか料理まで習得していたらしい。


「ぐすっ……」


 そんな冬華ちゃんの隣では、ひなちゃんが涙目になりながら玉葱をみじん切りにしていた。あぁ、きつい玉葱に当たってしまったみたいだね。


「変わろうか、雛実?」

「大丈夫……」


 目をうるうるさせながらも、ひなちゃんは耐えて玉葱をざくざくと切り続ける。その様子が何ともいじらくて、僕と冬華ちゃんはこっそりと和んでしまった。



 さて、僕も仕事を続けよう。

 炊飯器は一時間程度かけてじっくり米を炊くが、鍋を使用した場合、その半分以下の時間で炊きあがる。グリルから米の鍋を外し、テーブルで蒸らしておく。その空いたグリルに水を張った鍋を置き、沸騰させる。ここで僕達が持って来たスペシャル食材の登場だ。


「出でよ、豆腐!」


 僕は絹豆腐を召喚! さらに豆腐を一口サイズにカットし、鍋に投入!

 さっと湯にくぐらせたら、すぐに取り出し、形が崩れないようにざるに置いておく。ふぅん、これは更なる上級料理を呼ぶための布石……。僕のターンはまだ終了していない。再び現れろ、僕達の持って来たスペシャル食材その二!


「よいしょっと」


 【豆腐だけで作れる! 四川本格麻婆豆腐】と書かれた紙パッケージを剥がし、中からレトルトパウチを取り出す。これこそが僕達の切り札。麻婆豆腐のもとだ。これを豆腐同様に湯に入れて火を通す。


「これでいい?」

「ばっちり。ありがとう」


 そこでひなちゃんが気合でみじん切りにした玉葱を持って来てくれた。ところどころくっついたままの破片があるのはご愛敬。小さくて火が通りやすければいい。


「次は?」

「そうだね……」


 指示を求めて来たひなちゃんに、僕は少し考える。うーん、正直、カレー作りってそんな人手のいる行程じゃないんだよなぁ……。食材は冬華ちゃんが今切ってくれてるし、後残ってる仕事と言ったら、皿並べるか調理器具の後片付けだけど……ひなちゃんにそれをやってもらうのは気が引ける。彼女にとって、手づから料理する経験は貴重なものだろうから。で、あるならば……。


「じゃあ、カレーを作って欲しい」

「はっ……!?」


 ひなちゃんには一番重要で、一番楽しい過程であるカレー煮込みの行程を任せるとしよう。それがいい。せっかくだし、ひなちゃんの手料理を頂こう。……同級生の女子の手料理を食べるなんて、すごくロマンあるシチュエーションだ。下心キモいぞ、僕。


「無理……! 私、下手……!」

「カレー作りに下手も何も無いって。さぁやってみよう」

「えぇっ……?」


 麻婆豆腐のもとを茹でていた鍋をグリルから外し、豆腐と一緒にもとを置いておく。いよいよフィールドを整えていくとしよう。

 また新たに鍋をグリルに置き、サラダ油とみじん切りにした玉葱を投入する。


「まずは玉葱を炒めよっか。飴色になるのが理想だけど、焦げやすいからへらで回してね」

「……後で、文句言わないでね」


 ひなちゃんはしぶしぶと、でもどこか満更でもなさそうな表情で僕からへらを受け取り、グリルの前に立って玉葱を炒め始めた。飴色に炒めた玉葱はルーにコクを与える。ハウス食品も櫂くんもそう言ってたのだから間違いない。うちでも大量の玉葱をヘロヘロにしてカレーパンを作るし。



「あー! 藍那ちゃんつまみ食いしないでよぉ!」

「げっ! 見つかった!」


 そこでミナ先輩と帆波先輩の声が聞こえたので、S高ガールズの方を振り見る。また何かやってるのかあの人たちは……。


「だって焼きたてだよ!? 熱いうちに食べない方がナンに失礼っしょ!」


 ナン!? うわ、本当だ! 帆波先輩が白いパンみたいなの咥えてもにゅもにゅしてる! 何作ってんだあの人たち!?


「後で藍那ちゃんのナン一枚無しだから!」

「むぐ!? もぐもぐ……ごくっ。そりゃ無いしょミナ! うちにも許せない事あんだぞぉ!」


 食べながら言う事じゃないです。何を美味しそうに飲みこんでるんですか。そうか、ナンか……。確かにあれは生地さえ作って置けばここでも焼けるか……。なんて、パン屋目線で見て感心してしまったり。


「シン、食材を切り終わったぞ」


 と、ここで冬華ちゃんが玉葱以外の具材をカットし終わったようだ。一口サイズ以下の、かなり小さく切られた具材が入ったボウルがテーブルに綺麗に並んでいる。お疲れ様です。


「うん、ありがとう。ここからはひなちゃんに任せるからさ」


 ひなちゃんの様子を見ると、額に汗を流しながら、一生懸命に玉葱を炒めている。今日も真夏日だし、グリルの前はとても熱い。だけど、そんな事は些細なこと、と言わんばかりに彼女は真剣だ。


「……うむ、雛実に任せよう。私は器具の後片付けでもしているよ」


 冬華ちゃんはウインクを一つしてから、さっきまで彼女が使っていたまな板や包丁を持って洗い場に向かった。僕もひなちゃんのサポートに入ろう。

 玉葱を飴色に焦がしたら、その他の具材も鍋に投入し軽く火を通す。じゃがいもが黄色く染まって来たら、水を適量投入して数分煮込む。いもや牛肉の灰汁を取りながらね。


「……料理、上手?」

「僕が?」


 僕の言葉通りに調理を続けるひなちゃんが、少し感心したように僕に問う。聞き返すと、彼女はこくんと頷いて僕を見つめて来た。そんなに見られると恥ずかしい。


「実家がパン屋なんだ、僕。だから、簡単な調理なら出来るだけだよ」

「へぇ……」


 ひなちゃんは相変わらず、誤解を招きかねないほど表情の変化が薄い子だ。でも、今のはわりと関心してくれている反応だって事は分かる。これまでの付き合いで、鈍い僕でもほんの少しだけは彼女が何を考えているか分かるようになってきた。


「この濁った色をしている泡が灰汁だよ。これがあると苦味が出るんだ」

「ん……」


 ひなちゃんがおたまで灰汁を取る姿を見守りながら、ここまでの彼女を少し振り返る。

 学校での彼女は本当に静かだ。そもそも喋る事自体が少ないし、感情表現は苦手のようだ。友達だって僕か冬華ちゃんぐらいしかいない気がする。だけど下手な事もしないから何か攻撃される事も無い。彼女は意図的に、上手く影を薄くしている。

 オタクは大概そうだ。自分が攻撃されないように、居場所が崩れないように、普段はオタクを隠して生きている。そうしないと失ってしまうから。冬華ちゃんだってそうだ。根っからのアニオタな彼女だけど、器用に話す相手によって色んな自分を使い分けている。彼女だけじゃなく、人は誰だってそんなものかもしれないけれどね。


 だけど、それではいつか潰れてしまう。アニオタに限っては、本当の自分を出せる相手があまりにも限られる。本当の自分を封じ込めたままの精神はいつか壊れてしまう。人は長く演技する事が出来ないから。それが僕だった。いつしか悔しさを忘れて臆病だけが残る人間になってしまった。

 僕は二人にそうなって欲しくない。だから、二人が心から信頼してくれる人間でありたい。自惚れる気は無いけれど、アニソニックの三人でいる時は、ひなちゃんも気持ち口数が増えてくれている気がする。彼女が、アニソニックにいる時が心地いいって思ってくれれば何よりだ。



「まだ煮る?」

「いや、もういいのではないか? なぁシン」


 ふと、そこで冬華ちゃんの声が届き、目の前の状況に意識が戻った。いつの間にか、洗いものをしていた冬華ちゃんも戻って来ていたようだ。鍋を見れば、ぐらぐらと具材がよく煮えている。うん、良い感じだ。では、仕上げといこうか。


「よし、カレー粉を投入するよ」


 キャンプ場から支給されたカレースパイスを鍋に投入。ひなちゃんが数回おたまでかき混ぜれば、鍋は一気にカレー色になり、かぐわしい香りが立ち昇り始める。小学校の頃、給食で見たあの謎においしいカレーが出来上がった。


「これだけでも十分美味しそうだな」


 冬華ちゃんも微笑んで言う。だが、ただのカレーじゃ勝負にならない。お腹も空いてきたし、そろそろ完成させようか。僕らのカレーは、ここから本当の姿に変わる。僕は、このキャンプカレーとさっき用意した麻婆豆腐のもとを、融合する!


 麻婆豆腐のパウチを破り、中にある赤い麻婆豆腐のもとをカレーに融合! すると、カレーもやや赤みのあるルーに変化した。これでいい。そして、最後の食材。


「形を崩さないように、絡める程度にね」

「分かった」


 ひなちゃんに言いながら、僕は豆腐を最後に入れた。絶対無敵、究極の美味を解き放て! 豆腐は瞬く間にルーの赤茶色に染まり、絡まり、舌を唸らせる美味を生む。これこそカレーと麻婆の超融合!


「ひなちゃん、味見をお願い」


 最後の行程。料理が下手な人は味見をする事を忘れている人が多い印象だ。まだ鍋で煮ているなら、ここから塩味や辛味を調整できるから、失敗がぐっと減る。でも、こんなに丁寧に作ったんだ。万が一にも味にハズレは無いはず。

 ひなちゃんはスプーンで、鍋のルーを少し掬い、それを口に入れた。すると――。


「――!」


 ぱぁ、と表情を明るくして、思わず、といった様子で目を丸くしていた。言葉がなくとも、その表情を見ればどんな味か分かるというもの。完成だ。これこそがマーボーカレー! 一見雑な料理に見えるけど、不思議と美味しいんだ、これ。マーボーもカレーも唐辛子の辛味だからだろうか。この激ウマなルーとごはんを口にかき込めば、それはもうHPもTPも回復するというものだ。


「辛い……」


 欠点は、割と辛い事。辛ければ辛いほどおいしい料理だからね、仕方ないね。ひなちゃんのために飲み物を貰ってくるとしよう。





「出そろったようだな」


 そう静かにテーブルに構える、僕らの担任・三枝先生と部の顧問・木本先生の目の前には、それぞれのバンドが作ったカレーが半人前ずつ用意された。これら全部を先生は食べなければいけないのだから、半人前でちょうどいい。

 僕らがマーボーカレーを作ってから数分で、他の皆もカレーが作り終わったようだ。さて、ではいよいよ実食だ。マーボーカレーはふざけた料理法ではあるが、味は間違いない。どうか、高い評価を得られますように。


「まずは一年のものから頂こう」

「さてと……。おぉ、ドライカレーだ。店で出て来るみたいに綺麗だね」


 トップバッターは僕らとCLEARWAVEのものからだ。奏ちゃんが配給サーブすると、まず木本先生が皿を見て驚く。


「はい。喫茶店風ドライカレーを作ってみました」


 奏ちゃんが得意げな表情で皿を出す。炊き上がった白飯に、固形に近いほどドロッとしたルーが乗っかった、今風のドライカレーだ。具材は肉を含めて全てみじん切りにされているようで、それらがルーと溶け合ってとても美味しそうだ。本当にオシャレな喫茶店で出てきそうなほどに。


「奏ちゃん、ホントに料理上手だったんだね」

「ふっ、あのねシン。あたし割と家事とか得意なのよ? 見直した?」


 僕の驚いた顔がお気に召したのか、奏ちゃんはドヤ顔で胸を張った。うん、見直した。性格がアレだから内面もガサツそうだなぁとか思ってごめんね。奏ちゃんって家庭的な女子だったのか。


「真一君知らなかったの? 奏ちゃんがいつも食べてるお弁当、あれ自分で作ってるんだよ?」

「え!?」


 秋人君から衝撃の事実を聞かされ、また驚く。奏ちゃんがいつも学校の昼休みに食べている、あの大戸屋とかでありそうな見目鮮やかなお弁当、あれ自分で!? 毎日!? そ、それは……!


「さっきは失礼な事を言ってすいません!」

「ふっ、分かればいいのよ」


 これは完敗だ。思わず僕が彼女に頭を垂れると、それを気持ちよさそうに受け入れていた。奏ちゃんすごいな……。美人で、カッコよくて、ギターも歌も上手くて、おまけに家庭的。強い、強すぎる……! あっ、その反動で空気がちょっと読めない欠点を神様は作ったのか!?


「……シン、今何考えたか言ってみなさい?」

「何も考えて無いですヨ!?」


 鋭く視線を向けられ、咄嗟に誤魔化す。な、なんで奏ちゃんって勘まで鋭いんだっ!? それも僕に限って!


 そんな僕達の会話を他所に、先生二人はドライカレーを口に運んでいた。二人とも頷いて、とても納得したような表情を浮かべている。手堅い点数になりそうだ。


「うまい。大した料理の腕だ」

「持って来た食材は、にんにくとしょうがを一かけら。それからインスタントコーヒーです。まぁ、定番ですが」


 感嘆の声を漏らす木本先生に、奏ちゃんは訳も無いように語った。確かにそれらはカレーの調味料としては定番だ。でも、言い返せば作り慣れているからその食材を選べたという事。隠し味は何でも入れればいい訳じゃない。甘くしたいならコーヒーは入れないべきだし、辛くしたいなら蜂蜜は入れない方がいい。奏ちゃんは分かって、より本格カレーに近い味わいになる素材を選んだに違いない。むむ、僕も食べてみたくなってきた。


「いい味だった。では、次に海藤たちのものを頂こう」


 では、今度はこちらの番とさせていただこう。

 三枝先生の言葉に従い、冬華ちゃんがカレーを出してくれた。ご覧あれ、これぞマスター料理マーボーカレーだ。


「豆、腐……?」

「はい。マーボーカレーです」


 だが、カレーに豆腐という組み合わせはやはり珍しく、三枝先生も戸惑った表情をしていた。……あれ? なんか、場が静まってない?


「何、勝負捨てたのあんた?」

「いや、大真面目だけど!?」


 奏ちゃんに呆れた表情で見られてしまった。くっ、美味しいんだぞ!?


「……シンの作るもんだ。きっとうまいんだろうな、あれでも」

「はっ? 何言ってんの隼人?」


 だがここで隼人君からまさかの援護射撃が来た。先日のカレーパンがこんなところで信用を得るとは!


「うわ何これ! 色キモい! まずそう!」

「容赦無いですね、帆波先輩……」


 僕が奏ちゃんと話している間に、帆波先輩がマーボーカレーを覗き込んでけらけら笑っていた。冬華ちゃんが困った表情をしているのが見える。まぁまぁ、まずはおあがりよ!


 先生二人がスプーンを口に入れる。すると、二人とも驚いたように目をぴくっとさせた。……ふふん。


「う、うまい!」


 木本先生がすかさず言う。その言葉が聞きたかった。そして、一口でしっとりと額が汗でしめるだろう? 辛い、だけどうまい。それがマーボーカレーだ。


「あぁ、豆腐がいい」


 三枝先生も驚いたように、スプーンで豆腐をすくって口に入れる。その通り、麻婆もカレーも、その辛さは基本的に唐辛子と胡椒のものだ。それが組み合わさっているのだからそりゃ辛い。だけど、そこに豆腐というオアシスがある。豆のしっとりした味は唐辛子の辛味を緩和し、さらに食欲を引き立てる。ネタ料理と侮るなかれ。


「えっ、ほ、ほんとに?」

「ほら見ろ」

「なんで隼人君が得意気なのさ……」


 CLEARWAVEの三人もおいしそうに食べている先生二人の様子に驚いている。ふっ、誰が勝負を捨てたって?


 さて、これで一年の審査が終わった。次は先輩たちの番だ。


「ほいさ! うちらは~~! バタービーフカレー!」


 まずはS高ガールズのものから。出て来たのは、インドカレー専門店とかで出て来る、あの黄色いスープカレーとナンとターメリックライスだった。……えっ、すごい。ドライカレーとは別方向でお店のものみたいだ。


「持って来た食材はナンの生地とヨーグルトとトマトジュースとバターとターメリック! カレーはナンにつけてもいいし、ターメリックライスでもうまいです!」

「まさか、こっちで来るとは……」


 これには木本先生も呆れた気味だ。うん、キャンプカレーがまさかこんなインドめいたものになるとは想像もつかない。これが帆波先輩クオリティか。


「とはいえ、味は確かだな」


 三枝先生がそのカレーを口に運ぶと、率直においしさを述べた。……さ、流石はガールズ。他のどこよりも手間暇かけていて美味しそうだ。帆波先輩もミナ先輩も、普段はあんなんだけど、基本スペックは高いんだよな……。



 そんなS高ガールズの一面も見れて。

 いよいよ最後に部長たちのカレーが出て来た。梅野先輩が持って来たそれを僕もそれを見やる。……見た目は夏野菜カレー、だろうか。だけど、肉も野菜も煮込まれていない。焼かれた具材がごろりとルーに横たわっている。かぼちゃやナスが色味を添えて、見た目は鮮やかだ。においは……カレーのにおいに混じって……炭っぽいにおいがするな……。


「持って来た食材はかぼちゃとなすだけ。それと他の具材を、炭で焼きました」

「なるほど、炭火焼きカレー、といったところか」


 部長の説明に三枝先生も頷く。へぇ、そういう手段もあるのか。道理で炭焼きのいい匂いがする訳だ。シンプルだけど考えつかなかったな。美味しそう。


「いいねぇ、おじさんはこういうのに弱いんだよ」


 木本先生は上機嫌で炭火焼きカレーを口に入れていた。……あれ、うちのパン屋でもメニューに出来ないかな……。夏の新商品的なもので……。見た目が鮮やかなのがとてもいい。商品はまず第一印象が大事だからね。夏野菜って響きも万人受けしそうだ。


 なんて考えているうちに、全てのカレーが先生たちに審査させられた。では、結果発表といこう。


「ふむ、三枝先生、よろしいですかな」

「はい」


 二人の先生も順番が決まったようだ。……僕らはロックの実力で他より劣ってるんだ。せめてこういうところでその差を埋めないと。どうか、高い点数でありますように。


「んじゃあ、発表するわね。今年一番美味しかったのは――――」


 木本先生が面白そうな表情で僕らを見やる。僕らも少し緊張して、固唾を飲んだ。来い!



「…………クワトロ・ハーツ、炭火焼きカレー!」


 ――くっ。一位は取り損ねたか。

 その宣言に、力んでいた身体が少し弛緩した。場に一斉にため息が漏れる。まぁ仕方ないかぁ、美味しそうだったもんね、部長たちの。炭火焼き牛肉とか絶対うまいやつやん、ってなったし。


「夏野菜がよかったわね。大人の味で美味しかった」

「ありがとうございます」


 木本先生の言葉に、部長たちは会心の笑みを浮かべ、お互いにハイタッチしていた。むむむ……ただでさえ強いクワトロ・ハーツなのに、彼らに好きな順番を選ばせてしまったら……! なかなか厳しい戦いになるね……!


「では桐生、文化祭ライブでは、何番目に出たいかな?」


 そんな木本先生の問いに、部長たちは最後の確認とばかりに顔を見合わせた。そしてお互いに頷く。どうやら事前に決めていたみたいだね。


「じゃあ、最後で」


 そして部長は、そう答えた。……トリか。流石というべきか、剛毅に出たなぁ。

 ライブで演奏する曲のメニューを、ロック用語でセットリスト(略してセトリ)と言う。これはやっぱりライブの最重要事項で、一曲目はキャッチ―な――観客が聞いてもらえるような曲にするのが鉄板とされている。逆に、最後の曲は、そのバンドを代表するような名曲がお約束とされる。

 この法則はライブの順番でも適用される。つまり、最後の出番という事は、そのライブを締めくくるに相応しいパフォーマンスを要求される。そうしないと「最後のアレより、途中の曲の方がよかったよなぁ」って言われてしまうから。部長はそれが出来ると言っているんだ。ハードルは高いが、もしトリを上手く飾る事が出来れば、それまでのバンドのライブを上書きして、自分たちだけを記憶させるようなライブが出来るだろう。なかなかやってくれる。仕方ない。次に期待しよう。


「次に、二番目に美味しかったのは――――――」


 今度は三枝先生が発表する。ど、どうかお願いします! 担任って事で、一つアニソニックに忖度を!


「……アニソニックのマーボーカレーだ」

「よし!」


 自分でもびっくり! 本当に来た! これには思わずガッツポーズをしてしまった。僕の隣で冬華ちゃんとひなちゃんも安堵の息をもらしていた。やったぜ。


「むむん……バターカレーはふざけすぎたかにゃー?」

「何でですか!? バターカレーならともかく、こんな素人料理が二位なんて!」


 だけど、帆波先輩と奏ちゃんはとても不満そうだ。何でそう奏ちゃんは僕より勝ってなくちゃ気がすまないんだ。カレーくらい美味しくたっていいでしょ……。


「確かに一見、ふざけた料理に見えよう。だが、味は本物だ。何より、辛い料理が好きなのだ、私は」

「わたくしもね」


 そんな不服そうな女子たちに、先生二人はあっけらかんと言ってのけた。マーボーカレーのきつい辛さが功を奏した形となるとは……。これは、冬華ちゃんの強運のおかげかな? 流石の大吉。


「海藤君、まさかそこまで考えて……」

「マーボーカレーを作ると言われた時は、ただゲーム料理で私たちらしいからだろうと思っていたが……まさか先生の好物も把握した上での作戦だったとは……。全く、見た目によらずしたたかなやつだ」


 …………なんか、ひなちゃんと冬華ちゃんが都合のいいように解釈して、関心したように僕を見ているけど……全然そんな事考えてませんでしたよ? ただオタクの作るカレーって言ったらこれかな、って思っただけで。……黙っておこう。その方がカッコつけられるから。


「絶対そんな事考えてないっつの……」


 ……奏ちゃんには怪訝な視線をぶつけられてしまった。くぅ、やはり彼女だけは騙されないか……。


「ではアニソニック、希望する順番を言うがいい」


 とはいえ、勝利は勝利だ。三枝先生の言葉に従い、他の二人と顔を合わせる。さて、どの順番にしたものか。まぁ、僕の意見は決まっているけれど……。


「二人とも、希望はある?」

「私はシンの意見に従おう。……だが、あえて言わせてもらうなら、一番最初がいいと思う」

「ん」


 僕の問いに、冬華ちゃんは珍しく自分の意見を強めに推した。それを聞いたひなちゃんも同意見、とばかりに首を縦に振った。…………流石だ。もうそこまで考えられるなんて。


「アニソニックはこの中で最も弱いバンドだ。テクニックも浅いし、経験値も劣る。部長や帆波先輩のような、観客を掴む特別な魅力も無い。それに……認めたくはないが、アニソンというジャンルは馬鹿にされてよく聞いてもらえない可能性もある」


 冬華ちゃんが冷静に状況を語る。彼女の意見には僕も同意見だ。そう、だからこそ――。


「だから、一番最初。他のバンドに挟まれて埋もれない、一番手がいい。一番の期待を利用して、他のバンド目当ての人にも聞いてもらうべき」


 その通りだひなちゃん。だからこそトップバッターで出るべきだ。一番期待されてない僕達だからこそ、最初に出るしかない。最後のバンドが締めくくりとしての期待がかかるなら、最初のバンドは始まりとしての期待がかかる。興味ない人でも、もしかしたら聞いてもらえるかもしれない。「S高ガールズが出て来るまで見てよう」「桐生部長が出て来るまでここにいよう」って人にも聞いてもらえるだろう。

 無論、トップバッターとしてのハードルは存在する。だがそれが何だ。オープニング曲を飾るのはアニソンの十八番! 楽しく、熱く、滾るような神OPを約束しよう。


「では――僕らは、一番最初で!」

「ちっ」

「後で覚えておきなさい、シン」

 

 逆に、僕らが先発を取る事で一番相性が悪いのはCLEARWAVEになるだろう。隼人君も奏ちゃんもなかなか苦い顔をしている。中盤で、他のバンドに挟まれて出て来るバンドはどうしても印象が霞む。前のバンドのライブが作った空気のまま、自分たちのライブを始めないといけないからね。…………奏ちゃん、恨みっこなしだからね。


「では三番目に美味しかったのは――――――S高ガールズのバ」

「アニソニックの後! 二番目!」

「まだ先生が言ってる最中ですから!」


 その帆波先輩の食い気味の反応に思わずツッコミを入れてしまった。これには喋っていた最中の木本先生も呆れ顔を浮かべている。


「やれやれ、帆波の慌ただしさはいつになったら直るのやら。それで? 二番目でいいの?」

「オッス! オナシャス!」


 何故か帆波先輩は敬礼して、先生の確認に答えていた。はっちゃけてるなぁ……合宿という状況がさらに拍車をかけているのか、先輩は今日ずっと楽しそうだ。笑顔と同時に見える八重歯が素敵ですね。


「決めてましたから! クソザコなアニソニックの後にならうちらもやりやすいでしょって!」

「血も涙もない先輩ですね」

「あーん、そう怒んなよぉ! ごめんって!」

「うっ!?」


 失望しましたS高ガールズのファン辞めます。

 ……とはいえ、それが本当の理由はそうじゃないって事も察せる。帆波先輩はそういう人だ。彼女、実はけっこう頭いい気がする。だ、だから抱きつかないで下さい……! そんなミナ先輩と同じノリでスキンシップしちゃ駄目ですってば……!


「だってほら、CLEARWAVEとかロックガチ勢すぎて怖いし……。あの子らの後の空気とか、絶対うちらやりづらいもん」

「ま、まぁ……。あの、ほんと、離れて下さい……!」


 色々当たってるので! 帆波先輩ほんと、許して! こんな人目の多いところで!

 

「怒ってにゃい?」

「怒ってないですよ」

「ほんとに?」

「ほんとです」

「帆波先輩大好き?」

「はいはい尊敬してます!」

「よぅし許してあげよう!」


 なんかクソ四コマみたいなやり取りをして、とりあえず先輩は離れてくれた。ふぅ……ほんと、突然のスキンシップはNGですよ……。帆波先輩はもうちょっと自分の魅力を知った方がいい……。


「では、CLEARWAVEの順番は三番目という事で」

「くっ……! 何故ですか! 私たちのカレーのどこがまずかったんですか!」


 これで全てのバンドのライブ順が決まった。が、奏ちゃんは納得いかないように先生に問い詰める。すると、先生二人は申し訳なさそうな表情で首を横に振った。


「いや、まずくないよドライカレー。でもね……カレーなのよね……」

「……毎年、私たちはこのキャンプ場でカレーを食べている。故に、ただうまいカレーでは評価は上がらない。私と木本先生は、より今までにない味のカレーである点に評価を定めていた。それだけの話だ。……神室、気にするな。お前のカレーは間違いなく絶品だった」


 先生二人はそう、申し訳なさそうに言った。

 …………えっと、つまり、毎年食べててキャンプカレーはもう飽き飽きだから、そういうのじゃないカレーの方が評価が高い、って事?

 なるほど……。それを分かって、クワトロ・ハーツもS高ガールズも一工夫凝らしたカレーを用意したのだろう。マーボーカレーはネタ料理という事がかえって高得点となったのかもしれない。つまり、CLEARWAVEは一番まともなカレーを作ったばっかりに一歩劣った、という事か。


「真正面からぶつかるだけじゃ足元をすくわれる、という事例だよCLEARWAVE。黙っていて悪かったね」

「まぁうちらも一年の時経験した事だし☆」


 そして、自分に都合がいい順番を手に入れられた部長と帆波先輩がフォローの言葉を奏ちゃんにかけた。でも表情が笑っているから、ともすれば煽りにも見える。えげつない……。


「くぅ~~~~っ! な、納得いかないんですけど!!」


 そんな、奏ちゃんの慟哭が最後にあって。

 ――勝負あり。文化祭ライブの順番は、アニソニック、S高ガールズ、CLEARWAVE、クワトロ・ハーツといった感じになった。これは僕らにとってもかなり良い。少しは力量の差が埋まればいいけれど。


「さ、じゃあ俺達も食べようか」


 決着がついたところで、僕らもそれぞれの昼食を取る事にした。あぁ、安心したらお腹が空いた。午後からはがっつり練習時間となる予定だ。マーボーカレーを食べて、がっつりパワーをつけるとしよう。お粗末!


引用

曲名:希望の唄

作詞:寺内渉

該当箇所

『追いかけてた 遥か遠く 譲れない 想いも連れて』

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